Ventus  125










サンルームのよく磨かれた透明の屋根を水が枝を分けて付けて行く筋を、肘をついて眺めていた。
折角友人と落ち合ったのだし、静かな一角で互いに脇に抱えている課題を消化しようか。
その提案もなかなか足取りが重く進んでいない。
勉強は目の前にテキストを開いたまま埃でも舞い降りて溜まっていきそうだったし、話の方も止めどなくあるいは弾けるといったこと
もなく休憩室の外を二人で眺めている方が多かった。
居心地の悪い沈黙はなく、周りの環境も和むには最適だ。
ぼんやりとし過ぎていつの間にか時間を忘れてしまう。

窄まった白い花が、首を垂れた先から白く色を移した滴を垂らした。
情緒があり、思考もセンサーも繊細にできていなくても美しいと思う。
花は首筋に降る水の粒を集め、また一番先に玉を作った。
玉が伸び重力に引かれて落ちるまでの一瞬に目を止める。

「レヴィくんは元気?」
白い花弁から離れた滴を見届けて、目の前の声に顔を向けた。

「二日前にあったばかりだろ。そういえば、借りた本、読み終わったらしいぞ」
「もう? 試験勉強中でしょう、確か」
「そうそう。あいつのクラス、成績優秀者ばっかり寄り集まってるからな。我が弟ながらできの良さにびっくりだ」
教科書を横から覗いてみたが、さっぱり解けなかった。

「そしてセラに本を借りる口実で会いに行ったり、クレイの様子を窺いに行ったり、マレーラやリシアンサスに弄られたりふらふらしている間にやることはやってるんだ。さすがだろ?」
「要領も押えているわけね。素敵な男性の条件だわ」
将来有望だ。

「俺も見習わなきゃなぁ、いろいろと」
「そうね」
「そこは否定してくれよ。いやいや、カインくんにも朗らかで優しくて素敵な笑顔があるわよって」
「次回は仰け反るような美辞麗句を用意しておくわ」
「期待してるよ。まあ試験も大変だろうけどね、それより厄介事を抱え込んだほうが重いみたいだ」
セラは一向に進まない課題に蓋をしてカインに顔を寄せた。
大切な小さな友人の厄介事とは穏やかではない。

「あいつはあんまりアームブレードとか人と競ったりするのが得意じゃないんだ」
セラはまだ男としての骨格に育ち切っていない、レヴィの細い体を思い描いた。
武闘派な兄と知的な弟という立ち位置が定着しているからだろうか。
兄と同じ金の髪と瞳、鼻筋や顎の感じも似ているのに随分と印象が違う。

「そうね、荒っぽいこととは無縁のところにいてほしい」
「頭ばっかり育ってるからいろんなことを考えちゃうんだろうな」
「例えば?」
カインは問いかけられ、ガラスの天井を見上げた。
所々ステンドグラスのような色ガラスが嵌め込まれており、目立たない銀のフレームで固められている。
晴れた日には色が下に落ちてきれいなのだろうと想像した。

「開発途上のベイスを装着して研究対象として扱われる。これは純粋な武器開発の一端だ。アームブレードとは違う」
「人を殺す道具に手を染めるのが嫌なのね」
それはよく分かる。
手にベイスというグローブのような装置を装着して腕を振れば、衝撃波が発生するのだという話をクレイから聞いた。
精流値という値がが高いほど、ベイスに嵌った石と相性が良く衝撃波は出やすいという。
しかしクレイもセラも実際に見たことがないので、想像しにくい。
ただ殺傷能力があるほどの衝撃なのだから、恐ろしいものに違いない。

カインは天井を見上げていた視線を落とし、部屋の端から視線を巡らせてみた。
席数三十席の小ぢんまりとしたサンルームは、晴れの日は輝く光が流れ込んでほぼ満席となるが、雨の日は大抵閑散としている。
賑やかなサンルームよりこっちの方が好きだ。
縦に流れる雨水の川を眺めたり、水で洗われたように鮮やかに冴える緑を横目に退屈な課題を熟すにはうってつけだ。
セラもそうに違いなく、ここでクレイと一緒のところに幾度となく遭遇している。

「そう、嫌なら断ればいい。けどできないんだ、あいつは。俺が同じ場所にいるからな」
ベイスに関係する兵器開発は国家プロジェクトだ。
研究協力を拒否すればどんな圧力が及ぶか分からない。

「遠慮することなんてない。納得できないことに絡め取られる必要なんてないだろう、って俺は思うんだけどな」
「レヴィくんは違うのね。でも逆なら?」
白い丸テーブルに頬杖をつきながら無邪気にセラが尋ねる。
本当に、どうしてこの子の瞳は琥珀色に澄んで真っ直ぐなんだろう。
目は心を表す。
だからクレイはセラに惚れこんで、レヴィも足繁く通うんだな、とカインは見つめ返しながら納得した。

