Ventus  21










寮内にある、中央電子掲示板では常時、ニュースが流れ続けている。
分割された画面の中で、年間行事予定も流れていた。


画面の右端に緑の文字で数字が書かれている。
数値は日を追うごとに減っていっていた。










「清女(きよらめ)の祭典?」
「そうだ。聞いたこと、ないか」

カフェテラスで待ち合わせた。
セラは専門分野の授業が終わり、図書館へ篭っていた。
クレイは彼女よりも一限多かったので、直接カフェテラスに行った。
足元にはアームブレードが収まったケースが横たわっている。

「えっと、聞いたことはあるわ。でも、実体はわからない」
「店が出る。学園内に。でもそれは脇役で」
学園祭だ。
故郷のファリアで、セラも参加したことがある。
自分たちの手で作った食品や、芸術作品を金銭で評価してもらえる機会。
やりがいと、自信と、反省。
楽しめると同時に、学ぶことが多かった。

「メインはスポーツ」
中でも注目されるのが、アームブレード競技だ。
まだ二ヶ月以上も先になるが、そろそろ周りが動き始めている。


清女(きよらめ)。
神に仕える巫女のことだ。
舞姫たちは、水差しを手に、水を振り撒きつつ闘技場内を巡る。


「あ、そういえば」
セラが持ち上げていたグラスをコースターに置いた。

「大会の予選会があるとかって」
その大会が清女の祭典だ。

「確か、祭りの二週間前に予選だった」
選抜された生徒が、祭りの本選に臨める。
水で清められた円形競技場に、学生たちの剣が踊る。

「学園内がまる一週間、祭りで沸き立つんだ」
日常の束縛からの解放。
慣れ親しんだ、硬質な園内がイメージを一新する。

「信じられないわ」
セラの小さな悲鳴には、早く見てみたいという希望の色が含まれていた。

「だって、娯楽を一切排除したような学校でしょう?」
故郷ファリアで通っていた学校も、かなり厳しい学校だったがディグダクトルほど詰め込まれた授業はしていなかった。

「国の考えることだ。私たちは関知できない」
「そう、ね」
学校の教育方針を議論するにはあまりに情報が足りない。
セラはすぐに話題を切り替えた。
こういった切り替えの早さが、今まで何度もクレイを救った。
問われたくないところから身を引くタイミングは絶妙だ。
また、些細なことでお互いが不機嫌になってもすぐに回復する。

「アームブレードの大会、出ないの?」
出場条件など、あっただろうか。
少なくとも掲示板には書かれていなかった。

「条件はない。アームブレードを振れるかという最低限の常識はあるだろうけど」
「ということは、クレイも出れるかもしれないってわけね」
セラが白い円テーブルに身を乗り出した。
目はクレイが出場することを期待している。

「私は出ない」
「出たくない?」
「力量が伴わない」
「練習すれば?」
簡単にセラは言うが、時間がない。
間に合わない。
出場選手は猛者ばかりだ。
アームブレードを握って数ヶ月すら経っていないクレイが、相手になるはずもない。

「いい機会だと思うけれど」
いい機会。
競争心というものを。
虚栄心というものを、持たないまま生まれてきたようなクレイだ。
競技大会で、少しでも執着心が持てればとセラは思う。
お節介だというのは自覚している。
ただ、単調な生活とクレイには、良い刺激になるだろう。

「見てみたいわ。クレイの剣を」
顎を両手に乗せ、セラは煽てる意味でなくそう言った。









屋上庭園で、空を見上げていた。
青空の下目を閉じ、曇り淀んだ頭を晴らそうと深く息を吸った。
フェンスに背中を預け、腰を下ろしている。
屋上ということもあって、風はよく抜ける。
樹が風の流れを遮ってくれなければ、ゆっくりと脚を伸ばして寛いでいられない。
天頂から差す光も、程よく濾過してくれる。



学園に半分籍を置くようになり、建物の頂上に茂るこの庭に来る機会は極端に減ってしまった。

二年半前だ。
学園に行ってみる気はないかと、話を持ち出されたのは。
最初は断った。
柄でもない、馴染めるはずがないと。
それでも最終的に意志を固めるきっかけとなったのは、相手の一言だった。


世界を変える力を。


余りに突飛な発言だった。
現実感が吹き飛ぶような言葉に、笑い出しそうだ。
だが、冗談ではないと思わせるだけの力が、見つめる目に込められていた。

透き通った目。
何よりも強い意志を持つ目。
何事も見通すことのできる目。

本当かもしれない。
その世界、どこからどこまでを示すのかわからなかったが、少なくとも現状は変えられる。
賭けてみる、というには余りに弱い。
言うならば、その意志に託してみる。

だから。
体を半分軍へ、もう半分を学園へ預ける決意をした。


鳥が鳴く庭は、人少なだった。
古い友人に会い、真新しい情報を交換した後、頭を整理するのに丁度良い環境だ。
学園へ籍を置くことを促したのも、その友人だ。
今思えば友人なりに、学園と軍の直接的なパイプを繋げておきたかったのかもしれない。


