Ventus  132










籠った声がイヤフォンを通して流れてくる。


「2387、問題ありません」
「3359、動きなし」


大掛かりな包囲網。
そうまでして何がしたい。
何を恐れている。
納得できる説明がされないのは諦めた。


「ポイント4927と4988、引き続き警戒します」


ただ身を潜め定められた持ち場を監視する。
ああ、定時報告だ。
クレイは襟元に装着した無線を口元に引き寄せる。

「変化なし。ポイント5512」
潮の匂いが染みついた壁に背中を密着させる。
視認できるポイントに動きがあれば報告と、支給された双眼鏡で確認する。

汗が頬を伝った。
ここは暑い。
首に纏わりつく立襟が煩わしくて、顎を上向けると青い空が広がっていた。
不思議な色だ。
夜は闇、夜は暗色、夜は黒。
しかし日が差せば空は青い。
薄く色を溶かしたように水色の向うを透かして見るように目を細めた。

壁の影に身を縮め、点々とディグダ兵が散っている。
この位置からはそれぞれの場所がよく見え、皆同じ方向を見ているのが分かった。

「おい、集中しろ」
直通通信が入り、上向けていた顎を引いた。
こちらが見えてるということは、他からもクレイの動きが見えているということだ。

じわりと地面から湧き上がってくるような熱気に包まれて、背筋を伝う汗を服に吸わせるように、背中を白壁に押し付けた。

「予定通り、作戦開始します」
くぐもった声が告げた。

「縮み上がった蝿どもを叩き出してやる」
笑いを噛み殺した下品な声が湿った声で反応した。

ディグダ兵とひとまとめにしてもいろいろな人間がいる。
人のいい人間、世話好きの人間、口が悪いのから、手癖の悪いのから、どうしようもない屑もいる。

顔が見えないのがせめてもの救いだと、クレイは溜息を呑みこんだ。
視界の端が微かに動いた。
違和感に引き寄せられて顔を向けると、監視していた白皙の居城に人影が立っている。

「人がいる。5514に、人影だ」
腰を探り双眼鏡を目に当てる。
研修を受けた通りにピントを合わせ、確認を急いだ。
リストにある人間か。
だとすれば内蔵されたカメラが写真データをリストと照合し、情報が上がってくるはず。
小柄で軽装だ。
無防備にも程がある。

不鮮明な視界が細部まで明るくなる。

「女?」
呟くと同時に目が合った。
こちらは双眼鏡越し、肉眼で見えるはずもない。
不気味に思い眼鏡を離したとき、絞り出すような太い声がイアフォンから押し出されてきた。

何事かと周囲を見回した。
状況は。
誰か何か言え、騒いでいるだけでは何もならない。
その間も続いていた絶叫が途絶えた。








「だめよ」
「うるさいな。そんなことを言ってる場合じゃないでしょう」
「外に出ちゃだめだって言われてるのに」
「分かってないのは大人たちの方だ」
人形を並べてるわけじゃないんだ。
引き籠ってても何の解決にもならない。

「ちゃんと考えてる。資料とか持ち出すものをまとめる時間だけあればいいって言ってた。地下の水路から海に抜けられるからって」
「だからその時間が無いんだよ」
「でも」
姉に縋って妹は説得を止めようとはしない。

「見てみなよ」
仕方なく、姉は建物の光が作る縦の筋に妹の頭を近づけた。 薄く開いた壁と壁との隙間からは明るい外がおぼろげながら見える。
「人がいる」
妹の目は良い。
固定された視点でさえ確認できた。
あれが自分たちの身を脅かすディグダ兵であることを姉妹は知っている。
両腕を胸の前で小さく折りたたんで震えている妹の耳元で、これ以上脅えさせないように努めて穏やかな声で囁いた。

「あいつらがこっちを狙ってる。ここからじゃ見えないけどその下にはいっぱい溜まってるんだよ」
陰に潜んで蠢いている。




建物の下を這っている地下水路は、海水をフィルターで濾過して淡水化して取り込んでいる。
フィルター層と水門を開放すれば船は出せる。
一艘はダミーとして流し、もう一艘は水中潜航して隣国への領海を越える。

海中にある採掘場で採れた鉱物を溶かして繊維を作る。
その製法と採掘場を奪いにディグダが動き始めた。
他国と提携の動きを見せ始めた企業に実力行使に出たためだ。
先進国が聞いて呆れる。
鈍器を振り回して潰しにかかる、これのどこが帝国だ。
どこの大国の作法だ。

