Ventus  91










アームブレードのケースを肩に掛けたカイン・ゲルフは廊下で彼女を見つけた。
予選で篩に掛けられ絞られた人数だったが、それでも人探しするには多過ぎる人数だ。
一端踏み入れた控え室は居心地が悪く、すぐに出てしまった。
天井は高くて縦に広い長方形のホールだった。
天窓が抜けて昼間の光が人工灯に混ざって落ちてくるとはいえ、部屋の中に篭った空気が殺伐として当てられる。
息苦しくてたまらない。
大理石で囲まれた廊下は小さい窓が壁の高くに付いていて、トンネルの中を通っている気分だったが、そちらの方がまだ鬱屈していない。
競技場の外周を走る廊下は一周するのに十分以上かかる。
体を温めるため走る選手が何人かカインの目の前を通り過ぎる。
選手と学生が溢れる探し人に遭遇できる方がおかしいとも思ったが、反面期待もしていた。
それでも彼女を見つけたのは、多少なりとも思いが通じたからだと思いたい。

漆黒の短い髪を揺らしながら、器用に人の波をすり抜けるクレイ・カーティナーの横顔が視界に入り、すぐさま追いかけた。
カインより明らかに歩幅は小さいはずなのに歩行速度は速い。
背中に担いだアームブレードのケースが彼女に被さっている。
どちらが運ばれているのか分からないくらいだ。
そんな彼女だが、この人込みの中では瞬きをしている瞬間にも見失いそうになる。
人と人の間を、自分のアームブレードケースを当てないよう気をつけつつ、廊下の真ん中を一定速度で駆け抜けていくジョギング中の選手を避ける。


「何だ、お前か」
名前で呼び止め、細い肩に手を乗せて振り向かせる。
愛想の欠片も、情感の一滴もない言葉が返ってきた。

「久しぶり、だとか。さっきの試合はどうだったとか。そういう再会を喜ぶ声は上がらないのか」
口にしてから気付くが、クレイにそんなものを求めても仕方がない。
目が大きく可愛らしい顔立ちなのだが、彼女の常に前傾姿勢で近寄る物を引き裂かんばかりの威圧感が、可愛らしいという表現を吹き飛ばしてしまっている。
多少慣れたとはいえ、人を打ち抜くような三白眼を前にすると声を失ってしまいそうになる。
それでも彼女が気になり、声を掛けてしまうのだから仕方がない。
セラが言うには、これでも以前とは驚くほど友好的だそうなのだから、以前のクレイに周囲には近づくなどとんでもない、という噂は嘘ではない。
まともに会話が成立するだけでもありがたいのだ。
そんな小さな喜びだけでも噛み締めよう。


「次に進めたんだろう? 控え室にいなくていいのか」
「何で知ってるんだ」
「何で知らないんだ」
呆れと驚きの顔のまま天井を振り仰いだ。
天井にぶら下がっている電子掲示板のパネルを探す。

首を反らせば、等間隔に下がっているパネルはすぐに見つかった。
廊下の少し先に下がっているパネル、白い樹脂製の枠には四分割された画面内にそれぞれの試合が映されている。

一番近いパネル、黒い枠内には水を流したように、文字が流れては落ちていく。
試合場、対戦者、勝者が次々に流れる。
対戦順序も掲示されている。

廊下の真ん中に立っていると、容赦なく人の肩がぶつかるこの上ない障害物となるので、カインはクレイを壁際に引っ張った。

「あそこは、気分が悪い」
控え室のことだ。

「確かに。あれは一種の苦行か? 試されているのかな、あの耐え切れない圧迫感と緊張感」
互いに視線と放つ張りつめた空気で牽制しあっている。
次の試合まで無事にやり過ごせた者だけにこそ出場権が与えられるとでも言いたいのか。
次の試合で当たるかもしれない相手が集まっているのだから、張りつめた空気にならない方が変なのかもしれない。
それは分かっている。
だからカインは大人しく部屋から出てきた。

「下手に体力を削る馬鹿がどこにいる」
「正論だな。そして癒しを求めて俺は彼女を召喚した」
「何が言いたい」
「セラ・エルファトーンだよ。さっき連絡したからもうすぐ来るんじゃないか」
「こんなむさ苦しい場所に呼んだのか」
ため息とも怒りとも取れる息をクレイは腹から吐き出した。

「十数秒で返信が来たのに」
「それ以前に、何でお前がセラのアドレスを知ってるんだ」
「友だちだから。ちなみにクレイともお友だち。だからさあアドレスを」
「これ以上やっかいなことに巻き込まれるのは御免だ」
カインに誘われて、アームブレードの手合わせをしたり、訓練施設で出会って口論になったり。

