Ventus  23










容赦なく、クレア・バートンは斬りつける。
圧倒的な力。
息の詰まる気迫。

振り下ろされるアームブレードは、重かった。

クレイは防戦一方。
むしろ、息つく間もなく紡ぎだされるクレアの剣を、ぎりぎりとはいえ防ぎきれていることが奇跡だった。


反応速度は悪くない。
その点は、クレアを多少満足させた。

しかし。

やはり、空っぽか。





クレアに押されても、押し返す気合はない。
それでも。
クレア自身、どうしてこのような娘に執着するのか理解できなかった。
クレイに何を求めるのか。
何を、見たのか。


理解できない。
納得できない。

だからこそ、直接剣で聞いてみようと思った。
話し合って互いに理解できる人間ではないことは、すでにわかっている。
クレアも、そしてクレイも。

不器用な人間なのだ。
どうしてこう、不器用な者たちばかりが集まってしまうのだろうか。
古い友人は、空を眺めながらクレアに漏らした。


「それがお前の力か」
蛍光灯の光を背負ったクレアは、いつも以上に大きく見えた。

クレイより長身の背でありながら、恐ろしいほどの機動力。
床を蹴ったかと思うと、クレイの目の前に迫っていた。


「クレイ。お前の、いた、場所は」
剣を競り合わせ、クレイの耳元で静かにクレアは囁く。
低く、湿りを帯びた、クレアの声。
その声は、あの小路を連想させた。

かび臭い路地、どろどろと流れる水路、黒い世界。
黒い、水面。
腐敗しているのは、水か、ヒトか。

クレイの表情が一変した。
空虚な目が、攻勢に転じる。

驚くべき素早さで、クレイは飛び下がった。
間合いを取り、下から舐め上げるようにクレアを見据えた。

黒い瞳に燃えるのは、痛いほど冷たく息を殺した、炎。

踏み入れてはいけない場所に踏み入れた。
クレアは自覚したが、遅かった。
こうなることは予想の範囲内だったが、受け止めるクレア側の反応は想定外だ。

相手に激しく動揺していることを悟られぬよう、細く息をする。
目を反らせば殺される。
たかが、生徒に。
年端もいかぬ子どもに、心をかき乱される。

でも、もう遅い。

彼女の領域に踏み入れた。
向けられる明らかな敵意。
いや、彼女は気付いていないかもしれない。
これは、明確なる、殺意。

消してしまおう。
邪魔をするものは。


純粋な、感情。
だからこそ、背筋が冷たくなる。




「目を見ればわかるさ。お前の生きてきた場所が」
脅しではない。
今のクレイの眼は。




「黙れ」
それは、命令だ。
領域内に入り込んだ異物は排除する。
徹底的に。

そうして生きてきた。
何人たりとも、踏み込ませない。
覗かせない。
心の中を。


ただ一人を除いては。








クレイの体からは殺気が立ち上る。
匂いのない毒のように。
静かに静かに、クレアに絡みつき、やがて体を縛る。


部屋の中に流れ込んでいた柔らかな日の光も、今は何の効果ももたらさない。
白い箱の中、二人きりだ。




クレアは、手が震えているのに気付いた。

何人もの命を奪ってきた。
何よりも信頼できる自分の腕が、痺れている。

クレイのために。






クレイが脚を大きく開き、腰を落とした。
アームブレードを低く構え、眼はクレアから外さない。

何だ、この構えは。
教本にない姿勢に、クレアが戸惑った。
すでにクレイの威勢に呑まれている。


クレアは実戦で染み込んだ、中段に構えた。
どこから切り込んでこられても、対処できる。

クレイが動いた。

次の瞬間、クレアのアームブレードはクレイのブレードを受け止めていた。
息を呑む、瞬発力。






獣(ビースト)だ。






脳裏に、イメージが走った。
意思を宿した瞳。
しなやかな身体。
音もない動きは、美しくすらあった。
無駄がない。
動きにも、筋肉にも。


頭の芯まで痺れるほどの感覚は、久しぶりだった。





競り合う剣を弾き、間合いを取る。
クレアが体勢を立て直す隙を与えず、床を踏み込んで更に追い込んだ。

速い。

前傾姿勢で踏み込んで、下から蹴り上げるようにアームブレードを振り上げる。
上から叩き下ろすのではなく、下からの攻めにクレアはブレードを正面に構え応戦する。



剣を重ねれば、相手の心が読めた。
剣に性質が現れるからだ。
だが、彼女は。


「お前は、何者だ」
独り言のように、クレアが呟いた。

真っ直ぐな瞳に、真っ直ぐな剣。
混じるはずの雑念は、どこだ。

クレイが、見えない。
理解できない。
彼女という、存在が。








