Ventus  167










「うわぁ、沸いてる沸いてる」
潜めた声を上ずらせて彼女は双眼鏡を掴みながら声を上げた。

「ふん。こちら第二班、確認できるだけで五体」
報告では四体が確認されていたが、増えたのか?
クレイも隣の女性と同じく木の幹に頬を寄せてレンズの奥の景色に目を開いた。

「詳細が流れてこないわけだ。踏み入れられる状況じゃないってね。ほら第五号館の横、三つ並んだドラム缶の陰」
寝転がって伸びた両足が壁の角から揃って延びている。

「人が確認できます。手遅れ、ですか」
「たぶんねぇ。だって」
彼女は隣の倉庫前に双眼鏡を振った。

「シャッターの前にあのひとの上が転がってるものねぇ」
聞いたクレイは頭痛を覚えた。
聞いてはいた、資料で知ってもいた。
だが実際に目にするのは。

「二回目か」
「何が?」
「いえ、何でも」
初見では、すぐに見失ったこともあり、これほどの凄惨さはなかった。

「ここの職員ではなさそうですね」
「あれはうちの軍服っぽいから、突っ込んでってやられちゃったんでしょ」
被害人数は、十二名。

「うちの倍の人員投入して玉砕って、硬すぎでしょ」
双眼鏡を顔から離して肉眼で施設の全貌を観察する。
耳に固定されたヘッドセットからは絶えず他の四人からの情報が流れてくる。

「はいはい、おしゃべりはそこまでになさい」
目の前で人間が引き裂かれて引きずられているという状況の中、ひどく不似合いで穏やかな声が流れてきた。
保母さん、と囁かれている部隊長殿だ。

「真っ二つならまだいいけど、四肢バラバラにされるところなんて見たくはないわ」
「よくはないです!」
二つだろうが四つだろうがあまりに惨い。

「言葉の綾よ」
一言で流してしまい、反論する隙を現状の確認で埋めてしまった。

「つまりは、大体何匹いるから殲滅しちゃって。露払いしてよってことでしょ? ばっくりしすぎじゃない?」
マイク越しに鼻息を吹き付けたのは、別で待機している第三班だ。

巨大な民間施設。
工業地区から離れた丘陵地帯で川を右手に構えていた。
エネルギープラント機器の精密部品を製造している企業とのことだ。

施設から緊急通信が入ったのは二日前。
獣(ビースト)の侵入を報告があって以降通信途絶。
すぐにディグダクトルは部隊を派遣したが、二波ともに全滅。
専門部隊とのことで朱連にお声がかかった。

「私たちの後で塵拾いたちが来るわ。それまでにあらかた綺麗にしときなさいってことよ」
第一班の声をマイクが拾った。
部隊長の横にいる女性だ。

「もうひとつ確認ね。生存者がいたら、ついでに助けなさい。もしも、いたら、の話だけど」
「ほかに確認事項は?」
「各班、それぞれのルートは頭に入ってるわね。定期報告、忘れないで。あとは、新人の面倒はちゃんとみること」
朱連第四部隊は六名で編成されている、極小規模な部隊だった。
内、今期二名の新人が配属された。
一名がクレイ・カーティナー。
部隊は二人一組で三班に分けられ、今作戦では二班と三班に新人が割り振られていた。

「人手不足なのよね」
これ以上、ひとを削りたくないという隊長の暗喩が溶ける。

「増強の交渉は?」
「このカード次第ね。みなさんのがんばりに期待します。では、はじめましょう」
まるで会議の宣言のようだ。
通信は一時中断し、第三班が先陣を切った。
クレイに声が叩きつけられ、第二班も行動を開始した。

刑務所のような防壁だ。
しかしすでにルートに足場はつけてくれている。
もっとも、これを準備してくれた人間たちはよもや朱連が活用するとは思ってなかっただろう。
堂々と、正面から凱旋するつもりだった。
片道しか通らなかった彼らの後を、朱連の彼女たちが踏み締める。
壁をよじ登り、古典的な有刺鉄線の隙間を抜けた。
足場の上部分のだけ鉄線が捻りきられているのは、先人の手間のお陰だ。
第二班のルートは、壁に近い五号館に移り、そこから討伐行動に入る。

相手は周遊しているわけでも固定しているわけでもないので、各自判断での行動となる。
風が五号館屋上に吹き付ける、
髪を舞い上げた、その下の眼光が鋭さを増す。

「はい。発見」
アームブレードを背中から抜いた。
クレイも隣でするりと抜く。
先輩の目を細めた先に、いた。

「逃げも隠れもしないわ。もう気づいてるんでしょう?」
さあ。
先輩が身を低くした。

「降下!」
屋上の端にワイヤーを掛けて、体を外に投げ出した。
壁伝いなどではなく、垂直に落下していく。
ワイヤーを途中で外した後は、身一つで着地した。
落下地点を目指して駆けつけてくる一体の影。
体を立ち上げつつ腰を捻って体を転じ、鼻先に正面からブレードの一撃を唸らせる。
見事な安定感、鮮やかさに、遅れて着地したクレイはワイヤーから離脱し目を奪われた。

