Ventus  192










再動の兆候があった神門(ゲート)を今一度全部調べなおしたい。
クレイ・カーティナーからの積極的な発言があったのは、彼女が赴任してから初めてのことだった。
指示があれば動くが、自ら率先して行動し意見する行為はなかなか見られなかった。
彼女が、彼女の立場や現在の隊のあり方などについて所見を述べることもなかった。
ただ淡々と、任務を遂行し、報告し、状況に身を慣らしている現状だった。

何が再動の切っ掛けになったのか、肝心の調査は行き届いていない。
人員の不足が主な原因だったが彩(ツァイ)にとって、膨れ上がったかつてのCRD(カルド)のような組織の痛みを味わいたくない。
CRDは実に優秀な人材の宝庫だった。
壊死した箇所を切るために、多くが犠牲になった。
CRDを終わらせなければディグダが終わる。
政権だの勢力だの、身内の喧嘩にごちゃごちゃと煩わされるのを彩は嫌った。
内ばかりに目を向けていては大局を見失う。
世界は動いている。
世界はディグダクトルだけでできているのではない。
屋敷にばかり閉じこもって、ただ壁と文書を眺めているだけの日々では事態が見えない。
知ったつもりになるのが彩には一番恐かった。
しばしば護衛も密着させずに外出していたのもその危機感に煽られてのことだった。
稀に拾い物もした。
いつの間にか顔見知りになった、外の人間たちとも交流を持つようになった。
人も、物も、情報も、あらゆるものが彩のもとに流れてくる。

そしてその一人が、目の前に立っているクレイ・カーティナーだ。
なかなかの縁だとは思わないか。
強制したつもりはなかった。
彼女が望み、気がつけば彩のところに来ていた。

「いいだろう。他には」
「講義を受けたいのです。柔術、ナイフなどの近接戦闘の知識が不足しているので」
「それはリヴから聞いたな。それだけか?」
「ひとつ、可能であるならば」






巨大な一枚岩を円く切りとった床の上には外周に内周にと弧を描いて彫刻が施されている。
白い砂が黄土色の岩の溝を埋め、彫刻は絵画のように白の線で描かれている。
柱にしろ、床にしろ、回廊にしろ、実に芸術性の高い作りをしていた。

「ここを放棄するなんてな」
乾いた風が、クレイの髪の水分を攫って行く。
外に出れば日差しが差すように降ってくる。

「ヴェールをお忘れなく。陽に慣れないあなた方の肌はたちまちに火傷してしまいます。とくにこの季節の太陽は容赦がない」
先導する女性の言葉に、クレイはヴェールの端を鼻の近くまで引き下ろした。

「さらに言うなら、このところあなたのような髪の色に、このあたりの人間は敏感なのです」
巨大な遺跡の中を探索するはずが、どうも間延びした雰囲気と人気のない空気が、人間の時間の単位を忘れさせてしまう。
ゆったりとした歩調でいつの間にか調査しているのか散策をしているのか分からなくなった。
以前、バシス・ヘランにいたという案内役の女性も、金で雇い入れた。
内通者、スパイ、裏切り者、などと事実が発覚すれば命すら危ういはずが、実に緊張感も警戒心もない。
久々に他者と交流できて嬉しいとすら口にした。

「こんなにあっさりと要求が通るとは思っていなかった」
ふと思いついてクレイが口にした。
案内役の背中には届かない声に、クレイの同行者が反応した。

「彼女を確保できたのは幸運でした」
「隣にリヴ・ローズワースがいるという話だ」
「私。あなただったのですね」
リヴ・ローズワースは遂行中だった探索任務を切り揚げて後輩に引継いでからこの任務に携わった。

「スケジュールを大幅に変更してまで召喚された。まさかとは思いましたが」
クレイが望んだことというそれだけの理由での計画変更に、リヴは少々納得がいかない。
新人の発言力の高さ、それは老(ラオ)がクレイ・カーティナーに入れ込んでいるが故か。
その疑念は、クレイ・カーティナーの実力へと矛先を変えようとしている。
歪めるな、とリヴは自分を律した。
任務だけを見据えればいい。
雑念は振り払え。
今、見えることだけを信じればいい。

「アミト・ヘランは、いわばバシス・ヘランの死骸。カリムナの抜け殻です」
ソルジスの国には、各領地を収めるカリムナという存在がいる。
荒野が続き、資源の乏しいこの国だが、カリムナの元には繁栄が約束されていると言う。

