Ventus  190










「現存する神門(ゲート)についてお話しましょう」
「獣(ビースト)がいるんだろう?」
森の中だというのに、声を上げていればここだと言い回っているようなものだ。

「獣(ビースト)は耳がいいので、叫ぶ叫ばずとも襲撃されるときはされます」
それは言い訳のような気もするが、それよりも話をすることがリヴには優先される事項らしかった。

「例の施設のように、森がなく裸の状態で管理されている神門(ゲート)」
獣(ビースト)蔓延る神門(ゲート)も、今は完全制圧され鎮静化している。

「管理されず暴走し続けている神門(ゲート)」
今も獣(ビースト)が流出し続けている。
制圧できるだけの力がない地域や維持管理できる資金力の乏しい自治区に多い。

「それらは人の手により神門(ゲート)が破壊されたもの。神不在の神門(ゲート)で廃門、死門とも呼ばれます」
神不在となり死門となったはずの神門(ゲート)に神が宿る、神門(ゲート)としての機能を取り戻す兆候、事例が昨今見つかった。
原因は調査中だった。

「それを再動といいます。老(ラオ)が力をいれている研究のひとつです」
森は鬱蒼としている。
緑の濃い厚みのある木々の葉が、天井を覆う。
長袖に帽子といった完全装備だった。
着込みすぎではないかとも思ったが、人がほとんど踏み入れないであろう細い道を抜けるには、小枝や攻撃的な葉が肌を掠める。
衣類に靴など、繊維研究にもディグダは熱を入れている。
研究の最先端は軍服などに使用され、クレイの手元にも届く。
お陰で戦闘時には機動力が向上し、衣類が防御力を高める。
今回支給され着用した服もそうだった。
軍人と主張しないよう、市販製品のようなデザイン性がありながら、繊維は特殊加工されたものを使用している。
吸水速乾耐久性いずれも高く、小枝に阻まれようと無傷で突き抜けて歩ける。
それでも頭上から垂れ下がっている蔦や木の枝を避けながら進むというのは難しかった。
方角を見失い、あるかわからないような薄い獣道から外れれば完全に道を喪失する。
その点、リヴは道を心得ているので順調に突き進んだ。
クレイは彼女の背中を追うので必死だった。
リヴは猛然と進んでいく。
途中で茂みが怪しく音を立てるのがはっきりと聞こえたが、獣(ビースト)の姿は見えなかった。
リヴは、おそらく血の匂いに反応したのでしょう、と端的に言った。
仲間の匂いを感知して、様子を伺っている状況だ。

「なるべく獣(ビースト)との接触は避けたいものですが、そうもいきませんね」
リヴはクレイの力量を危惧していた。
アームブレードのデータは入手していて評価していたが、短剣の扱いが苦手だとは失念していた。

剣術の基礎課程で置いたままだった。
勉強しなおさねばならないと、クレイは噛み締めた。
関心が無いことを放置する癖がある。
だがこれは必要なことだ。

時間は有限。
オールラウンダーが望ましいが。
リヴは茂みを歩きながら考えていた。
クレイが老(ラオ)に取り上げられた理由だ。
クレイ・カーティナーは確かに平均値より優れている。
だがそれだけの人間が老(ラオ)に拾われはしない。
クレイ・カーティナーが特化している点は何だ。
老がリヴをクレイに付け、行動を常に共にするよう仕向けているのも、クレイの特性を見出せとの意図なのだろう。
望むのは個性。




遺跡だった。
石の残骸が苔生して、地面に転がっていた。
何十年、あるいは百年単位で経過した時間の吹き溜まりのような場所だった。
時間は刻まれ、しかし止まっているように錯覚もする。
そこに人はいない。
文化もない。
ただ小さい生命が生まれては消えて、途切れたと思えば連なって。
断裂と連続を繰り返している。

昆虫が蔦の上を歩く。
その下では苔が頭に張った露をゆっくりと飲み下していた。

「歩幅が違う」
足を止めて呟いたクレイに、リヴは振り返った。
急ぎましょう、と声をかけるつもりが言葉を喪失した。

「命の長さが違う。だから時間の流れ方もそれぞれなんだ」
鼓動が脈打つ早さが違う。
生きて死ぬまでも種によって異なる。
共通の単位で拘束されることなく、自分の体内のリズムで生きている。

「種の本来の姿だ」
年、月、日、時間、分、秒と人間が考え出した記号や単位で縛られた生活では、人間しか見えない。
当然だ。
人間のための世界だからだ。
人間の拘束の外の世界。

「土の匂いだ。草の匂いだ。各々に呼吸する匂いと音だ」
リヴ・ローズワースは黙っていた。
時間ですと、持ち出すのはあまりに無粋だ。
以前に、その言葉も出ないほど、クレイ・カーティナーが紡ぐ生命への見解に耳を傾けていた。
彼女は、彼女のリズムで生きている。


