Ventus  29










会場は華やかだった。
人の嬌声、アナウンスは高らかに。

締め付けられた学園生活の、数少ない息抜きの時間を表している。

ここまで賑やかだったとは思わなかった。
セラは忙しく目を動かしている。

脈拍がいつもより速く鳴っているのが分かる。
クレイよりも、隣にいるセラのほうが遥かに緊張している。


「クレイ、時間はだいじょうぶ?」
「まだ随分早い」

学舎の端に位置する多目的ホールは、中央の長方形を底辺にし外周には客席が常設されている。
直方体の外観だが、内側に入ると客席が端にいくにつれ、段々と高くなっている。
傾斜緩やかな四角錐を、ちょうど逆さにしたような形だ。
一番低い位置に、舞台が配置されている。





クレイとセラは、舞台を見下ろすように三階席で立っていた。
あらかじめ抽選で決められた整理番号が、アナウンスされている。
呼ばれた者は、直ちに所定の受付へ向わねばならない。
アームブレード大会予選の、出場者として。

二人も、手元にある番号を待っているところだ。


「時間となりました。ただいまから、アームブレード大会予選を開始いたします」
口調の軽やかなアナウンスが、館内の隅々まで伝わる。
一階席は満席となり、立ち見客で溢れている。
選手が入場していくのを下に見て、後ろの椅子に二人は腰を下ろした。

「これでこの賑わい。本戦だったらどれほどのものでしょうね」
「いろいろと、珍しいものが見れるかもしれないな」
「どういうこと、それ」
「見てからのお楽しみ」
先を封じられて、不満げに目を舞台に向けるセラの横顔を、クレイの温かい視線が追う。

「クレア・バートンさん、だったかしら。あの先生」
「ああ」
「来てるのかしら。何か、聞いてる?」
「何も」
「始まったわ」
セラの首が伸びる。

舞台の一面を六分割している。
一組に割り当てられた面積は、広い。
十分に二人が動き回れるだけは確保されている。

一斉に第一試合が開始される。
素人目のセラにも分かる。
レベルが高い。

参加者は担当アームブレード教員の許可さえ得られれば、誰でも参加できる。
最低限アームブレードを振るえればそれでいい。
大雑把に言えば、そういうことだ。

それでも自ら申し出た者たちが集う。
腕に多少なりとも自信があるのだろう。
結果、それなりに見所のある試合が、眼下で流れている。

「第二試合場、第三試合に入ります」
セラが想像していたよりも、試合の流れは速い。
仕方がないことだが、腕前に多少ばらつきがある証拠だろう。

カウントをとるように、選手番号が次々と読み上げられる。
下の会場では、機械的に試合が始まり、終わり、次の試合がまた始まる。

「試合のルールは、クレアさんから聞いたの?」
「一応」
「一応?」
「防具をつけた箇所を狙う。ヘッドギアの頭部、ボディプロテクタの胴部。主にこの二つ」
クレア・バートンの説明は細部を欠いている。
他にもポイントがあるらしいが、クレア・バートンは答えなかった。
後は試合を見ろ。
見れば分かる。
説明はそれだけだった。

「第五試合場。二点先取により勝者、エル・パドル。続いて第七試合に入ります」
真下の試合場からアナウンスが沸きあがった。
どの試合会場も順調に試合は進んでいく。

「セラ」
言いながら、クレイが腰を上げた。

「行くの?」
「一階にな」
勉強のために。
クレイは手を伸ばし、セラの腕を引き上げた。






声援の中に金属音が混じる。
ブレードとブレードが弾け合う音だ。

「速い」
セラが身を乗り出して、一声を上げた。
バネのように伸びる手足、間合いを取りつつ競り合うブレードとブレード。
その一瞬一瞬が、まるで静止画のように目に焼きつく。

「これが、アームブレード」
手を掛けた手すりを、指先が冷たくなるほど握りこんでいる。
向って左側の選手が、横斬りに胴を攻める。
防御が間に合わない。
防具が立てる鈍い音と振動。
審判が右手を垂直に上げた。

