Ventus  131










不安定な片足はすぐに払われる。
バランスを崩せば背中から落とされる。
クレイは床についた一本の脚で大きく跳躍した。
片足を固定したクレアの手を力いっぱい蹴りつけた。
緩んだ手元から足を抜き地面で受け身をして転がった。
クレイの機敏な動きに一瞬呆気にとられたが、すぐに態勢を立て直して攻めに転じた。
立ち直りの早さは実戦で鍛えられた。
クレイが立ち上がる前にアームブレードを振り下ろす。
クレイは右に躱し、クレアのブレードは彼女の影を切る。

息を詰めてブレードを見切り、体勢を起こす。
立ち上がったはいいが、剣先をクレアに弾かれなかなか距離を詰めることができない。
焦りと緊張で脹脛が緊張し動きが鈍る。
クレアはクレイの弱みを見抜いていた。
大きく剣先を撥ね上げ、クレイの体を開くと深く踏み込んだ。
再び構えようと腕を引くことに気を取られたクレイの左脚に自分の脚をかけた。
左に重心を置いていたクレイの脚は、それを軸にしてあっさりと崩れていく。
見事な足技に声を上げることも息を吸うこともできなかった。
手で床を支えてもその手も足で払われる。
立ち上がろうとすれば支えている腕や足を叩かれ、体を支えられずに床の上を転がる、まるで子供相手の手合わせだ。

それで終わりかクレイ・カーティナー。
見下ろす目はつまらないものを映しているかのように冷たかった。

悔しいと初めて思った。
清女の祭に出られるだけの実力を身に付けた。
戦場の苦みも噛みしめた。
だがそれらが彼女の前では酷く陳腐なものに思えてくる。
すべては、知ったつもり、ただそれだけだった。
所詮学生の分際で、半人前以下の扱いで、きれいな上澄みだけを口にして分かったつもりでいた。
無意識にプライドが生まれていた。

恥ずかしいと思った。
クレアはクレイの上辺などあっさりと貫いている。
彼女は直感で、クレイの人格を見抜いていた。

だからこそ負けられないと思った。
半ば意地で、打ち砕かれて粉々になった底に残った、なけなしのプライドだった。

クレイは跳ね起きて震える足を床に叩きつけて前に飛び出した。
体ごとクレアにぶつかっていく。
クレアが余裕の表情で防御態勢に入ると、真正面から構わずブレードを振り下ろした。
無謀だ。
策も何もない、馬鹿正直な一太刀にクレアは応じた。
受けたブレードがクレアの腕とともに沈む。
重い、腕が痺れる。
支えていた右足が床を僅かに滑った。

迫り合う互いのブレードは、力負けした方が跳ね飛ばされる。
その点、力の入れ方揺さぶり方はクレアの技術の方が上だった。
クレイの率直な力を横に上手く流して彼女の肩口へと斬りかかる。
肩を下げて躱したクレイは右肩で詰め寄り、クレアの左肩に手を乗せた。
クレイの体はすでにクレアの斜め後ろに回り込んでいる。
クレアが振り払おうと体を捻ったときには、クレイは背後を取りクレアの腰に膝を埋めた。
クレアが反射的に体を反らせる。
浅い。
クレイが奥歯を噛みしめた。

動きが素早いのは認めるが、それだけではクレアを叩き伏せることなどできない。
クレイの一瞬の隙を突いて、左手を肩の奥へと回した。
指先にクレイの肩が触れるとそこからは一瞬だった。
クレイには何が起こったのか把握できないまま爪先が浮き宙を飛んだ。
足は宙で縦に弧を描いて回り、床に吸い込まれるように叩きつけられた。
受け身は取れた。
だが衝撃は大きく床で呻いた。

クレアは曲げた膝を伸ばして仁王立ちになる。
背負い投げが見事に決まり、クレイはしばらく動けないはずだ。
クレアは動かないクレイから二、三歩距離を取った。
清女の祭典でのクレイはもう少し動けたはずだ。
いや、その前だ。
初めてクレイの試合を目にしたときは、痺れを感じた。
食らいつくようなブレードの動き。
食い殺しそうな目の輝き。
クレイの中に眠っているその炎を再び呼び覚ましたい。
クレイが壁に手を掛けて立ち上がる。

「なあ、クレイ・カーティナー。ここが訓練棟の箱の中だってので舐めてるのか?」
クレアが唐突に、クレイの顔を掴んだ。
低い声は鈍く光る刃物のように突き立てられれば背中に冷たいものが走る。
クレイの黒髪へと手を回して上半身を引き上げた。

「これはお前が望んだことだ。生温いアームブレードごっこは終わりにしよう」
そのまま握りしめた頭を左へと放り投げた。
ゴミ袋のように床に投げ出されるクレイが、頭を振ってクレアを睨みつけた。
強い目だ。
さあこい、クレイ・カーティナー。

