Ventus  140










クレイの体は弓なりに反れ、軽業師のように中空で体を一転させると、錆びてコンクリートまで色が染みた鉄柱から地面にダイブした。
追い詰めたと思い歪んだ口元が驚異に開いていく。
小さな体一つならばまだしも、身の丈半分はあるアームブレードに振りまわされることなく見事に宙を舞えばその動きに見惚れた。
何だ、と顎を上に向けたその表情のまま男の上半身は大きく跳ねた。
アームブレードで背後から頸椎を強打され、膝から崩れ落ちる。
男が地面にうつ伏せで痙攣するのを見届ける間もなく、体の横に落としたアームブレードを振り子の勢いに任せ後ろへと撥ね上げた。
接近した人影が反らした顎先を掠る。
振り上げたアームブレードに乗って、体を反転させて開いた相手の腹部へと左脚を叩きこんだ。
クレイは軽い。
正面からただ足を振り上げようと、腕を叩きつけようとしても俊敏ではあるが重さはない。
ただアームブレードを振った遠心力に乗ったクレイの脚は、鞭のようにしなやかに的確に相手の横腹を抉った。
前屈みになって開いた背中に上からアームブレードで斬りつける。
重力に引っ張られ、ブレードの刃は勢いを増して短く唸って男の肉を裂いた。

凄惨な血の海に佇みながら、クレイの頭は混乱もなく静かだった。
目を閉じれば音楽が流れてくる。
血の脈動に合わせて、アームブレードを振るリズムに乗って。

また一人階段から上ってきた。




公園に辿り着く前に一緒だったディグダ兵は呆気なく地面に沈んだ。
窓ガラスを割って横から飛び出してきた男と、二階から飛び降りてきた男の二人に殴られ刺された。
急襲の二人ともを仕留めたものの、腹への致命傷が深く血を噴きながら絶命した。
後退すべきかという迷いはなかった。
今は単体であっても一刻も早く合流地点に到達するしかない。
端末を見て信頼できるのは緑色に点滅する一地点のみだった。

ディグダ兵は絶命の間際、朦朧とした意識と定まらない視点でクレイの腰に下がる端末に震える指先を伸ばした。
助けを呼ぼうとしたのか、自分の死を知らせようとしたのか定かではない。
彼の声は統括本部に届かなかったが、クレイが次に成すべきことを示してくれるだけの意味はあった。
彼の飛沫が散った端末を素早く取り上げて、状況の説明と彼の死を報告する。
現状で待機すべきかという問いは飛ばさなかった。
単身ではあるが目標地点到達を目指すと、最後の一文はそれで締めた。

いくら新人のクレイであってもそろそろ置かれた状況が妙なことに気付く。
一報を入れた後、すぐさま反応は帰ってきた。
了解した、中継地点に応援を出す、注意して進めとのありがたい言葉だ。
一応、初心者であるとの配慮ではあるだろう。
道なりに進んでいけばいいだけだ。
他に障害物がなければ、の話だが。
案の定、背後から殺気混じりの気配が迫る。
前方にも人影が見える。
高台に続く長い階段の手前で背後から絡み付く蔦の手は切り落とした。
立ち塞がるのを掻い潜り、階段の下へと蹴り落としたが相手もしぶとかった。
こんな狭い場所では満足にアームブレードは振るえない。
それを見越してここで襲ったのだ。
待ち伏せていた人影、なぜ知っている。
なぜクレイがここを抜けることが漏れている。
通信が傍受されたか。
そもそも本部へと流した情報はちゃんと届いたのか。
中継地点に応援を出したと言うが、信じていいのか。
与えられる情報が、出される指示が、もし偽りだとすれば何を信じればいい。
殺される。
今までは正面の見える敵だけを相手にしていた。
絶対的な自信はなかったにしても、生き残るためには倒せばいい、強くなればいいと思っていた。
見えない力に翻弄されて、罠へと追い込まれて。