「並んだ」
クレイが、得点ボードを見ながら呟いた。
一対一。
次の一戦で決着が付く。
両者が平行の短い線を引かれた定位置に戻った。
どちらとも、肩で息をしている。

審判の両手が振り下ろされた。
始まりの合図だ。
剣先が揺れた、と思ったら噛み合っている二本のブレード。
攻と防、転じつつ繰り返されていくが、なかなか一本が入らない。
二人を追って、クレイとセラの目が左右に走る。

右側の選手が一瞬、肘を引いた。

「入った」
クレイが口にした次の瞬間、相手が振りかぶった隙を突き、右の選手が下から斜めに振り上げた。
アームブレードは、相手の左腰を捕らえる。
審判の腕が上がる。

勝敗は、決した。



「大丈夫かしら」
ひどい怪我をしたり、しなければいいけれど。
クレイも同じ試合に出るのだ。
ブレードが入ったとき、防具からは客席まで聞こえる大きな音がした。

セラが、横目でクレイを見る。
いつもと変わらない、冷えた表情だ。

「要領はわかった」
「そうじゃなくて」
「何だ」
「いえ、あの。ケガ、しないように」
「ああ、だから勝つよ」
負けるということは、一本体に入れられるということだ。
試合場に立てば、多かれ少なかれ怪我はするものだが、決定的な一本は避けようがある。

「そろそろ行ってくる」
少しずつ、自分の選手番号が近づいている。

「ええ。わたしはここにいるわ」
クレイの手の上に重ねた手のひら。
クレイが離れ、結び目が解けるように、指先も離れた。
一度だけ振り向いて、そのまま人込みに背中は消えていった。




忘れられない、先日のクレイの顔。

エリアG。
クレア・バートンのいた、軍の施設。

出会った、傷だらけの兵士たち。

彼らの眼。
眼を見て、クレイは過去を見た。

あの眼を知っている。
確かにクレイはそう言った。


「もう、帰ってこないと思った」
心を失ったまま、心を殺してしまったまま。

「でも、帰ってきた」
クレイはセラの手を取った。
確かな力で引き寄せた。

それは、ここにいることの証。

クレイはセラの側にいる。
ちゃんと、セラの目を見た。
だから、大丈夫。

「クレイが何を抱えていても、どんな過去があっても構わない」
変わらない。

「決めたもの。クレイが必要としてくれる限り。わたしは側にいるって」
封じ込められたクレイの記憶が、沸きあがってきたとしても。

クレイには何もないなんて言わせない。
セラがいる。
友人たちが。
そしてもうひとつ。

アームブレード。

「クレイが執着を持った、数少ないものだもの。何かを見つけてほしいの。大切なものを」
それから半時間もしない内に、クレイの選手番号が場内アナウンスで響いた。






一戦目が始まった。
クレイにとって、本格的な試合はクレア・バートンとの手合わせを含め二度目。
授業時間内には何度か模擬試合を行ったが、クレイも他の生徒もまるで素人だ。
比較し、今回の相手はどれもが高レベルと来ている。

審判が試合開始の合図で、勢いよく腕を振り下ろした。
両者が一層の緊張に包まれる。
相手は二年。
クレイより一年だけ年長だ。
その分、アームブレードに触れている期間も長い。

クレイも、クレアとアームブレードで手合わせをして以降、何もしていなかったわけではない。
クレアから勧められ、通うようになっていた訓練施設は、思った以上に充実していた。
仮想訓練室では、摸擬試合も受けられた。
集積されたデータが、クレイの動きにあわせて攻防パターンを繰り出してくる。
クレアから受け取ったカードキーは、その部屋の扉も開くことができた。




相手が動いた。
クレイはアームブレードを右に振り下ろし、相手のブレードを叩き落そうとした。
体勢を崩した隙をつこうという策だ。
想定通り、クレイのブレードは相手のブレードに組み付いた。
だが、衝撃は想像以上に重かった。
次の行動へのリズムが崩される。
相手の側面にブレードを叩き込む前に、振り払われた。
体力は、相手の方が上だ。