クレアが正面を向くより速くクレイはその場から消えた。
すでにクレアの眼前に入りこんでおり、接近しすぎてアームブレードは振れない。
クレイは跳んだ。
足はクレアの脇腹を捉えた。
足の軸を入れ替えて、後蹴りが今度は確実にクレアの背中に入る。
右足で踏みきって、すかさず三度目の蹴りを加える。
息を吐く暇もない、猛攻にクレアの頭は計算を忘れる。
蝿を払うかのようにアームブレードでクレイを遠ざける。

久々の痛みだ。
痛みを受けて喜ぶ趣味はないが、それだけの力がある者を前にしているのが嬉しかった。

引いたクレイに追撃を掛けた。
体の内側から外に払ったアームブレードでクレイの防御を解き、真正面の腹に蹴りを加える。
後ろへと仰け反った体を引き戻す間に歩を進め、クレイの小さな懐に潜り込んだ。

また背負い投げだ。
まずい、と腰を落として横へと体を流した。
体術も柔術も未収得のクレイができる精一杯の反撃だ。
クレアの体の重心を見極め、足を掛ける。
先ほどクレイ自身が受けた技で、今度はクレアを崩す。
鮮やかにとはいかなかったが、クレアのペースを乱すことはできた。
至近距離ではブレードは翳せない。
右腕に装着した幅広のブレードを左手で支え、緩やかな峰をクレアに叩きつけ弾き飛ばした。
威力は絶大だった。
一回りは丈の高いクレアはあっさりと跳ね飛ばされる。
だがこれで床を舐めるようなクレアではない。
体を折り体勢を低くして転倒を免れた。
クレイが高く跳躍した。

何だ、とクレアが軌道を見つめて顔を上げて行く。
アームブレードを高く掲げて、落下とともにクレアへと強烈な一撃を落とした。

寸でのところで落下地点にアームブレードを引き寄せられた。
だが、重力とクレイの体重とアームブレードの力が一点に圧し掛かりクレアは背中を床につけた。

嘘だろう。
不利な状況に驚くよりも、小さなクレイ・カーティナーに押され、自分が床に背中から倒れこんでいるという現実に驚いていた。

上に圧し掛かるクレイの横腹に膝を嵌めて、下に敷かれていた脚を引き抜いた。

形勢逆転とばかりに今度はクレアがクレイを抑えにかかる。
小さく細い体だ。
こんな肉のない腕や足でよく動けるものだ。
しかし、それがクレイの特性でもある。
脚を折りたたみ、クレアとクレイの体の隙間へと押し入れた。
バネのように勢いよく伸ばした。
張り付いていたクレアの体が剥がれる。
勢いを付けて跳ね起きたクレイがアームブレードを引き寄せてクレアへと突き付けた。
剣先が頬に触れる。
クレアの剣先はクレイの喉元に突き立てられている。


「どうだ? そろそろ体力も限界か?」
「まさか」
応じたクレイの目はまだ強く鈍い光を放っている。

クレアの剣を逃げて動くクレイの首筋に、ブレードを沿わせて追う。
クレイも剣先をクレアの頬から離さない。
互いに拮抗し、牽制しあいながら次の手を窺う。

その間に割って入ったのはクレアの長い脚だった。
下から垂直に振り上げられ、クレイのアームブレードを上へと蹴り上げる。
視界の外からの攻撃にクレイは咄嗟に反応できず大きく仰け反った。
後への転倒を避け、体を横倒しにして低くなった姿勢からクレアの脚へと水平に蹴りを放つ。
クレアは軽やかに飛び跳ねて避け、空中で体の向きを転じるとそのまま姿勢の低いクレイの背中へと踵を落とす。
クレイが崩れ、片腕で体を支えると振り向きざまに背後を取ったクレアにブレードを叩きこむ。
しかしブレードは外に叩き落とされ、上を向いたクレイの視界に線が降りてくる。
クレアのブレードが落とす影が、クレイの額に縦ひと筋の直線を描く。
風圧を感じる紙一枚分の距離でブレードは止まった。
あと僅かにでも深く下ろされていたらクレイの額は割れていたはずだ。
目を見開き上を見据えたクレイみてクレアは微笑んでいた。

「悪くはないな」
他人を褒めないクレアにしては驚くべき評価だ。
彼女の腰にはクレイのブレードが添っていた。
上から襲い来るクレアに対し、下から突き上げたが体を捉えるには至らず、服一枚を切ったに過ぎない。
だがクレアはそれで満足だった。

「久々に、よく動いた」
クレアがクレイの額からブレードを離す。
クレイも脇腹からブレードを離した。

「今日はよく眠れそうだ」
ブレードを体の脇に落として、クレイの目を見たまま言った。

「そういえば腹が減らないか?」
あまりに真面目な顔をして言うので、クレイは反応に困った。
だが、これがクレア・バートンなのだ。
いつも唐突で、自分のペースで。
だがそんな生き方も悪くない。

ようやく肩の力を抜き、クレイは小さく頷いた。












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