Ventus  37










一本の柱だけで巨大な屋根を支えるのは難しい。

五本の支柱で主柱を支えてようやく安定する。

五本の柱の力のかけ具合により、国は右にも左にも動く。




ディグダは五つの軸で立っている。

五老と呼ばれる、五人の統率者だ。

主軸となるのは、天(てん)。

そう、呼ばれている者。




藍凌天(らんりょうてん)。


文書上における最高統率者であるが、広大な帝国を治めるには、その手は余りに幼く小さい。


幼帝には後見人が控えてはいるものの、幼帝にしても後見人にしても権力は無いに等しい。
事実上の最高統率者は五老たちだった。


彼らがディグダクトルの中央の座へ腰を据え、ディグダを操っている。
主柱を支え、同時にそれ自身を束縛する。


天と五老を取り巻く、ディグダ政府。
それの外周に巻きつくようにある、学園。
抱えるディクダクトル。

何周にも巻かれた年輪のように、層は重なって固まって、ディグダという国が構成されている。




藍凌天(らんりょうてん)の先の帝は幼い後継者を一人残し、病により崩御した。
後見人として天に寄り添うのが、現帝の従兄弟に当たる背の高く細面の男だ。
まるで箒に布をかけた様だと評されるように、動くたびに衣服が細い体の輪郭を浮かび上がらせる。
その彼らに付かず離れずの従者が、これまた背の高い男だった。
無口で、食事以外に用途を持ちそうにない引き結んだ口を持っている。

それら少々入り組んだディグダ最上層の実情だった。
しかし、物理的な座席位置の階層も違えば身分も違う、クレイ・カーティナーやセラ・エルファトーンには触れられない遠い世界の話だった。



クレイやセラを含む、学生。
善良な国民たちの耳に届くはずも無い高く遠い場所にある世界だ。


彼らが知り得るのは、漠然と。
ディグダの頂上には、最早お飾りとしかいえぬ、抜け殻の「天(てん)」がいる。
その天の側にいて、天の代わりに帝国を動かしているのが五人の老人たちだということ。
それだけだった。


それが、帝国ディグダ。
それが、世界だった。







細い弦の音が、一本。
微風のように。
迷い込んだ一筋の風のように。
競技場の中に舞い込んだ。

絡み合うように、もう一筋。
更に一筋。

細い絹糸で織り込まれていく生地のように、丁寧に重なり合っていく。


クレイ・カーティナーは、競技場が整備され、今や闘技場と姿を変えたアームブレードの試合会場に目を落とした。







晴天。
突き抜けるような目映い日の光落ちる巨大闘技場が、光を弾いた。

「清女(きよらめ)だ」

セラの後ろにいた誰かが呟いた。
振り向こうと視線を肩越しに振ろうとしてやめた。
試合場へと目を凝らす。

角丸四角形に造られた闘技場の、四つの角から一列にならんで清女が駆け出してきた。
まるで水面を走るように軽やかに、それぞれの手には鈍く光る長い筒のようなものを持っている。

食い入るように、セラは初めての光景を見つめていた。


清女たちが定位置で止まると、計算されたように音楽も途切れた。
軽い羽衣が重力を取り戻して下に引き戻される、その瞬間音が息を吹き返した。

清女たちは四方に礼をする仕草で、手の内のものを高々と頭上に掲げた。

セラの隣に座っていた男子学生が、腰を浮かせて目の前の手摺に顔を寄せている。

清女たちは、胸の方へ手を引いた。
次に腕を伸ばしたときには、体を捻り、足を水平にまで持ち上げて、緩やかに一本の足だけで地面の上を回っていた。

手に持っているのは、水差しだ。
彼女たちが回るたびに、水差しの口から細い糸ほどの水が競技場を跳ねていく。

水の糸は清女たち同士で絡み合い、交差しあって模様を作る。



「あの人たちが、清女」
クレイに話しかけるのも忘れ、身を乗り出してみたいのを必死に抑えて、清女たちの舞を記憶に焼き付けようとしている。

「手に持っているのは、水差し。中には水が入っている。それで、闘技場を清めているんだ」
神が隠れ、魔法の消えてしまったディグダに、静かに息づいている伝統がここにあった。

これから始まろうとする戦い。
繰り広げられるその場所を、細いペンで描かれた模様のように聖水で清められていく。

これがアームブレードの戦い。
そして、祭典。

長い時と培われた技術を総結集して造られ、洗練されてきた伝統武器だ。
確かに、人を殺める武器だろうが、本当にそれだけだろうか。

だとしたら、どうして美しく造れるのか。
セラの目に焼きついたアームブレード。
クレイの剣。

装飾は施されていなかったが、青白く光を返すその刀身は澄んだ色をしていた。

それ以上の何か。
人の命を殺める意思以上の何かが、込められているような気がしてくる。

それが何なのかは、まだ見えてこなかったが。




音楽が、穏やかさを取り戻した。
清女たちが静止した。

中央に固まった彼女たちの周りには、見事な模様が描き上げられた。
この地表に描かれた芸術作品もまた、祭典の見所の一つになっている。

清女たちが踊りを止め、四方に散っていったのに入れ替わり、長いローブまとった男性が試合場に踏み入れた。
フードを首の後ろに垂らしているので遠目とはいえ、何者かは分かる。
髪の色、背の高さ、体格からして、先ほどクレイがセラに説明していた藍凌天の従者だと判別できた。

