Ventus  186










砂嵐に巻かれ、車体が振動しながらも真っ直ぐに突き進む。
ハンドルを握る手を絞りながら、リヴ・ローズワースは車体が揺さ振られ砂嵐に車が流されそうになるのを耐えながら直進を続けた。

「砂嵐、我々はカーテンと呼んでいます」
シートベルトをしていても不安定な体に、クレイは両手を窓に押しつけて支えていた。

「ご安心を。間もなく切れます」
暗く濃い砂塵に車は押し流され方角も分からない。

「抜けられるのか」
「この車ならば。他の車体なら強い磁場に探知機は方角を失い、砂にまかれてバランスを失い転倒」
二人が走る砂の下には横転して身動きできなくなった車がいくつ眠っているとも知れない。
厚いカーテンの一方から薄い光が差した。

「出口か」
だが車体が押し流されているのか、クレイの左手から挿す光からは徐々に距離を開けていく。

「遠ざかってるぞ」
「あちらに行けば深みに嵌って抜けられなくなります。こちらに道があります」
「この砂嵐、天然のものか?」
「お察しの通り、多少手を加えてあります」
毒を用いるには毒消しを備えよ、とリヴは続けた。
この車体には解毒ならぬ、抗砂嵐の作用が施されてある。

「とはいえ視界不良は如何様にもなりませんので、道を知らねば惑います」
抜けます、という一言に続いて視界が晴れた。
天が藍色に抜けている。

「台風の目、というのはこういうものなのか。まだ、遭遇したことはないが」
一面が緑だった。
草花は微風に揺れている。
すり鉢上の傾斜には段々に棚田が敷かれている。
たわわに実った果樹、対面には穂を垂れた黄金の斜面。
土道の中ほどで車は停まった。

空気を入れ替えましょう、とリヴはシートベルトを外して扉を開け放った。
クレイも倣って扉を開く。
車内に湿りを帯びた柔らかい風が流れ込む。

「どうしてだ。ここは、あれだけ厚い砂嵐の、正しくカーテンに遮られている。この空気はどこからくる」
「カーテンの下を通り、水脈は地上に水をもたらします。嵐からはぐれ出た風は木々の湿気を孕み流れ込みます」
「営みが。ここは箱庭だ」
「そう。あるべき姿に似せて作った場所」
クレイは車を振り返った。
砂嵐に揉まれ、全身が濁った車を指でなぞる。
埃を被っていた。
気づいたことがあり、今度は手のひらを押し付けて砂を押し払ってみた。
車体は滑らかで傷ひとつついていない。

「あれだけ強い砂を受けながら無傷」
「そう、砂嵐の中を歩けば肉が切り裂かれます。この車は特別なのです」
「魔法でも使ったのか」
「魔法でも使ったのですよ」
真顔で返されて、クレイには返す言葉が思いつかなかった。

「車体についてはお気になさらずに。どうせ帰りもカーテンを潜らなければなりませんので」
気になるのは汚れではなくその構造だ。

「ここは? 農園か」
「ここから採取は考えておりません。迎えが来るでしょう。ほら」
リヴが視線を放った先に坂道を登ってくる女性がいた。
急ぐ風でもなく、裾を僅かに持ち上げて少しずつ距離を縮めてくる。

「お久しぶりです」
リヴが先に一礼した。

「お久しぶりです。そろそろお見えになるころかと思っていました」
声は意外としっかりしていた。

「今回は別件で。こちらはクレイ・カーティナー。私の同僚です。彼女を紹介に上がったのです」
「歓迎します。車は、のちほど調整させていただきます。どうぞ、こちらへ」
坂の下へと招かれた。
両側の扉を開け放った車は放置している。
あれはどうするのだと口にはしないでクレイがリヴに訴える。

