Ventus  142










死なせはしない。
死んでたまるか。
彼女は言った。

彼女は叫んだ。
守ってみせる。
守るために強くなったんだ。

そのための力だ。

腰が抜けそうな程の気迫。
彼女は血を恐れない。
肉が裂けようとも骨が砕けようとも進み続ける。

それは覚悟。
そして信念。

これ程の強さを見たことがなかった。
彼女は強い。
小さな体の底に息づく意志はもっと強い。
彼女が守ろうとするものが一体何であるのか、その大きさもまだその時は分からないでいた。




うすら寒い路地を三人が走る。
土壁は濁った湿気を含み黴臭さが混じる。
二人は学生兵で一人は遭遇したディグダ兵だ。
途中で拾ったような人間が信じられるはずもない。
現に、二人はディグダ兵に追われ、殺されかけている。
良いCRD、悪いCRDの見分けがつかない今、出会う全員が敵だと見なした方が生存率は上がる。
行動を共にしているクレイ・カーティナー。
彼女の目的は明瞭だった。
ディグダの医療部隊が駐屯している市街のホテルが目的地だ。
そこで治療されている友人だか医療班の友人だかを探すらしい。
こんなところで死ぬのは御免だ、私は生き残る。
そのシンプルだが、敵も味方も善悪も正誤も不確かなこの場所で、彼女だけが澄んでいて正常に思えた。
生き残るにしても術も道も失った人間の前に現れた一筋の光だ。


時折鼻先を掠める濃く饐えた臭いに噎せそうになり堪えた。
窓の少ない建物の間を縫うように進む。
付いてくるディグダ兵を撒こうかとも思ったが振り切る時間がない。
方向感覚と一度目にした風景を頼りに、住居とは雰囲気の異なった建物へと行き着いた。
ここを左に折れ、大きな建物を回り込むように進んで行けば大通りまであと一息だ。
後は道なりに進めばいいと思いはしたものの、はたと考えを止めて足音を立てず慎重に壁の角へと張り付いた。
二度の深呼吸の後、息を止めて一瞬大通りへと顔を出した。
目の端で捉えた瞬間の光景に奥歯を噛み締めた。
こちらに寄ってくるカーティナーを片手で押し留め、首を振りながら戻って現状を報告した。
巡廻が二、左隣の建物階上の窓に一、隣の敷地内見張りが二。
一瞬見えただけでそれだけ人員配備されていた。
発見されれば指定ルートから外れている学生兵二人は拘束されるか、相手が敵ならば殺される。
体力も疲弊し、腕も重い。
こちらは三人で何とか切り抜けられたとしても応援を呼ばれればお終いだ。

クレイ・カーティナーが肩を押し退けながら角へと背中を押しつけた。
壁から僅かに顔を覗かせて向うを確認した。
頭に血は昇っているだろうカーティナーだったが、判断力は鈍っていないようだった。
身を翻して角の向うに走りださないかと心配したが、今飛び出しても強行突破できないのは理解していた。
先に進めない。
後にも引けないとなると迂回するしかないが、建物の右側の道は廃品と瓦礫で埋まっていた。
通れる場所はこの左側の道ぐらいのものだ。
もっと広く迂回の道を取るにしても、安全なルートも地理もよくは知らない。

「左手の警備が固いな」
黙り込んで行く先を睨み付けながら次の行動を考えているカーティナーの沈黙を破った。

「あれは兵庫だからな」
答えたディグダ兵の方に一瞥すらやることもなく、踵を返した。

「どこに行くつもりだ」
止める彼を無視したままカーティナーは角から離れて歩き始める。

「どこも似たようなもんだ。迂回路なんでそうそう簡単には」
「じゃあこのまま殺されるのを待てってのかよ。それとも何か、お前が」
下に構えたブレードの剣先が土を削って持ち上がった。

こちらで向き合っている間にカーティナーが扉の錠前に手を掛けていた。

「壊れている」
彼女は呟きながら音を殺しつつゆっくりと引き開ける。

「あるいは壊されていた、か」
ディグダ兵を置いてカーティナーの後を追った。
重々しく殺風景な扉の形や段差のない入口からして、ここは裏の搬入口だ。
だとすれば、上手くいけば向う側に出られる。

