Ventus  171










鉄格子の昇降機がクレイたちを乗せて下がっていく。
異様に生臭い臭いが立ち込める、その理由を捜した。
アームブレードを握る手が冷たく硬く震えている。
縦に抜けるトンネルの蛍光灯が鉄格子の上を滑っては頭の方へと抜けて流れていった。
体中の血液が沸き立つような気持ちの悪さだ。
鉄格子が濡れている、何度目かに光が当たりようやくそれが認識できた。
血と肉片。
それが導く答えに吐き気がし、左手で口を塞いだ。
かつての戦場を思い出す。

いや、あれとは違う。
あれは人が人を殺した、これとは違う。
違うんだ。
生々しい記憶と重なろうとする意識を引き剥がした。

「大丈夫?」
「たぶん、緊張してるだけ」
「多くを見る必要はない。やることは知ってるでしょう?」
「討伐」
「そう。掃除をすればいい。次のリフトで応援が来る。下の奴らは馬鹿じゃない。わかる?」
その忠告を身を以て感じるのはその数秒後だった。

リフトが着地し扉が開く。
同時に獣(ビースト)が箱に飛びこんだ。

「一匹入りこんだ! リフト上げろ!」
ヘッドセットで指示を飛ばして、跳びかかってきた獣(ビースト)を左に流した。
まるで檻の中、暴れる獣(ビースト)を抱え込みながらリフトが昇っていく。
上で四人が始末するだろう。
そして一組を乗せて下りてくる。

「獣(ビースト)、三! さっきより多い!」
クレイが叫びながら一体に斬り掛かった。
左に流れ、攻撃を右に流し、床を転がりながら仕留めると、目の前に他の一体が現れ顔を突き合わせた。
四肢を床に付けた、ケモノの姿。
犬か、狼か、尖った歯が、長い鼻の下が裂けて覗いている。
口の周りは赤黒く濡れて滴っている。

クレイは濡れた床に転がり手に触れた残骸を握りこみ、牙を剥いた獣(ビースト)の鼻へと叩き込んだ。
ひるんだ隙にクレイが後転し距離を取る。

床に溜まった水を跳ね上げて、クレイの手から放たれた物と一緒に獣(ビースト)の顔が逸れた。
クレイは自分が投げた物をその時に認識して唖然とする。
布の感触が手に残る。
それに引っ掛かる重みもしっかりと左手に刻まれた。
引き千切られた腕と、白衣。

ああ。
眉間に皺を刻み、鼻の奥が痛くなるのを堪えて滑る床を立ち上がった。
床を蹴り、ブレードを振る。
足の指が靴の底を引っ掻く。
水平に振ったブレードは血で目を潰された獣(ビースト)の鼻と目の間に吸い込まれた。
頭蓋骨に阻まれ息を止めることまではできない。
留めは体の内側に引いたブレードを外に払った一撃だった。
獣(ビースト)の左を抜き際に、下から上へ跳ね上げた。
腹の柔らかい肉にブレードは埋まり、獣(ビースト)は床で痙攣した。

研究員の生存率が低いのも。
低いのならば、その遺体はいったいどこに消えたのかという疑問も、ここに来て納得できた。
あたりに散らばっているのはかつて人だったものたち。
今、ここに立っているものは、生きてここに辿りつけたものたち。

「なあ。何なんだ、ここは」
本当に獣(ビースト)か。
この研究員をここに引き摺りこんで集めたのも、本当にあのケモノたちか。
この地獄絵図。
掃き溜めのような空間。
作為を感じる。

「四体、片付けた。まだ、いるか?」
息を整えながら、同僚がやってきた。
背後でリフトも到着する。

機械の胎のなかにいるようだ。
無数の配線、柱の中にある液体は濁っている。
それが冷却水なのか、何をするものなのか、クレイには分からない。

「一番奥だ。アレは」
「彼ら、研究員たちは、ここに集められたんですか」
「さあね。それと、ここを止めに来た?」
「止めるって」
「こうなる前に。でも、予想を上回ったんだろう」
五台のカメラでの常時監視、三つの強固なゲート、鉄扉、それらの最奥に隠されるようにしてあるのが、神門(ゲート)。