「ああ、うん。考えただろうな」
「レヴィくんはディグダの怖さを知ってる。深さも知ってる」
「セラ」
「クレイ、また戦場に出なきゃいけないのでしょう」
「ああ、いずれ。近いうちに」
「クレイの側にいてあげて。アームブレードを持たないわたしは、戦場ではクレイの近くにいられないから」
「俺も、チームが分かれてしまえば一緒にいられないし、それ以前に今後クレイと同じ場所に立てるのかも分からない」
「いいの。クレイがすぐ側にいるときだけでいい」
「それなら、喜んで」
「ありがとう」
どんな可憐な花よりも柔らかに美しくセラは微笑んだ。
やはり彼女には微笑みがよく似合う。

「一度ゆっくり聞こうと思ってたんだ」
「なに?」
ふと真顔に戻ったカインが、真剣な口調でセラを見た。

「どうやって雲上の氷の城から気高い姫君を救い出した?」
「クレイのことね」
華々しい表現にセラは口元を緩める。
確かに、セラと出会ったころのクレイは無愛想で無関心の塊だった。

「方法なんて、よく分からないわ。ただクレイは、わたしたちとずっと同じ場所に立っていたの」
雲の上でも、高い砦の上でもなく、遠く離れた僻地でもない。

「脆くて繊細で怖がりで、そのくせ強情で。わたしたちと何一つ変わりない。特別なんかじゃなかった、それに気付いただけ」
「クレイは弱いのか」
「心がとっても。アームブレードの実力はカインの方がよく知ってるでしょう?」
「ああ」
嫌というほど知っている。
目の前で戦う姿、試合を勝ち上っていく様、鮮やかな剣技を目の当たりにしてきた。
肩を並べていたつもりだったが、あっという間に手の届かない場所に飛躍していった。

「でも強さって技だけじゃないと思うの。素人のわたしが言うのもおかしいかもしれないけれど」
「いや、正しい」
「クレイは子供なの、純真無垢な。だから守ってあげたい。クレイを傷つけるものから。側にいてあげたい。寂しくないように。そうよ」
セラは強い目を机の上に落とした。

「もう、寂しい思いなんてさせないように」
クレイの中に何を見てきたんだろうかと、カインはセラの額を見つめていた。

「絶対防御の氷壁はね、誰も特別にならないようにするための砦だったの。誰も傷つけたくない、失いたくない、そしてクレイ自身も傷を負いたくない。心を守る術だった。でもね、ひとが誰にも関わらずに生きていくことなんてできるかしら」
永遠にひとりきりなんて、哀しすぎる。

「クレイを助けたい、なんて傲慢ね。本音はわたし、クレイを離したくなかったの」
それから照れたように付け加えた。

「ひとめぼれ、なのよ。初めて緑の丘で、風の中でクレイを見かけたとき」
目を細めて、風景を思い出す。
緩く靡いていた足元の緑は丘をいくつも越えて延々と続いている。
蒼天と緑海の狭間に立っていた漆黒のクレイを忘れない。
圧倒的な存在感なのに、儚く散ってしまいそうな脆さがあった。
クレイを繋ぎとめておきたいと思った。
そのときからずっと思い続けてきた。

過去を曝け出して、セラの側にいられない、その資格などないと言ったときも決死の覚悟で引きとめた。
すべて忘れられない、セラの胸だけに刻みつけた思い出だ。

「そうしてクレイの氷壁は音を立てて崩れ、俺はクレイ姫と手合わせしたり話をしたりできるってわけか。それに、クレイが俺とセラを引き合わせてくれた、とも言えるよな」
クレイが間にいなければ、セラと関わることもなく卒業していただろう。
椅子に深く腰掛けたカインが腕を組み、感慨深げに何度も頷いた。

「さて。わたし、そろそろ行かなくちゃ」
端末で時間を確認したセラが、机の上の本を揃えた。

「用事か。クレイと待ち合わせ?」
「今日はひとり。先生に呼び出されたの。何かしら、悪いことでもしたのかな」
「成績優秀で真面目なセラさんが?」
「真面目、ではないわね。きっと」
本を抱えて立ち上がった。

「どういう意味?」
「じゃあ、レヴィくんによろしくね」
軽やかにサンルームを抜けて行った。
足の運びは羽毛のようだ。
運動や汗といった熱いものとは遠いようなセラだったが、あれでなかなか反射神経はよく、走らせれば速い。
一人取り残されたサンルームは席を離して遠くに一人、違う方
向にもう一人とそれぞれ黙々と端末に向かって指を動かしている。
ふと寂しさが込み上げてきた。
気持ちを打ち消すように、カインも課題に集中すべく課題に対峙した。












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