「工場だな。そこのコンテナに」
男が視線を投げた瞬間、カーティナーの手が背中に触れた。
交差した視線が行動を指示する。
男の死角からブレードを突き上げた。
動きを封じようとしたが、逆に腕を絡めとられそうになる。
カーティナーはその隙を突いた。
最初から男の意識がこちらに向くのを待っていたのだ。
カーティナーのブレードが男の首筋を冷やした。

「端末はどこにある」
「上着の中だ」
首を押さえられ、身動きのできない男の手からアームブレードを外して床に置いた。
武器を失った男の上着を探り端末を取り出した。

「電源は切ってある。位置のことなら心配ない」
「お前はどうしてここにいる」
「まあ、信じられないのも無理はないが」
カーティナーの剣が余計なことは聞きたくないと、刃をいよいよ男の肌に押し付けた。

「同じだ。俺だって死にたくないからな」
浅黒い首は微動しない。
息が乱れている様子もない。
肝が据わっているだけか、男の言うことは真実なのか。

「それはともかくだ。俺に構ってる暇はないと思うけどな」
先にカーティナーが振り返った。
ディグダ兵だ。
痩身からは想像もできない力で、二回りは大きな男をコンテナの陰へと引き摺り込んだ。

搬入口には輸送車が三台は付けられるスペースがあった。
車は出払っており、駐車していたあたりのコンクリートの床の滲みは黒く乾いていた。
埃の被りようからしてもしばらくは使われていないようだ。
口の開いたコンテナが二三個、今立っているスペースより奥に積んである。
クレイ・カーティナーの肩ほどまでの段差で、輸送車から搬入作業をしていた。
その段差も身を屈めれば相手からは見えなかった。

「迷うか? 殺すべきか避けるべきか」
選択は迫られる。
今やすべてが敵だが、不用意に死体を増やせば道は行き詰まる。
今までは自分たちを襲ってきた殺意ある者だ。
だが今こちらから攻勢に掛かれば状況は変わる。

「ちょっと待て、あれは」
「何だ」
訝しげにカーティナーが声を落として訊く。

「知り合いだ。同じCRDだ。作戦を一緒にした」
ディグダ兵が腰を上げようとした彼の腕を引いた。
巡回していたディグダ兵のうち、男の友人だというCRDが端末を取り出した。

「目標、見当たりません。了解。探索を継続します」
無線が途切れ、向うの男は端末を耳から外した。

「もう一度逃走経路を確認して。確かにこちら方面なのよね」
もう一人のディグダ兵が男の端末を覗きこんだ。

「間違いないわ。けどこちらのプロフェッショナルがやられたのが二人、いえ三人? もっとか。何者よ」
その発言が決定打だった。

「見たくないなら目を瞑れ。私は行く」
クレイが奇襲態勢を取り、それに倣った。
付いてきたディグダ兵は一瞬唖然とした表情を浮かべていたが、すぐに顔は引き締まりコンテナの端から覗く光景を強い目で見据えた。

「一度で仕留める。仲間を呼ぶ前に一掃すること」
男もアームブレードを構えた。

「あいつの端末は開いている。俺が端末を落とすから、お前はこの工場の地図を抜け」
指示をカーティナーが遮った。

「端末は私が落とす。お前が端末を拾え」
役割が振り分けられたところで、クレイが段差に手を掛けて床を蹴ると軽やかに身を上段へと乗せた。
同時にディグダ兵も飛び上がり、遅れまいと最後に上段へと上った。
そこからは一瞬だった。


男はディグダの女兵士へと斬りかかる。
彼女が顔を上げた時には脇の下から肩口へと斬りつけられていた。

同じくカーティナーが男の方を振り被ったアームブレードで袈裟へと斬った。
膝から崩れかけた男が伸ばした腕に、翻したアームブレードが唸りを上げて落ちていく。
端末を握り込んだ手は腕から離れて地面へと飛んでいく。
起こった事態を呑みこめないまま、持ち上げた目が最後に見た光景は血に塗れた少女の冷たい顔だった。

男の腕がついた端末が床に接触する前に掬い上げた。
片手で操作しつつ、自分の端末を近づける。

「よし、見取り図取得した」
「端末を潰せ」
カーティナーの張りのある声に手は考えるより先に動いた。
床に叩きつけた端末に堅い靴の踵で止めを刺す。

「階上に向かう」
指揮を執ったのは拾ったディグダ兵だ。

「屋上から屋根伝いに先を目指す。異議は」
「いいだろう」
カーティナーも同意し、手に入れたばかりの地図で階段を探した。












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