「荷物はほとんど積み込み終わったって言ってた。すぐにも出られるはず」
「来た」
言うより早く、姉は倉庫の荷物を踏み台にして天井近くまで駆け上がり、猫のような軽快で俊敏な動きで棚の上に飛び乗った。

「下の人たちに伝えて。戦闘配備。それから私の援護を」
「お姉ちゃん!」
「早く」
強い言葉で追いやって頭上の屋根裏に続く扉を開いた。
両腕を引っ掛けて飛び上がると、身を低くして屋根裏部屋の床を走る。
開いた窓に体を滑り込ませて外に出た。
素早く陰に身を沈めると一瞥して人数を把握した。
心臓が異様に打つ。
頭が痛む。
深呼吸をして震える体を沈めて、舞い上がりかけている頭をリセットした。

どうも違う気がする。
人が多すぎる。
理由はそれだけではないはずだが、他にこれほど不安で体が縛られる理由が見えない。

「やだな。何だかぞわぞわする」
両肩を抱え込んでいるところに、妹が呼び出した応援がしなやかな動きで彼女の脇に並んだ。
髪を短く刈っているが細い首と涼しげな目元の女だ。

「戻りなさい」
「根本的なことが、違う気がする」
「搬入作業は間もなく終わる。急ぎましょう」
「突入」
「何を!」
姉振り上げた腕から炎が軌跡を作る。
女が止める間もなく炎は河口を挟んで対岸の建物を焼いた。

「突入って」
「あいつら、来るよ」
その間も姉は手を休めず、振りかざしては対岸に煙が上がる。
少女が何をやろうとしているのか気がついて、女は少女を押さえつけた。

「止めなさい。あなたがそんなことをする必要はないの!」
数秒前、こちらに突入するはずだったディグダ兵がことごとく沈んでいる。

「私たちを捕まえに来る! あいつらの目的はこの場所や情報だけなんかじゃない」
「だとしても、あなたが手を出す必要なんてないの。下がりなさい」
「そんな」
隅へと押しつけられて、彼女は身動きが取れない。
もがくが大人の力に敵うはずがない。
腕が壁で擦れようが青あざができるほど腕を握りこもうが女は容赦しなかった。
片腕で彼女を抑え込み、もう片腕を対岸に向ける。

「馬鹿にしないで。子供が手を出す場面じゃないって言ってるの」
対岸に火の手が上がる。
混乱が巻き散らかされる。
的確に、第一部隊を焼き払っていった。

「状況が芳しくないってのは理解してるわね。受け取りなさい」
作業を休めることなく腕を振りながら、自分の左手首へと視線を投げた。
女の手首を取り上げて鎖を外す。
それを手に上目使いで女を見ると、それでいいとばかりに微笑んだ。

「カルドの紋。お友達の証ってやつね」
「いらない。こんなの。そんなのって、まるで」
「いざとなって頼れるのは人脈よ。それにあなたには妹がいるでしょう」
「私だって、できる」
抑え込んでいる腕を振り払って前面に出ようとするが、びくともしなかった。

「負け戦だってね、しなきゃいけないときがあるの。でも、これは大人の仕事」
どう抗おうとも、この女の意志には勝てないと悟った。
それが女の覚悟だ。

「下に降りなさい。いいわね」
女は腕を緩めた。
第一部隊も沈黙した。
だが間髪置かず部隊は再構成されて今度こそこちらに押し寄せてくるだろう。

「応援を、呼んでくる。それまで、耐えて。絶対だから!」
少女が窓の奥へと滑り込んだその影を抜くように、ナイフが飛んできた。

「なるほど、あっちもお抱えがいたってわけね」
三本の剣先が見える。
咄嗟に横へと飛んだが足をやられた。
二方向から同時攻撃、さらに石造りの簡素なバルコニーには逃げ場がない。

「もう、下に着いたかな。下は下で、今は大騒ぎ」
壁に張り付くようにして喘ぎ、力の入らない足を投げ出した。

「そんなに私たちの体が欲しい? そんなに力が欲しい? それでどうするつもりなのよ」
ナイフは彼女の腕に突き刺さり分断した。
バランスを失った体は横倒しになって静かに死を待つ。

「でも残念、あげられないわ。みーんな、ここから、いなくなる」
片腕で体を引きずってバルコニーの端まで這って行った。
頭を持ち上げて紺碧の海を見下ろした。

「ダミーが出たわね。二艘目もなんとか、間に合うか」
声を出すのも辛くなり、首を地面に落した。
寒いな。
太陽はこんなに白いのに。












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