Ventus  113










塵は氷を呼び集めた。
上層で身を寄せ合った氷の結晶は重力に引かれて静かな降下を始めた。
途中で雪になるにはまだ早すぎると阻まれて、身を溶かして滴となったとき地表を見た。
薄く緑の這う痩せた土地は空気以上に寒々しかった。
岩陰に身を潜めるように群れる人間たちは粒子から明らかな点へと変わる。

何を急く必要があろうか。
なぜ大気や時の狭間を揺蕩えず刹那に散り往く。

断崖の際へ身を寄せたとき突風に煽られ直線経路を反れた。
岩肌に齧りつき葉を纏う気概もなく痩せ衰えて手を伸ばす枝の間を抜ける。
崩れた岩の隙間に木々を押し込んだ我が家から、顔を出す今年生まれたばかりの雛の眼前を横切る。
地表に張り付く人間の天を仰ぎ見る黒曜の眼は、雲の切れ目を睨みつけていた。
薄暮の中、外気の冷たさを吸い込み色を失った顔をしていた。
点ほどの人間に寄せられたわけではないが、脇目も振らず一直線に落下する。
滴はその頬骨で弾け、傾斜した耳から顎先へと伝う。
人形が息を吹き込まれたように、黒瞳は波打った。
雨だ、と声にならない小さな呟きが唇に流れたのか、何かを思い出したのか、目蓋を微かに動かしただけだった。

肌の上を転がり体をすり減らして小さくなった一滴は、顎先から地面に落ちていった。




潜伏している反政府組織に不穏な動きがある。
国内各所に潜伏する反ディグダ組織の拠点を把握していたディグダは、各部隊を火消しに走らせた。
主要活動拠点に部隊を突入させ鎮圧したと同時に、物資輸送ルートを始め関連組織を抑え始めた。
クレイ・カーティナーが派遣されたのは、それらの下部組織を確保する部隊だった。

学生だからという言い訳も通用しないどころか思うことも許されない。
前回参加した実地訓練では学生は後方で場慣れすればいい、といった参加重視だったのが今回は戦力として配置されている。
訓練といえどたった一ヵ月詰め込まれただけだ。
そうは思っても泣き言は口にできなかった。
踏み入れたことのない場所で戦力外通知とともに放り出されるのが恐ろしかったからだ。
逃げ場などなかった。

街の郊外に乗りつけたディグダ軍は降車後、第一班が東側倉庫を押さえる。
第二班は西側工場施設を制圧。
同時に動いた第三班は北に上って反政府組織の中枢を叩く。
クレイら第四班は待機したまま、一、二、三班が漏らした残党に網をかける。

無線から濁った声が漏れ、第一班が倉庫制圧の知らせを知った。
組織の主要活動拠点へ輸送するはずだった武器食糧が整然と並んでいた。
倉庫内探索中、第二報が入る。
三名を捕縛した。

工場施設からは四名を捕縛したとの報告が入る。

クレイの手元の端末には組織メンバーリストが顔写真付きで表示されている。
捜索中から確保へ、捕縛の報告が入ると同時に切り変わった。

「第二班が意外に苦戦しているようだ」
メンバーは十二名、残る五名は逃走中だ。

第三班より組織のリーダーを含めた二名を確認した。
包囲完了で間もなく身柄を確保できるとの連絡が入る。

工場地帯は地下が入り組んでいた。
入り込まれると捜索が厄介だ。
周囲の闇も迫ってきている。
第四班待機中に連絡が入る。

第三班がリーダーを確保したとのことだ。
続き第二班より、残党三名を確認したとのこと。
追跡しているが、予想通り地下へと逃げ込んだらしい。

「第四班より二名を応援に出す。工場施設の地図は移動中にデータを確認のこと」
ただデータには地下の正確な情報が入っていない。
工場施設を反政府組織が占拠して以降、活動組織が小さいこともあり誰も深い潜入捜査ができなかった。

動かされたのはクレイ・カーティナーと他一名。
今回の作戦行動の中で、在学生はクレイだけだった。


足が冷たい泥水を掻き乱して跳ね上げる。
今回の作戦で学生に支給された制服は、耐寒耐熱耐火耐水の特殊繊維で織られたディグダ軍と同等のものだった。
今この場に居て、それがどれだけ重宝しているか身を以て知れた。

