Ventus  121










その日、セラ・エルファトーンに招待状が届いた。

セラは訝しげに、自室の扉の隙間に挟まっている封書を引っ張り出した。
郵便物や小包は一箇所で管理され、受取人にはメールで通知される。

学校内の友人が投げ込んだのだろう。
表と裏を返してみたが、白緑の封筒には宛名はおろか差出人すら書かれていない。
振ってみれば軽く、空気に折れてしまうほど薄い。
さしたる危険もなさそうなので、封筒をしげしげと眺めながら後ろ手に扉を閉めた。
机の上からペーパーナイフを抜き取り、糊づけされた隙間に先を差し込むと鮮やかに封を開けた。
膨らませた封筒の中から摘まみ出したのは、二つ折にされた紙片だった。
開いてみれば中に数字が書いていた。
二桁区切りで間にドットが打ってある。
最初の二区切りを眺めて、今日の日付と合致したのに気づいた。
日付の次は時間を連想させる。
その次で詰まった。
ベッドに倒れ込み時間の次に来るものを探りながら、携帯端末を弄っていた。
しばくらしてふと端末を弄んでいたセラの指が止まる。
蓋を開いたり閉じたりしていた携帯端末に食い入るように目を近づけた。
校内の配置図で広域図を呼び出した。
日付、時間とくれば次は場所だ。
いつ、ここに来いと明記さえすればそれで済む話だが回りくどいことだ。
敷地内はとにかく広い。
初等部、中等部、高等部とを抱えている。
迷子になったとき、各棟の配置が見られる広域図はありがたい。
横に引かれたx軸と縦に引かれたy軸に紙片の数字を重ねる。
携帯端末を握った手をベッドに落として天井を眺めた。

「いったい何なの」
広域図で示された点は学園の出口のひとつと重なっていた。
二点がそもそも地図を表しているのか、それが広域図なのか不確定なうえ、意図も見えない。
目を瞑っているうちに眠ってしまったらしい。
扉をノックする音で目覚めて、寝ぼけながら返事を返した。
服は授業が終わった制服のままなので、寝ぐせだけを撫でつけて並んで夕食に出かけた。



結構深い傷を負ったというのに、クレイの回復力には驚かされる。
昼間、すれ違ったクレイはクレア・バートンに扱かれてくると言って訓練施設へ颯爽と去って行った。
クレイの背中を呼び止める間もなかった。
表には出さないが、やはりクレイはアームブレードが好きなのだ。
刃が空気を裂く音、風の流れを読み振り下ろす集中力、体を翻してブレードを合わせる緊張感、そのどれもに飢えていた。
対等であり、拮抗した中で勝敗を決する高揚感は戦場にはない。

クレア・バートンのことだ。
容赦なくクレイを叩いたのだろうが、クレイの方も打たれ強くなった。

「どうだった? バートン先生のご指導は」
「相変わらずだ。腕の振りが鈍いだの、下半身が不安定だの、痣が消えない」
それも愛のある指導だからこそクレイも通う。



二人で食堂で夕食を終えて寮へ戻ろうというとき、セラのなかで引っ掛かって取れないものが疼いた。

食堂の壁に掛かっている時計を見る。
紙片のコードが指定した時間まで十五分。
走れば学園の敷地外れにある場所まで何とか間に合う。
単なる悪戯かもしれない。
他の部屋に投げ込むつもりが、セラの部屋の隙間に滑り込ませたのかもしれない。

「ごめん、クレイ。ちょっと忘れ物しちゃったの」
「一緒に行く。暗くなってきたし」
「大丈夫よ。ほら食後の薬、部屋にあるんでしょう?」
「それなら」
クレイの言葉を遮って、セラは離れた。

食後の運動っていうけど、それって胃が収まってからするべきものじゃないの?
苦笑しながら、食堂に向う人の流れに逆らって走った。
木々に埋もれるようにして薄暗いゲートが見えて足を止めた。
胃が落ちつかず少し気持ちが悪い。
クレイはちゃんと薬を飲んで横になっただろうか。
そんなことを考えながら端末を開き時刻を確認した。
一分前。
呼吸を整えながら、道の脇にある木の幹に背中を押しつけた。
風が冷たい。
走って体は火照っているので、今はそれも気持ちがいい。

