Ventus  38










戦闘鬼と化した選手。
相手の隙を読み、コンマ以下の世界で勝敗を決する戦いだった。

アームブレードに男女の差別は無い。
体力、筋力の格差により試合を別にはしているものの、女であってもアームブレードを握る。

試合会場の上層部に設置された巨大スクリーンには、リアルタイムで競技の様子が拡大表示されている。



洗練された技術は芸術だ。

そう確信するに足るだけの実力と実力の衝突が、セラの目の前で繰り広げられていた。
厳しい競技を勝ち抜いた、極一握りの人間たち。
僅かな栄光を手にしようと、更に戦う者たち。

技を尽くし、体力の限り戦い抜く。
限界に近づこうと足掻く姿は熱く、美しくすらあった。




アームブレードは人を殺す道具。
クレイはそう言っていた。

そして、これは戦闘の疑似体験でしかない。
本当の戦闘。
本当の殺し合い。
それをクレイもセラも知らないし、想像もつかない。
実戦では人の生と死が掛かっている。
生の安全が保証されたアームブレードの試合とはすべてが違う。
それだけは分かる。

だが、眼前で行われている熾烈な戦いの中に、偽りは感じなかった。
両者ともに、全力を以って臨んでいる。
ぶつかり合うブレードとブレードの衝撃が、体を揺さぶりそうなほどに。
音を立てそうなほどの緊張感が、闘技場を満たしている。
それらは決して作られたものなどではない。




縦に裁ち、水平に裂く。
真剣に防護器具を取り付けてはいたが、気迫には身の毛が立った。

「すごい。体からぶつかっていっている」
小手先での戦いではない。
全身全霊というに相応しい。

セラは同意を求めるようにクレイを横目で見た。
クレイは、言葉を忘れて一心不乱に試合を見つめていた。
輝いた瞳。
楽しんでいる。


勝者はアームブレードを誇らしげに高々と掲げた。
深い色をした長い髪が、闘技場を巡る風になびいた。







夕闇も濃くなってきた頃、場を締める登場したのは、招かれた軍人だった。



自信に満ちた堂々とした足取りで中央まで闊歩する。
場内を照らし出す白い人工灯が、男の影を濃く床に染み付ける。

四角く区切られた、灰土の試合場。
対角から姿を現したのは同じコートをまとった軍人だった。
ただ、こちらは先の男よりも肉付きが薄い。


「まさか」
あり得ないことはない。

「女の人なの?」
彼女が、男性の対戦相手だった。
それを裏付けるように、右腕からはアームブレードが伸びている。




模範演技。
そのために招かれた客。




コートの端から覗く、帯を巻かれた女の腰は細い。
対する男性の服の上からでも、太い骨や肉付きが分かる。
筋力の差は見て明らかだ。




審判者が中央に立ち、直立した両者へ手を差し出す。
場内は静まり返っている。
開放された会場の上空で巻く風の唸りだけが耳に届く。




胸を張った審判が、力強く腕を振った。




二人の瞳が大きく見開かれる。

短く刈り込んだ茶髪の男が最初の一歩を大きく踏み出した。
先手必勝とばかりに、容赦なく女に切り込む。

その一撃を読んでいたかのように、女は首を反らし体を捻った。
ぎりぎりのところで男のアームブレードは空を切る。

女の肩まで伸びる金髪が音を立てて広がった。
視界から消えた。
男は視線を走らせた。
相手の影を捉えるより早く、女のアームブレードが眼前に飛び込んで来る。

総毛立って、反射的にブレードで防御体勢を取る。
体に入る前に、女のアームブレードを抑えることができた。
が、女の判断は早い。
このまま力では押し切れないと見切ると、地面を蹴って間合いを取った。



体勢を崩された男の反応も早かった。
すぐに体を立て直し、前傾姿勢で女との間合いを詰めた。
流れるように攻勢へ転じる。
長身を苦にしない、滑らかな動きでアームブレードを振るう。

右から薙ぐ。
受け止めた女の顔が苦痛に歪む。
一撃一撃が重い。
強靭な刃で打たれたアームブレードを通し、力が直接腕に響く。
競り合いに縺れ込んだ。




ぎりぎりと硬い音を立てる、ブレードを嵌め込んだプレートとプレート。


どうする。

一傍観者となっているクレイとセラは、息を飲んで見守った。
筋力と筋力の勝負となると、体の軽い女の方が劣勢に追いやられている。



女の体が沈んだ。
脱力したように、重心が地面に向って下がる。


「抜けた」
掠れたクレイの声がした。


その先読みの通り、男の空いた脇をすり抜けていった。
小柄だからこそできる技だ。
胴を切るのが甘かったが、長いアームブレードは男の体を抜けた。
一本は入らないにしても、チャンスは作った。
脇を締めアームブレードを引き戻す。