攻撃のリズムは完全に相手に奪われている。
振り払われた勢いを踏みとどまったはいいが、クレイの体勢は不安定だ。

さすが一年分の差がある。
相手はその隙を見逃すようなことはしなかった。
声と共に、攻防が一転した。
相手の猛攻撃が始まる。
クレイは、防御に徹している。


声を上げてクレイを応援することもできず、汗の滲んだ手を握り、目を見開いて見つめることしか、セラにはできなかった。

クレイが端まで追い詰められていく。
一歩一歩、境界線に近づいていく。
完全に、押されている。
力負けしている。

完全優勢。
その場所にいた誰もが、年長者の勝利を確信している。
クレイは、腕を上げることすらできない。
数分、持たないだろう。
身を崩した瞬間、上から叩き込まれて、小柄な黒髪の初心者が大怪我にならないことだけを見守っていた。

相手が振りかぶった瞬間、クレイが消えた。

姿が見えなくなった。
体が、沈んだ。


クレイ。


防具の鈍い音がした。





一本。

確かな、音だ。

審判の腕が上がる。

どうなった。

どちらに。






取ったのは、クレイ・カーティナー。






振り下ろす場所を失った相手のブレードは、落ちるように試合場の床に剣先をつけた。

「両者、中央へ」
互いに上がった息を抱えながら、定位置へ戻る。

再び、開始の合図。

先手必勝とばかりに、相手が斬りこんで来た。
相手にもプライドがある。
経験の浅い者に一本取られた。
屈辱は、勝利で以って拭わねばならない。

クレイも、今度は防戦に徹してはいない。
攻めなければ、一本は手にできない。

クレイが攻めに出る。
何度も相手の剣先を崩すが、執念で持ち直してくる。
前半で、相手の体力は激しく削られている。
後半攻めるのは、クレイだ。

疲労してくると、一つ一つの振りが大きくなる。
先ほど先取したポイントは、大きくなった振りを突いたものだった。
軽量素材で作られた、腕に負担の掛からない重量のアームブレード。

それでも空気抵抗を忘れ、闇雲に振り回していれば自ずと体力を消耗してしまう。
クレア・バートンは練習の度に、注意していた。

空気が負担になるような作りに、アームブレードは作られていないと。
アームブレードの歴史が、よりそれ自体を人間に合うように、環境に合うように磨いてきた。

その作りを読め。
作者の腕を知れ。
そして初めて、どのように扱えばいいのかが見えてくる。


動いているので、息は上がる。
だが、腕は疲れていない。
まだいける。
まだ、やれる。


間合いを取った。
流れるように、アームブレードを構えた。
剣先の向こうに、相手を見据える。

腰を落とし、脚を大きく広げた。
静かに、静かに。
風に、逆らうな。

息を整えて。
流れのままに。



低姿勢のまま、クレイが飛び出した。
一直線に相手の正面へ駆ける。
速い。

アームブレードを寝かし、空気抵抗を最小限にする。
腕で振るのではない。
腰を捻り、遠心力を破壊力に変換する。
身の長いアームブレードが、腕にぴったりと引っ付いてくる。

滑り込むように腰を落として懐に潜り込む。
小柄で俊足ならではの業。




無謀かと思われた。
正面真っ直ぐに策もなく斬り込んで行くなど、捨て身の戦法か。
無防備な頭上にアームブレードを叩き込まれて沈むか、横になぎ払われて飛ばされるか、どちらかに決まっている。


だが、水平に保たれたクレイのアームブレードは、空気を裂き吸い込まれるように相手の胴に収まった。


一瞬のこと。
相手は、防御体勢をとる隙すらなかった。

美しい、一本。






迷うことなく審判の腕が垂直に伸びた。




試合終了。




セラも、しばらく動けなかった。












「クレイ」

そうだ、クレイの元へ。
緊張で、疲れきっていないだろうか。
予選突破するには、三戦勝ち進まなければならない。
残る、二戦。

欄干に身を寄せて、六つに均等分割された試合場の角に目を凝らす。
どこかに選手待機スペースがあるはずだ。
選手たちはどこから出て、どこに消えていく。
彼らの流れに注意した。

今、側にいたい。











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