Ventus  133











「どういうこと」
階段を駆け下りればそこはすでに戦場だった。
湿った空気と駆け回る人たち。
何とかして状況を探ろうとするが、殺気立った空気を掻き分けても声は届かなかった。
姉を追って屋上に上った数分の間に何があったというのか。
緊張は張り詰め息を潜めていた。
何が引き金になって動き始めたのか彼女には分からない。
指示が飛び、統率がとれた動きで石壁の中は荒れていた。

彼女が降りてきたのが目に入り、痩身の女性が素早く代わりに階上へと駆け上がった。
呼び止めて状況の確認も、姉の現状も説明する間もなく姿は階段の奥へと消えた。

「母様はどこ」
流れる人の波に手を押し込んで、列から一人を引きずり出す。
乱暴だと分かっていても躊躇している暇はない。

「一艘目、第三部隊乗船の指揮を執られています」
緊迫感は満ちていたが、嫌な顔一つせずに早口で答えた。

先に母親を探し出し姉が上にいることを知らせるべきか、今誰か人をやるべきか。
拳を握りしめながら考えていると、奥から叫び声が上がった。

「二艘目、乗船開始」
彼女が捉えた腕をすり抜けて、男は隊列に戻ると武器を担ぎ上げて大扉に控えた。
迎撃部隊。
ディグダ兵が押し入ってくる。
私たちの技術と知識と資源を求めて。

「ツィジィとエリスラはいるか!」
尖った声が通った。

「どうした」
「リストのメンバーだ」
叫ぶように言葉を交わす男たちのところへ、人の波を掻き分けながら進んで行った。

「ツィジィなら上に行ったわ。お姉ちゃんも上にいるの」
「何だと」
彼らの胸に届くかの、十四の少女の肩を掴んで揺すった。

「援護を呼べって」
「あいつ、先に手を出すつもりか」
「どうするの? 何をするの?」
混乱の中、爆音が建物を揺らした。
女性も子供も船渠に消え、ここにいるのは男ばかりだ。
地面から響いてくる揺れに転がりそうになりながらもなんとか耐えた。

「エリスラ来ました」
「よし、二艘目に回せ」
迎撃部隊の後方援護をしていたエリスラを船渠への連絡通路へと押し込んだ。
二十歳ほどの愛らしい女性は後ろを二度振り返った後、暖色の非常灯の中を走って行った。
入れ替わって現れたのは精悍な顔をした女性だった。
無造作に束ねた巻き毛は少女に継がれている。

「ツェッタは」
「階上ですツィジィが向かいました」
「リストを」
片腕で少女を引き寄せながら、男から紙の束を受け取った。
眼球が左右に微動する。

「よし、ほぼ乗船完了ね」
「何のリスト?」
「能力値と優先順位」
「あ、お姉ちゃん」
口にした隣で爆風が彼女たちを包んだ。
巻き上げられた土煙が視界を奪い、呼吸を妨げる。

「ツェッタ!」
薄い視界の中で彼女を探り当て、両脇に娘たちを抱え込んだ。

「行ってください! 三艘目の積み込みが始まりました」
「ツィジィが!」
「いいから今は黙れ!」
姉のツェッタを叱咤しつつ、連絡通路に押し込んだ。

「予定より早い」
咳き込みながら、娘たちの背を押した。

「ディグダは何を狙ってるの」
「ソニア、ディグダに行ってきただろう」
「うん」
「あれはどうだった」
長く深い通路はゆっくりと下に沈んでいく。
壁の向こうが揺れている。
背後からは怒号のような声と爆音が地鳴りのように響く。
怖かった。
母親の声は努めて明るかったが、緊張が産毛を逆立てた。

「十五人の生徒が選抜されたの。ベイスの研究を手伝うって」
「ああ。あなたは確かツィジィに指輪を貰って回避できたんだっけ」
ソニアをディグダに編入させた。
十四の女の子に内情を探らせて成果を期待したわけではなかったが、彼女にとっても仲間にとっても有益だった。
幼いということもあっただろうが、姉ほどにディグダにわだかまりを抱えていたわけでなく、いろいろな価値観を見てみたいという好奇心は強かった。
ならばということで、本人が持ち出してきたディグダ編入の話を具体化した。

「私は最初からソニアを一人ディグダにやるなんて反対だった。おかしいよ。だって外にいるのはディグダだ。今だって」
地面が波打った。
よろけた二人を母親が受け止める。



