Ventus  72










暗闇の中であれば、美しく青白い火花が花火のように散っていただろう。

鋭く耳を裂く音が同時に響く。






「左が甘い!」
良く通る声だ。
舞台に立てば最後列まで届きそうに、真っ直ぐに伸びる。

クレア・バートンは容赦なかった。
少しでも気を抜けば、こちらが落とされる。
クレイの腕は驚くほど上がっていた。

確かに。
クレアは顎を引いた。
距離を保ち、背筋を伸ばす。

確かに最初に相手をしたときから、筋の良さは見抜いていた。
初めての生徒だった。
アームブレードはその体躯が大きいこともあり、空気抵抗に負ける。
最初のうちは真っ直ぐ振ることも容易ではない。
クレアも例外ではなかった。
クレイはそれまでにアームブレードを手にしたことが一度でもあるのだろうか。
太刀筋に切れはなかったが、空気の流れは読みかけていた。
どう腕を捻れば空気抵抗をより少なくブレードを操れるのか。
目覚しく学習していった。

戦場での実戦を何度も経験したクレアと、土を踏んでのアームブレードは未経験のクレイ。
確かに実力の開きはある。
しかし、クレイを素人だと一蹴してしまうのは躊躇う。

技は荒い。
空気の流れを読めたとしても、筋力がついていかない。
癖のある動きをする。
それでも時折、はっとするような鋭さを持つ。
閃光のような、一瞬がある。

クレアは直感と技量でそれを受け止め、受け流すが、噛み締める。
これは、原石だ。
磨けばどれほどの価値が出るか分からない。

そして、口元を引き上げる。
やってやろうじゃないか。
どこまでものになるか、付き合ってやろうじゃないか。


「腕がぶれている」
クレアが、クレイのアームブレードを上から叩く。
殴りつけるというに近い。
クレアの力を受け止め切れなかった剣先が床で弾けた。

身体の捻りに癖があるから、腕の振りが遅れる。
ブレードの振り切る威力が弱る。

一つ一つ、クレイが独学で身につけた癖を削ぎとっていく。
ただ叩き潰すだけではだめだ。
クレイの特性である、敏捷性が失われる。
型に押し付けてばかりでは、個性は死んでしまう。

「そこは真っ直ぐだ。水平に!」
筋力が甘いのだろう。
息が上がると剣先は振り切る前に、斜に切り床に向う。

かといって、放置していては輝きは得られない。
原石は宝石にはなれない。

選定するのだ。
どこを選び取るのか。
それは教師としての技量が問われる。

クレアは、クレイの力を見抜いた。
そして、クレアの眼力を見定めた者がいた。

二度、三度。
叩き落とされては立ち上がる。
染み付いた癖が、少しずつ垢のように落ち始める。

何度もクレイは床に転がった。
磨かれた床は引き攣る音を立ててクレイを受け止める。

何度も壁に背中を打った。
アームブレードが接触する音、体が叩きつけられる鈍い音が低く響く。

クレイは声を上げない。
その代わりに、下から睨み上げてくる。

息が上がるにつれ、瞳は湿り、熱を帯びてくる。
ぞくぞくする目だ。
クレアの背中が痺れる。
体が火照る汗とは別の、冷え切った汗が背筋を伝う。

どこかで見たことがある。

クレイはクレアの動きを追う。
いや、クレアがクレイの目を追っていたのか。
分からなくなった。
絡んでは離れ、また縺れるように剣を交える。

時間も忘れるほど、意識も考えも飛ばしているうちに、ふと気付く。


そうか、眼は。
この眼は、獣(ビースト)なんだ。

人の動きを読み、意思を含む賢しい眼。
道理で背筋が冷えるわけだ。

戦場を踏んだわけでもない、ただの小娘が何という眼をしている。
たかが十数年生きただけの娘だ。
その疑問が、クレイへの益々の興味へと繋がる。



そして、セラ・エルファトーン。
クレイとは対称の少女。

黒と白か。
夜と朝か。
月光と陽光。

交わることの無いような二人が、共にいる。
不思議だった。

過去の経歴が抹消されたクレイ。
一方セラは。

ある意味彼女も何も無かった。
クレイとは違う。
特に何の変哲も無い、問題も無い、平凡な一学生だ。
クレイは彼女のどこに惹かれたのだろうか。
聞いてみたところでクレイが口を割るはずもない。


クレアのブレードがクレイの胴をすり抜ける。
クレイは僅かに下がってかわした。
間合いを上手くとれるようになった。
クレアの射程も頭に入っている。

成績は中程度。
そもそもこの学園自体、入学が厳し過ぎる。
その中で半分あたりをうろついているのも難しいだろう。
成績はずば抜けていい訳ではないのに、アームブレードは上級に値する。
もっとも、まだ未熟だが。

