Ventus  96










埃が積もらず塵一つとして見当たらない施設内は、消毒液の匂いすらしてきそうだ。
装飾性の無い廊下、壁、扉は触らずとも伝わってくる無機質な冷たさがある。
空気も粉塵除去されたいたって清浄なものだ。
威圧的というべきか、排他的というべきか、人が異物としてそこにあってはいけないような奇妙な感覚が強くなる。
人が造り出した人工物で構成された建造物であるはずなのに、妙な感じだ。
階下の個人訓練室とは違い、上層部は扉からして威圧感が増していた。
白い人工灯に照らし出される一枚の鉄の壁は、スライドして開く。
個人の訓練室よりもはるかに広く面積が取られている。

部屋に入ると、すでに三人の先客がいた。
壁を背にアームブレードを抱えたカイン・ゲルフが左に座り込んでいる。
視点を右にずらすと、こちらも壁に凭れかかって一人が音楽を聴きながら目を閉じている。
その隣で同じように壁際に立って携帯ゲームに顔を伏せていた。
三人の中で彼が一番間延びした口調だったが、ゲームの上で走る指は驚くほど速かった。
最初に顔を上げたのはカインだった。
すぐに他の二人も入口の気配に気がついてこちらを向いた。
ゲームの電源を落としてゆっくり歩いてくる隣を、ヘッドホンを外しながらもう一人が足早に近づいてきた。

「久し振り。時間ぴったりだね」
「今日はおかしな小細工してないだろうな」
最初に忠告しておく。
騒ぎは起こしたくない。
巻き込まれたくもない。

「やだなぁ。だから三ヵ月も前からここ予約したんだ」
「私がカインと話をしたのはついこの前なんだが」
「カインはその前からカーティナーと対戦したがってたってことなんだよ」
横からさりげなく話に入ってきたのは、ゲーム男だ。
手にしていたゲームは、隣の機械いじりが趣味の男に手渡した。
彼の所持品だったらしい。

「まさかまた会うなんてな」
好意的とは言えない物言いに、二人は嫌な顔一つしなかった。
類は友を呼ぶ。
カインの友人もまた、変に真っ直ぐな人間だった。

「今回はね合法的にって」
「俺だってちゃんと卒業したいからね」
とは言いながらも、彼の指の間にはカードが挟まっている。

「それは?」
セラたちが尋ねる前に、いつの間にか寄って来たカインが上から覗き込んだ。

「カインにも話してないのか?」
クレイが呆れ顔でカインの友人達を見据えた。

「まあ、話してくれてもよく分からないから。俺、あんまり機械いじらないし」
嫌味ではない軽い笑いを浮かべた。

「お楽しみにって言われてたんだ。学内規程には違反しないように何か企んでるってことだろ?」
何も考えていないように見えて、洞察力が優れている瞬間もある。 目で追えないほど素早い動きで、カインは友人の手からカードを取り上げた。
蛍光灯の下に覗き込むように翳すが、それがいったい何なのかは透かして見えない。

「それはな、こっちだよっと」
飛び上がってカインの手から取り戻し、部屋の隅に走って行った。
壁からの四角い突起物の前で止まった。
机のようだが、椅子も何もない。
上に物を置こうにも、パネルが埋まっている。

「全員壁際に整列。そうそう、ぎりぎりまで寄って。動くなよ」
指示に従って全員が壁に背を付けて部屋を空けた。
荷物まで丁寧に壁へと持ってきた。
確認すると、カインの友人がパネルを慣れた手つきで操作する。

「はい注目」
得意げに起動ボタンを押した。
部屋全体が、微かに唸るように震える。
静かだがモーター音だ。
それまで平らだった白い床が隆起する。
角の丸みを帯びた角柱が、何もなかった床から伸びていく。

「柱が、生えた」
セラが目を丸くしている。
他の皆も言葉を失くしていた。

「障害物も想定した訓練ができるってわけ」
そのための広く区切られた訓練室だ。
続けてパネルの上で指を忙しなく動かした。
メタリックホワイトの壁が緑に変色する。
黄色に、赤に、色が変わっていく。
画像を映写し、ホログラムを合わせて擬似的な庭が完成した。