階段を登りきったところで、階段の下に転がっていた男が追い付いた。
アームブレードで応戦しながらも逃げる。
だが思うようには振り切れない。
とうとう建築資材が山積みになった広場へと流れ込んだ。
富裕層の居住区だったこのあたりの公園は作りも凝っている。
広い遊歩道に広場に出れば存分にアームブレードを振れる。
相手もそれを熟知し、クレイを壁や手摺へと寄せて行く。
骨組だけが取り残された温室の残骸に追いつめられたときクレイは鉄柱に足を掛けて跳ね上がった。
傾きかけた光の中、ディグダの兵服で縛られた細い体は高く軽やかに宙を舞う。




急襲者を改める前に邪魔が入る。

「敵は誰だ」
おかしくもないのに笑えてくる。
頭の中でジェイ・スティンの声が響く。
彼女の静かな張り詰めた声に乗せて腕を上げた。
アームブレードの伸びた剣先が水平で止まる。

「信じられるのは誰だ」
ブレードの剣先からは乾く間もない温かな滴が地面に落ちる。

「セラはここにはいない。誰も」
答えて温めてくれる人間は一人としていない。
体が冷えていく、頭も冷えていく。

「次に私を殺しに来るのは誰だ!」
階段に背を向けていたクレイに襲いかかる刃。
アームブレードとともに体を反転させ、急襲者の腕をもぎ取るつもりだった。
しかし相手は素早く後ろに引き下がる。
背中に手を回し、腰に装着していた武器を取り出した。
装着する隙をついてクレイが突進する。
唸るブレードを地面に転がって避け、腕だけで跳ね起きるときれいに身構えた。
クレイはその腕にあるものに目を瞠った。
身の丈半分ほどの正規のアームブレードに比べ、それは肘から手首ほどの
長さの小ぶりなアームブレードだった。
腕を垂らしたとしても膝下までにしか及ばない。
この町の人間がディグダのものを模して作ったのか。
しかし今はどちらでもいい。
襲い来るもの、それが何者であれすべてが敵だ。

「薙ぎ払うまで」
リーチはクレイの方が長い。
俊敏さは同等かあるいはあちらが上。
接近すれば小回りのきくあちらに有利。

アームブレードで怯ませ、歪んだ体軸に足払いを掛けた。
もっときちんと体術や柔術を学んでおくべきだった。
実戦経験の浅いクレイには技のバリエーションが少ない。
瞬間の判断で応用を利かせるが、思うように隙を突けない。
相手は距離を詰めてクレイに食いつこうとする。
ブレードで跳ね飛ばし、距離を稼ぐがなかなか致命傷になる一撃を与えられない。

大理石の段差がクレイの後退を阻んだ。
神殿を模し、細工を施された柱が円形に並んでいる。
柱の内側へ追いやられればこちらに不利となる。
クレイの胸を真っ直ぐに突いてくるブレードを体を横にして逸らした。
位置は反転する。
神殿は相手の背に回る。
アームブレードで斬るには距離がいる。
だが、アームブレードの使い方はそれだけではない。

ブレードに左手を添え、足の指先は地面を引っ掛ける。
顔の前で水平に構えたブレードを振り返った相手に体ごと叩きつけた。
無防備だった首は顎の下に嵌ったブレードと、急襲者の背後に聳える柱に潰される。
刃を寝かしたまま押しつけたブレードは白い首の半分まで埋まった。
クレイは黙ったまま、柱の右に進み出て慎重にしかし素早くブレードを引いた。






耳の横に突き立てられた剣先に、意識が飛びそうになる。
目を閉ざすのを忘れるほどの恐怖は今まで味わったことがない。
死ぬかもしれない。
いや、確実に殺される。

連れ立っていたディグダ兵は途中で殺され、一人で合流地点を目指す。
立ち止まれば殺されるだけだ。
白旗を上げれば命は助けてくれるなどという生易しい類の人種を相手にしていない。
先に進むしか道はない。
訓練で生身の人間などまともに斬ったことがない青臭い剣で、命辛々身を
隠せそうな公園に辿り着いた。
神殿の造りをしている白い東屋が見えた。
這うようにしてベンチの隅に身を隠して震えるしかない。
情けないと笑われようが、任務放棄を罰せられようが、このまま合流地点に辿り着く前に死ぬ。
唇を噛みしめながら息を殺しているところで交戦が始まった。
恐る恐る見てみれば少女が男を相手に立ち合っている。
みるみる迫りくるディグダ兵の女の背中に再びベンチの陰へと身を沈めた。
柱に重いものがぶつかる振動が床まで伝わる。
血の臭いが濃くなった。
吐きそうになる口と漏れる呻き声を左手で抑え込む。
腰が抜け、情けなくも尻を地面に引きずりながら壁際に這い寄るその耳元に落ちたのが濡れそぼったブレードの剣先だった。

