Ventus  122










クレイは自室のベッドに寝そべり、セラが持ち込んだ雑誌のページを何の気なしに捲っていた。

休日に街へ遊びに出る習慣はなかった。
部屋に引き籠って眠っているか宿題を消化しているかだった、大人しすぎる学生生活もセラが来て変わった。

クレイの机を陣取って本に目を走らせていたセラが、読み残した本を閉じてクレイの横へと後ろ向きに飛び込んだ。

服や化粧品の広告や歌手の特集記事を読むというより眺めていると、腹の横で寝台が大きく波打つ。

「出掛けない?」
「買い物?」
「天気がいいから散歩もしたいし」
大きく伸びをした背中を眺めながら雑誌を枕の上に乗せた。

「進級試験もひと段落したら反動で妙にだれるな」
「試験明けっていうのもあるけれど、環境の変化もあるんじゃない」
「授業の入れ替わりでか?」
「人の入れ替わりもね」
「意識したことはないけどな」
「意識しないからこそ負担があるのよ。人との距離間をうまく取ろうとするから疲れるのよ」
「摩擦」
「人と人とが接しようとして生まれるもの。以前のクレイはそれすらなかった。だって人を拒否してたのでしょう」
肩越しに振り返ってもう一度誘う。
気分が滅入ったときこそ外的刺激を受けるべきだと言って立ち上がる。
五分で用意するから、すぐ出かけられるようにしていてとセラは颯爽と部屋を飛び出して行った。
セラの決断力と強引さには大いに助けられる。
部屋が急に寂しくなってクレイも立ち上がった。
机の上にはセラが持ってきて忘れたミュージックディスクが荒い映像を円盤の上に投影している。
音楽はジェイ・スティン。
浮き上がった立体映像をよく見ればジェイの若い姿だ。
ディスク自体がかなり古いものらしく、時折映像に砂が混じったりするが音は素晴らしい。

ジェイはミュージックカードやチップには自分の音を吹き込まない。
唯一、酒場から持ち出し可能な媒体はミュージックディスクだけだ。
財布を上着にねじ込み、指先でディスクの再生を止めて、セラに返すため携えて廊下に出た。






学園内を巡回するシャトルバスは混み合っていた。
瑞々しく、周りを見回したりシャトルバスの停車駅や地図を凝視している者がいた。
窓の外を流れていく風景に齧りついている者もいる。
三人が顔を寄せて市街の地図を広げている者もいた。

新入生というのは可愛らしいものだ、とセラはにやけてしまう口元を手の下に隠した。

「わたしたちもあんな風だったのかなって」
「覚えてないな。でも可愛げはなかったと思う」
「うーん」
「面倒臭かったんだと思う。今にしてみれば。他人と群れて関わって、自分のことを穿り返されるのが嫌だったんだ。デメリットしかないって思ってた」
沈黙したセラに顔を向けて続けた。

「でもそれが単に好奇心だけじゃないなら、互いに深く共有し合い、思い合えることができるなら、それも悪くないと思えるようになれたんだ」
人が降りては入れ替わって流れてくる。
そうこうするうちに入口のゲートがフロントガラスから座席の横にまで流れてきた。


本屋、服屋、一通り回って喫茶店に入った。
注文を待つ間、セラはガラス窓の下を眺めていた。
店内はゆっくりした曲調の音楽が流れている。
厚いガラスの向こうでは一転して騒がしい。
互いに会話を投げ合うことはなく、むしろ共有している沈黙が楽だった。

「学校が見下ろせる丘で夕日が見たいわ」
「いきなりだな」
「青臭い?」
「いや、セラが見たいなら私も見てみたい」
とはいうものの市外の地理はよく分からない。
外に出て見回してもビルばかりで小高い丘は陰に入ってしまっている。
注文した飲み物の底が見えるまでに、頭と携帯端末の助力を借りて目的地を割り出した。