「触ると、確かにさっきの柱だ。でも遠目から見たら木が、並んでる」
クレイが部屋の中心へと踏み出した。
柱に囲まれて周囲を見回し、柱に手を触れてみる。

「でもまだ画像が粗いよな。で、これの登場」
パネルの埋まった台の下部にカードを差し込んだ。
瞬く間に周囲の環境が変わった。
景色だけではない。

「風? 室内なのに」
通気口から流れ出す空気がクレイの髪を撫でる。

「匂いまで生成できるっていうの?」
セラがクレイに近づいて行った。
草木の青臭いような匂いが部屋に満ちていく。

「臨場感、増しただろう? さすがだね、拡張パーツ」
「自画自賛? 確かにすごいけどね。これってホントに大丈夫なの? 規律スレスレ」
弛んだ声で、もう一人の友人が柱を叩く。

「せっかく頑張って組み上げたんだ。有効活用のためにも、存分に戦ってくれ」
カインとクレイを残して、友人二人はセラを引きずるように腕を引きながら、操作パネルのところにまで避難した。




「もの好きな奴だ。そんなに戦うのが好きか」
「さあ。自分でもよく分からないけど、一生懸命になれることは楽しいな。分かるのは、それだけだ」
「始めよう」
クレイが寝かせたケースからアームブレードを取り出し、腕に装着する。

「本当に、林の中にいるみたいだ」
カインも手に提げていたアームブレードを腕に着けた。
体右側をクレイに向け、水平に構えるとアームブレードの剣先をクレイに突きつけた。

「ここは闘技場じゃない。存分に、動こうじゃないか」
カインが飛び出した。
クレイが振りかざされたブレードを叩き落とそうとするが、重すぎて軌道修正ができない。
左に飛び跳ねて屈みこむように避けた。
顔を上げたがそこにカインはいない。
どこだ。

木の横で影が動いた。
正しくは木であるように目を欺かれた柱だが、その間をカインのコートが移動する。
クレイの目が捉えられるのは消えかけたコートの裾だけだ。
柱の陰から狙うつもりか。

クレイも立ち上がって、柱に背中を寄せた。
左右の空気の揺れに神経を張る。
どこに潜んでいる。

「右か」
アームブレードを右へ振った。
硬い衝撃、カインを捉えた感覚ではない。
木の葉が舞い落ちてくる。
立ち上がって地面を踏み締めれば乾いた草の音と靴底の柔らかな感触がする。
気持ち悪いくらいにリアルだ。
一体自分が今どこにいるのかすら分からなくなる。

「闇雲に振るえばブレードを痛める」
気がつけば目の前にカインがいた。
突っ込んでくるカインの攻撃を、咄嗟に持ち上げたアームブレードで防ぐが、重すぎて背中を強かに木の幹へ打ちつけた。
息が詰まり、再び吸おうとしたときに激しく噎せた。
崩れ落ちそうになる膝を必死に伸ばし、気配を探る。

以前より格段に腕が上がっている。
数分も経たないうちにこちらは攻撃すらできず息が上がっているというのに。

今度は、左。
もう逃さない。

木々の狭間から現れたカインに噛みついた。
正面から切りつけるが、威力が足りない。
ブレードの峰で軽々と弾き飛ばされた。

腕だけでアームブレードを操ろうとしても小柄なクレイでは重量に引き摺られる。
体ごと一端引き離し、低姿勢で懐に潜り込もうとした。
しかし、カインは後退する。

「後ろはないぞ」
体の軸は真っ直ぐに、反転して後ろ手にブレードを叩く。
瞬間、無防備になるが遠心力も加わり効果的な打撃を与えられる。
それも轟音を響かせながらもアームブレードで受け止めたが、カインは樹を背に追い詰められた。

「それは、どうかな」
長身を屈ませたかと思うと、幹を片足で蹴りつけ弾丸のようにクレイへと飛びかかった。
格闘技のように、肩から容赦なくクレイの腹へと向かい来る。
反射的に右に飛び上がったが勢いに巻き込まれて地面に転がった。
このまま寝転がっていてはカインが来る。
あいつは本気だ。
これは遊びじゃない。

クレイは酸素を求めて跳ねる肺をねじ伏せた。
距離を置いたカインが木の幹に手を掛けて再びクレイへ攻めに来る。
防戦ばかりでは体力を消耗するだけだ。
考えている余裕もなかった。


