Ventus  127










髪を弄る風に、腕で目を庇いながら輸送車から飛び降りた。
長く足場の悪い道を揺さぶられていたせいか、着地に足下が覚束なかった。
情けなさに苦笑し、空を見上げた。
憎いほどに晴れ渡り、胸が詰まるほど美しく薄い雲が青地に筆を付けている。
皮肉とはこういうことをいうんだろう。
眩しさに目を細めた。

新緑は深く濡れたように澄んだ色が、鮮やかさを失い霞んだ旧市街に映えている。
なんて対称的で、目に沁みる。
この空の下でもやはり人間は殺し合い弄り合う。

街は突き崩された壁で囲まれている。
傷痕は風化しており、転がった残骸には蔦が抱え込むように手を這わせていた。
風通しの良くなった街の内部は、所々に真新しい塵屑や擦り切れて変色している毛布が砂に混じって転がっているが、主の姿はない。
先にディグダ軍が入ったと聞いていた。
周りでは、掃除はすでに終わっていて事後処理班との俗称でこの街に入場した。

先に入ったはずのディグダ軍はどこだろうかと見回していたが気配も影も見当たらない。
疑問は同じ状況で街に入った周りも感じているようで、視線が定まっていない。
きちんと整備すれば保護指定区域に名を連ねそうな、古めかしい土壁に挟まれながら、引き締まった顔の医療班と腰が引けつつある学生助手が進んでいく。

前回の実地演習ほど目の前に負傷兵は転がっていないが、生臭い空気は道に滞留している。
奥に進むにつれ、異臭が濃くなっていく。

数字が割り振られたエリアを決まったルートで踏んでいく。
途中発見した負傷者は速やかに処置と回収作業に当たること。
事前説明は簡素なものだった。

異臭のもとはすぐに眼前に広がった。
すでに処置を受けている負傷者が壁際に並んでいた。
よく見れば彼らもディグダ兵ではない。
兵士はどこに行ったんだろうと一人一人服装を確認してみたが制服の兵はいないようだった。
違和感を通り越して疑問符ばかりが浮かぶ。
民間人の救護に当たるとは聞いていない。

負傷の程度を確認し、重度の者を発見すればすぐに連絡を入れて搬送手続きを取る。
軽傷者はその場で処置し、周囲に負傷者はいないか探りながら順調にルートを追っていた。
しかし、奇妙な任務だ。

ディグダ軍が鎮圧にあたり、その従軍医療班として街に来たはずだった。
ドラム缶の陰で青白い女が体を崩している人間に駆け寄り、意識を確認する。
呼びかけて肩を叩けば薄く開ける。
医療班の男は躊躇いなく、女の襟元に手を掛け衣服を開く。
血の気を失った白い鎖骨から小山まで露わとなったが女に抵抗する気力はない。
男がさらに服を下へと剥いで低く呟いた。

「肋骨骨折、呼吸が浅いな」
「肺を損傷していますか」
「エルファトーン、搬送指示を出しておけ。カルテは作成後データ送信」
「カルテ作成完了しました」
「ああ。いい手際だ」
端末から出力したバーコード付きの樹脂シートを同行している男に手渡す。
男は何か言おうと紫色の唇を震わせる負傷者の耳元に顔を寄せて、すぐに迎えが来るからと手の甲を摩っていた。
セラから受け取った橙色の樹脂シートを手首を持ち上げて巻き付けると、地面の砂を鳴らしてその場を離れる。

「慣れてきたか」
「慣れるはずありません。まだ二回目ですもの」
道の中ほどに赤い筋を引きながら倒れている死傷者もいた。

「だめだな」
医師があっさりと死を告げる。
セラが確認に駆け寄り脈を取るが沈黙していた。

「次は」
医師の切れのいい仕切りで処置は進んでいく。
医療器具の入った重い鞄から端末へと樹脂シートを再装填する。
額に砂埃交じりの茶色い汗を滲ませながら突き進んでいたときだった。
足下で土が弾けた。
驚いてセラが前のめりに転がると、腹を掬いあげて医師が壁際へと張り付く。
セラには足下での小さな爆発が何なのか、判断する間もなく鳩尾を腕で突き上げられ、更には壁に叩きつけられた。
脆い外壁が薄く崩れてセラの頭の上に降りかかる。
怒ろうにも状況が飲み込めず、何? 何なの? と混乱するばかりだ。
先ほどセラたち二人が歩いていた場所には、鈍い銀色が斜めに深々と突き刺さっている。
ナイフにしては柄がない。
くないにしては鋭く軽い。
だがいずれにしろ殺傷能力の高い投擲武器だと分かり、背筋が一瞬で冷える。

「立て」
伺いではなく命令だ。
セラは崩れそうな腰と足を歯を食いしばって支えて、医師を睨み上げた。

「こっちだ」
そう言うが早いか、壁際に沿って歩きだし朽ちた木の扉を蹴り砕いて建物の中に堂々と入っていく。
しかしそこは、とセラが止める間もない。
セラに向かって放たれた刃は彼女たちの方向に尻を向けていた。
つまりこの建物から撃たれたというわけだが、医師は殴りこみに行くらしい。
乱暴極まりないが、どこから襲ってくるかわからない状況の中で頼れるのは彼だけだった。
一階をざっと検分し、二階へと駆け上がる。
セラへの指示はなかったのでこのまま敵が潜んでるともしれない場所に置き去りにされるより、彼とともに行動したほうが賢明だ。
続いて二階への階段に走る。
上階でさっそく騒がしい音と声がする。
話の内容は聞き取れず、聞き取る余裕もないまま医師の無事を祈って騒ぎのある部屋の外へと取り付いた。
そっと顔を覗かせると、窓際に抑え込まれた男と上から体重を掛ける小太りの医師の影が見えた。

医師が腕を曲げたとき、下で抵抗している痩せぎすの男の動きが停止した。

「お前、カルドか?」
セラの立っている入口に向いた顔が見開いている。
医師は男から離れて床に膝を下ろす。
頬骨の浮いた男を締め上げていた腕を摩った。
白衣の袖口にはカフスが輝いており、痩せた男の視線はそれに釘づけになっている。

男の体力の消耗が激しい。
眉を寄せながらこちらを睨みつける。
対して息を乱すことなく振り返った医師はセラにカルテ作成を命じた。
立ち尽くしていたセラが我に返り、医師に駆け寄って唖然とした。
この男も酷く失血している。
裂傷、切れ具合から刀傷と思われた。
上から布を押し当て、医師が手早く布を巻きつけていく。
緩みなく美しく巻かれた細い腕に、医師の腕の良さが窺えた。
セラが作成したカルテを確認して速やかに訂正して野営地に送信した。
部屋が逆光で見えにくかったが、部屋には乾き始めた血痕が一直線に窓まで伸びている。
階下でディグダ兵と交戦し、撤退したか遺体となった兵が回収済みなのか知らないが、男のほうは二階に逃げ込め一命を取り留めたらしい。
身に迫る危機からの防衛と反撃の舞台を窓際に定めて腰を据えて、ディグダが通りかかるのを待っていた。

「生存者の居場所はどこだ」
「記念会館の倉庫」
「他は」
「集会所の地下」
「それだけか」
「俺が、知っているのは」
「すぐに搬送部隊が来る」
「そいつらも」

医師の号令で、眠そうな目をした男を背にして建物から外に出た。
医師の腕に付いているカフスの効力が男を従順にさせた。
その医師に付き従い、処置を続けている自分の任務は一体何なのだろうかと、セラは医師の大きな背中を見据えて考え込んだ。












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