Ventus  90










音楽隊の晴れやかな音楽が空を突くように掻き鳴らされる。
同時に競技場へ配置された十六の石が水平に光を放った。

石は石へと緑の光の筋を走らせ、競技場の上部から見下ろす観客席からは四つの長方形が縦横二つずつ綺麗に並んだ。

清女たちが描いた紋様の上に浮かぶ四つの四角が、四つの試合会場となる。

その中で二人一組、八人の選手が凌ぎを削る姿は圧巻だ。
予選とは違う、本当の頂上決戦が繰り広げられる緊迫感は観客をも飲み込む。
ピラミッドの下部が削られていき、上り詰めていく様は人を引きつけてやまない。
清女の祭りで形成されていくピラミッドさえ、予選を勝ち抜いたものでしか辿り着けない限られた場所だ。

勝者には文字と誉れだけでない栄光が手に入る。
学生や学校関係者、招待客に混じり軍のスカウトも息を潜めて観戦している。
勝利すればより開けた未来が手に入る。

競技場に入れば学年など関係ない。
第三学年であれ、第一学年が打ち負かされることだってある。


勝者と敗者が決し、次の競技者たちへと場が流れる。



小柄で黒髪の少女が現れた。
ディグダには珍しい髪色ではあるが、何より目を引くのはその空気だ。
場に対する畏れも怯えも躊躇もない。

体格からすれば素早さが売りかとも思うが、果たして体力が伴うかどうか。
細く小さいだけでは簡単に飛ばされてしまう。
重い剣を受けても踏ん張れる腱の強さとアームブレードに引っ張られないだけの筋力がついているかも怪しいところだ。

第四試合場を担当しているイズラ・ディイはペンの尻を額に押し当てた。
考え事をすると出てくる癖だ。
こんこんとペンの後ろで額を叩くので丸い跡がつき、ふと顔を上げたときに目の前の友人に幾度となく笑われた。
学生時代から変わらない。
左手に握っているのは携帯端末。
日ごろ携帯している私用の物ではなく、ノート型をした仕事用だ。
組んだ左膝の上に乗せて、付属しているペンで出場選手をチェックするのが彼女の仕事だった。
上部の観客席からではなく、選手たちの後ろで同じ目線から観戦できる。
軍部のスカウトだって得られない、記録員だけの特権だった。
三十にかかろうという彼女の年齢だが、それまで記録に取った選手の中で、清女の祭りを抜け、軍に上り、アームブレードでの戦績で名を上げた、いわば英雄が何人かいた。
名前がイズラの耳に流れてきては嬉しく思う。
彼女には見守ることしかできないが、それもまたこの仕事のやりがいでもある。

「クレイ・カーティナー」
手に入る限りの学生情報を参照する。
第二学年に在籍で、担当教師はクレア・バートン。

「あの、バートン教師? じゃあ、見込みありかも。でもねえ」
クレア・バートンはなかなか選手推薦を上げない教師で名が挙がっている。
一教師あたり、予選輩出する担当学生枠が決まっているが、クレア・バートンの場合、例年枠を余らせて予選に押し出している。
生半可な奴が大会に出場する資格なし。
悪くない方針だが、彼女はその基準が厳しすぎるのだ。

「それにしてもあの体格は引っかかるわ。鍛え方が足らない」
一行目に口にした呟きそのままの所見を入力した。
クレア・バートン自体、よく分からない教師だ。
本人は基より大して教師を志望していなかったはずだった。
なのに今は、教師半分と戦力としての彼女を惜しんだ軍部が引き止めたばかりに軍に半分体を預けている状態だ。

「うーん、読めない」
考えても仕方のないときは、ただ観戦するのみ。
分析はその後でもいい。

クレイ・カーティナーの相手は同学年の精鋭。
担当枠五名一杯に学生を並べているが、実力順位からすれば彼女は第三位。
カーティナーと並べれば肩幅と下半身の強さがよく分かる。

両者は審判を挟み、アームブレードを前へ水平に突き出しても触れ合わない間合いを開けた。

肌を刺す緊張感がこちらにも伝わってくる。
同時に妙な高揚感。
試合が始まった瞬間、物怖じしない彼女は一回り大きな相手に弾き飛ばされるだろう。
冷ややかな顔は崩れ怒りと屈辱に汚れる。
だがイズラ・ディイはそれを覆す一手を期待している。
それがこの競技の面白さでもあるのだから。
空気抵抗を大いに受ける巨大な披針形の武器を肘から下に固定して、振り回すのだ。
体の大きさに応じて作られているとはいえ、初心者では上下左右に持ち上げるのさえままならない。
空気の流れと体の軸をうまく利用しながら動く技術が要る。
力だけではない技量が求められるところに面白さがある。

