Ventus  111










「生温いわね。はっきり言いましょう」
穏やかだったセラの瞳にガラスの破片のような鋭利さが混じる。

「これは魔物と石とを融合させようとした失敗作。採取して貰った青い粉末、定着剤は二つを繋ぎとめるためのもの。そしてディグダはそれらをなかったことにするために消し去った。施設や証拠物品だけではなくそこにいた人間もすべて」
どのような必要があってそんな石を造ろうとしたのか。
なぜ形跡を破壊する必要があったのかまではセラには辿りつけなかった。

「わたしがね、興味を持ったのはクレイと旅行に出た帰りの船から」
言われたものの、終始一緒に行動していたクレイでもどこの何がセラの気に止まったのか思い当たらない。

甲板で見た一瞬の光。
それから追い立てられるようにして船内に誘導された。

航路と時刻、光の位置関係。
それから推測される場所に陸地があり、村があった。
五年前より廃村と資料には表記されていたが、詳しく調べていくと大半の村民が転居していたが、未だ一部の村民は居住していたことが分かった。
世帯数は十余り。
それが一夜にして吹き飛んだらしい。
僻地で村を訪れる者もほとんどない地だ。
外部との血縁関係も薄く、廃村扱いの村を気に掛ける人間は少なかった。

不思議なことに、死体が一体も上がらなかった事実が、大した騒ぎにならなかった要因の一つでもある。
逆にオカルトとしてアンダーグラウンドで情報がちらつきはしたが、グレーゾーンの情報は自然消滅まで放置されることとなる。

「村一つを破壊する意味は何だったの。大規模な爆発を起こしたのはなぜ。疑問のまま調べ続けた」
研究所の情報が齎されたのはそんなときだった。
踊らされていると感じながらも、セラ自身情報を欲した。
深みに嵌っていく。

「謎解きとかパズルってやり始めると止まらなくなっちゃうのよね」
セラは無邪気に笑う。
その対象がディグダという巨体であることを意に介していない無垢な笑みだった。

手がかりが与えられ、調べて情報を提供すれば、新しい手がかりが貰える。

「その粉はどうするんだ」
「もちろん、眺めて終わりじゃないわ」
机の端に置いてある小箱からガラス筒を取り出した。
試験管のような円柱の小瓶だ。
そこに零さぬよう慎重に粉を落としていく。
緩まぬよう蓋を締めると、蓋と底を指で挟んでクレイへ翳した。

「きれいな青い色。これが悪魔の石を生み出すだなんてね」
然るべき場所に送る。
そこまでが指示された事項だ。

「わたしが知り得たのは、この粉と石とで生み出された忌まわしい塊が、村を滅ぼしたということ。何が行われたのかは分からないけれど、業火で焼き尽くされ爆風で吹き飛ばされたの」
同じことをセラが出会った男は体験し、生き伸びた。
自らが研究していた石の研究成果を、生み出していた箱を破壊することで証明した。

破壊し尽くすことで研究は途切れたように見えたが、場所を変えて動き続けている。
研究で築いた骨組は取り払われ、固められた足場で自立した。
今度は実戦仕様の兵器として。


彼は兵器を生み出した加害者であり、被害者になった。
運よく生き逃れ繋ぎとめた命、息を潜めて生きても良かった。
身に降りかかって初めてその恐ろしさを理解した。
数値だけでは計れなかった痛みや苦しみや空しさ憤りを理解した。
脅威とともにそれが過ぎれば残ったのは酷く重い罪悪感だった。
振り払おうとしても忘れようとしても、体のどこかに沈殿している。

あれは動きだした。
あれがいつまたどこかで使われるか知れない。
起こる事件に身を堅くした。

ディグダは足りなかった研究者の遺骸一体を探しているかもしれない。
神経を張り巡らせて小さく震えていた。
恐怖で精神が侵食されていく。
完全に壊れてしまうまで、腐り落ちてしまうまで、このまま生きていかねばならないのか。

そんなのは嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。

ならば、覆してやろう。
痕跡は消させはしない。
なぜなら生きているのだから。
ここに自分は生きているのだから。

彼は彼が生み出したものを探し続けた。
セラには石の実態、その製法は明かさなかったが、彼の生きざまと罪は語られた。


「セラはその男の意志を汲み取ったのか」
「純粋に知りたかったの。自分の踏みしめている土のこと。この国のこと。過去と、今起こっていること。それがもたらす未来のこと」
わたしやクレイが生きていく場所ですもの。
セラは剣を握らない。
しかし先を見据える確かな強さがそこにはあった。






