Ventus  170










飼育室とボードが壁に張付いた部屋には容易に踏み入れることができた。
施錠されることもなく簡単に回ったドアの手に、中に潜んでいるだろう危険への警戒と緊張がじわりと胸と背中に湧き上がる。
不気味な鳴き声が室内で反響し、耳を覆いたくなる。
非常電源で細々と光を落としているその下で、強化樹脂性のケージが何十と整列している。
白々と浮かび上がる四角いケージの絵に何かが重なった。
三段に積まれた密集した檻は、蜜蜂の巣のようだった。
その一つ一つに獣(ビースト)が押し込まれていた。

檻の間を黒い塊が走った。
クレイの両脇にいたディグダ兵の目は反応しそれの尻に引っ付いた。

「数は」
「四」
「右から回り込む」
「私は正面から。左に流れてくるから受け止めろ」
そのひとことで部隊は散開した。
檻が密集して狭いながらも、鳴き声は着実に右から左へと流れていった。
入口前で不動の部隊長に向かって散らされた獣(ビースト)が檻の上で跳ね上がって飛び掛ってきた。
爪が胸に掛かる寸前、体を後ろに倒して獣(ビースト)の軌道から外れると、左手を床に付いた。
体の陰に引いて隠していたアームブレードを閃かせる。
思惑外れ空振り、宙で体を捻った獣(ビースト)を真下から一閃した。
獣(ビースト)の体が股から胸に掛けてブレードが入る。
入り口の扉に激突する獣(ビースト)の落下から、床を転がり回避すると空かさず起き上がって獣(ビースト)に剣を落として止めとした。
悠然とした口の彼女の機敏な動きに、溜まっていた新人二人は呆気に取られた。

「左方向注意」
彼女の声に頬を張られてクレイが飛び出した。
咆哮が猛々しい方向にブレードを引いた。
壁と檻に挟まれた空間で、他の人間はよくブレードを操れたものだ。
恐ろしく精密に、空間と体の振れ幅を計算し尽くして動いている。
それを、一瞬の判断、体が自ずと計算し、反射的に行うのだ。
影が揺れる。
モノの形を正確に視認できる状況でない。
影とモノとの境界を捕らえて、ブレードを払った。
クレイをすり抜けざまに裂こうとした獣(ビースト)の前足をブレードが掠った。
致命傷からは程遠く、逆に勢いに引きずられて体が倒される。
もう一人の新人が重心を乱した獣(ビースト)の左足を狙う。
やはり獣(ビースト)の下をすり抜け様に、ブレードを振り上げた。
クレイはすぐさま立ち上がり、獣(ビースト)の背後を取った。
数歩助走してから大跳躍する。
獣(ビースト)の直上で腕を振り落とし体をバネのように捻って、ブレードを叩き落した。
両足を損傷し動きの鈍った獣(ビースト)は首を打たれて絶命する。
息を乱して顔を上げれば、獣(ビースト)の動き回る咆哮は消えている。

「お疲れ様」
四体すべて片付いたようだ。

「生存者なし。全部やられてる」
部屋の奥の山の前で手を上げていた。
その声に招かれて奥に進む。
距離を詰めていくにつれ、その山が何なのか明らかになっていった。
研究員が折り重なっている。

「ここに逃げ込んだか」
「鍵が掛かるからか?」
「あるいは収集されたか、ね」
隊長が目を細めて山を見据えた。

「十、十一、十二? 十五はいるな」
「私たちが探してるのは生存者だ。ここにはいない。檻の中はどうなってる?」
半分は鍵が壊され空になっていた。
制御盤も沈黙している。

飼育室の奥が備品室になっている。
鉄の扉が一枚。
強固なケージを破る獣(ビースト)だ。
それがこの鉄扉を破れないはずがない。
中に逃げ込むなりして生存の可能性は低いように思えた。
一人が扉の下部に付着した体毛を指摘した。
扉に短く硬い毛が、血液のような粘液で乾いて固まっていた。

拳で扉を叩いて呼びかける。
誰かいないか。
応えろ。
何度も叩き、叫んだ。
しばらくして扉の向こうで荷を降ろすような音がした。
扉の向こう側での騒ぎが治まると、扉がゆっくりと向こう側に開いた。
白衣を着た青白い顔の研究員が、扉を開いている男が一人。
奥で立ち上がって目を細めている女が一人いた。
小柄で若いもう一人の男は床に尻をつけたまま、起き上がろうとするが立ち上がれないでいた。

「負傷者は」
扉を押さえている男は首を横に振った。
三人に怪我はないようだ。

「逃げ切れたのは私たちだけです」
「外のは?」
こちらの問いかけに、顎を引いて息を詰まらせたのは奥で立っていた女だった。

「実験用動物が逃げ出してきて、警報が鳴って。何人かはここに逃げ込んできたようですが、同時にあれが動物の声が」
「助けようとしたのよ。でも積んだバリケードを崩しているうちに同僚の叫び声は聞こえなくなった。動物が吼える声ばかり。分かるでしょ」
扉を開けたら三人も同じ道を辿ることになる。
そのうち獣(ビースト)が扉に頭を打ち付けて開こうとした。
三人は備品棚を扉の前に運び、荷を積み上げてバリケードを再構築した。

