Ventus  168










こいつら、どこから湧いてくるんだ。
声を殺して壁に背中を密着させた。

突っ込むな、との指示のもと、援護が来るまでの数分間息を殺した。
施設は包囲している。
新たな獣(ビースト)侵入報告は入っていない。
なぜここに群れているのか、理由は調査班がストーリーを描いてくれる。
今彼女たちの部隊に求められているのは過程でも仮定でもなく結果だった。

目標は殲滅する。
生存者がいれば救出する。

「だがこの有様じゃ」
建物の中を徘徊する忌まわしいケモノたち。
引きずり噛み殺された職員がごろごろ出てくるのが容易に想像できた。
後に続くのは絶望だ。

「外はきれいにできた。あとはここだけ。もうそろそろ」
言いかけた言葉を横から通信が奪った。

「一班、六号館南口よ。目視できる限り一体確認。三班は?」
「三班も到着。こちらは東を固めた」
再び隊長部隊は三班と分かれて、主要な入口二つを固めた。
クレイ属する二班は西にある正面玄関で待機していた。

「移動の間に六号館の図面を確認したわね」
地上二階に地下三階。
この建物だけ妙に根の深い造りになっていた。

「各班上層への階段を上り次第、二階部分の掃討を開始。会敵、即ち殲滅。参ります」
その隊長の指示と一言で全員が一斉に施設に突入した。

会敵即ち殲滅。
抜いたアームブレードは獣(ビースト)の影を捉えては唸る。
一撃で仕留められなければ流れるような連携で獣(ビースト)を転がした。
上層階から下層階へ一気に掃討作戦が展開されていく。

「取りこぼした! 一班拾って」
「はいはい。いらっしゃいませ」
イヤフォンから返ってくる間延びした声に、クレイの隣にいた先輩兵が呆れたように首を傾けた。

「彼女だからやっていけるんだ。傷だらけになっても、返り血を頭から被っても、いつも変わらない」
部隊の頭に立つというのはそういうことだ。
いつも腰を据えていなければならない。
常に鋭い洞察力と判断力を駆使しなければならない。
それが彼女しかできない役目であり、彼女だからこそ第四部隊が纏まっていられるのだと自他共に認めている。

「地上階はこれで全部かしら?」
「そのようです」
二階、一階部分の掃除が終わる。
天井の裏側は血溜まりで、踊り場に投げ出された横倒しの獣(ビースト)からは赤の帯が階段を下っている。
辺りの臭気が一段と濃くなった。
心なしか空気が視覚的に濁っている気がする。
目を細めたクレイに、隊長が前を向いて行軍しながら言葉だけを投げ掛けた。

「換気したいわよね。臭い、しばらく取れないから覚悟なさいね」
前向きな発言にクレイは少し体が解れた。
神経が鋭敏化する、緊張するのは悪くない。
だがそのせいで動けなくなるのは致命的だ。

「お陰で私たちはシャンプー通だ。いいのを貸してやるよ」
「ああ、やだ、失敗。早く風呂に入りたい」
先程、飛びかかってきた獣(ビースト)を下から切って、返り血をまともに顔に受けた一人が沈んだ声をあげた。

「未来への希望は人を生かします。最悪の状況だからこそ、楽しいことを考えましょう」
泣きごとを言うより余程いいと、無駄口を推奨した。

「新人ふたり、気付いたことを述べなさい」
突然投げられた質問に二人は言葉を紡げなかった。
質問の意図も分からない上に大雑把過ぎる。

「数は他よりこの館の方が多いです。どうしてここに集まってきたのか」
クレイより先に隣の新人が先に応えた。

「ここだけ階層が深いです。他の館は地下一階なのにここは」
「データをみて分かる情報はいらないわ。他に」
「ラボです。獣(ビースト)がここにいる理由と、切り離せないように、思えます」
確定でも断定でもない。
ただ以前、頼まれて潜入した研究施設に雰囲気が似ていた。

「興味深いこと。他には」
「階下への階段が一つなのはなぜでしょう」
エレベーターは貨物用と一般用と二機だけ。

「秘密は下に、か」
階段を、生温かい風が昇ってきた。
非常用の電源は生きている。
図面では大雑把な線しか描かれていない。
見せたくない情報なのだろう。
情報部の甘さをたしなめたくはなるが、実際当該施設は半官半民。
身内の腹の探り合い、踏み込み過ぎれば潰し合いになる。
大切なのは見極めとバランスだ。

「ここから先は大まかな図面しか与えられていない。状況も生存者も不明。各自、目で見て判断なさい。侵入後、三方に別れて探索、状況報告必須。開始」
あちらこちらに血痕がペンキのように散っている。
かろうじての酸素は供給されているが、生々しい空気を吐き出しきれてはいない。
防護壁の手動操作盤の下に殴りつけたような血の跡がある。
緊急用のカバーを叩き開ける前に力尽きたか引きずられたかした、物語っており痛々しい。
その下にあるはずの人の塊はなかった。

地下一階は居住エリアだった。
貯蔵庫もあり、緊急時に籠城するには最適の場所と思い、施錠された鉄扉の前で声を掛けた。
だが中からは反応がない。
ここまでたどり着けなかった、あるいは貯蔵庫の最奥で扉が人の手で開かれるのを待っている。
いずれにしろ、朱連の手ではどうにもできない話だ。
獣(ビースト)の数は屋外や一階部より増えていた。
この館内だけの現象だ。
理由は、何だ?

