Ventus  139










高々と振り上げた巨大な刃は、聳え立つ建物の隙間から下りる白い光を受けて勢いよく降下した。
骨が砕ける鈍い振動が腕に伝わる。
細い鎖骨を割ったところで刃は止まった。
苦しみに濁った呻きは、両脇の壁に反響して響く。
肩口に深く食い込んだ剣を引きながら、振り上げた片足で腹を蹴った。
抵抗し掴みかかろうと宙に浮いた手は身を反らして躱し、左からブレードを払う。
体は狭い通路を右に流れ、粘ついた壁に肩からぶつかり、崩れて痙攣している。
滴る血はブレードを振って落とした。

上がった息も、深呼吸を二度ほどすれば平常に戻る。
頭は冴えている。
相手の動きもよく見える。
だが何だろう、この体が浮いたような感じは。
淀みきった空気を深く吸い込んで顎を上げた。
返り血は上着に染み込んで、臭いに鼻は慣れた。
体は温まり軽快に動く。

左の窓が割れる音がした。
ブレードを構え、左脚を引いた。
飛び散るガラス片をブレードの面で受け止め、ブレードの影から目を
覗かせて突撃してくる相手を目視した。
殴りつけるようにブレードを強く押し付けると右から回り込む。
壁際に積んである錆びついたドラム缶を踏み台にして跳躍した。
あっという間に男の後斜め上を取ると流れるようにブレードを重力に任せて叩き落とした。
首の骨が砕ける音がし、糸が切れた人形のように男は崩れ落ちた。
埃と泥が折り重なり、建物に遮られて日も当たらず捌けることのない水が腐って臭う。
鮮血を吐きながら男は黒い水の中に頭を突っ込んで動かなくなった。

「どうだ」
先でもう一人を打ち倒したディグダ兵が振り返ってこちらに声を投げた。

「酷い気分だ」
顔を撫でようと腕を持ち上げようとしてやめた。
片腕には血濡れたアームブレード、もう片手も返り血と撥ね上げた泥で汚れていた。
顔だけではなく、髪は湿り、服も幾分重みが増している。
濃い空気に噎せた。
異臭は回りばかりでなく、自分の体からも発している。
堪らなく汚らわしく、嫌悪する。

「人を薙ぎ払って、地面を埋めて、それで平和になるのか」
「青臭くて敵わん。これだから学生は」
転がった死体を踏みつけながらディグダ兵は進み出た。

「理想とか信念とかどうでもいい。やれと言われたからやるだけだ。俺たちの道を塞ぐ奴も邪魔だから除けるだけだ。夢見たいなら物語でも書いときな」
先行くぞ、と男が先陣を切って歩く、その尻を追う。
確かに青臭い夢なのだろう。
男からすれば吐き気がするくらい甘い言葉だ。
何のためにと問うことすら、この仕事をしている男にとっては無駄な時間なのだろう。

「現実は夢を打ち砕くほど理不尽で苦しいもの、か」
打ち勝てる程の強さはない。
脆く、弱くて、流されてきた人生だ。
澄んだ目で真実を見つめ抗い続ける姿は愛おしく、温かい。
その温もりが恋しいと、今ここでこそ思う。
当り前にあった温もりは、手の届くどこにもない。

「青臭くても、甘い理想を振りかざしても、どんな壁だろうと貫ける強さがあるなら、それは本当の強さなんだろうな」
深くどろどろとした闇の中から引き上げる白く輝く手は、希望だった。
人を殺め罪を重ね、その上に生を置いて生きていっても、その輝く光がある限り自分を見失わないでいられる。
回りがどれほど寒く冷たくとも、人としての温もりを一番深いところに抱え込んで生きていられる。
ヒトであり続けることができる。

突当たりの階段を上る。
左手の外壁を回り込むように行った先で、塗装は剥げて錆ついた鉄扉に行き当たった。
蝶番が歪んでいる。
蹴れば壊れそうだ。
口にするより先にディグダ兵の厚い靴底が持ち上がって蹴りつけた。
三度の轟音が響き、四度目の脚を振り上げた時、上の蝶番が砕けて扉がこちらに倒れてきた。
二人揃って後ろに跳び下がる。

高い位置に並んだ小さな窓からは仄明るい光が斜めに落ちている。
光の筋の中で細かな埃が煌きながら舞っていた。
静かだ。
耳を澄ませて周囲の気配を探るが、誰かがそこにいる様子はない。
堆く積み上げられたコンテナが窓の近くまで届いている。
窓ガラスは濁り、どころどころひびが入ってもいたが、割れて抜けているものは少なかった。
埃や塵は溜まっているもののまだきれいなものだ。
おそらく最近まで使われていたのだろう鉄パイプの椅子は転がり、その前の鉄製の机には薄っすら埃が積もるばかりだった。
卓上に書類が乱雑に散っていた。
うち、数枚は床に落ちている。
机の上に表を向いて残された書類を覗き込む。
罫線で囲われた文字の羅列はどうやらコンテナの内容物のようだ。
衣類に医薬品に雑貨。
それらタイトルの下には明細が記載されてある。
弾薬や兵器らしいものは見当たらなかった。
目を離してからコンテナの山を見上げた。
まあ実際何が詰まっているかなど知れたものではない。
リストはあくまで表向きであって、それをそのまま信じる人間などこの町にいそうにない。
生臭い臭いはあまりしなかった。
少なくとも人肉を切って詰めてということはなさそうだ。
コンテナの下側に塗料で文字が書かれている。
二箇所の地名らしき記号の片方には見覚えがなく、もう片方はすぐに聞きなれた名前を連想した。
DGDCL。
ディグダクトル。
これはそんな遠くまで流れていく荷だ。
短い時間に感慨を覚えるとともにふと今更になって思った。
不毛の地、荒廃した町でいったい何を生産し、加工し、荷を流すというのか。