彼は清女たちが水で残した線を器用に避けて、場内中央にまで到達した。
清女が最後に集まって踊り終えたその場所だ。

そのまま静かに腰をかがめると、手にしていた器に闘技場の砂を手で一掬い流し込んだ。
それをどうするのか、初めて祭典を目にするセラは固唾を呑んで見守っている。

従者はそのまま何をするわけでもなく、セラたちとは対辺の入り口に消えていってしまった。
彼が消えても、場内は静まり返ったまま。
息が詰まりそうなほどの緊張感というわけではなかったが、演奏会直前のような妙な静寂があった。

間もなく、観客の視線が一点に注がれた。
その流れに乗って、セラもそちらに視線を流した。

観客が見ているのは、最上層に座する藍凌天(らんりょうてん)だった。
大きな椅子に、小さな体を沈め、遠すぎる肘掛に両手を伸ばして預けていた。

顔拝めぬ藍凌天(らんりょうてん)の側に、陰が差した。
天蓋の下に現れたのは、闘技場の砂を掬ったかの従者だった。

その彼が藍凌天の手を引いて立ち上がらせる。
地面に届かない足を伸ばして、座から飛び降りるように接地すると、バランスを崩すことも無く数歩前に歩み出た。

高台から見下ろす闘技場全景と学園の景色。
どれほど美しく、見事にその幼い目に映っているだろうか。

地上から見上げるセラとクレイには、想像すらし難いものだった。
塔とも言える、高いその場所で小さく動く藍凌天と従者を目を細めて注視した。


従者が前に砂の入った器を差し出すのがわかった。
身を屈め、藍凌天の胸の高さまで器を持っていくと、藍凌天は右手を浅い器の上に伸ばした。
砂を堅く握り締め、零さないよう胸の前まで持っていくと、一つ間を置いた後、音を立てて鳴る風に乗せて、その砂を宙に放した。


砂は風に溶けていった。


一斉に歓声と拍手が巻き起こった。
いきなりの変化に、セラはうろたえたが、それが開会式だと分かり、胸を撫で下ろした。






場の展開は速い。

早速第一試合の選手が入場を開始した。
広くから集まった観客たちの前で、予選を勝ち抜いてきた者として、名が上げられる。
祭典でトーナメントに出られることそのものが、栄誉だ。
選手は皆、微笑を浮かべて胸を張っている。


楽団が管楽器を吹き鳴らした。
歓声が高まり、試合が開始する。


間を計りつつ、相手の隙を狙う。
足裁きは見事で、的確に間をつめ、間を離しを繰り返している。

アームブレードがぶつかり合う衝撃音が、鋭く鳴る。
だがその音は、クレイとセラの周りにいる観客の声援でかき消された。

バネのように、捻った無駄のない肉体から、恐ろしいほど鋭く思い剣技が繰り出される。
いくらブレード自体が軽量硬質な素材で作られているとはいえ、空気抵抗は否応無く受ける。
それを選手たちは物ともしない。



「どう動かせば、アームブレードを効率よく動かせるのか、熟知している」
セラの隣で、クレイも目を大きく開き、選手の動きを追っていた。

「ただ、斜めに振り上げればいいというだけじゃない。体の線に沿って」
ブレードは、縦に長い披針形の葉(ブレード)の形をしている。
腕に装着し、肘から指先を覆い、さらに先に刀身が伸びている。

無理に動かせば、肘の筋を痛めてしまうし、骨への負担も大きい。
いかに空気抵抗を少なく切り込み、無駄な力と動きを減らせるかが、熟練への道となる。

そのヒントが、洗練された動きを身に付け、予選を抜けてきた選手たちにあった。
彼らの技術を目で盗もうと、アームブレードを持つ者は言葉を忘れて選手の動きを追い続けていた。

その一人が、セラの隣で眉を軽く寄せて瞬きすら忘れているクレイ・カーティナーだ。


「決まった」
言葉にはならなかったが、クレイの唇が微かに動いた。





「何か、分かった?」
「力の配分だ」
座席に背を戻し、腕を組んだまま次の試合が始まるまで黙ったままだった。

「勝ったのは、右側の人ね」
「うん」
心はどこへやら、生返事しか返ってこないクレイに、セラは軽くため息をついた。
相手をしてもらえない寂しさ半分、何かに夢中になっているクレイを見られた嬉しさ半分で、複雑な心境だ。

「力の配分って?」
「うん、どこで力を抜くべきか、どこで入れるべきか」
「全部が全部力を入れすぎてたら疲れちゃうわね」
「そう、それに固まっていて動きがぎこちなくなる」
「アームブレードって生き物みたい」
「生き物」
クレイの目が、セラに向いて止まった。
場内では二試合目が始まっていた。


「硬すぎてもだめ。柔らかすぎてもだめ。大切なのは、柔軟性。武器として扱うのでなくて」
「ああ、なるほど」
クレイの目尻が緩んだ。
笑っている。
喜んでいる。

きっと今のクレイを見たらマレーラは絶句するか、珍しいことだと一言呟くか。
リシアンサスは恐らく、何か不吉なことが、と芝居染みて胸の前で腕を組み合わせると、視線をあらぬ場所に持っていくだろう。

「体の一部、腕の延長、そんな感じか」
「たぶんね、実戦を積んだり、練習したりしたらアームブレードの癖って分かってくると思うけど」
「私はまだまだだな」
「これから、でしょう?」
もちろん、クレイは来年にはこの闘技場に立っているはず。
それだけの実力を養え得ると、セラは認めていた。

「あ」
セラが下に視線を落とした。

「どうした?」
「二試合目、終わっちゃったわ」
話をしている間に、勝敗を決した両者はすでに剣を下げ、両端に離れて行っている。

「次がある」
「そう、ね」
三試合目の合図がした。











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