Ventus  33










クレイの猛攻撃が始まった。
今までとは比較にならない反射神経。
対戦者のセリア・アルテアの動きを完全に封じていた。

冷えきった表情の下、クレイは何を思い、何を見ているのか。
無表情のまま、見開いた目でセリアを斬り続ける。
行為に、容赦という言葉は無い。
その腕にあるのは、試合のためのアームブレードという名の道具ではなく、人を殺すために作られた道具だった。


クレイは、本気だ。
これは、試合などではない。
クレイは、セリア・アルテアを殺す気でいる。


それは、セリアには痛いほど伝わった。
恐怖で引きつった顔で、防御を取るしか、彼女にはできなかった。


応急処置で巻かれた包帯の上から、血が滲んでいる。
クレイの腕は、負傷しているはずなのに、何という力だ。
振り下ろされるクレイのアームブレードを受ける度に、腕の骨に響く衝撃が伝わる。

横に流されては、体を捻り、床を蹴って逃げるセリアに喰らい付く。
セリアが間を取ると、すかさず突進し、ブレードにブレードを叩きつける。

刃が割れるかと思うほどの衝撃が、セリアの腕を半ば麻痺させていた。
右腕を覆うアームブレードを左手で押さえ、攻撃に耐えていたが、いずれ弾き飛ばされる。
数分後の光景が、セリアの脳裏には鮮やかに展開している。

すでに勝敗の域ではない。
攻撃に転じようと防御を崩せば、隙をつかれクレイのブレードを受けることになる。
無事でいられるわけがない。
アームブレードには訓練生用の防護具が付けられ、刃が保護されている。
加えて、刃を受ける生身の体には、防具も装着していた。

それでも、その防具を貫いてくる衝撃は、想像するだけで身震いがする。
それほどに、クレイの殺気はまるで色を帯びるように明らかに立ち上っていた。


完全に腰が引けているセリアに、クレイは同情という感情を失っていた。
慈悲も哀れみもない。
ただ目の前の異物を排除する、破壊者になっていた。
人の心を持たぬ圧倒的な力の前に、セリアはただ喘ぐだけだった。

叩きつけたブレードは軋み、セリアのアームブレードの曲面で斜めに落ちた。
姿勢を崩しても、すぐさま立ち直り後ろ手で斬り付ける。

クレイの奥歯が噛み締められる。
セリアは目を見開き刃が自分の顔に落ちてくるのを、喉を引きつらせ見上げていた。
助けて、その単語すらも出てこない。



なぜ止めない。
狂気の彼女を。
クレイ・カーティナーをなぜ審判たちは、観客は、居合わせた経験豊かな教師たちは眺めているのだ。
彼女はもはや勝負を見ていない。
ただ、目の前にいるモノを壊そうとしている。
セリア・アルテアを、殺そうとしている。
なのに、なぜ。



痛々しいほどの悲鳴をあげ、セリア・アルテアは顔を反らした。
クレイ・カーティナーの剣は、セリアの頬を削る。
正確には、防具の側面を抉り取るように刃が振り下ろされた。
床に転がる、セリア。

悲鳴に、一瞬クレイが怯む。
口を薄く開き、大きな目の視線が揺れた。
短く息を吸うほどの僅かな瞬間、セリアは覆いかぶさるように攻撃を繰り出していたクレイの脇腹に、アームブレードを叩き込んだ。
人工灯が、クレイの陰を黒く深く刻む。
白い目の痛む光が、クレイの青白い頬をより白く焼いていた。
その、時間が長かった。





「勝負有り」
審判の肉声が、試合場を貫いた。



「勝者、セリア・アルテア」
会場が、沸きあがった。
劣勢だったセリアの、逆転劇に歓声が上がっていた。



セリアは恐る恐る、身を起こすクレイの表情を覗き込んだ。
再び、声を上げそうになった。
背筋が凍りつく。
クレイの、大きく開いた目は瞬きもせず虚空を見つめていた。
腕の包帯は、赤く染まっている。
だがそれすら、彼女にとっては気に留めるべきものではなかった。
その目は、セリアも、観客も、試合も見てはいない。





すべてが、終わった。
もう、終わった。
そのはずなのに、どうして震えが止まらない。
しばらく動けないでいたセリアの腕を、審判が引き上げて何とか立ち上がらせた。

試合は、終わったのだ。

呆然としながら、機械仕掛けのように、セリアは、観客席の下に伸びている細いスロープを下っていった。
廊下を抜け、控え室へ戻る。
アームブレードを強張った腕から何とか外し終えると、セリアは控え室の隅にうずくまって膝に顔を埋めた。


間もなくやって来た、彼女の友人がセリアの勝利を称えるためにやってきても、セリアは顔を上げようとしなかった。
肩を抱えて小さくなったまま、動かない。
友人の声に、セリアは反応しなかった。



膝の中で、セリアは震える唇を噛み締めて沈めようとしていた。
頭の中で巡るのは、一つだけ。


あれは、何だ。
あの、クレイ・カーティナーとは。




セリア・アルテアは勝ち上った栄光の第三戦を、棄権した。






クレイがセリア・アルテアとは反対側のスロープに消えていく背中を見届け、観客席の後ろを振り向いた。
沸き立つ声援と人込みを掻き分けながら、出口へ階段を駆け上がる。
参加人数に比例して、控え室の部屋数も多い。

何号室か分からないまま、控え室と薄いプレートの貼られてある扉を開いては閉じる。
もしかして、もうここにはいないのかもしれない。
そうセラが思い始め開いた扉の向こう、クレイはいた。


壁際のベンチに腰を下ろしていた。
背中を白い壁に預け、置き去りにされた人形のように手脚の力は抜け、目はただ開いているだけだった。

「クレイ」
駆け寄って覗き込んでも、反応はない。
触れようとして、戸惑った。

口を開かない、クレイ。
クレイにしか見えない過去の残像を、今もまたあの時と同じように見ている。

セラは手を引いてしまった。
堅く握りこんで、揺らぐ決意を宥めようとする。

ほどけかかった鎖。
記憶の扉が開こうとしている。
どうすればいいのか。
セラに何ができるのか。
クレイにとって、一番いいことは。

セラは、一端引いた手を再びクレイの前に伸ばした。
指先が、優しくクレイの頬を撫でる。


「クレイ?」
クレイが息を取り戻した。
半ば伏せられていた目蓋が開き、黒い目がゆっくりと怯えたようにセラへ持ち上がる。

「セラ」
「だいじょうぶ?」
少し安心して、セラはクレイの前にしゃがみこんだ。

「頭が、痛い」
「思い出したのね。何か」
過去を。
すべてを?

「全部じゃない。でも、引っかかるんだ」
棘のように、クレイの胸に刺さってじくじくと痛む。

「私がいた、夜闇に包まれた、路地裏。不快感だけははっきりと残るのに、何があったかは、ほとんど覚えていない」
「クレイは、思い出したいの?」
「もう、終わらせなくてはいけないのかもしれない」
セラはクレイの隣に座った。
俯きかげんの横顔を見つめている。
ベンチの上、体の横に投げ出されたクレイの手のひらに、自分の手を重ねる。

「記憶を」
セラの手を握り返す。
確かに、強く。

「過去の、私を」
夜の闇、湿った空気に包まれた記憶と決別するために。


「浮き上がった記憶を、抑えきれないなら」
このまま宙に浮いたままでいたくない。

「そう」
クレイの手のひらに、温もりが戻る。

「ありがとう、セラ」











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