クレイ・カーティナーの言葉を聞きながら、その思考を通して彼女という存在を探ろうと分析する。
マイペースだと一言で片付けるには単純すぎる。
子どものように純粋な感性を持っていた。
それはきっと、高等部まで密に他者と触れ合うことをしてこなかった、人間形成の未熟さに起因する。
感覚器が捕らえた情報を素直に体内に取り込める。
些細なことも、些末だと思えることも、何のこだわりもなく吸収する。
これは不要だ、これは無駄だという振り分けるフィルターの目が、社会常識という網状組織で形成されていない。
すなわち、彼女がいかなることに集中、関心を持ったとしても、否定する人間がいなかったということだ。
高等部よりその彼女に寄り添っていた人間は、ただ一人。
セラ・エルファトーン。
セラ・エルファトーンとは何者だ。
無垢なままのクレイ・カーティナーを受け入れた。
クレイ・カーティナーが精神崩壊を起こすほど、依存した存在。
クレイ・カーティナーを分析するときに必ず片割れとも影ともして張り付いている存在だ。
彼女は、クレイ・カーティナーが思考するときに何と応えただろう。
リヴは黙って見守っているしかなかった。
悔しくもあった。
透き通った感性に、その精度に自分は及んでいない。
それは幼い頃にすでに喪失してしまったものか、あるいはこれから練成されていくものかすら分からない。
その感性は、通常の任務に不必要とも思えた。
だが、一方で最重要にも思えて心の片隅に引っかかっている。

生命の根源とは、人間と他者との隔壁とは。
それはすなわち、ヒトと魔との関係性とも重なった。
ただ我々が得体の知れない侵略者と位置づけている魔。
ただ討伐する対象物。
分かり合えるなどとは思わない。
しかし、あまりに敵を知らなさ過ぎる。



咆哮とともに、右の茂みから巨体が突っ込んできた。
咄嗟にクレイが身を捩り直撃を避けるが、薙ぎ倒されて石垣の端へと放り出された。
受身を瞬間に取ったものの、呼吸のタイミングが合わず小さく呻く。
リヴはクレイが投げ出される直前に短剣を抜き放った。

踵を返す巨体の反応速度は早い。
クレイが身を起こしたときには、彼女に向かって牙を剥いていた。
獣(ビースト)だ。
茂みに潜んでいたものか、あるいは新手かは分からない。
一頭でよかったと、脳の隅で考えながら迫る獣(ビースト)の足元へと跳んだ。
石垣を蹴って跳んだ瞬間、すれ違いざまに獣(ビースト)の右前足を短剣で擦った。
振り返る獣(ビースト)の顔へ、短剣を振り下ろした。
右目を奪う。
混乱する獣(ビースト)を前に素早く剣を逆手に取った。
狙う箇所を一瞬迷ったが、尻をめがけて突きたてた。
足と俊敏性を奪えば勝機は傾く。

「ローズワース!」
叫んだときには、彼女が獣(ビースト)に張り付き、剣を脇腹に沈めた。

剣では致命傷にはならない。
彼女の剣には毒薬か麻酔薬の膜が張ってある。
爪で地面を掻いていた獣(ビースト)の力が弱まるのを見届け、クレイは額の汗と獣(ビースト)の紅い飛沫を拭った。

「帰ったら、最適な剣術のプログラムを教えて欲しい」
アームブレードとはレンジが違う短剣。
一度目の戦闘よりは少し間合いの取り方はマシにはなったが、素人に近い動きだ。
先ほどまで生命とは、と語っていた口から出たのは意外だった。

「私は獣(ビースト)を殺す。憎いわけじゃない。それが何であろうと、私の道を邪魔するものは排除する」
剣術が、彼女にとって必要となった。

「道とは、信念ですか」
「言葉に表す必要があるか?」
リヴは目の前が白濁した。
この人間は、他者と感覚を共用しなければならないという積極性が欠いている。
コミュニケーションの断裂という感覚ではない。
人間は言語による記号の変換を通して、感覚の共有化を行ってきた。
今、彼女はそれを否定した。
ここにいる人間が、リヴ・ローズワースでなければ、それはイコールでコミュニケーションの拒絶と受け取ったかもしれない。
だが、リヴの目が見るクレイは違う思想と重なった。
老から神について聞いたことがある。
彼らは、言語ではなく、非物質化、感覚そのもので意識や知識の交感をするという。
一つの大きな箱に投げ入れた、記憶や感覚をそのまま他の存在が拾い上げるというものだ。
表現、とは感覚を言語や物質化して表す行為だ。
言語で切り取られて弾かれた、感覚も存在する。
欠落することなく、そのままの新鮮な感覚を神々は交感しているとリヴに老は説明してくれた。

クレイはそうだ。
老もそうだった。

言語や物質化された情報を簡単にリヴに与えはしない。
劣化させることなく、己の感性で掴み取れという乱暴な手段を与える。
我が姿を見よ。
それをリヴは傲慢だと受け取らなかった。
リヴの感性と器を評価しているがゆえのことだ。
老とクレイは似ていた。

遺跡の奥へと進んでいく。
これは人が組み上げたのか。
ここにはかつて、神徒がいた。
魔に耐え切れなくなった神門(ゲート)の崩壊で死んでしまった集落だ。
外部破壊ではない、おそらくよく調べたら神徒の足跡を知ることができる。
これまでは獣(ビースト)を恐れて立ち入り調査は控えていたが、魔石を置き換えたら少しは
獣(ビースト)の流出も収まる。
未だ少なく貴重な人員を派遣して、比較的安全に調査作業ができるだろう、とリヴは期待した。












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