((( クロノ・クロウラ 12 )))




「おり!」



叫ばずにはいられない。
望みはなくても。
願いは届かなくても。
声にならなくても。
想いがカタチにできなくても。
呼ばずにはいられない。


ヒトが、流れる。
邪魔な、障害物だった。
単なるモノでしかなかった。

みんな、みんなそうだ。
壊れてしまえ。


大切なものが。
この世で一番大切なものが手に入らないというのなら。

織がいない世界など。

そんな世界に、意味はない。
少なくとも自分が生きる世界には、意味がない。




織は、なにを残した?
蒼に、生きる希望を。

希望?

そんな単純なものじゃない。
そんな簡単なものじゃない。


言葉で表せるわけがない。


そんな明確なもので、シンプルな道具で、記号で
今の気持ちや思い出を、まとめられるわけがないんだ。



離してはいけない。
消してはいけない。
絶対に、離さないから。



声が涸れるほどに、蒼は叫び続けた。
自分の無力さを、憎んだ。












はじまりの場所は、いつだって暗かった。
おわりの場所は、いつだって、雨だった。


雨は嫌いだ。
嫌いだった。


いつだって邪魔をする。
大切なものを覆い隠してしまう。


月が見たいのに。
少女は呟いた。

それももう、遠い。

でも闇にだって光は差す。
いつか雲が割れる日が来る。

最後の希望。
光が下りる場所。
蒼が知っているのは、たった一つだった。














白い脚が揺れる。
その下に地面は遥か遠い。



背中には、白銀に輝く目映いばかりの光を湛えていた。






「なぜだ!」






それ以上、蒼は言葉を失った。



ビルの谷間、細い路地、積み上げられ錆びたコンテナ。
廃屋と化した、ビル。
灰色の空とビルと地面に挟まれて、でもそこにだって光は降りる。




「おそかったじゃないか」




蒼の青白く、ぼろぼろになった体と顔を見下ろしていた。


「蒼」


コンテナの真下に、蒼がいる。


「見てたよ。ずっと、ここから」


息苦しそうにせめぎあう街は、変わらない。
似たような朝を繰り返し、同じようなネオンの夜を迎える。
でも、それでも同じじゃない。
教えてくれたのは、蒼だ。




蒼の頭上に、ぼくがいる。
錆びたコンテナを、蹴った。

体が、座っていたコンテナを離れる。
空気を切って、下へ引き寄せられる。


堕ちる、落ちる。
体が、地面に吸い寄せられる。


同じだ、ぼくが本当のぼくに戻り始めた、はじまりの瞬間と。

でも違うのは、今、体が重力を感じている。
その、現実。



「そう」


唇は動いても、声にはならない。
でも、大丈夫。
蒼には届いている。


受け止めて。
離さないで。




蒼が、両手を広げている。
思い切り、胸の中に落ちた。

衝撃に二人ともが、崩れ落ちる。
感じるはずの湿って冷たい地面の感触は、ない。

代わりに、温かさが抱きとめた蒼の手のひらから伝わってきた。





「どうして、なんだ。織がいる」
ここに、いる。


「消えたくないって、願ったんだ」


それだけだ。


積み重ねてきた過去を捨てて、これから歩める可能性も否定することなんて
ぼくにはできなかった。

消えたくないと、薄れゆく意識の中で叫んでいた。
生きたい、と。

傷は、時が経って痛みは薄れても、なくなりはしない。
わかってる。

それでも。

例え、心臓が引き裂かれそうなくらいの痛みを伴っても。

それが、ぼくがぼくである証だから。
生きてきた、証明だから。

失いたくなかった。


「決めたんだ。もう、逃げないって」








ヒトを愛してはいけない。
二度目の罪に、記憶や存在の消去という裁きは下らなかった。

忘れたい記憶、でもそれ以上に
痛み以上に大切なものを知ったから。


今は忘れるのが、怖い。
蒼といた
記憶
感情
思い出

すべてを失うのが、怖い。


結局、変えられなかった。
贖罪のチャンスでも、やはり愛を捨てきれなかった。


だから神さまは、ぼくを消すのではなく
ぼくに、最後の罰を与えた。
ヒトとしての死を。

それが、二度目の罪への罰。




だけど




「ありがとう」
唇が震えて、うまくしゃべれない。

さっきまで泣いていたのは、蒼のほうなのに。
「ぼくを助けてくれて。ぼくを迎えにきてくれて」




前も、それに今も。




抱きしめられて、痛い。
その痛覚も何もが生きている証拠。
うれしかった。


「これは、だれに礼を言えばいいんだろう」
「消さないでいてくれた。神さまは、ぼくをヒトとして生きるようにと」


これは、罰?


「だからもう、ハネはないけど」
完全に消えてしまった。
二度と、天使にはなれない。




「俺は、正しかった」
「なにが?」


蒼の頭はぼくの肩口にある。
顔は見えない。


「やっぱり、天使だったじゃないか」


そうだね。
仕事をさぼった、天使だ。
罰を受けた、罪を背負った天使だ。




「温かいな」
蒼が、息を吐いた。


走ってきたのは、わかってる。


見ていたから。
必死になって、探してくれた。
追いかけてくれた。

そっと、コンテナの上を見る。
ぼくが、座っていた場所を。
そこに、眩しい光はない。
灰色の、くすんだ空しかなかった。


ぼくの隣に立っていた裁きの使いは、天に帰ってしまったみたいだ。


しばらくは、見ることもないだろう。
ぼくが死んでしまう、その瞬間までは。



「ぼくのしたことは、天使なのにヒトを愛するってことは」
蒼の鼓動が心地いい。

「それはとても罪深いこと。罰を受けても当然なんだ」

腕を伸ばしてゆっくりと、蒼の首筋から顔を離した。
真っ直ぐに、今なら蒼を見られる。


「でもね、蒼。だからこそ、蒼に会えた。罰を受けて、ヒトとして生きたから、会えた。そしてまた、ヒトとして生きられる。例えそれが、ぼくの犯した罪への罰だとしても」
仮初の生と死でなく、ヒトとしての生と死を。

「誰かを大切に思うことは、罪だと思う?」

蒼が、にじむ。
涙の向こうの蒼が、しっかりとぼくを捕まえていてくれる。

「ぼくはヒトを、だれかを愛さずにはいられなかった。それが、いけないことだったとしても。裁かれたとしても」
でももし、罪の先に光があるとしたら?
与えられた罰の向こうに、大切なものがあるとしたら?
それがぼくにとって、だれかを愛するってことだった。
罪と罰を重ねても捨てきれないほどの、大切な思い。




蒼が、ハネのなくなったぼくの背中を、大きな手で引き寄せた。
しあわせだ、と感じた。

「罪じゃないだろう。だから神様は織を残してくれた。ここに織がいる。許されてるんだろう」

それで、いいじゃないか。
そう考えてもいいじゃないか。




















それは、罪ですか?
神さまを裏切る、罪なのですか?
与えられるのは、罰ですか?








神さま、それでも、ぼくは





後悔をしてはいないんです。





































 <<< return to Novel Page >>> 

「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「 「
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送