「カリムナという存在を井戸だと考えて下さい。地下には我々の目に触れないエネルギーがあるという。それを汲み出し、領地に行き渡らせている。それがカリムナといわれています」
リヴがクレイに語った事前知識だ。
エネルギー自体を目にしたことはないし、する機会もないだろうとリヴは続けた。
ヘランという神殿の中に秘されているもので、ソルジスの宝のようなものだ。
カリムナは神に近しい、崇められる存在だともいう。

「潤沢に養分を含んだ水が湧き出し、土壌を満たすのか。はたまた本当に地中からエネルギーが湧き出しているのか、我々には分かりません」
それがリヴの見解だった。
ただ、いずれにしろカリムナとはそれら豊潤の力と共にある存在なのは確かだった。

カリムナがいなくなれば、バシス・ヘランは衰退し、アミト・ヘランへと転じる。
人は去り、殻だけが残る。
そこには異形が憑りつくと言われていた。
異形とここでは呼んでいるが、それはクレイらがいうところの獣(ビースト)、魔と同義だという。

「かつては、カリムナの恩恵を離れ異形の憑りつくアミト・ヘランから異形を払うべく、巡廻者が派遣されていました。それもこのあたりでは、もう」
言葉を濁したには訳がある。
この領土のカリムナは死んだのだ。
次のカリムナを立てることもなく、力は継がれることなく潰えた。

「混乱しています。バシス・ヘランでは、次期カリムナを擁立しようと、力あるものを血眼になって探しています」
だが、目ぼしい者は未だ見いだせていないと言う。

死にゆく領土を、近隣のカリムナが飲みこんだりは、と示唆した。
だが、案内役は静かに首を振る。
ソルジス全土に散っているカリムナたち全体の力が弱まっているという。
とても隣接する領土まで統治できるほどの力はないと語った。

そもそも、カリムナは族長制度ではない。
互いの統治する領土はあれど、双方が伝統的に前カリムナの領土を引継ぎ、領土侵犯とは無縁だった。
カリムナは領地の頂点に立つ、しかしそれは領土を掌握した意味ではない。
カリムナは立たずの不安と混乱、巡廻者も派遣できる余裕のない状況に、今は隙だらけだという。

「あなたはどうして我々ディグダに協力する気になったのです? お金ですか」
リヴは口にしたものの、金銭目的ではないと見抜いていた。
案内役の女の身なりを見れば分かる。
擦り切れていない絹の衣服、血色のいい肌、それらは国と誇りを切り売りする者には思えない。

「私はソルジスを愛しています。カリムナが治めたこの地を愛しています。このまま崩壊していくのを見ているのはあまりに辛い」
女はおもむろに左腕を横に持ち上げ、袖を捲り上げた。
腕の上半分が焼け爛れている。

「バシス・ヘランの大崩壊時に負った傷です。私は、かつてカリムナの側女でした」
「カリムナの側女は三人だったと聞いている。いずれも崩壊時に亡くなったと」
「カリムナがアミト・ヘランにお上がりになって間もない頃の話です」
しばらくして、カリムナは何人もいた側女たちをわずか三人に絞った。

「切り捨てられた、などとは思いませんでした。カリムナは私たちを側女の役から外しても、変わらずお優しく接して下さいました」
腕は再び布の下に隠れ、女の寂しげな横顔だけがクレイとリヴに向けられていた。

「カリムナには姉君がいらっしゃいました。彼女はアミト・ヘランを監視する巡廻士でした。カリムナは常々私たちを通し、姉君のことを気遣っておいででした」
ゆえに、カリムナへの忠誠心は掠れたことはない。

「三人の側女は亡くなったといいます。カリムナの姉君もまた」
「崩壊の原因は不明だというのが公式見解だが、実際はカリムナに近い男が企んだことだとか」
「今のバシス・ヘランは、次期カリムナ擁立しか眼中にありません。崩壊首謀者はカリムナに一番近しい側近の男とし、一旦区切りをつけようとしているだけです」

「真犯人がいるということか」
「そもそも犯人などいはしません。カリムナを見てきたものだけが真実を知り得るのです。その真実も、もはや今のバシス・ヘランには不要のもの」
犯人なき罪。
それで納得できるのは極僅かな人間だけだ。
万人に理解させるには犯人を立て、新しいカリムナによる治世という希望を与えねばならない。

砂上の忘れられた遺跡、アミト・ヘランの重い扉をかつての側女が押し開いた。

「あなた方は帝国の中でも特異な存在。あなた方は、バシス・ヘランを守ることに注視している。それは我々の望むことでもあります」
アミト・ヘランに神門(ゲート)は眠る。
アミト・ヘラン神門(ゲート)は再動する。
彩(ツァイ)はそれを見守りたい、カリムナの側近たちは忘れられた遺跡を守りたい。

「ご案内しましょう。あなた方が望む場所へと」












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