公園への道はなだらかだが傾斜していた。
土道がはっきりと描かれていたものの他の人間と遭遇することはなかった。
歩くとすれば朝方に、健康を求めて歩く人間ぐらいだろう。
丘の頂上には何もない。
だが眺めは素晴らしい。
坂を上りながら何度も振り返った。
徐々に高くなっていく視点に、鳥になって下界を見下ろす爽快感があった。

丘の頂上まで登り、改めて学園の方を振り返った。
学園の施設を取り巻くように、環状の路線が走る。
見えたのは環の一部だが、こうして見てみると学園がビル群に埋もれているのがよく分かる。
しかしそれでも際立つ存在感は流石と言えた。

目を凝らしてみれば、小さく白い壁のような施設があった。
味気ない横長の壁の両端を取り、中心に向かって捻じ曲げたような歪な形だ。

空を見上げたが明るいままだ。
もう一回り買い物をしてから来ても良かった気がする。

隣でセラが身動きした空気の揺れを感じた。
クレイの数歩目の前で地面に屈みこんだセラの背中に近づいた。
咲き始めた花を見つけたのかと肩から手元を覗きこんだ。

「岩か?」
「いいえ、これは神門(ゲート)の欠片」
「ゲート? 学園の敷地を囲っている識別ゲートのことか?」
「それとは別物よ」
足下に埋まる、地面から突き出した石の一部を見下ろしてセラがしゃがみ込んだ膝を伸ばした。

「昔々、ディグダが今の面影も形も成さない遥か昔。世界はとてもとても荒れていたの。混沌、陰鬱、荒廃、退廃。魔という不可思議な存在が世の至る所に湧き出て悪さをしていたから」
いきなり始まった物語に、クレイは黙って耳を傾けていた。

「人を殺め、人を喰らい、人を恐怖へ叩きこむ。そこで現れたのが」
「勇者殿ってわけだろう。名前は確か、ガルファードだったか? で、そうだ。魔術師の方はサロア神だ」
「そう。彼らと思いを共にする民衆は魔が生まれ出る場所を特定したの。それが神門(ゲート)ってわけよ」
「湧いて出る、っていったいどこからそんなものが」
「この世界ではないどこか、でしょうね」
「それで、湧いてくるところに栓でもしたってわけか」
「するまでもないわ。それ自体を壊してしまったの。そしてここにあるのは由緒ある石の欠片」
セラは埋まった欠片に背を向けて進み出た。
傾きかけて、薄く赤みが差す光に学園が照らされている。

「石は人には計り知れない力を秘めている。その未知の力で以てしか抑えきれない『何か』は存在するのよ」
「夢物語の続きみたいな話なんて」
「神話と現実を結ぶのは詩なのよ」
「セラが読み解いていたジェイの詩か」
「バラバラに散ったパズルを組み合わせれば何となく全体が見えてくる」
じゃあその『何か』って何なんだとクレイが疑問を突き出す。

「ディグダが飛躍的発展の芽吹きの種。叡智の光よ」
「話が詩が繋がったとしてもあまりに時間系列に隔たりがある」
「誰かが今になって種に触れたとしたら。その価値と有用性に気付いたとしたら」
推論で語っているがその横顔は何かしらの確信を得ていた。

「凝縮された数十年の発展、それがすべて今の話で説明できるはずもなければ、根拠に乏しいのも甚だしいけれど、わたしは頷けたわ」
横倒しになっていく太陽が厚い空気の層を貫いて、街を赤く染めていく。
隙間もないように地面から生えているビル群や学園の建造物を一色に塗り潰していく。
セラは言っていた。
膨大な力をを抑えるための神門(ゲート)の欠片はディグダの中枢を取り巻くように埋まっていると。

踏めば痛そうな、地表を覆ったコンクリートの棘の下に叡智が息を潜めている。
到底信じられる話ではないが、すべてを否定するにはディグダは底が知れない。

「歌ってくれないか、ジェイの歌を。言葉の意味を」
折角の二人きりの時間だ。
受け入れて首を振る代わりに、セラは目を伏せて息を深く吸い込んだ。












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