クレイ・カーティナー。
どうしてそれほどまでに、一人になろうとする。
やはりお前の肉体の中は、空洞なのか。
魂は。
もたらされる、熱は。
どこだ。
どこにある。


だからか。
だから、私は。


クレアが目を見開いた。





息を上げないクレイの剣は、クレアを喰らおうとしている。
クレイのブレードが、クレアの頭を狙う。
首を反らし、剣先を逸らしたが、頬の皮を裂いた。


アームブレードの勢いで、前方に吹き飛ぶはずだったが、脚を開き踏みとどまる。
そのまま再度、攻撃体勢へ戻った。
体を捻ると、またもクレアを襲う。


連続攻撃を持続させる体力。
それに耐え得る、筋力。
玄人のクレアの動きを追える動体視力。


クレアは、クレイを跳ね飛ばすと水平にブレードを構え、水面を走らせるように横に叩き込んだ。

クレイは重い一撃をアームブレードに受け、よろめいた。
崩れる寸前、止めを刺すとばかりにクレアは上からブレードを振り下ろした。
クレイはアームブレードごと床に叩きつけられた。
半ば滑るようにして、横向きに倒れこんだクレイの鼻先に、クレアのアームブレードが突き立てられる。

触れるか触れないかの距離にある剣先を、クレイは目を開いたまま見つめていた。






「終了」






冷ややかに告げられる、戦いの終わり。
それは、呆気なかった。


このような子どもを相手に、なぜ熱くならねばならない。
どうして執着する。
自問の答えを、クレイと剣を合わせることで見つけたかった。

勝負など、する前から分かっていた。
玄人と素人。
それも、アームブレードを手にして操り方も分からぬ子どもと、実戦を経験した大人。
それでもクレアはクレイに勝負を挑んだ。




知りたかったのだ。
クレイの殻の内側を。
技量ではない。
その、強さを。

クレイが展開する領域に踏み入れることでしか見れない、彼女の世界を。
剣を合わせ、彼女を煽り、執着してまで知りたかった、彼女の心と強さを。






「なぜ、私がお前に剣を向けたのか。理由は聞かないんだな」

剣は、横を向いたクレイの目先に突き立てられたままだ。
人形のように目を開き動かないクレイを、クレアは見下ろしていた。


「興味はない、か」
クレイは答えない。
目も、あわせない。

「守りたいものは、あるか」
クレイの目蓋が微かに反応した。

守るべき、もの。
クレイを包み、変化させていくもの。
世界の、すべて。






クレアは床に突き立てた剣を持ち上げた。
ゆっくりとクレイが体を起こす。

「軍へ来い、クレイ・カーティナー」
片手を床についたまま、クレイは片膝を立て乱れた黒髪を掻き上げた。

「人殺しの集団に、興味はない」
クレアの側に来いというのだ。
だがクレイに、彼らと意思を共にする執着はない。

地位など必要ない。
金も、生きていける分だけあればそれでいい。

ディグダは、グラストリアーナ大陸を食いつくした。
それも、軍があってこそ。
戦闘の歴史が、ディグダの歴史だ。


意思が伴わない力は、虚しいだけだ。


「軍は人を殺すためだけにあるのではない」

人殺しの集団。
否定はしない。

しかし、何かを生み出す力を持てる。
武力と、同時に。
変革の、力を。

「そう信じる人がいる」
ただ流れて一兵となり死んでいく。
そうではなく、自ら軍に「行け」とクレアは言う。

「会ってみろ」
行けば見える。
何かが変わる。
クレアは、確信している。

「決定権は私にはない。決めるのは、クレイ自身だ」
それは、クレイの生きていく未来だから。

「お前にだって、守りたいものがあるのだろう」
決して空虚ではない、クレイの心。






クレイが顔を上げたとき、クレア・バートンはアームブレードを収めた箱を背負っていた。

入り口でクレイに振り返る。

「ここを、自由に使うといい」
それだけ言い残し、灯りの落ちた部屋からクレアの姿が消えた。








「軍隊も、所詮は兵器だ。アームブレードと、同じに」
クレイは右腕を持ち上げた。

諸国を飲み込み膨れ上がったディグダだが、体内の小国は今にも爆発しそうだ。
力で捻じ伏せた結果が、歪が積もり積もって現れ始めているのだ。
半ば圧制を敷くディグダは体内でうごめく敵を、また力で以って押さえつける。


ガラス窓を通して、茜色の光が降り注ぐ。


「平和、だ。今は」

クレイは太陽で黒く染まった樹を見つめていた。











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