Ventus  187










おぞましいあれが口を開く。
この世ならざる者どもが咆哮をあげる。
なぜ彼らは存在するのか、誰も教えてはくれなかった。

「世界には無数に神門(ゲート)が存在します。過去の偉人たちはご丁寧にそのほとんどを磨り潰してくれた」
「川が流れるから水を堰きとめた。だが止まった水は」
「溜まり、決壊した。それが今なのです。存在するものを否定した、その結末ですが」
過去を悔い、恨んでも仕方がないとリヴは理解していた。
実際に水を堰きとめることで拾われた血が、今の命へと繋がっている。
それはあるいはローズワースの血であったかもしれない。

「我々の目的は、神門(ゲート)の保全と神徒の保護です。すなわちそれは老(ラオ)の意思」
デュラーンの意思ではない。
老と呼ばれ、彩(ツァイ)と名乗る老人の意思だ。

「ここはそんな神徒の保護区、ね。彼らに何ができるというんだ。利用価値でもあるのか」
「彼らはただの人間です。神門(ゲート)をどうすることもできない。ただ守るべきと老が判断したまで」
「慈善活動、か」
「何か?」
意味ありげでもなく聞き返したリヴをクレイは見つめ返した。
温かい灯の元で彼女のダークグレーの瞳が深く色を発している。
何も聞かされていないらしいと、クレイは見て取れた。

気まぐれか、思いつきか、何かしら理解できぬ信念があるのか。
その彩の慈善活動に救われた人間は少なくないだろう。
その一片が、クレイ・カーティナーである。

「絶滅危惧種か。本当に同じ人間とは思えない」
「思想の対立と差別について深くは論じません。ただ老の望むまま、保護すべきには対応するだけです」
「ここ以外の場所には神徒は」
「各所に。その血が混じるが故に、不遇とでは言い表せない扱いを受けている者がまだ」
「大っぴらには保護できないだろうが、救いの手は」
「情報があれば人を派遣し対処いたします」
神徒がいかなるものかはまだクレイには未知数だが、目下関係するのは神門(ゲート)の方だ。

「神門(ゲート)の特定と確保も私たちの任務の一貫か」
「その後は我々の組織の管理化に置き、プロジェクトの流れに乗せます」
「つまり」
「再生です」
「具体的には」
「つまるところの植林ですね」
クレイは聞かされた話を反芻した。
神門(ゲート)は森で覆われた魔と人との中立地帯が存在した。
その環境を彩は復活させるという。

「布で蓋をする要領で?」
「馬鹿げているとお思いですか? しかしほかに策がないのです」
神門(ゲート)には結界石と呼ばれる、獣(ビースト)が好まない石を配置する。
なんとか神門(ゲート)内に押しとどめようという案だ。

「時間がかかるな。それで本当に獣(ビースト)を止められるのか」
「止められるか否かのサンプリングの段階なのです」
「やらないよりはまし、出たとこ勝負、行き当たりばったり、そんなとこか」
「神門(ゲート)の神は死にました。それが致命的」
「神とは? エネルギーの原石のようなものか?」
「調査中です。そのあたりも神徒から聞いた話と実地調査の結果とを照合中。ただ如何せんサンプルが足りない」
つまりは神門(ゲート)に踏み込めていないということだ。

「ここに来た目的は私に見せたいだけじゃないってことか」
リヴが初めて口元を緩めた。
笑顔と判断するには眼つきが固いままだったが、感情のぶれは伺えた。

「研究所の現状を報告し、想定される状況を判断していただきました。ここの、神徒の方々に」
「なるほどな。神に近き人間か」
「神は神門(ゲート)に宿る。研究所が掌握していた神門(ゲート)は死んでいます。結界石で固めてありますがそう長くは持たないでしょう」
「どうする。また討伐か? いや。あれは、私たちは任務を完遂できたとはいえない」
撤退だ。
敵の殲滅は不可能だった。

「当面は結界石で補強して凌ぐしかないでしょう。抜本的な解決策は見つかっていないのです」
「継ぎ接ぎだらけだな」
「しかし朗報がひとつ。神の復活の話も」
「復活? そういえば神を見た、と」
「死した神門(ゲート)の再動です」
「どこでだ」
「ソルジス。アミト・ヘラン」