緑が雨上がりの空気の中で映える。
先ほどまで視界へカーテンのように覆い被さっていた霧雨で、差し始めた光も現れたように白く澄んでいる。

以前も雨だったのを記憶している。
ここは非常に雨天の多い地域だ。
スコールのように荒々しく大地を打つのではなく、雨を肺まで吸い入れそうな細かい雨粒の日が多い。
また雨が上がった後、労わるように落ちてくる光の美しさは格別だ。

屋敷の敷地よりはるかにそれを囲む土地の方が広い。
厳重に警戒された外壁を突破すると、中は驚くほど静かな道が続く。
土道に車を走らせ屋敷の前でエンジンは止まった。


空気に溶けて掠れる高く上ずった声が、姿は見えず流れてきた。
ときどき途絶えては、ふと湧きあがる。
思いつきの歌か、鼻歌か。
気分よく口にしている言葉は拙くとも、声はさえずりのように愛らしい。

石畳の細道を踏みしめながら声の出所を探す。
玄関を左に折れ、壁伝いに足を進めるにつれ声は次第にはっきりとしてきた。

「陽花(ヤンファ)」
呼びかければ髪を結っているリボンが振り返った流れで大きく揺れた。

「マア!」
彼女がなぜそう呼ぶのか分からないが、クレイをそう呼び懐いている。
いつもの再開と同じく、クレイに飛びついて脚から離れない。

「セラ」
「こんにちは陽花。歌、教えてもらったの?」
「うん。ラオに」
陽花は顔だけを後ろに向けた。

「お花も」
「きれいね。育てているの?」
陽花がしゃがみ込んでいたところに蔓を編んだ籠が置いてある。
中には手折った花が差してあった。

「ラオがここをくれた。セラとマア、来るから」
花を活けようと準備していてくれたわけだ。

陽花が籠に駆け寄り、二本手にしてセラのところへ戻った。
一本を突き出す。

「ありがとう」
お茶に使われる花だと陽花が言い添えた。
それも彼女の保護者であるラオから聞いたことだろう。
足繁く通っている割には、クレイとセラがラオという人物と居合わせることはなかった。
夜には帰ってきているようで、保護者らしく陽花と過ごす時間も多いようだが、居るらしい様子に重なったことはなかった。

手に残ったもう一本をクレイに手渡して満足そうに微笑んだ。
出会ったころは磁器の人形のように表情の乏しい子供だった。
母の凄惨な死の現場、血の泉に体を浸して生き延びた命なのだから、それも仕方がないのだろうと納得できた。
その彼女が今、ディグダの言葉で意思疎通を図ろうとし、無垢な笑顔でクレイとセラを迎える。
すべて、彼女を養っているラオやこの家の人間たちの力だ。

花籠を腕に掛け、クレイとセラの手を握り、真中で楽しげに軽い足取りの陽花を眺めるうち、彼女を手元に置き守り続けているラオという人物に思いを巡らせていた。

見ず知らずの上、敵の捕虜だった身元の知れない幼子をわざわざ引き取る奇特な人物だ。

会ってみたいとも思うが家人に尋ねても、お帰りは何時になるか分かりませんと伏せられるばかりで、それ以上聞くことはできなかった。
家の造りについてセンスの良さは認めることができるが、家人の選択もラオによるものなのだろうか。
優秀で何事もそつがなく、その上客への気配りは素晴らしいものがある。

「今度、お出掛けするの」
「初めてじゃないのか」
夕食が整うまで別室に案内され、円卓にはお茶が出された。
クレイがカップを傾けながら陽花の話に相槌を打った。

「大きなまちで、家も大きい」
「帝都へ参られるのです。あちらに本邸がございますので」
補足したのはお茶の片づけをサイドテーブルでしていた家人だった。

「そのうちあっちに行くかもしれないって」
ディグダクトルに陽花が住むようになるとなれば、今以上に行きやすくなる。

「あんまり乗り気じゃないな」
慣れてきた家人がここに残り、容易には会えなくなる。
寂しさと慣れない環境にまた苦しまねばならない。

「何度かいらっしゃるうちに人にも環境にも慣れていきますよ」
その上、陽花の寂しさを考慮してか、彼女が親しんだ家人も帝都に住まわせるという。

家人に慰められても優れない顔色をしていた。

「陽花はこの家が好きなのね。人も家も」
「お花も」
「そうね、素敵な花壇をいただいたのですもの」
だったら、とセラが続けた。

「あちらでも花を育てればいいわ」
セラの提案にクレイも頷いた。

「草花でいっぱいにするの。この家みたいにね」
こちらの花も忘れずに行き来する。
やがて寂しさは溶けていくだろう。
幼い少女がようやく手に入れた小さな幸いだ。
どうぞ穏やかに、このままずっと続きますように。
小雨上がりに差した柔らかい日差しのように笑う少女を前に、二人は願った。












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