体を反転させて、持ち前の瞬発力で一気に詰め寄った。
剣先が美しく弧を描く。


形通りの切り込み方だった。

何年も何十年も、代を重ねて熟成され、形成されてきたのが形だ。
無駄な力を削ぎ、効率よく力を流す。

それが、美に繋がる。


男もまた、形通りに切り返す。

力強く、かつ優美だった。
理性的で、計算され経験で生まれ出た直感と感性。
完成した形がそこにあった。


同時に、抑えきれず滾る闘志。
それは、本能だった。




「演舞だわ」
目を細めてセラが唇を薄く開けた。

翻るコートの裾。
治まる前に、次の技に展開する。

技と技が連鎖していく。
途切れることのない緊張感が続く。

音楽のように、リズムを刻んでアームブレードは舞う。





刀の軽さはあるが、女の方が小回りが効く。

女の脚が大きく開き、下から男のアームブレードを跳ね上げた。
素早く体の軸を移動させ、男の右脇腹にブレードを埋めた。

同時に男の腕が女の肩口に落ちる。



「決まったわ」
汗ばむ手のひらを、セラが握り締めた。

アームブレードの音も消え、本当の静寂が瞬間、場を占める。





両者の肩が、乱れる呼吸で大きく揺れている。

審判が片手を上げた。

勝ったのは、女の方だった。





両者が互いを称えあい、アームブレードを重ね合わせた。
交差するアームブレードがスクリーンに大きく映し出される。




美しかった。
透き通り青みがかった刀身に、腕を覆う金属プレートには繊細な装飾が施されている。


確かに、戦う武器だ。
そしてクレイの言う通りそれは、人を殺す道具。
帝国ディグダが育っていく中で、幾重にも幾重にも、数え切れない血を浴びてきた伝統武器だ。

だがそれ以上の何か、意志のようなものを感じさせる。

アームブレードの製作者は本当に、細やかな装飾を血で塗らすことを望んだのだろうか。
ただ、人の命を奪うことだけを思って作ったのだろうか。
だとしたら、なぜこんなにまで美しいものが作れるのだろう。


試合が終わり、触れ合った剣先と剣先が離れても、セラとクレイの胸から熱は去らなかった。








気が付けば周囲は暗闇に包まれていた。

観客たちは席を立ち、出口へと流れていく。
クレイは大河のようにうねる客の流れを、心ここにあらずの様で眺めていた。

側にいるからこそ、セラには分かる。
クレイが、アームブレードに惹かれていくのが。


「わたしたちも行きましょう」
そっとクレイの肩に手を乗せて、セラが促した。

直線を描いて並ぶ椅子の群の中、人が僅かに散っているだけだった。
クレイは小さく頷いて、セラの腕を取って腰を上げる。





「次、狙うんでしょう? 大会」
「次?」
「来年のことよ」
正面玄関の大階段を並んで下りながら、セラがクレイに顔を向ける。

「どうなるかは分からない」
「でも、やりたくなった。違う?」
試合を見て、また試合場に立ってアームブレードを合わせたい。
全力で、と思ったに違いない。
試合を追う、クレイの嬉しそうな横顔を目の前でセラは見ていた。

「ああ。たぶん、もう一度」
「それでいいと思うわ。何かに一生懸命になれるって素晴らしいことだもの」
生きている証。
生きていると実感できる瞬間でもある。

神という、確たる何かをセラもクレイも心の内に抱えているわけではない。
だがセラはクレイに、与えられた生への喜びを感じて欲しいと願っている。


セラはクレイに会うまで、生の瞬間瞬間をつまらないものに感じることがあった。
今は、そうは思わない。
世界がモノクロームか、鮮やかなものになるかは自分の考え方次第だと気付いたからだ。

世界は変わる。
自分が変わろうと望みさえすれば。



「ねえクレイ。諦めないで。見ていたいの、クレイのアームブレードを」
柔らかい微笑が、外灯に淡く照らされる。

「だって、あんなにきれいだったんだもの。クレイのアームブレードだってきっと」
アームブレードを手にしたからといって、必ずしも軍人になるわけではない。
クレイが遠くに行ってしまうわけではない。

「側にいるから?」
以前、セラが言っていた言葉を反芻する。



クレイがわたしを少しでも必要としてくれるなら、わたしはクレイを一人にしない。
何を見ても、何を知っても、変わっても。



「ずっと側にいるからって。セラはそう言ってた。覚えてるか」
「忘れるわけ、ないじゃない」
忘れるはずがない。
大切な約束だ。

「見ててくれ」
クレイは強くなる。
きっと。

セラは霞んだ月を見上げた。











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