ブレードをかわした相手に、すかさず追撃を開始する。
しかし相手も身を躍らせて回避する。
毛、一本たりとも触れさせない。

灰色の獣。
これが、獣(ビースト)。
口の周りが赤いのは、食ったからか。

先輩の脇を獣(ビースト)が抜けた。
クレイは腰を固める。
牙を剥き出しに食いかかってくるケモノ。
仕留めてみせよう、今度は。
ブレードを振った。
正面からの一打はやはりかわされる。
肘を脇に引き付けて、刃を返した。
すでに獣(ビースト)はこちらに向き直っている。
速い。
腕の筋肉が緊張する。
振り返っての一撃もまた空を切った。
クレイの背後から先輩が飛び出した。
壁を蹴っての跳躍でクレイと獣(ビースト)の塊を飛び越え、獣(ビースト)の背後を取った。
立ち上がり素早く、ブレードは地面すれすれを走り獣(ビースト)の後足を払った。
獣(ビースト)のバランスが尻から崩れる、その腹を脚を振り上げ厚い靴底で、木槌で砕くように踏みつけた。
さすがに骨が頑丈で、折れる音はしない。
ブレードを垂直に立てると、獣(ビースト)の爛々と滾る眼孔にに突き落とした。
噴出した赤が顔を染める。

「一体片付けたわ」
ヘッドセットから他班の声が流れてくる。

「こっちも今一体始末した」
先輩がそれに返す。

「血の匂いを嗅ぎつけて、あいつら寄ってくる。気をつけて」
口元に跳ねた赤を袖で拭い、彼女は顔を上げた。
その視線の向こう、壁の角でケモノが蠢いた。






「第二班、もう一体確認。目視できただけで五体、引算して」
新人の部隊の声がクリアに聞こえる。

「残り二体です」
抑揚のない声は、確かクレイという。
声が途切れ、マイクが獣(ビースト)の荒い息を拾う。
交戦に入った。

「他、状況は?」
先ほどひとつ片付けたというのに、部隊長の息は荒れていない。

「こちらでいま、一体、拾ってる」
「報告遅い」
「すみません」
のんびり話をしている状況じゃない。

「動け新人! 歯ぁ食い縛れ!」
ブレードが空を切る。
腕を引き寄せるではなく、体を引き付けるようにしてブレードの軌道を変えた。
顔の持ち上がった獣(ビースト)の顎を剣先が掠る。
獣(ビースト)が跳ねてこちらに飛んできた。

さすが、抜かれてきただけのことはある。
新人、悪くない太刀筋だ。
後はこっちで拾ってやる。

両挟みになった獣(ビースト)の目が振れる、その首にブレードを落とした。
腕が落ちるのと同時に肘をを背中へと引く。
首は落ちない。
だが神経は切断できたようで、体躯は重力に吸い付かれて地面に伏した。
口をだらしなく開いて痙攣している。

「あと一体、のはずだ」
再び耳に情報が流れ込んでくる。

「こちらで、確認できる最後の一体を潰したわ」
部隊長殿だ。
しかし、先ほど片付けたとの通信が入ってから時間が経っていない。

「早い」
「ルート確認」
部隊長は呼吸を整えるため、大きく息をひとつ吐き出した。

「先に進みます」
落ち着いて、迷いのない声がする。
鮮やかな剣捌きを見てみたかったと、新人教育係は第一班を少し羨んだ。




「第二班です。五号館、異常ありません」
新人のカーティナーの声も馴染んできた。
異常なし、だがどの場所も地面はどす黒く濡れて、異臭が篭っていた。
壁際にはいくつもの人影が並んでいる。
空気が喉を流れる笛のような音も、身じろぎする衣擦れも聞こえない。
静まり返り、窓が風で揺れる館内。
異常は、ない。


敷地は南北に長い長方形だ。
西の正面大扉を入ると正面に二号館が東西を縦に貫くように居座っている。
左手が五号館。
第二班の降下地点だった。
二号館の右手が三号館。
二号館と三号館は渡り廊下で繋がっている、と図面は言っている。

三号館の脇に、小振りな四号館。
右奥にコの字型に幅を占めているのが一号館だ。

対になるように、六号館は左奥に構えている。


「一班、四号館も異常なし。三号館巡回中、二号館に入るわ」
第三のこちらは新人を引き連れて一号館の探索が終了した。
一番広大な二号館に入り、勇ましい隊長殿と久々に対面となる。

「六号館に入るよ。ああ、これって」
クレイ・カーティナーの教育係の声が沈む。

「どうした?」
「あたりかも」
その一言に全員の神経が尖り、六号館へと意識が集中した。












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