端末の画面が下から照らす光で濃くなり始めた闇の中でセラの顔が浮かんだ。
画面の中の数字が弾けるように変わった瞬間、セラはゲートに視線を投げた。
静かだ。
やっぱり、何も起こるはずがない。

ゲートに近づいてみたが人影は見当たらない。
静かすぎるのが逆に違和感を持たせた。
ゲートに触れられるほどにまで接近して、鉄門がずれているのを発見した。

「開いてる」
そこからは衝動的だった。
重い柵のような扉を押し開け表に出た。
こんなことをしていいはずはない。
無断外出の上、帰る時に外出記録のない言い訳はどうすればいいのか。
そもそも意図が見えない指示に従うのもどうかと思う。
飛び出せたのはいいが、どこで誰と会えばいいのか。

その時端末がメールを受信した。
クレイからかと思って開いたが、差出人は不明だ。
今度はコードではなく明確な場所が記載されていた。

植物園。
夕食も済んだ時間でもまだ開いているのか知らないが、指定された以上進むしかない。

セラが近づくにつれ、場所も絞られて送信されてくる。
園内地図を見ながら、目的地まで向かった。

ちょっとした高台で、学園の一端が見下ろせた。
一息ついて、景色を楽しんだ。
眺めはいいが、まさかこの景色を見せたかったわけではないだろう。

「大樹の足下、白銀の欠片は目覚めぬ夢の続きを紡ぐ」
受けたメールを反芻しながら周りを見回した。
ひと際大きな体をした木の下に屈みこんだ。
石のように見えたが、石膏のように白い。

「白銀の欠片」
ジェイの歌に出てきた。

「ディグダが真の言葉、真の叡智。それって何、それがディグダの萌芽を促したの?」
構わず叫んだ。
ずっとセラを見ていた。
どこにいる。

「あるいはそれ自身」
声がした。
姿を見せないということは、互いに知ってはいけないという暗黙の了解だ。

「あなたはわたしが端末のネットでやりとりをしていた人ね。話ならさっきみたいにメールでやればいいじゃない」
「口承という伝達手段こそ痕跡を残さない。録音されさえしなければ」
話したいから呼び出した。

「白銀の欠片とディグダの中に眠る、種。二つが関係していると?」
「強過ぎる力は抑えなければならない。ディグダは得体の知れないものを拾ってしまった。触れてしまった。人知を超えたものは、人知を超えたものでしか抑えきれない」
それが白銀の欠片だと男の声は言った。
深みのある声は中年のものだったが、セラには声から風貌まで想像できなかった。
「白銀の欠片を各所に打ち込んだ」
「結界でも張ろうとしたの」
セラの足下に小箱が転がって来た。

「それは神門(ゲート)の欠片」
「神門(ゲート)、聞いたことはあるけど。物語の中でのこと」
「秘密の話は宝箱に仕舞うといい。帰る時間だ」
セラは小箱を拾い、コートのポケットにねじ込むと高台を下って行った。

学園の壁に行きあたって、さあどうやって言い逃れようかと足を止めたとき、煌々と照らされていた入場ゲートの明かりが消えた。
解錠音が小さく聞こえてから辺りは闇と沈黙に包まれた。
一区画だけの停電なのか、大きな騒ぎにはなっていない。
これだけ個人へのセキュリティが厳しいのに、施設内システムが簡単に停電など起こすものなのだろうか。
偶然であるはずがない。
セラは外灯がさらに闇を濃くした門の陰を手探りで扉を開き、逃げるように寮へと向かった。

人の流れが疎らになった寮のホールを抜けて階段を駆け上がると、部屋に閉じこもった。
コートから貰った小箱を取り出して、窪みに爪を掛ける。
飾り気のないアルミの小箱は飾りも仕掛けもなく簡単に開いた。

中には小さいメモリが入っている。
端末に差し込むと自動でネットワークのスペースが立ち上がった。
キーボードの上でセラの指が止まっているなかで端末はメモリからデータを吸い上げて行く。
瞬く間に処理が終わると、メモリのデータは自壊した。












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