こと、クレイは偏りが激しい。
淡白に見えて、時に炎より熱いものが垣間見える。


アームブレードの流が洗練されている。
僅かの時間で技が研ぎ澄まされていく。
手合わせして実感する。
食いついてくるクレイは、他では見ることができない。

「まだ遅い」
そうだ。
まだだ。
まだ、お前は速くなれる。

クレアの剣先がクレイの腕を切る。
剣先が袖から覗いた皮膚を裂く。

先にブレードを止めたのはクレアだった。
振り下ろしたクレイのブレードを正面で受け止めたまま、ずらすようにブレードを下ろした。

クレイはなぜ突然戦意喪失したのか理解できないまま、訝しげに眉を寄せる。

一滴、クレイの腕から落ちた血がクレアの白い靴先を濡らす。
また一滴、今度はクレイの服へ縦に線を引いた。

一瞬クレイの眼が見開いたが、すぐに細めると傷口に口を寄せた。



「すまない」
傷つけるつもりはなかった。
生徒に怪我を負わせたとなると、大問題だ。

「すぐに止まる」
クレイは舌で血を舐めとった。
傷は浅い。
しかし、クレアは緊張した。
アームブレードの試合で目にしたクレイ。
忘れてしまうにはあまりにも強烈だった。

血を見た直後、興奮か、発狂か、我を失い相手を叩き潰した。
結果は、相手の選手が一本取りクレイは試合を降りざるを得なかったが、クレイは相手を潰した。
クレイの狂気に怯え、相手の選手は生まれて初めて自分に真っ直ぐ向けられる殺意を感じた。
憎しみなど無い。
純粋な、殺意だ。
人を人とも思わない。
ただ目の前の塵でも除くかのような。
クレイの相手は潰されたのだ。
精神的に。
もう彼女はアームブレードを握れないだろう。

どちらが本当のクレイだろうか。
狂気に浸るクレイか。
あるいは今まで目の前でアームブレードを交えていた少女か。
目の前のクレイが手を抜いているとは思えない。
ただ、何かの拍子に。
彼女は驚異的な力を発揮する。

彼女は何者だ。
その引っかかりは取れない。


「セラ・エルファトーンとはどこで出会ったんだ」
言い終わってからクレアは自分でも驚いた。
まさか言うつもりはなかった。
過去に一度、セラの話題を出したことがある。
そのときクレイは露骨に不快な顔をした。

「いや、別に。言いたくなければいいんだ。ただ、何となく」
二人の接点について考えていただけだ。

「野外授業のとき。去年の、今頃」
クレイが自分のことを話すこと自体が十分驚きだ。

「目があったんだ」
「それだけ、なのか」
「それだけだ」
きっかけなんてほんの僅かなもの。

「一緒にいて心地いい。セラは、特別だ」
「守れるものがあれば、強くなれるんだ」
本心から、クレアはそう思う。
初めて出会ったクレイ。
素材はいいものを持っていた。
だが今のクレイと比べれば格段に腕は落ちる。

「そろそろ終わろう」
「血は止まった。まだ大丈夫だ」
クレイは言うが、クレアはアームブレードを腕から外し始める。

「今は緊張して何も感じないが、後で疲れが襲ってくる」
数十分間、絶え間なくブレードを振り続けていた。
酷使した腕は休めねばならない。

「下で待っているんじゃないのか」
クレアは箱に収めたブレードを担いだ。
箱が背中にあたり、汗が服と張り付いて気持ちが悪い。
宿舎に帰ったらすぐにシャワーを済まそう。

セラ・エルファトーンがガラスに囲まれた庭で座っているのを何度か見かけた。
草の上に子供のように脚を投げ出して、本を膝に乗せている。
円環の中央スペースに作られた庭は、風が吹かない。
なぜあえてこんな場所を造ったのか。
ただ植木を置けば済むだけじゃないのか。
土を盛り、芝生まで敷き詰めて手が込んでいる。
しかし、たまたま見かけた剪定係に声を掛けても、訓練施設の受付に聞いても答えは同じ。

不思議ですよね。

「カードは下に返すように。あと水分、補給するのを忘れるなよ」
言い残して、まだアームブレードが出したままのクレイを残して、廊下に出た。
不思議だ。
そう。
世の中分からないことが多すぎる。
それもまた、いいか。

クレイを見ていて思う。
あの子は未知のカタマリだ。
だからこそ、クレイが育っていく姿を見るのが楽しい。

「もう年かな」
まだ二十代だが、老け込んだ気分だ。

セラ・エルファトーン。
きっと今日もあの庭にいるだろう。
そして廊下を通りかかったクレアに、ガラス越しに会釈する。

一度、ゆっくり話してみようか。
そんな考えが、頭をもたげた。












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