「ディグダ兵、か」
逆光の中シルエットが言った。
女の声だ。

「お前は敵か」
答えようにも喉が引き攣って声にならない。

「敵ではないのか」
剣先を引いたその後ろに隠れていた女の姿に、喉まで戻ってきた声が引っ込んだ。
頭から水を被ったように赤く染まっていた。

「動けるか」
「無理そうだ」
答えへの反応はなく、女は東屋の外へと一端出て、再び戻ってきた。
手には男の死体を引きずっている。

「手は動かせるか」
「何とか」
「こいつの服を探ってほしい。どこかに徽章がないか」
「徽章?」
「私は手が強張って動かないんだ」
ようやく下半身に力が戻り始め、姿勢を整えて女が引き摺ってきた男の服を摘んだ。

「どこを探ればいい」
「襟の裏、そうだな。袖の裏、ボタンがありそうな箇所」
指示通りしたいが、文字通り皮だけで繋がったような傷口が生々しい首は絶対に触れたくない。
幸いにしてこの死体の服には襟がない。

「袖からでいいな」
「ああ」
まだ生温かい腕を取り上げた。

「お前、学生か?」
「そう、だ」
「私と同じか」
嘘だろうという声が出ないほど驚いた。
女の顔を凝視した。

「お前は生きたいか」
「言うまでもない」
「手を動かせ」
両腕の袖を捲ってみたがそれらしいものは見当たらない。
前開きの服のボタンを上から開いていく。
最後のボタンに差し掛かる前に裏側にある物に気付いた。

「何だ」
「いいから開け!」
開いて裏を見せ、現れたボタンに女が顔を寄せた。

「カルドだ」
「何だって?」
「どうしてカルドがここにいる。敵なのか、だったらどうしてセラを助けた。一緒にいた」
女は頭を抱えて目を見開き、徽章を凝視していた。

「CRDは敵じゃない」
女の黒い眼は今度はこちらに移る。

「助けてくれた」
「じゃあなぜこいつらが私を殺しに来る! お前だって殺されそうになったから逃げたんだろうが」
「わかるかよ!」
熱は高まるかに見えたが重なる声を裂いて腰のホルスターに収まった通信機が点滅する。
手を伸ばす指先を払って先に取り上げた。
端末を操作し回線をオープンにする。
ノイズ混じりの低い声が状況の説明を求める。

「目標クリア」
声を落として通信機に向かって呟いた。
少し割れた声ですぐさま了解と返答がある。
回線を切って、女の顔を見た。

「たぶん、だけど。CRDは分裂してる」
力の戻った足でゆっくりと立ち上がった。

「一緒にいたディグダ兵もCRDだった。だけど殺された。きっとこいつの、仲間だ」
足先で端末を蹴った。

「もう、どいつが敵なのか分からない。きっとホテルに集められてる部隊だって標的に」
「いるのか」
「ああ。医療部隊が控えてる」
目の前にした彼女の唇が開き、目が大きく開かれるのを見た。
左手で右腕を抱え込み、直立したまま短く呼吸をしている。

「どうかしたのか」
「嫌だ。セラ。どうか、来るな」
「おい」
震えている女の細い肩を揺すった。
彼女は勢いよく顔を上げて見据えた。

「ホテルへ向かう」
「あ、ああ」
「場所は」
「わかる」
「端末なくても行けるか」
「ああ、大丈夫だ」
近くを通り、地理は頭に入っている。

「端末を切れ」
「切った」
「立ち塞がるものはそれが何であれ斬る。いいな」
「ああ」
一人で歩くより、彼女といた方が生存率が格段に上がる。
駆け出す彼女の背を追って走った。












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