すでに水を含んだ袖口で、端末の画面を擦った。
水滴が尾を引く間にも、次の滴が画面を隠す。
見辛い端末を顔の前まで引き寄せた。

「侵入口は一階北東の物資搬入口です」
「ああ。一応捕獲対象は地階に降りたことになってるが、侵入しても気を抜くな」
「了解しました」
トラップが仕掛けられていることもあると、座学で学んだ。
例をいくつも挙げられたが、多種多様だった。
火薬を使った大規模なものから、あんな死に方はしたくないと思わせるような苦痛を与えるものまであり、思い出しただけでぞっとする。

「侵入ポイントに到着。開始する」
無線で現状を飛ばし、すでに破壊された形跡がある搬入路に駆け込んだ 。
内部は荒れた跡はない。
争った血痕も無かった。
乾いた土の足跡は真っ直ぐに奥の隔壁に向かっている。
土の散った足跡を追って一人が隔壁に寄り、裏側に異状がないか素早く確認した。
小さく頷くように顎を引くと、クレイへ片手で合図し、先行した彼は蝶番が緩んだように半開きになった隔壁の隙間に体を滑らせた。
クレイも遅れまいとすぐ後に続く。

薄い屋根を叩く雨はまだ治まる様子がなかったが、体を伝う水滴は振り切れた。


「二班の位置を特定しろ。俺は地下への進入経路を確認する」
パートナーの男に先導されながら、地図データと第二班の位置情報を照合する。

「下層第三層、エリアG‐二二、移動中です」
「他には」
「同じく三層、エリアB−一二。こちらは停止しています」
クレイの言葉に男はしばらく返答を返さなかった。

「第三層エリアGに向かう」
「しかし」
「ターゲットはもうエリアBにはいない」
「了解、しました」
クレイと男の手にしていた端末が光る。

「三人の内一人を確保、残る二人は依然逃走中」
第二班が移動中に入手した映像は解析され建物の構造に処理される。
構造データは随時各班に転送され、マップは更新されていく。
だが隅々まで歩いているわけではないので、地図は穴だらけだ。

「エリアD−〇四にて確認。追跡中です」
「よし、回り込む」
現在下層第二層、エリアCにいる。
ほぼ直下だった。

「その後エリアGへ支援に向かうのですか」
「そうだ」
階段を飛び降りながら、未解析のエリアへ飛び込んだ。
アームブレードに沿わせた照明が部屋の隅から天井まで舐める。
耳を澄ませ物音すべてを拾い出そうと神経を尖らせる。


コンクリートで塗り固められた部屋はまるで倉庫だ。
窓がないだけで息苦しい圧迫感があった。
鉄の臭いは建設中の鉄骨の臭いなのか鉄粉の臭いなのか、クレイには判別できなかった。

次の部屋へ移動した。
照明が持ち上がる、と同時に光の先が天井に跳ね上がったかと思ったら弾けて地面を滑る。
見落とした気配が今は分かる。
クレイと男、更に一人。
咄嗟にクレイが手元の照明を点けた。
光を振り、筋はディグダ兵ではない足を掠った。
以後の動きは頭で考えるより体が危機を捉えて動いた自己防衛に近い。

離れて、と口にしたのかクレイ自身は覚えていないが、闇の中交戦中だったディグダ兵と殺意を持った敵との距離が開いた。
ディグダ兵が突き飛ばしたのだ。
そこにクレイが斬りかかった。
手ごたえはある。
だが重くない。
致命傷は与えられていない。

クレイが相手になっている間に、ディグダ兵の男は奇襲より復帰し灯りを手に取り戻した。
女の手で引き倒された相手は、ディグダ兵の足に踏み潰され怯んだ所を捕縛された。
クレイに周囲の警戒を命じると彼は足下で暴れる相手の顔に正面から灯りを当ててデータにある顔写真と照合した。

「十二人だけじゃない。なるほどな、だからか」
「どういうことです」
「顔写真のデータと現状を送れ」
ディグダ兵から送られてきたデータと地理情報を送った。

「エリアBの奴らは、データ外と接触した可能性もあるってことだ」
ディグダ兵は拘束したまだ年の若い男に、銃型の機械を押しつけた。
火薬の音ではなく、金属がスライドする音がした。
闇が濃くて明確に見えはしなかったが、刻印のようなものが押されている。
知識として知っているのはこれも座学で事前に学んだからだ。
極小さな発信機を皮膚の間へ埋め込んだのだ。
これで万一逃走したとしても、軌跡は残る。












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