Ventus  148










「抵抗勢力の鎮圧は建前、か」
「死にたくなければ先に殺すだけだ。お前が、そうしたように」
包帯に包まれたカインの指が小さく動いた。
突き刺さる刃、腕に受けた重みは体に染みついた。
体が反応した。
だが寸でのところで止められたはずだ。
そうしなかったのはカインの意思だ。
身を守ろうとする本能だった。
後は、逃げた。
闇雲に。
安全な場所などあるはずもない。
頭上で希望の鳥が飛んだその瞬間までは。

「ここで造られた人間は、どこにいった」
「哀れな子供たち。彼らは実に質の高い商品だったよ」
女医は息を吐いて塗装が剥がれて垂れ下がる汚れた天井を見上げた。
細い顎を対面に座るカインに向けて動こうとしない姉に代わり、脚の上で静かに手を組み合わせていた弟が穏やかな口を開いた。

「抵抗勢力に流されて思想を植えつけられる者もいた。見目の良いものは売られていった。ここはそういう筋には有名だったからね。綺麗なのが多く出るちょっと訳ありの土地だから」
「人身売買ってやつだ。性別関わらず可愛らしい子供を買いたいって奴らはどこでもいるからな」
姉は椅子に預けた背の横へ腕を垂らした。
巻き上げられた袖の先に骨ばった腕と手首が続き、繊細な長い指が水の残ったボトルを挟んでいる。
弟の指と似ていた。

「素材は黙っても入ってくる。ディグダが作って持ってくるからね」
「下衆どもが。もげればいい」
「あの、二人を前にして言うかな」
「いっそ刻んでやろうか」
「気持ちは分かるけど痛々しいね」
「足りないくらいだろ」
姉に吐き捨てられ弟は苦笑した。

「この土地の駐屯人員構成を知ってるか」
顎を上げたまま、女医が鼻先のカインを見据えた。

「知らない」
「女の比率がゼロだ。駐屯兵の過去を穿ってみればいろいろ出てくるぞ」
並べた前科が犯罪の辞書のようだ。

「ディグダはメセト・メサタを黙認していた。好き放題できたってわけだね」
「子供の一部はディグダに流れたのも掴んでいる。どういうわけか、鈍感なお前でも分かるだろ?」
「人間の工場。連れてこられた子供って」
「棄てるより活用した方がいいだろ、なんて。腐ってる」
弟も自分の言葉の不快感に眉を寄せた。

「そういう訳だ。反吐が出る」
ディグダが生ませて、できた子供は塵処理施設のようにここに連れて来られて教育され、出荷される。
人間のすることじゃない。
まともな精神じゃない。
カインは呆然とし、震えが止まらない大きな手で顔を覆って背中を丸めた。

この灰色の圧迫感ある部屋で。
採光という役割を持たない、小さな嵌め殺しの窓ばかりの空間で。
恐怖で管理されたおぞましい場所で、子供らは飼われていた。

地下には屠殺場があった。
何重にも扉があり臭いは上って来ないが近づけば腐臭ともいえぬ異臭が目に染みる。
ここでされたのは、訓練という名の子供同士の殺し合いか、ルールを逸脱した者への制裁か。
だがそこまでカインに見せる必要はない。
女医は思った。
どうしてこいつらはこんな世界にいながら真っ直ぐ綺麗なままでいられる?
子供だ。
こいつらだって人殺しはしてきているはずだ。
カインの背負ってきたアームブレードには乾いた血がこびりついている。
子供ゆえの生と死に対する無頓着さとは違う。
死を悼み、人の行いに絶望する。
その心を青いと蔑むか、美しさと取るか。
女医は後者だった。
ただ人を殺して世界がどう変わる。
意志なくして、世界は動かない。
純粋で明確な意志を貫くための剣だと女医は思う。
数えきれない患者を見てきた。
どれだけの負傷者を救ってきたのか数えていない。
どうしてこいつを生かしてやらねばならない、生きる意味などないだろうと、腹に押し当てたメスがぶれそうになったこともある。
深呼吸した。
これは、仕事だ。

カイン・ゲルフと言ったこの男。
見てくれは大きな犬のような奴だが、中身は坊やだ。
人を殺しても、まだ人でいられる。
こいつは死なせてはいけない、漠然とだがそう思う。
今はこの男に何ができるとも思えない。
だが死ぬべき奴らは腐るほどいる。
その隣にこいつの死体が並ぶ必要はない。

「お前らはそういうことに巻き込まれるべきじゃない。言っただろう? この状況で、今、生きていられるだけで幸せなんだ」
「殺されるために召集されたんだからね」
死にたくなかったらここにいろ、お前まで出ていくことはない。
女医はそう言って水のボトルを青白い顔に引き寄せて傾けた。