「そのままで。車の細工について申し上げた、その調整をしてもらうのです」
坂を下り始める。
風に小川、丘の斜面に、草花は植物園のようだ。

「彼らは神徒と呼ばれるもの。その存在については?」
「知らない」
「では帰ってから詳細はお調べ下さい。ディグダの民とは異なります」
「美人だな」
「彼は男性です」
クレイは驚いて言葉に詰まった。

「それが神徒なのです」
「外には出ないのか」
「砂嵐が我々を守ってくれています」
彼、が顔半分振り向くと微笑した。
清らかで柔らかい美女のように見える。

「彼らは神王を崇める種、すなわち黒の王」
「なるほどな」
世界の敵、何よりルクシェリースの天敵ともいえる存在。

「世界に彼らが住める場所は多くはありません。戦う術はなく、身を寄せる神も奪われた」
「でもあなた方が我々に土をくれた」
クレイは話しの流れから置いていかれたように感じた。
予備知識のなさが悔やまれる。

「トランクの中に種子の袋が入っています。よろしくおねがいします」
「申し伝えます。老とリヴさんたちは植物の種子を届けて下さいます。時に家畜も」
補足説明として、クレイに話し始めた。

「血が濃くなるのを避けるためです。それは人も同じ」
「車で運んでくるのか」
「他の地区からやってきます。この地区からも数人、他地区に渡ります。あの車は我々の橋のようなものなのです」
人間を入れ替え、血を薄める。
それほどまでにこの地は隔絶されている。
この種は稀少なのだと実感した。

「日も落ちました。今日はここで休みましょう」
すり鉢の底に集まった家々に灯が灯っている。
蛍光灯のような青白い冷たさではなく、揺れる影を見て火だと分かる。
砂嵐で見た光はどの光か。
濃い砂塵の中から見るにしてはあまりに強い光だった。

「あるいはそれは、幻か」
リヴはそちらに行けば惑うと言っていた。
それらしい灯りがないところを見ると、クレイの推測は当たりだろう。
しかし変な感じだ。
異世界に迷い込んだかのような、わが身がわが身でない感覚。
夢の中に立っているかのような不安定感だった。
地に足をつけるためにも。

「話を聞きたい。ローズワースでもいい。説明を。現状がまったく把握できず気持ちが悪い」
「突然このような場所にお連れして無礼は承知。ですが口で語るより現実を見た方が」
「それは老(ラオ)の命か? だとしても、だ」
さっさと説明しろ、と眉間に怒気が滲む。

クレイの気迫に気圧されながらリヴらは屋敷の居間へと通された。
挨拶も簡単に、奥の談話室を借りると断り、リヴとクレイの二人だけが部屋に閉じこもった。

「ここは神徒の保護区です。その名称も差別。ここの者たちを不快にさせてはなりませんので席を外していただきました」
「神徒だと?」
「神王、黒の王を信仰する信者たちのことです」
「異教だと言われているのは知っている。私は神を持たないので興味はないが」
「そう。ルクシェリースからすれば滅ぼすに値する敵。長きに渡り彼らは迫害を受けてきました」
「それを拾ったのが、老。しかしなぜだ」
「ディグダに拮抗するルクシェリース。敵が執着する神徒という存在に興味を持ったのですよ」
それに彼らが信奉する神の存在、その神が統べる神門(ゲート)の存在に。

「神門(ゲート)だと」
「旬な話題でしょう? 今しがたあなたが目に焼き付けてきた。のみならずあなたの腕を呑みこんだ、その扉」
「あれを、どうするというんだ。お前たちはあんなものを」
「もうお前たちではありません。あなたもすでに踏み込んでしまっている」
リヴ・ローズワースの言葉に引き摺りこまれていく感覚だった。
もう逃げられない。
行き場もない。
先に進むしかない。

「あなたは選んだのです。この道を歩むことを」
いつ、道は定まった。
いつ、知ろうとした。

「選んだ。知ることを欲した」
知らねばならないと、訳が分からないままなのは嫌だと思った。
彼女の死が、彼女が見た世界が、知りたかったから。

「聞かせてもらおう。あれはまだあるのか? このディグダに」












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