Ventus
26
「面会、ですか」
軍施設内の専用IDを持っているはずもない二人は、警備兵が固める入り口で、半歩踏み出す前に、呼び止められた。
警備兵がいなくとも、目の前のゲートは封鎖されており、強行突破すら無理だ。
制服を着ている分、過分な警戒はされずに済み、物腰も柔らかかった。
それだけは救いだった。
そもそも学園敷地面積を遥かに凌ぐ規模だ。
どこから入ればいいのか、検討がつかなかった。
「クレア・バートンですね。所属もしくは識別コードはご存知ですか」
「知りません」
「あ、でも地図は持ってます。これです」
セラがクレイの横からメールの一行で照合した周辺地図を差し出した。
「確かにこの近くです。現在位置は、ここ」
紺色の制服を着た女性は、ゲート西側の管理室を示した。
「お探しのところは、このあたりですね」
ゲートを抜け、右翼に広がる建物の周りを、指先で円を描く。
「それでは、学生証と面会申請データとの照合を行いますので、証明書の提示を願います」
長机の向こうにいる女性が、右手を差し出した。
面会したいのです、はい承知しました、というようにはいかない。
ここは、軍の施設だ。
クレイとセラは、胸のポケットから学生証を取り出し机に置いた。
「お名前を、そちらの方から」
左にいた、クレイに目を流した。
「クレイ・カーティナー。在籍は高等部一年です」
クレイの学生証を、カードリーダーに通し、指はキーボードの上を走る。
「はい、確かに。お探しのクレア・バートンから面会申請がされています」
ですが、と女性は続けた。
「申請されているのは一名、クレイ・カーティナーさんだけですね」
「クレア・バートンは知りません。私がセラの、彼女の同行を願いました」
申請なしの同伴者は、入館できないのだろうか。
「入館データの登録さえしておけば、お通しできます」
セラは少し、胸をなでおろした。
「それではそちらの方、お名前を」
「セラ・エルファトーンです。在籍は、彼女と同じ、高等部一年です」
学生証をカードリーダーに通し、キーボードの上で、両手を忙しなく動かした。
「面接希望者、クレイ・カーティナーさんの同伴者として、セラ・エルファトーンさんを登録させていただきました」
二枚のカードを並べて、二人に返却した。
クレイとセラは学生証を、収めていた胸元に仕舞いこむと、指示を待った。
「正面のゲートは通過できません。面会者の方は、こちらの出入り口からお願いしています」
屋外のゲートではなく、室内の扉を通って敷地内に入る。
隣接していた屋外ゲートは、物資の搬入用だろうか。
長机の右から奥の扉に進んだ。
何もない、小さな部屋に入った。
セラは縦に長い、長方形の部屋を見回した。
あからさまな監視カメラはない。
椅子も、机もない。
「この部屋が珍しいですか」
「探知機か何か仕込んであるのかしら」
危険物持込を見抜くために。
「ご名答」
部屋全体が、探知装置になっている。
詳しい構造や、装置の種類は明かさなかった。
「はい、結構です。どうぞお入りください」
部屋を抜けたとき、装置は緑に点灯した。
長方形の奥にある扉を潜って、敷地内にある部屋に入った。
「それからいくつか注意点を」
マニュアルは、案内してくれた彼女の頭に染み込んでいる。
「面会者との面会が終わりましたら、速やかに施設を出てくださいね」
施設に入れたからといって、どこにでも好きに歩いていいというわけではない。
施設見学に来たわけではないのだ。
「出口は、今通ってきたこの場所です。もし道に迷いましたら、屋外の共通端末でもルート検索は可能です。ご利用ください」
入館手続きは済んでいる。
学生番号を入力さえすれば、ゲートの場所とクレア・バートンの居場所の検索はできる。
「こちらの閉門は、申請がない場合一七時です。他、細かい規則については、設置してある共通端末でご確認ください」
女性は手元のパネルを片手で操作して、最後の関門を開いた。