「けどセラは楽しいって言ってくれるのに。あ」
長身の背中を丸めながら萎んでいくカインが、空気を流し入れたように起き上がった。
カインが手を振る先を見れば、彼曰くお友だちのセラが人の波をすり抜けてやってくる。

「大きいと見つけやすくていいわ」
カインが振り上げた手を目指してセラが二人の所に近づいた。

「無事合流できたことだし。場所を変えようか」
周りが騒がし過ぎて、まともに話もできない。
二階に上れば少しは人の層も薄くなる。
その分、試合会場からは離れることになるが。
掲示板をちゃんと見ていれば間に合うさと、カインが先導した。
それなら最初から二階で待ち合わせればよかったのだ。
そうすればセラをこんな人込みの中連れ歩かずに済んだのにと、思った言葉をクレイは飲み込んだ。
次の試合を控えて尖った気分の中、セラの登場は内心ありがたかったからだ。




「アームブレードの切れは悪くなかったけど、ちょっと疲れてる? 最後の方、腕が重そうに思えた」
「体力の減り具合が大きい。よくわかったな」
「アームブレードよりまず、基礎体力作りだなってクレア先生は言ってたわ」
「いつの話だ」
三人ではしばらく会っていない。
聞けば、セラとクレア・バートンはメールでやり取りがあるという。
クレイの試合経過報告まで任されているという。
人の友人をどこまで使うつもりなのかと苛立ちも感じたが、当のセラは楽しそうだ。
クレイの知らない水面下で着々とセラは友人のネットワークを構築していた。

「ああ、俺も見たかったな、クレイの試合」
「後で見れると思う。先生にお願いして録画した映像送ってもらえばね」
「お前も出るのか。次の試合」
「出るとも」
心持ち胸を張りながら肯定した。
ただでさえ縦に長いカイン・ゲルフが目の前に立ちはだかるとまさに壁だ。

「去年からずいぶんな進歩だな。お互い様だけど」
カインは予選の出場権を勝ち取るだけでなく、本戦にまで進むことができた。
クレイはというと、昨年の予選敗退が冗談のように順調に本戦へ進んでいる。
あの時は精神状態が酷かった。
思い出したくない記憶を穿られた。

「努力だよな。偏に」
カインの言葉が重い。
彼は本当に一生懸命だ。
必死で練習し、体を痛めつけて、それも勝ちたいという一心から。
クレイを怒鳴りつける程に、全力でぶつかっている。
そこにクレイが自身に足りないものを見出した。

「カインの試合はクレイの端末に映像送ってもらえるように先生にお願いしておいたから。後でチェックしておいてね」
参考になることなど山ほどあるのだから、クレイも他の人の試合を確認しておいた方がいい。
アームブレードに興味を示したのは成長と言えるが、それだけでは能力は伸びない。

「スタミナ不足、ね」
セラの指摘は事実だった。
鍛え方が足りないのは自覚している。
体力をつけなければ、この先試合を勝ち抜いてはいけない。

「精神的には落ち着いてきたんだ。去年とは違う」
「そうか?」
「そうなんだ。大丈夫、次も問題ない」
より試合時間を短く、全力投球で勝ち進む。

「クレイ。クレア・バートン先生から返信。基礎体力プログラムを組んで送っておくから今日から始めるようにですって」
「セラに言わずに自分で私に伝えればいいものを」
「セラに監督させるつもりじゃないか? そんなもの必要ないって無視できないように」
カインはぼうっとしているかと思えば、たまに鋭いことを突いてくる。
クレイは未だ壁男を理解できない。
セラは、彼のことを異性と話している感じではないと言う。
クレイは同姓異性問わず話し込む機会などほとんどないので、そう言われても素直に同意できないが、確かにカインは馴染んでいる。
クレイとセラの間に自然に溶け込んでいる。
愛想笑いではない笑顔に目を細めながら、二人に話しかける。


カインがポケットの中でごそごそ手を動かして、銀色のパックを取り出し、包みを開ける。

「じゃ、チャージ」
剥きだしになったスナックをクレイの口に押し付けた。

「な!」
抗議に口を開いた中に、押し込んだ。
カインに悪気はない。

「本当は食事にでも連れて行きたいけど、今腹一杯になったら、動けば腹痛くなるだろ」
カインから軽食を受け取って、クレイは大人しく齧った。

「あ、俺そろそろみたいだ。先に行くな。そこらの画面で活躍、確認してくれよ」
「おかしな奴だ」
クレイが軽食で口を動かしながらくぐもった声を出した。
振られても無視されても無碍にされてもクレイに食いついていった。

「変わってる。でも、きっとクレイと長く付き合っていける友だちだと思う」
「私には、よく分からない」












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