クレイの活躍はそのまま、彼女をこの舞台に押し上げたクレア・バートンの鑑識眼への評価に繋がる。
がっかりさせないでよね、とイズラはペンを握りなおす。


始まりの合図が成され、クレイの相手が先に剣先を持ち上げた。
クレイはというと、胸の前にアームブレードを抱えるように防御の体勢だった。
体格差に守りの姿勢に入ったか。
清女の大会初戦からこの調子では先は短い。
受身の姿勢に、相手は攻めの気持ちを奮い立たされた。
基礎通りの美しい形でアームブレードを引き、水平に持ち上げたまま踏み出した。
腕の構造からして、アームブレードを背中に引き付ける様に後ろに回せば、水平に保つには無理が出てくる。
腕は前で自由稼動できるように体の両脇についているので、後ろに腕を回せば自然と装着されたアームブレードの剣先は地面を向いて落ちる。
だがクレイ・カーティナーの相手の剣先はほぼ水平で固定されている。
腕の筋力が備わっているからだ。
踏み込んだバネも悪くない。
その一撃を正面から受けるつもりか。
たった一打で負けることになる。

イズラ・ディイは薄く唇を開けたまま息を止めた。



クレイが動いたのを記録員である彼女の目は見逃さなかった。
片脚を大きく後ろに引いた。
その流れに合わせてアームブレードも背中に引いた。
陸上走者のスタートのように体が低く前傾になる。
体は正面でなく斜めを向く。

勢いに乗っていた相手のアームブレードは高さの軌道修正がきかない。
それを掬い上げるようにうまくクレイのアームブレードが下から叩き上げた。
クレイの動きが早すぎれば相手の剣を弾き上げることなどできないし、遅ければ相手の強烈な一撃が上半身を直撃することになる。

相手も予選を勝ち抜けてきた実力者なだけあった。
浮き上がった剣先を、押さえ込み切り返しをかけてきた。
最初の一打よりは力が抜けている。
これならばクレイも十分受けられた。
競り合う二本のブレードだったが、驚いたことにクレイも負けていない。
とはいえ瞬間的な腕力は互角であっても、長引けば確実にクレイが劣勢となる。
クレイが体重を乗せにかかった。
このまま押し切るかと思った瞬間、あっさりと引いた。
僅かに間合いも取る。
拍子抜けした相手のブレードが地面に向って沈む。
それがクレイの作り出した隙だった。

大きく開いた相手の左肩を目掛け、クレイが振りかぶった。
上半身を捻りバネのように痛烈な一撃が、相手の体に埋まった。
クレイは自分が他の選手より体が軽く、その分だけ力負けするのを知っている。
相手の防御を押し切ったり、アームブレードを力で引き戻しての二打目を繰り出すだけの強い剣を振れない。
代わりに、体の捻りと柔軟性でアームブレードを操っていた。


審判はクレイを示す。
同時に電光掲示板もクレイにポイントをあげた。
一本目はクレイが押さえた。



「これはこれは」
イズラ・ディイの期待に沿う結果だった。
目の前の試合場に視線を固定したまま、針金のように細いイヤホンとマイクを、端末から引き出し装着した。
チャンネルを友人のものへと合わせる。

「はい映像班。なに、イズラ? 試合中でしょう」
「第四試合場、ちゃんと撮れてるわよね」
「仕事なんだから。当たり前」
「今の試合の絵、私の端末に送って」
「仕事用? 私用?」
「仕事用の方よ、よろしくね」
「ちょっと」
悪いとは思ったが、強制的に通信を切った。
試合の続きが始まるからだ。
この試合、クレイが一本取れば終わる。
相手が一本取れば、三戦目で決着をつけることになる。

一戦目はバネの利く子だという評価に留まった。
二戦目に入り、少し気に掛かり始めた。

体が温まってきたのか、切れのある動きをする。
相手の攻撃をアームブレードを傾け、滑らせるように流していく。
冷たい表情は変わらずだが、目だけは印象に残る。
相手を凝視している。
腕の振り、ブレードの流れ方を観察するような第三者の目で試合を流している。

体の軸がぶれた。
相手に押されて、崩れるか。
思ったところで、右手に跳び下がった。
片手が地面に付くほどに体を低くする、その姿勢は彼女独特のものだ。
なるほど、彼女の小柄さには合っている。
飛び出して、相手の懐に入ると同時に胴に一本。

クレイ・カーティナーが二本先取して試合は閉じた。
アームブレードのない左手のひらで額に滲んだ汗を押さえた。
課題はスタミナと筋力か。
イズラ・ディイはコメントを端末に書き添えた。


映像班の友人から早速映像が届いている。
先ほどはお願いだけして回線を切ってしまった。

「お茶でもご馳走しなくちゃね」
独り言で口を動かしながら、友人へ感謝と誘いのメールを流した。












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