扉が遠慮がちに叩かれ、続いて遠慮がちに細い声が木の板を抜けてくる。
湯の用意ができたと女の声が告げた。

「先に頂きます。それからこちらを」
円く形の良い爪がすっと机の上を撫でた。
指の下からはメモリチップが現れる。

「お読みいただければ少しは理解が深まるかと」
扉を開いた少女の方へリヴは振り返って頷くと、音もなく立ち上がった。
間接も纏う筋肉も柔らかく理想的ゆえに、動きが無駄が無い。

「この間話していた訪問者について詳しく」
「ええ、そうでした。たった一人でここに。最初に神徒だって気付いたのは村長で」
声は徐々に遠のき、部屋には沈黙が天井から下りてきた。
クレイは端末を上着から取り出して、黒いチップを挿しこんだ。
データを読み込み、文字が羅列する。

ソルジスは砂と風の国だった。
ヘランという建造物の中に、カリムナという巫女が座している。
カリムナは己の生命で以て統治するという。
そんなことが果たして可能か否か。
調べようにもヘランに閉じこもっているらしいカリムナを調査する手はほとんどないらしい。
ただ、年月が過ぎようともカリムナの外観は老いることを忘れたように、年を留めていると記述がある。

あり得ない話だ、馬鹿げているとは思う。
だがすでに現実離れした状況は自ら遭遇してきた。
さらには今まさに、神だの異界への入口だのと神話めいた話に埋没している。
不可解で非現実も、事実の可能性として範疇に収めるべきだ。

思いなおしてクレイは先を読み進めた。
ヘランにはアミト・ヘランとバシス・ヘランの二つが存在する。

「その違いは、棄てられた都とカリムナの都。何だ?」
カリムナはヤドカリのようにヘランを渡る。
座するヘランがバシス・ヘラン、カリムナの抜け殻がアミト・ヘラン。

「カリムナは地エネルギーの分配者。エネルギーが枯渇すると遷都する」
まるで井戸のようだ。地下から汲み上げられ、人々を潤す。

「そのヘランの位置が」
井戸なんてものではない。
掘れば湧くという簡単なものではないらしい。
クレイの眼球は左右に微動する。

「ヘランの地下には神門(ゲート)が。まさか」
クレイは無意識に神門(ゲート)に呑まれた片腕を摩った。
あれがエネルギーにどう結びつきあるいは変換されるのかは分からないが、おぞましいものには違いない。

カリムナ消失の事件が勃発、混乱に乗じてアミト・ヘランに潜入。
ディグダの調査員の機動力の高さに興味が湧き、更に読み進めた。

ヘラン内で獣(ビースト)五体を討伐。
調査員四名中一名が負傷。

「よく無事に戻れたな」
神門(ゲート)を確認。
討伐した五体以後、獣(ビースト)の流出は減少している。
神門(ゲート)の再動を確認。

「再動?」
「神門(ゲート)がその機能を取り戻した兆候、ということです」
開いた扉の縁に、いつの間にかリヴが戻って来ていた。
髪は元のように綺麗に纏められている。
衣服は神徒のもののようだが、鋼鉄の背筋が着物も着崩れさせない。

「森はないのに」
「神が宿った」
「なぜ」
「それを調査するのが我々の仕事です。絡まった思考を解せば何かしら見えることもあるかもしれません」
「珍しく楽観的かつ希望に満ちた返答だ」
だが、柔軟な思考は嫌いではない。
突拍子もない発想には尊敬と好感を覚える。
思考の転換というのは楽しいものだと、最近になって知った。
見えない世界が見える瞬間だ。
世界が広がった瞬間、その中心にいるのが自己だと再認識する。

「そうだな。悪くない」
クレイは端末を胸の内ポケットに滑り込ませると、リヴの側をすり抜けて廊下へと踏み込んだ。












go to next scene >>>

<<< re-turn to one world another story
        or
<<<<< re-turn to top page

















S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送