「長くなりましたが、一応の説明は終わりです。それでは、お通りください」
「右の棟って言ってた」
「あそこが入り口だ」
「部屋番号って、わかる?」
右の建物といっても、かなり大きい。
一つ一つの部屋を探すなど、物理的に無理だ。
「メールの中に、それらしいのがあったと」
クレイの携帯端末をセラが覗き込んだ。
「〇六−DR〇三?」
どういう意味かしら、とセラが画面から目を離してクレイの目を覗きこむ。
「まったく、わからないな。とにかく行ってみよう。ルームプレートを見ればわかるかもしれない」
制服姿の軍人とすれ違う。
アームブレードは提げていなかった。
「軍の施設というから、みんなアームブレードを持って歩いているのかと思った」
セラの耳元で、クレイが呟いた。
その様子を想像し、セラは嫌味でなく笑う。
もしそうだとしたら、邪魔でしかたがないだろう。
入り口は近づいてみると、思ったより大きなことに気付いた。
機能性ばかりを重視した外観内装、その想像は覆された。
「きれい」
一言漏らし、セラが高い天井を見上げた。
入寮当初、学園の寮の玄関ホールで立ち尽くしていたセラは今、同じ感覚を味わっていた。
彫刻細工というよりも、天井のデザインが変わっていた。
四角い部屋に、丸天井。
外観を一望した限り、ドーム型ではなかった。
天井内側を半球状に刳り貫いてある。
中央から放射状に山形に五本、梁のように削られ、端は柱上部に接合しホールの地面に繋がる。
床は大理石が人影を反射している。
「芸術作品を石台の上に置いてたら、美術館よね」
「あまり上ばかり向いていると、首が痛くなるぞ」
クレイは先に正面の階段を上り始めている。
「待って」
セラはクレイの真っ直ぐ伸びた背中を追いかけた。
「わかるの?」
知っているかのように、クレイの足は迷いなく先に進む。
「歩いていれば、そのうちわかるだろう」
「かも、知れないけど」
二階に足をかけて、周りを見回したとき、左から声がかかった。
クレイかと思ったが、彼女はセラの右側にいる。
「迷子?」
薄茶色の軍服を着ている。
眼鏡をかけた女性だった。
「どこの部屋にいくつもり?」
質問というより、事情聴取に近い。
確かに、階段を上りきったところで立ち止まっていたら、呼び止められもするはずだ。
黙ってクレイが端末の画面を差し出した。
「六階よ。あそこにエレベーターがあるわ」
中央階段から左右に広がる廊下の右奥を指差した。
「資料室。場所は地図を見なさい」
「資料室?」
反射的に、セラが聞き返した。
そんなことも知らずに館内をうろついていたのかと睨まれるかもしれない。
言葉を飲み込んだが、既に声は口から出てしまっていた。
悪い予想は外れた。
一つ頷くと、女性は腕を下ろしガラス越しにセラを見た。
「DR。データルームのこと」
「〇三、第三資料室という意味ですか?」
「そう。部屋は第一から扉を挟んで続きになっているわ」
他に質問は、と目が問いかけてきた。
細面で隙なく結い上げた髪に構えてしまったが、実はこの手の質問は嫌いではないようだ。
だが、後は二人で行ける。
「ありがとうございました」
満足したのか、彼女は腕で挟んでいた黒いファイルを抱えなおし、中央の通路を振り返ることなく進んでいった。
「六階、ね」
程なく、箱が降りてきて二人の目の前で静かに止まった。
資料室はエレベーターを降り、脇の館内地図ですぐに見つかった。
六階の中でも六分の一ほどの面積を占めている。
長方形の資料室は手前から第一、第二とあり、末は第六まであった。
そのどれもが、列車の車両のように一列に並んでいる。
六続き、と意味もなくセラは頭の中で呟いたが、第六資料室に隣接した部屋は空欄だ。
第七資料室を増設するつもりなのだろう。
地図上で見る形状、面積はそれ以前の第一から第六資料室のものとほぼ同じだった。
真ん中、第三資料室に到着した。
横に滑る扉に手をかけた。
資料室、というので薄暗く寂れた印象があった。