「クレイは」
顔を拭ってカインが頭を上げた。

「黒髪の小柄な学生が来ただろ」
「あの子か」
弟の方が先に声を出した。

「目が大きくて鋭くて、猫みたいだった」
「そんな可愛らしいもんじゃないだろう?」
ぎらぎらと目を光らせていた。
敵だと分かった瞬間アームブレードで切り刻んでやるという気迫だ。
口を引き結び、全方向に警戒を発していた。

見えないトラップで陣を固めているかのようだった。
踏み入れたが最後、体は分断される。
あれが育ち、溢れる気迫を包み隠すだけの度量が生まれれば、ディグダが目を付けないはずはない。

「よくあんなのが話に出なかったな。光るやつってのは清女の祭で出張ってくるだろうに」
流れ流れてディグダの中に情報が来る。
人材採用の品定めが始まる。

「クレイはどこだ」
「出て行ったよ」
「どうして行かせた」
「止めたさ、もちろん。だがな」
「アームブレード抜き放って、そこを退けと迫られたらね」
「何で!」
カインは髪を掻き毟った。
握りこんだ拳から包帯へ血が滲む。

「セラって何者だ? クレイ・カーティナーも口にしていた」
お前も、な。
女医が握り潰され手の中で歪に凹んだボトルを、組んだ脚の上で弾ませた。

「クレイの友人で、俺の友人でもある」
「ああ、さっきお前が言ってたか。強いカーティナーの一番の人間? 女神様か何かか?」
冗談混じりの彼女の言葉に胸が冷やりとした。
同時に、頭の中で何かがかみ合う音がした。

「そうかもしれない。クレイにとって心から信じられるもの。クレイを作り上げたのも、セラだ」
信仰というに相応しい。

「クレイが初めて温かいと感じた愛情なんだ」
何物にも替え難い。
代わりなどできようもない。
クレイの芯の部分だ。

「クレイを追う。セラと一緒に保護、してくれるよな」
「行くなと言ったところで、お前もクレイ・カーティナーよろしくアームブレードを抜くんだろう?」
勝手にしろ。
吐き捨てて女医は立ち上がった。
ちょうど入口に急患を告げに来たディグダ兵が現れたからだ。

「後は頼むぞ」
「了解」
弟は兵に連れられて行く姉の後ろ姿を見送った。

「同行者を付ける。あと注意事項を数点。守ってもらえるならここに戻ることを許可しよう」
「分かった」
「時間を決める。こちらもそう長くここに滞在していられないからね。速やかにかつ綺麗に撤収する」
弟が自分の頭を指差した。

「地理も時間もルートも目標も端末じゃなく頭に叩きこむこと」
「ホテルには第二部隊が到着予定だって聞いた」
「ホテルへのルートにどれだけ伏兵がいるのか分からない。時間を見極めこちらに戻ることを最優先に」
折り返す時間が遅れれば第二部隊の回収を待つことになるが、部隊の正確な到着時間は見通せない。
彼らは隠密部隊だ。

「リストアップされたこちら側のCRD人員を回収する。彼らとの通信は遮断されている。つまりリストの修正は不可ってことだ」
「リスト外の人間は放置?」
「彼らがどのようなタイミングでどのような戦略を立てているのかは分からない。これは実に繊細な作戦なんだ」
弟が椅子をカインへ引き寄せて声を落とした。
作戦の下地にあるのは、味方同士の騙し合いと同士討ちだ。
言わば誰が仲間かの線引きが非常に困難だ。
小規模で固まったこの施設内はこちら側の人間だと見なしていいだろう。
だが他の個体、単体の判別は難しい。
連絡を密に取り合えばどこで漏れるか分からない。

「連絡は点で行う。第二部隊が回収作戦に動けば合図が発せられる。受信すればこちらが動く。君はその間を縫う不確定要素だ。だけど姉さんは君を必要な人材と認めた」
生かしておく価値はあると。

「同行者はマーカーだ。リストにはない君が敵ではない、という印になる。同時に監視役でもある」
カインは頷いた。

「君が作戦を逸脱すれば同行者が討つ。逆に彼が君に殺されても君は他の人員に殺される。もちろん、他もね」
カインは顎を引いて了解する。

「こちらとしては突然現れた君たちは異物。リスク以外の何物でもない。これは姉さんの善意なんだよ」
弟は姉より穏やかな顔と雰囲気を纏っているが、彼女より辛辣で現実的だ。
彼は状況をあまり良しとして受け入れてはいない。

「時計はこれを」
弟が軍服から取り出した腕時計を差し出した。
通信機能も位置探査機能も省かれた純粋な時計だ。

「時間を合わせる。そこのスイッチだ」
カインは弟の声で時計を操作する。
彼の端末の時間に合わせる。

「いいか? 三、二、一、はい」
彼の時間と、カインの時間が正確に刻み始めた。

「それじゃ、作戦の内容とルート、時間について説明しよう」
彼は立ち上がって机に移動すると地図の描かれた紙を広げた。












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