Ventus  31










強くなければいけないの?

戦わなくてはいけないの?

穏やかな世界にいては、いけないの?

望むことは、いけないの?



肥大化し過ぎた、ディグダ。
技術進化が凝縮された、この十数年。
帝国は、驚異的な速度で成長していった。
ゆっくり育てていかねばならない骨が、育たぬままに。



分かってる。
今は、平和な世界。
でも。

「だけど、いつかは」


クレア・バートンが言っていた。

「ディグダは急激に成長しすぎた。中に問題を腐るほど抱えたまま」

そうかもしれない。
そうなのだろう。
敷かれる規律。
それは、束縛だ。
縄で、網で縛らなければ守れない平和だ。

でも、いずれ崩壊する。
基礎が築かれていない緩い地盤は、崩れる。

それを、クレアは止めたいのだ。
そのために、クレイを手に入れようとしている。



クレア・バートンが執着しているものが何か。
なぜ止めようとするのか。
その先に何があるのかは、セラにはわからなかった。

彼女と別れ、会場に戻ることもできないで、多目的ホールの周りを歩いて回った。



喧騒から離れ、鳥の声が戻る林の小道を歩いた。
一人だけで、考えていた。
それでも、分からないことは噴出してきた。

ただ、明確なこと。
クレイを連れて行きたがっている。

肝心の、クレイは?
彼女はどう思っているのだろうか。

「アームブレードを握っても。ねぇクレイ。あなた、人を殺したいわけじゃないわよね」




クレア・バートン。
軍人であり教師でもある、あの人はクレイを軍人にしたいのだ。
そしてディグダの言う、治安維持という名の圧制に力を使いたいのだ。



「ただ人殺しの道具のようにクレイを軍へ連れて行くのだとしたら」
行かせない。
絶対に。

「わたしは許さない」
クレイを守りたい。

初めてはっきりと自覚した感情だった。
クレイを、守らなくては。

クレイの過去は見えなくても。
クレイの思いは分からなくても。



「嫌わないで。一人にしないで」



クレイは、そう言った。
だから、側にいよう。
ずっと、離れないで。
守り続けていよう。






会場に戻れば、既に二回戦目が始まっていた。
クレイの試合は、いつか。

欄干に凭れかかり、電光掲示板に流れる名前を追っていた。


「あった」
四試合後らしい。
下へ流れていく文字を確認すると、セラは階下へのコンクリート階段を駆け下りた。
第二試合場を真横にある客席を確保した。

クレイは控え室にいる。
緊張しているのだろうか。

クレア・バートンもまた、会場に戻ってきてどこからか見ているのかもしれない。
人が多すぎて、クレアの姿は認められなかった。


「選手を発表いたします。エレナ・ガートン、そしてカイ」
最後まで聞くことなく、セラの視線は一点を見つめ静止した。
クレイの姿が見えた。
観客席の真下にいる。
漆黒の短い黒髪、張りつめるように伸びた背筋。
間違いない、クレイの背中だった。
表に立たず、客席の下に設けられた控え室に続く廊下に陰に、体半分が隠れている。
客席の下に潜り込んでいる、スロープの奥に引っ込んでしまった。

試合場では勝敗が未だ決していない。
長い髪の少女が、相手を圧倒している。
堅牢な防御をなかなか崩せず、てこずっている。
正面から行っても崩せない。
見切った少女は、相手の側面に回りこむとその勢いで、アームブレードを横に振った。
空気が裂ける音がしただろう。
鋭い一撃が、相手の腰を抉った。
力を堪えきれず、跳ね飛ばされ倒れこみ床を滑った。

見事な一本。
勝者の文字の横に、カイと点滅していた。
クレイやセラと、同学年だった。
恐るべきスピードと、技術。
クレイと同じ年齢の少女は、涼しい顔で長い髪を手で振り払った。

レベルの高さに唖然としている間に、クレイの出番は迫っていった。





高い天井からは、白い光が小雨のように降り注ぐ。
階段状の客席は、紺の制服で埋め尽くされていた。

この中で半数ほどの生徒はアームブレードの講習をうけている。
しかし、出場できるのはその内、教師の推薦を受けた僅かな人数だ。

クレイも、その一人。
クレア・バートン経由での半ば強制的な出場だった。
本格的な試合形式の練習には手をつけていなかったが、クレイはセラの予想以上に動いていた。

クレイは、アームブレードをうまく扱える。
これからも、今まで以上に成長するだろう。

それは喜ばしいことだった。
何に対しても無関心な人間だったから。

でも、その先は?
未来は?