必要な者以外を寄せ付けない、排他的な空気。
「明るいわね」
人は、少ない。
だが想像していたような硬質で冷たい空気はそこにはなかった。
「いろいろと、予想を裏切ってくれる場所だ」
「いい意味でね」
これは探し人を探すのに、そう時間は掛からないだろう。
不出来な人工林のように、等間隔に配置された本棚の林を、眺めて歩く。
本の背表紙に目が行った。
厚みはなかったが、どれもが難しそうな内容ばかりだ。
セラの興味を引くものではなかった。
「研究報告書。論文、そんなものばかりだな、ここにあるのは」
クレイも、一冊手にとって数ページ開いてみたが、興味なさ気に元の位置に戻した。
先に進むと、机と椅子が並んでいた。
ほとんど作業台かと思われるほどシンプルな机と、電気スタンドだけが卓上に乗っている。
椅子は、決して座り心地がいいとは言えないだろう簡素なものだった。
「あれだ。クレア・バートン。アームブレードの講師をしている」
セラの耳元で囁いた。
机の下で足を組み、肘をついて右手で研究書を捲っている。
隣に近づく気配で、クレア・バートンは顔を上げた。
「来たか」
「黙っていると思いましたか」
「いや」
クレアは研究書を閉じた。
「部屋を変えよう」
ここは話すのに適しているとは思えない。
通路を戻り、エレベーターパネルの八階を押した。
三分後、クレア・バートン、クレイ・カーティナー、セラ・エルファトーンの三人は、展望休憩室にいた。
窓際の円卓へ、クレアは先に腰を下ろした。
「で、そちらは」
テーブルの上で、両手を組みセラを流し見た。
クレイは黙ったままだ。
代わりにセラ自身が口を開いた。
「セラ・エルファトーンと言います。クレイの友人で」
二、三紹介文を並べた。
「あの、もしお邪魔でしたら席を外しますけれど」
「邪魔じゃない」
眉を寄せて、クレイが即答した。
「私も構わないよ」
対するクレアは、機嫌が良いのか声は柔らかかった。
「大会に参加したいという希望は、出していない」
「私も聞いた覚えはなかったがな」
「越権行為でしょう。個人の意思を無視し、エントリーするなど」
「じゃあ聞くが」
研究書に目を落としていたときのように、クレアは自分の拳に頬を乗せた。
「参加拒否に値するだけの理由は持ってきたんだろうな」
どうして、嫌がるの。
セラにも聞かれたことだ。
そのセラが今隣で、黙って聞いている。
「何もしないうちから、拒否して。それがクレイ・カーティナーの生き方か」
「受け入れなければ何も」
変わらない。
動かない。
「面倒なことは起きない」
だが、それでは始まらない。
何も、生まれない。
そのことを、セラが教えてくれた。
受け入れることの、意味を。
クレイは、様子を伺いセラに目を向けた。
沈黙したままの目は、クレイを見つめ返す。
「なぜ、エントリーしたんです」
こちらが今度は聞く番だ。
クレアへ向き直した。
「クレイ・カーティナーの力を見たかった。理由はそれだけだ」
「私の能力は以前、手合わせしたことで分かっているはず」
「力というものは、変わるんだ」
口元が緩む。
感情があふれ出すほどに、クレア・バートンの機嫌がいいことがわかった。
この女性にしては、驚異的なことだ。
「これが、クレイの大切にしているもの、か」
そして、クレイを変えたもの。
できれば、クレアに会わせたくなかった。
クレイにとって、セラは唯一といっていい、彼女の弱点だったからだ。
それはクレイ自身も自覚している。
セラを受け入れることによって、クレイは弱くなり、逆に大切なものを得たことで強くもなった。
事実だ。
「守りたいという気持ちが力を決めると、私は信じている」
執着心。
クレイはそれに酷く偏りは見られるが、はっきりと分かる。
「クレイ。お前の心は空っぽじゃない」
クレアは微笑む。
「大会に出てみろ」
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