Ventus  154










粛々と。
淡々と。
式は進んだ。
どうして今、自分はここに立っているんだろう。
今頃は教室で、退屈で眠気を誘う授業を受けているはずだ。
それはこの場にいる全員が思っていた。
すすり泣きが絶えない。
彼女が好きだった花。
彼女が好きだった果実。
部屋の奥に溢れていた。
学生らに混じって教師や白髪で品のいい老女も現れた。
細い老女の立ち姿は凛として物腰は柔らかだった。
それぞれに彼女の前で膝を折って、慈しみ、悼んだ。

夜が更けても、リシアンサス、マレーラは寮に戻ることはなかった。
カインとレヴィの兄弟も彼女に張り付いたままだった。
教師と友人たちが去った夜中に、ふと黒衣に包まれた女性に手を引かれた少女が式場に現れた。
彼女の知り合いだったにしても、小さな子供がうろつく時間帯ではない。
暗色の衣装は袖と裾の長い、目を引くものだった。
結い上げた髪は長く、利発そうな目は大きく愛らしいのだろうが、今は赤く腫れていた。
部屋に入ると、女性の手から滑り出し、崩れ落ちるように、彼女の棺へと覆い被さった。
彼女の家族でないことは明らかだ。
遠方、彼女の故郷より駆けつけた母親らは一角で呆然と椅子の上にいた。
若い身で、突如として命を刈り取られた者の葬儀は何と悲痛で満ちたものか。

幼い手で棺を抱え込みながら、嗚咽を殺す様は年不相応の大人っぽさで、それもまたこの少女への疑問が深まった。
傍らの女性が少女の背中をさすりながら慰めるのも、母親らしくない
慣れない手つきだった。
母子でも姉妹でもなさそうな、二人の関係が読み取れない。
少女が微かに棺から顔を上げて女性に一言、何かを呟いた。
伝言を携えて、女性は式を取り仕切っていた式場の人間に顔を寄せた。

「いえ、残念ながらお見えになっておりません」
「そうですか」
返答を持ち帰り、少女の傍らに膝をついた。

「カーティナー様は、まだ」
「どうして? どこにいるの? 何をしてるの?」
「お調べいたします」
「一番いなくちゃいけないの、なのに」
少女を抱え支えながら、女性は立ち上がった。
二人は連れ立って式場の出口へと向かう。
カイン・ゲルフはレヴィが止める間もなく、引き寄せられるように女性と少女の後を追った。
式場を出てすぐの廊下で女性の肩を捕らえた。
憂鬱さを拭おうと、白色の電灯が広い廊下の隅まで照らし出している。
作り物のように、飾り気のないシンプルな部屋では、すべてが現実から浮いてしまっていた。


いきなり掴まれた肩に乗る手を払うこともせず、女性はゆっくりと振り返る。

「あなたたちは」
「エルファトーン様、カーティナー様とこの方が知り合いなのです」
「この子が?」
「そちらは」
「カイン・ゲルフ」
「エルファトーン様にはよくしていただきました。最後にせめて一目でもと思い、お連れしたまでです」
憔悴し、倒れそうな少女の小さな肩を抱えて頭を下げた。

「ラオ!」
少女が突然、涙交じりの高い声を上げた。
震えながら、上げた顔の前には頭から黒衣に包まれた背の高い姿がある。
付き添う者たちも一様に頭から目に掛かるほどの布を被り、連れ立って歩いていた。
裾を擦るほどの長く改まった衣装はディグダの正装だと後で知った。
迷いないゆったりとした歩調、真っ直ぐに伸びた背筋、動作の緩急が機敏かつ優雅だった。
放つ存在感と磨かれた所作だけで只者ではないのは知れた。
少女に付き添っていた女性が深々と腰を折り、少女は黒衣の人間に怯むことなく歩み寄る。
袖に覆われた手が、少女の頬を慰めて触れた。

護衛か側近かが主の耳元で一言二言囁いた。
言葉を受けて微かに顎を引くと、再び一団は動き始めた。
護衛も濃い布越しであったものの、カインと目が合ったのが分かった。
何者だ、と問いかけたいが深追いしてはいけないと、頭の片隅で危険信号が鳴っている。
廊下に並ぶソファのひとつに腰を下ろすと、様子を伺っていたレヴィが、黒衣の集団が流れて行った後ろを気にしながら兄の隣に腰掛ける。
二人は黙って、少女と女性が階下に消えて行くのを眺めていた。






カインはソファの背に乗せた頭を捻って窓の外に目を向けた。
白んでいく空が見える。
目の前の樹の先端に鳥が二羽、朝の挨拶でも交わすように並んでいた。
服の袖を口元に引き寄せる。
まだ、においが残っているような気がした。

戻って来てすぐ、シャワー室に押し込められ、新しい制服に袖を通した。
レヴィに帰還を伝え、同時にセラのことを一言告げた。
糸が切れたように膝から崩れたレヴィの丸まった背中を、まるで他の目を通して見ているように、現実感のないまま見下ろしていた。
それからは覚えていない。

レヴィは兄の横顔を見ていた。
いつも笑って、いつもふざけていて、じゃれついてきたこの兄が、血みどろになってアームブレードを振るっていた。
目の前で友人を失った。
それが信じられなかった。

「詰って、罵倒していいんだぞ。俺は、セラを守れなかったんだから」
瞬きを繰り返し、再び枝の先を見た。
ガラス越しで羽音もないまま、鳥の一羽は飛び去っていた。
白い朝だった。
光が目に染みる。
カインは手のひらで光を遮った。
生まれてきて一番、最悪な朝だった。

「兄さんが帰って来なかったら、きっとそうしてたよ」


人が増え、人が減り、カインら二人の隣にも人が流れるように座っては去って、また別の人間が現れては消えた。
その間カインらはソファから動くことはなかった。
やがて葬儀が始まった。
頼りない足つきで立ち上がり、式場の末席に座る。
皆、項垂れ、堪え切れない嗚咽が式を進める声を覆った。
無数の花が棺の中に投げ込まれ、零れて床を埋め尽くした。
これを最後にもう二度と、セラ・エルファトーンの姿を見ることは叶わない。
声も温もりも、すべてが奪われた。
憎しみよりも、悲しみが兄弟の胸に降り積もっていた。
誰に怒れば良いのかすら、今は疲れきって思い浮かばなかった。
憎しみを抱くことで、死を受け入れるような気がする。
その負荷は今の心に耐えられなかった。
式が終わり、棺は持ち上げられる。

出棺。
その間際になって、マレーラが進行役の男に縋りついた。

「待って下さい。まだ、来ていないんです。一人」
必死に泣き付くので、今しばらくと十分間の待機を許可した。
マレーラは、セラの最愛の人間、クレイ・カーティナーが現れるのを祈る。
リシアンサスはマレーラの肩に手を乗せた。
クレイ・カーティナーは今、どこで何をしている。

五分が過ぎ、十分が過ぎた。

「もう、よろしいですか」
それ以上、マレーラもリシアンサスも止められなかった。

棺が車に運ばれた。
セラ・エルファトーンがあの箱の中に収められている。
二度と見えることのない、最後の別れに一段と声が高まった。
親族が深々と頭を下げ、車に乗り込んだ。












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