クレイ。
そして。

「わたしも、そう」
不安で仕方がない。

「見えないのはみんな一緒ね」
先が見えない。
自分が何者かなんて、分からない。


クレイが試合場に出てきた。
ベージュの上着は脱ぎ、代わりに頭部や胴に防具を装着している。
右腕には、長い披針形のアームブレードが伸びている。
やはり緊張しているのだろう。
睨みつけるような強い目で、同じく入場してくる相手を見据えた。
見ているこちらが痺れてきそうなほど、張りつめた空気が流れる。
近くにいても、クレイはセラに気付かない。
観客たちが注目している目にも、気付いていないのだろう。

審判の開始の合図が下された。




両者ともに、動かない。
間に入れば、全身切り刻まれそうに研ぎ澄まされた雰囲気だ。

相手が、腕を持ち上げる。
クレイは、すり足で左足を後ろへ引いた。
腰を低くした、前傾姿勢を取った。
腕だけでは相手に浅くしか入らない。
競り合いになっても、力負けしてしまう。
勝負は、スピードだ。


瞬時に懐に潜り込んで、一本を狙う。
体が軽い分だけ、押しには弱いが良く動く。

痛いほどの集中力が、肌を通して伝わってくる。
どちらが、先に動く。


相手が剣先をずらしたのが、合図だった。
クレイが飛び出す。
直進する。
そう思わせて、腕を内側に引くと、大きく真横になぎ払った。
それを相手が受け止める。

防御は完璧。
だが、それだけではクレイに勝てない。

火花が散ってもおかしくない。
歯軋りをするような音を立てながら、競り合う。
先に引いたのは、クレイ。
力を横に流し、体を捻らせ更に攻撃を繰り出す。
だが、判定箇所には当たらない。

相手の体格は、クレイより一回り大きい。
力で圧し掛かられたら、身動きが取れない。
力を横へ反らしつつ、隙を突いて攻撃する。

押し合っていたブレードを、相手が振り払った。
投げ捨てられるように後退したクレイは、踏みとどまって体勢を立て直す。
その短い時間で、相手が追撃してきた。

反応速度が、速い。
これが経験とそして才能というものか。

切れる息の合間に、相手を下から睨み上げた。



感じる。
全身の体毛が立ち上がる感覚。
肌を切りそうな、気迫。
真っ直ぐに見つめる眼。

知っている。
この感覚、この空気。

汗が背中を伝った。
体温が冷えていく。
脳も、波を押さえつけた水面のように平らに、冴え渡っていた。


競り合う、ブレードとブレード。
軋みあう、刃。


かつて感じたことのある、この感覚。
そうか、ここにあったのか。


クレイが奥歯を噛み締め、ブレードを振り払うと、後退間際に相手の手首を切りつけた。
寸でのところで、かわされた。
当たらない。
ポイントも取れない。

左足で踏み切って、こちらから攻撃にでる。
アームブレードを上段から一気に振り下ろした。
頭部に当たらず、肩口に沈み込んだ。

相手が痛みに顔が歪む。
隙ができたのは、クレイの方だった。
肩に落ちたブレードを引ききる前に、相手のブレードが胴を叩き切った。
ブレードの振り切られる流れに乗って、クレイも跳ね飛ばされる。
当たったのは胴の上部。
微妙だが、判定は黒。
ポイントは取られなかった。

硬い防具がなければ、あばら骨が砕けていただろう。




そうだ。
これは本当の殺し合いじゃない。
だが、感覚は。

擬似的ではあるが、限りなく本物に近い。

途切れ途切れに息を吐き、アームブレードを背中に隠すように、後ろに引いた。
力がないのならば。

驚くべき瞬発力で、相手の側面に躍り出た。
振り下ろす暇を与えない。
相手はクレイの陰を捕らえられない。

力がないのならば、速さを力に変えるまでだ。

腰を捻り、引いた腕を遠心力に任せて前へ振り切った。
ブレードで、瞬間防がれる。
防御は不完全、押し切れる。

跳ね飛ばされたのは相手の方だった。
すぐさま追撃を始める。

内側から、外へ。
弧を描く剣先が相手を切り裂く。




この研ぎ澄まされた感覚。
明確な、感覚。

その名を知っているか。




それは、殺意だ。
生ぬるい日々の生活の中、身を潜めてしまったものが、ここに浮かび上がった。

そしてそれは。
私の中にも存在する。



クレイは息を詰めた。

すべてを、消去したい衝動が。



相手のブレードが、クレイの腕を狙う。
剣先が腕を掠る。
振りかぶったクレイ、その脇に眼をつけた。
下からならば、切りつけられる。
入らなくとも、次への足がかりとなる。

クレイが振り下ろすのが先か、相手が切り上げるのが早いか。
ぶつかり合う眼と眼。
その中に、確かにクレイは見た。


ころされてしまう。
だからころすんだ。


真っ直ぐに鮮やかに、クレイのブレードが相手の頭部へ落ちた。






「一本」
審判の手が上がった。
同時か。

いや、早かったのは。
セラは知らず、自分の腕を跡が付くほど強く握りこんだ。

「セリア・アルテア」
クレイの名は呼ばれなかった。




呼吸を忘れるほどの試合だ。
両者が、中央に引かれた二本の白線まで歩み寄る。



二戦目が、始まる。
一本はセリア・アルテアが先取した。
残る、次の一本。
取らなければ勝利はセリアに捧げることになる。


これで終わらせない。
終わらせてはいけない。




私は、知りたいんだ。
以前にも感じたことのある、この衝動がどこから来るのかを。

荒い息を引きずりながら、クレイは剣を構えた。
自分の中に潜むものを、見定めるために。











go to next scene >>>

<<< re-turn to one world another story
        or
<<<<< re-turn to top page

















S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送