ディグダは広く、大勢の生徒を抱えている。
人の過去、人の未来にはある程度穴があった。
凡庸にいれば問いただされはしない。
ディグダを去って深追いはされない。
大量の学生を抱え、前後のデータまで管理しきれないのが幸いした。

彼女が潜入するに当たり求められた条件は目立たないことだった。
下手に探りを入れなくていい。
探偵ごっこなどしなくていい。
普通の学生として、他の子と同じように生活すること。
市街に下宿することになった。
家と学校を往復する日々は充実していた。
友人もできた。
試験や授業態度は難しかったが授業も面白かったし、別の視点で歴史を見ることができて興味深かった。

彼女にとって不味いのは、彼女の能力測定がされることだった。
それだけは注意することとディグダクトルを出る前から何度も聞かされていた。
精流値と呼ばれていた。
測定と耳にし、ツィジィから受け取った指輪を小指に嵌めた。
測定器の数値は抑えられた。
他の人間が何人か選抜されるのを横目で見ながら、開放されたその他大勢の群れの中に溶け込んだ。
選ばれた中には同じクラスの見知った学生もいた。
金色の髪、聡明で涼しげな目をした少年が、向う側から測定中の列を眺めていた。
レヴィ・ゲルフとは何度か言葉を交わしたことがある。

結局あちら側がその後、どんなことをされたのか直接見ることはできなかったが、同じく豪胆な友人は参加した時の状況を教えてくれた。

ベイスという装置は嵌め込まれた石の力を具現化できる。
その石の力を引き出せるのは精流値という数値が高いものだけだと説明した。
開発初期ではなく実地に年齢層別に試験を行う段階まできていた。

中等部の彼女が手に入れられた情報はそれだけだったが、下宿先で世話をしてくれる母親の知人は十分だと褒めてくれた。
何より、ツィジィの指輪がちゃんと作用してくれてよかったと胸を撫で下ろしていた。



再び爆風に体が煽られた。
背中から吹き付ける風に服が風を孕み壁へと縋りついた。
地下の船渠の灯りは見えた。
あと少しだ。
奥から迎えの人間が走ってきた。

姉のツェッタと妹のソニアの脇に付き、母親に現状の報告をする。
一艘目、二艘目は無事に出航、潜航した。

「上は惨憺たる状況よ。第四、第五ルートで順次退避を命じてるはずだけれど、どれだけ耐えきれるか」
「皆、覚悟はしています」
「覚悟なんて必要ないわ。生きて領内から出れればいい。後は隣国が身を引き受けてくれる」
ディグダの目的はここにいる人間たちの能力、身体。
渡してなるものか。

「あとはファラトネスの船が向うまで持ってくれるか」
「ファラトネス?」
「私たちには友人が多いのよ」
母親が二人の肩を強く抱いた。
一際大きく揺れた。
壁から砂が落ちる。

まずい、と母親が身を屈めてツェッタとソニアを引き寄せて身を丸めた時、壁が崩壊の音を立て、支えきれなくなった天井が落ちてきた。
母親にしがみ付いたツェッタとソニアだったが、小柄なソニアが引き剥がされて壁際に転がった。
母親はツェッタを抱えて動けない。
迎えの二人は咄嗟にソニアに跳びかかった。
二組の間を瓦礫が分断し、視界と声を遮っていく。
通路の手前に転がったソニアを呼ぶ、母親の悲痛な叫びも埋まっていった。

「そちらはそのまま船渠に!」
「どうするつもりなの。もう上には戻れないわ」
「壁が抜けました。隣の部屋を通って外に出られます」
「今石をを崩して退けるわ!」
「時間がありません。先に船へ。ソニアはこちらで合流地点までお届けします。必ず」
女一人の手で積み上がった石をどうすることもできなかった。
身を裂かれる思いだが、ソニアを二人に預けるしかない。

「ソニア」
鋭いツェッタの声が向うから届く。
手を出して、と細い穴から促した。

「早くして! 崩れちゃう」
ソニアの細い腕が穴を通り、ツェッタも反対側から拳を隙間に通した。
堅い小さなものがソニアの指に押し込まれる。

「お守り。ツィジィからもらったの。だから絶対、後で会いましょう。いいわね」












go to next scene >>>

<<< re-turn to one world another story
        or
<<<<< re-turn to top page

















S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送