クレイは隣で上がった息を整え、汗を袖で拭い取りながら黙り込んでいる先輩の横顔を見つめた。
考えていることは二人とも同じだ。

「先に進みます」
隊長の乱れない声が彼女たちを支える。
地階を突き進む。
打ち漏らせば退路を塞ぐことになる。

地下二階は研究施設。
そのクレイの見通しは当たっていた。
粉砕された試験管。
薬品棚もなぎ倒され、茶色い瓶が当たりに散らばっていた。

「ここもだめか」
開錠され扉が薄く開いている。
生存者の確認をする、とクレイを伴い扉を体が通れるほどまで押し開いて中に踏み込んだ。
機材に試料が散乱する浅瀬を突っ切っていった。
「施設内に獣(ビースト)の抜け道がある。そうでなければここまで」

紙が擦れる音に二人は同時に反応した。
クレイは机の陰に身を伏せ、もう一人は書棚の前に飛び出した。
長細い影が宙に身を躍らせるのを認めて、先輩が書類の広げられた机の上へと仰向けに飛び乗った。
背中が書類の上を滑る。
獣(ビースト)の下を頭が抜けた。
ブレードを構えて獣(ビースト)の柔らかい腹へと狙いを定めて突き出した。
メスを入れたように首から股へと毛皮が裂ける、そのはずだった。
首の下、弛んだ皮に剣先が掛かったとき、獣(ビースト)が後ろ足を跳ね上げた。
勢いで、先輩の目の上で鮮やかに前転した。

「撃ちもらした! カーティナー」
獣(ビースト)の軌道の先にはアームブレードを構えたクレイがいる。
ブレードを水平に構え、左を背中の陰に引いている。
獣(ビースト)と眼が合った。
体が動く。
しかしブレードを振るには距離が長すぎる。
獣(ビースト)が卓上に前足を突いた瞬間、跳ね上がったのはクレイの左腕だった。
手に握られていた試料の入った試験管が獣(ビースト)に向かって放たれる。
当たらなくてもいい。
一瞬でも、獣(ビースト)の注意を逸らすことができれば。

試験管は獣(ビースト)の足元で砕け、ガラス片が四散した。
それと同時にクレイがブレードを手に卓上に飛び上がった。
そのままの勢いで大跳躍、上から獣(ビースト)の首元を狙った。
一瞬怯んだ獣(ビースト)だったが、大人しく首をやるつもりはなく、後ろ二足で立ち上がると左前足を払った。
クレイの腹に前足が叩きつけられ、息の止まったクレイは試料棚に吹き飛んだ。
ぬいぐるみのように二つに折れて、床に投げ出された体。
かろうじて首を持ち上げたクレイに、獣(ビースト)が向き直った。
まずい、動けない。
体が動かない。
ブレードを装着している腕が痙攣している。

その獣(ビースト)が鈍い眼をしクレイを見据えたまま、ゆっくりと身を横たえた。
散らばった書類の上に、獣(ビースト)の大きく裂けた脇腹から体液が流れ、紙を押し流していく。
クレイは獣(ビースト)の開いたままの眼を見つめていた。

「息をしろ! カーティナー!」
言われて自分が息を止めているのに気づいた。
吐くほうが先か、吸うほうが先か。
混乱し口を開く。
肺を震わせながら息を吐き出した。
流れ込んでくる酸素、それが肺に満ちたとき大きくむせた。
床に四つんばいになり、涙目になりながら咳と呼吸を繰り返した。
左手がざらついた感触を掴む。
床で砕けた試料棚の瓶。
青い粉末が撒かれていた。

床に這ったまま、左手を目の前に持ち上げた。
忘れない、この青。

「怪我は?」
重ねた書類を握りこみ、血塗れたブレードを拭きながらクレイに尋ねた。

「大丈夫です。思ったより、ダメージは少ない」
「立てるか」
手についた青い試料を握り締め、立ち上がった。
跳んでみろ。
その言葉に従い、その場跳びをする。
腕の曲げ伸ばし、屈伸、肢体に不具合はない。
腹部も痣はできたとしても、内臓までは響いていない。

「それは何より。まだ奥があるようだから」
「はい」
握り込んだ青を開いた。
どうして思い出させる。
どうして、今、なんだ。

「魔石、獣(ビースト)、そして青」
「カーティナー? やはりどこか」
「獣(ビースト)とは、何なのでしょう。地下に、何があるのでしょう」
クレイは手のひらの粉を払った。
舞い落ちていく、無数の青。
これは「彼女」が見ていた世界であり、真実だ。












go to next scene >>>

<<< re-turn to one world another story
        or
<<<<< re-turn to top page

















S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送