生存者の状況と現状を説明した。
館設内の配置も聞き取り、データに起こしていく。
入力作業は新人二人の仕事だった。
退避している備品室から飼育室を抜ければ第一研究室がある。
隣には第二研究室、第三研究室と奥に続いている。

「緊急通信が送られるのは第一、第二、第三。イントラの通信回路は死んでしまってる。端末で中継を経由して外部通信もできるはずなんだけど」
支給された端末は施設内にある中継基地を捕らえられなかった。
緊急通信が入ってから通信が途絶した。
その間に中継基地が破壊されたと考えていいだろう。
獣(ビースト)が侵入する前に防壁が機能していれば、研究室内は安全だというのだが。

「他でも見られたけど、獣(ビースト)の動きが速い。防壁を作動しても獣(ビースト)が入り込めば袋小路だ」
「祈るばかりだな」
ウエストバッグから補給用の水と食糧を取り出した。

「それで、第一研究室の奥の話を聞きたいわ」
「奥って」
「話を聞いてると、発生源はここ。このあたりだと思うんだけど。第一の配置を詳しく教えなさい」
「話します。何か、書くものはある?」
床から尻を離さなかった優男が積荷の箱に手を掛けながら立ち上がってやってきた。

厚いメモ帳に震えるペンを走らせていく。
時折鼻をすする音が混じった。

「ここが入り口。この正面が、第二研究室、それから第三研究室に繋がる」
入り口から右手に大きな研究室が広がっていた。
縦に長い研究室だ。
入り口に近いところに制御室がある。

「何を制御しているの」
「三つのゲートです」
「それだけ守ろうとしているのは何?」
「ゲートです」
「ゲート? 何が言いたい」
男はペンを置いて隊長に向き直った。

「三つのゲートを抜ければリフトがあります。地下と昇降するリフトです」
少年のような幼さの残る顔だ。
先ほどまでへたりこんでいた彼とは思えない強い目が、隊長を見つめる。

「あそこからは獣(ビースト)が湧き出している。今も。制御しようにも、もう」
泣きそうに顔を歪めたが、涙は堪えた。

「あなた方が何を命じられてここに来たのかは知りませんが、そんな装備で無理です」
「そこはあなたが気にするところじゃない」
「つまりはその下に、今回の騒動の種があるって言うんだな。でも何だ、湧くって」
「だから、神門(ゲート)なんです」






水をあおり、生存報告も済ませると、一団は揃って備品室を飛び出した。
飼育室ではケージの中で獣(ビースト)が狂ったように暴れているが、防音壁のお陰で音は漏れ出さず静かなものだった。
入り口を閉ざす。
バッグからサージカルテープを取り出すと、手早く扉の手に巻きつけていく。
その隣でもう一人がスプレーを手に、生存者人数と救難サインを扉に遠慮なく書き殴った。
生存者があるごとに救援部隊に見て取れるよう印を入れている。
二人が作業をしているのを置いて隊長が研究室に切り込んだ。
クレイら新人は先陣に続く。

「これは、また」
優男が言っていた制御室は荒れ放題。
強化ガラスが無残に割れて踏み荒らされている。
そこに倒れている二つの白衣。
真正面の第二、第三と続く研究室への扉は閉ざされている。
厚い防壁を叩いたところで生存の有無は確認できない。
奥の研究室を探るのは諦めて、部屋の奥へと向き直った。
潜んでいたのは二体の獣(ビースト)。
散乱した備品に設備、足場の悪さで苦戦したが、こちらは損害なく無傷で 二体を沈めた。
血を振って払い、奥へと行軍する。
ゲートと彼が呼んでいたのは鉄の格子だった。
まるで檻の中だ。
てっきり格子状の重いゲートが飴細工のようにねじ切られているとばかり思っていたが、ゲートはきれいなままだった。
ゲートの扉にねっとりと血の跡が残る。
血の跡は床に弧を描き、右手の機械類の陰へと繋がっている。
血は獣(ビースト)ではなく哀れな研究員のものだった。

「ゲートが開くタイミングを伺ってるとしたら」
虎視眈々と獣(ビースト)は扉が開く瞬間を狙っていたかもしれない。
ゲートを抜ける研究員、リフトを上がってきた獣(ビースト)。
それらは想像でしかなく、話を広げる気にはならない。

「神門(ゲート)、があるのはあれか」
三層の檻状のゲートを抜ければ右手にモニターが並んでいる。
左手にあるのが件の昇降リフトだ。

「モニター確認」
指示を受けて一人が画面の前に貼り付いた。

「三機死んでる」
五つ並んだうち、動いているカメラは二機だけだった。

「神門(ゲート)って、どこだ。あれか?」
仰々しい機械が集まっている。

「敵影二。行けそうだ。ただ、罠じゃなければ、の話だけど」
「新人含む、二人が待機。あと四人で階下を調べる」
「了解」
腕を引かれたクレイは昇降リフトの上に乗った。
床が押し上がって行き、やがて待機二名の爪先が見えて消えた。












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