あと三歩で攻撃範囲というところで、クレイが動いた。
下から振り上げるカインのブレードを跳躍でかわし、目の前に聳え立つ木にそのまま足を掛けた。

動きを止めて反転するカイン。
追撃の体制だ。

その眼前に影。
瞬間、何が起こったのか把握できないまま後ろへ殴り飛ばされるように転倒した。
額を殴られた。
違う、だが何だ、今のは。
後頭部から地面に着地しなかったのは受け身がうまかったからだ。
耳の横で靴音が大きく鳴った。

跳ね起き離れる。
頭が痛い。




激しくぶつかり合う二人を目の前にしてセラは声がでなかった。
唖然とする一方、笑っていいものかどうかとも迷う。

「蹴った!」
掠れる声で小さく叫んだ。
カインのブレードを斜め前へ飛び上がって避けて、幹に足を掛けるまででも驚いた。
しかしクレイの着地地点はセラの予想を超えた。

「動物か!」
障害物を木々に変えた本人が、抑えきれず声を上げた。
だがまさしくそうだ。
落下するクレイの足は振り返ったカインの額へと、吸い込まれるように嵌った。

倒れるカインの横に軽やかに着地し、木の裏へと回り込んだ。
カインは額を抱えながら、星の飛ぶ頭を何度も振った。

その横からクレイが足払いを掛けてきた。
片足を取られてバランスを崩したところにクレイのブレードが追い討ちをかける。
体を水平になるくらい精一杯反らせた。
クレイのブレードが宙を掻く。


「体、意外に柔らかいんだな」
片手をついて、再び体を起こしたカインを見据えた。
冷たい炎の灯った瞳。
その笑いは嘲笑ではなく、相手の技量を楽しむ目だ。

「やる気が出てきたみたいだな」
「ああ。だがこの状況をクレア・バートンが見たら何て言うかな」
こんな荒っぽいアームブレードは教わらかなかった。
罰として今以上の走り込みを要求されるか、アームブレードの扱いに破門を言い渡されるか。

「けど、これだって擬似的に過ぎない。本気で臨んではいるけどな」
これが本来のアームブレードではない。

「俺たちは人を殺しに行く。いずれそうなる」
「汚れていくんだな。透き通った、アームブレードが」
「続けるか」
「他に、私が取るべき道はない」
クレイがアームブレードを構えるのを前にして、カインもゆっくりとアームブレードの剣先を持ち上げた。






セラは二人の様子をただ見守るだけだった。
空間を縦にも動きながら、まるで重力の縛りを忘れたかのように動き回る。
目で追うのもやっとなほどだ。



崖に姿を転じた壁に駆け上り、相手の側面へ回り込む。
カインは気配を感じ、アームブレードを跳ね上げた。
それをクレイが防ぐが、耐えきれず何度となく幹を揺らした。
肩から腕にかけては痣だらけだ。
アームブレードが交わり、腕が震えて痺れた。
攻防が入り乱れ、競り合っては距離を置き、木陰に身を潜めては襲撃する。
互いにぼろぼろだった。
しかし、不思議に疲れを知らない。

体格では圧倒的にカインの有利なはずなのに、クレイが猛襲を掛けている。
残り少ない体力なのに、どこから湧きあがってくるのかアームブレードに引き摺られることなく我が身の一部のように技を繰り出している。

クレイがカインの脇をすり抜けた。
そのまま振り返ってアームブレードを振り上げた。
空気を裂く音がする。

カインも体を捻りアームブレードを回した。


だが、首筋に紙一枚ほどの隙間を残して静止したブレードの冷たさを感じた。
同時に直感した敗北。
カインのブレードはクレイの腕に触れていた。


「俺の、負けだ」
また、勝てなかった。

「同時だ」
しかしカインは首を横に振った。

「これが戦場なら、俺の首は飛んでいた。確実にな」
クレイがアームブレードを引き下ろす。
カインもまた、引いた。

「私はカインを殺そうとして戦ったんじゃない」
「分かってる。けど、クレイの勝ちだ」
未だ飲み込めていないクレイを見下ろした。

「次は勝つ。今度こそ追い越してみせる」
それだけ言うと、カインは友人とセラの方へ体を向け、大きく手を挙げた。












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