二人並び、コンテナの陰を警戒しながら進む。
コンテナが壁のように立ちふさがる。

「いるな」
男の唇だけが言葉の形を作り、目で合図を送る。
この先だと指が揺れた。
コンテナから背を離し、一気に裏側に回りこんだ。
男の動きは速く、追いついたときにはすでに立ち止まっている背中に顔から突っ込みそうになった。

「やられたな」
衣擦れのような微かな声で呟いた。
その男の隣に並んで足下に目を落とす。
ディグダ兵服を身に付けた男が一人うつ伏せに倒れている。
屈み込んで髪を掴んで顔を引き上げた。
薄く開いた目はもう何も見えてはいない。
蒼白の顔から続く首の傷跡を検分する。
すぐに男は立ち上がって先に進んだ。
コンテナの影にもう一人、今度はコンテナの壁と平行に仰向けに倒れている。
死体横に張り付き首の痕を調べた。
殴られた傷も血痕も散っていない。

「吊られたな」
「つる、とは?」
質問の答えのためか、質問に答えるつもりはないのか男は黙って積まれたコンテナを見上げた。
視線はコンテナの上から隣に積まれた一段低いコンテナに滑り落ち、倒れた男へと流れて行った。

そこまで見てようやく話が一本に繋がった。
倒れているディグダの兵服の男たち。
彼らの首には耳の後ろに向かって斜めに細い痕が残っている。
吊るされたとは、彼らの死因に纏わることだ。
しかしコンテナの上に軽々と登れる人間がいるだろうか。
そこから釣りのように絞殺できる武器でディグダ兵の男の首に引っ掛けたのか。
何よりディグダ兵を殺したのは町の人間なのか。
さまざまな疑問が同時に湧いてきて頭が整理できていない。
先輩兵に倣って首の死因を検分するその陰で、そっと襟の裏を捲ってみた。
動揺で動こうとする頭を必死に抑えた。
CRD(カルド)の徽章が縫い付けられていた。

「ここは私たちが探索するエリアのはずでは」
「何かの手違いだろう。報告しておけ」
言われるまま端末を取り出し、回線を繋いで報告した。
簡単な現状の報告文を読み上げながら考える。
生死が掛かり緊迫しているこのエリアに手違いがそう容易に起こるものなのか。
殺されたのはCRDだ。

CRD。
連想は続く。
分裂したCRDがいるらしい。
CRDに反抗するCRD。
逸脱した行動。

この死体、あまりにきれいに殺され過ぎている。
町の人間、すなわちディグダの敵がこちら側に抱いている感情は憎悪。
しかしこの手口は急襲ではなくむしろ隠密。
そのあたりに引っかかりがあった。
殺した犯人はすでに消えている。

「外に出るぞ」
「ここはこれでいいのですか」
「ここに俺たちの敵はいない」
地図を確認し、先にある出入口へ向かった。
想像していた通り、こちらの出入り口は鍵が掛かっていない。
逃走経路はここだ。
誰がCRDを殺したのか、追うのが今回の任務ではない。
指定されたルートの清浄化、エリアの制圧が目的だ。
次のエリアへと移って行く。




「まったく、虱潰しとはまさにこのことを言う気がする」
腰に手を当てながら、男は眼下を移動する二つの影を目で追った。
彼らには追跡する意思はないらしい。
それでいい、と頷きながら建物の間を縫って行く彼らの先を見つめていた。

「まだ手に掛ける対象者がいるということですか」
彼の傍らに控えていた少女が穏やかだが知的な響きのある声で男に尋ねた。
倉庫からコンテナ伝いに這い出し、窓を抜いて屋根を渡って隣接するの建物の屋上まで二人で上ってきた。
不安定な高所にも、この少女は平然と姿勢正しく立っている。
彼女の頭はようやく男の肩に届くあたり。
褐色の肌に滑らかな銀髪の美しい少女だった。

「動けば潰す、動けば潰す。後手に回らざるを得ないのが現状でね」
男の意識は一瞬、建物の下へと集中した。
建物の狭間を動いていた少女の頭が動く。
男は咄嗟に身を屈めた。
雑居建物の下を歩いていた少女の目は、男がいた辺りを凝視している。
悪くない勘だ。

「おおよそリストアップはされていても、すべてがアタリとはいいきれない」
ビルの谷間の少女が、連れのディグダ兵の後を再び追い掛ける。

「怪しい者は切るとはできないのですか」
「容易に削るには惜しい貴重な戦力なんだ」
この作戦に乗じてディグダは目を付けていた学生を一掃するつもりだ。
それも、ディグダの子を裏切りのCRDで処理するというのだ。
「奇しくも今回大規模な炙り出し作戦を取ることができたってことだ。着任早々、生臭い仕事をさせてすまないな」
「構いません。それも仕事ですので」
眼下の通路にはもう何もおらず男は体を起した。
端末を取り出して青白く光る画面に目を落とした。

「クレイ・カーティナーか。なかなか面白い」












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