「神門(ゲート)ってなんです」
「それは私たちが今、見てるもの。その目で理解しろ、そういうことなんだね」
誰に向けての言葉だ?
クレイは顔に飛んで汗に溶ける返り血を袖で拭った。
だがその袖も絞れば流れるほど濡れている。

「見ろ。そして考えろ。真実はそこにある。そういうこと」
壊れた石に、蔦のように絡み付く機械部品が異様な光景だった。
大切に抱え込み、白い石の残骸の狭間にはゆらゆらと不気味に影が蠢いている。

「止めたかったんだ。でも、誰も止められなかった」
影は濃くなっていく。

「逃げたかったんだ。でも、逃げれば終わりだと知っていたんだ」
床から壁へ、天井へと触手か蔓のように絡み合う配線を見上げた。

「人の驕りか。御せるはずだという過信か」
進み出た同僚の横から、獣(ビースト)が飛び出した。
五体目の登場を予期しなかった彼女は、それでも咄嗟に身を伏せて躱した。
同時にクレイが彼女の前に立ち塞がり、振り返る獣(ビースト)の顔をブレードで叩き斬った。
致命傷には至らない。
すぐに復帰した同僚が低い位置でブレードを払い、獣(ビースト)の前脚を攫った。
きれいに足が払われて獣(ビースト)の重い身が横倒しになる。

「カーティナー!」
呼ばれる前に体が動く。
足を振り上げ、体重を乗せてブレードを落とした。
体ごとアームブレードを大きく後ろに引く。

六体目、七体目。
陰から飛び出してきたものは他にもあったが、後ろで控えている二人が始末した。

「獣(ビースト)は、ここから生み出されるのか。これは、これも、人が造ったのか?」
「獣(ビースト)はずっと昔からいた。それを封じ込めるでなく、利用しようとした。ここは、そういう場所だ」
二人の後ろに隊長が歩み寄る。

「あなたは言っていたでしょう?」
獣(ビースト)と石とを融合する、ここはそのための研究室。

「何の目的に。どうすればそんなことができるのか知らないけれど」
彼女は髪を掻き上げた。
その柔らかい髪も、今は浴びた血でしとどとなっている。

「ベイスって知っているかしら」
クレイの耳には初めての言葉ではなかった。
どこかで耳にした。

「私たちのアームブレードのように、手に嵌める武器となるもの。実戦配備はされていても、まだ途上段階の得体の知れない代物」
そのヒントで記憶の奥底に沈んでいた光景と単語がリンクした。
ベイス。
それを聞いたのはレヴィ・ゲルフ、カインの弟の口からだった。
レヴィは波長がどうのと言っていた。

「手に嵌める、グラブのような。それで石がどうのと」
「あら、知ってるのね」
「知人が、その、指名されて」
「あれも、これ絡みかもしれないわね」
獣(ビースト)と石の融合。
あの巨体をどう石に埋め込むというのか。

「ここはまるで栽培場。そうしてまた一匹、生み出される」
影は身を捩る。
やがて形に形成されていく。

「もう止められない。でも命令は」
クレイが飛び上がった。
捩じれる配線を鷲掴み、半ばぶら下がった体勢で影から生まれる影にブレードを突き入れた。
濁った咆哮が耳をつんざく。
それでもクレイは腕を引くことなく、奥へと突き入れた。

「これが、こちらとあちらの境界」
声が途絶えた。

「教えてくれ。あっちには、何がある?」
おまえたちはなぜ、こちらに出てこようとする?

その答えを。
私たちが見えなかった真実を。
セラは、見ていたのだろうか。












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