不安定に揺らぐディグダ。
沈黙に拮抗する勢力。


多くを知り、より多くの目を持て。


友人が師の顔をするとき、よく口にしていた言葉だ。
学園に入り、環境を変えてその言葉の意味が活きてきた。

そして、考えるようになった。

今何ができるのか。
何をしなければならないのか。

師は、友人は、何を望んでいたのか。



考えを練るために、懐かしのこの場所へ体を浸しにやって来た。
草間から覗く人影は皆、自分と同じ軍服を纏っている。
静かな、穏やかな様でいてもやはりここは軍の施設内で、自分は軍人なのだ。
思い返さずにいられない。

皮の鞄の中から電子手帳を取り出した。

立てた肩膝を机代わりに、手帳を乗せ、電源を入れた。
ディグダ軍のロゴが浮かび、すぐに立ち上がる。

学園生のリストを表示させる。
学生番号は何度も打ち込んだ。
手が自然に数字を打ち出す。

呼び出した個人情報を、スクロールさせた。

できること。
やるべきこと。
望むこと。

頭の中で繰り返していたが、いつの間にか口に出ていた。
体に溜まる霞を振り払う呪文のように、何度も口にする。
彼女は手帳を畳むと、勢いづけて立ち上がった。

「何を迷っている」
それは、自分への叱咤だ。

「何を恐れている」
答えは出ている。

「あの目を見たときから、答えなんて出ていた」
それが、求めるもの。
初めから。

感じ取っていた。
その目に、力を。
少女に、可能性を。

クレア・バートンは鞄を地面から取り上げると、眉を引き締め木々を抜けていった。
彼女は、今から教師の体になる。





授業は滞りなく進む。
予定していた課程も、修正を加えなければならないほど遅れてはいない。

腕をアームブレードに引っ張られるようにして振っていた生徒も、今では空気の流れを読めるようになった。
授業が終わったと同時に、崩れ落ちる生徒もいなくなっている。
力で振ってもだめだということを、体で覚えたからだった。
体力の配分を覚えたのだ。

尤も。
ただ突っ立って腕を振るばかりが戦闘ではないので、褒められるものではないが。

「足を動かせ。腕は伸ばす!」
二人一組で打ち合わせている。
どちらもが腰が引け、全体的に小さくまとまっている。
クレアが隣で叫んでも、防御に忙しくて体が固まってしまって腕が伸ばせない。

競り合いになったところで、二人をクレアが引き離した。
一人に見学を命じ、もう一人の正面に立つ。

「いいか、打って来い」
どこからでも、と言われてもどこから攻めればいいのか生徒は混乱している。
五秒時間を与えたが、剣先が振れるだけで前に足が出ない。

「行くぞ」
踏み出したのは、クレアだ。
真正面、額を狙いアームブレードを振り下ろす。
防具の鈍い音がするかと思ったが、寸でのところで防御体制に入った。
アームブレードの表面を盾に、生徒が頭部を守った。

「いい反応だ」
だがそれだけだ。

クレアより一回り小さな男子生徒は、力に押されて弾き飛ばされた。
文字通り、瞬間宙を舞った体は地面に体側から叩きつけられた。
跳ね起きる時間はなかった。
腕を持ち上げようとして、動きを止めた。

クレアの剣先が、頬を被った防具に当たっているのに彼は気付いた。


「不安定な軸のまま剣を受け止めようとするから、飛ばされる」
脚を開いて軸を安定させろというクレアの言葉が届かなかった結果だ。

「力には、力で。それだけか」
捻じ伏せるだけが、剣術じゃない。



小さな悲鳴に、クレアが振り返る。
その視線の先を、男子生徒も追う。

アームブレードを横に持ち真っ直ぐに立つ生徒が一人。
その脇を、勢い余ってすり抜ける生徒が一人。

後者はバランスを崩し、壁への衝撃音がクレアの耳に届いた。


「つまり、ああいうこと」
剣先を離し、姿勢を正した。
まだ起き上がれない生徒に背を向ける。

クレアは歩み寄り、壁に突っ込んだ女子生徒の腕を引き上げた。

「自分の力が、自分に還ってきた。そうだな」
少女は頷いた。

アームブレードを重ね合わせ、力で競り合っていた。
一方がアームブレードへの力を弱め、横に流す。
その結果、行き場をなくした力は少女自らを転倒させた。

「相手の力をうまく使ったな、クレイ・カーティナー」
クレアの目線の先、生徒の防具の下から、黒髪が漏れていた。

「さっき、隣で言っていましたので」
クレアが。

型の飲み込みも早かった。
理論の理解も遅くはない。

それも、すべて。

自分がこうしたい。
こうありたいという意志。
執着がないからか。


熱意。
ある意味、必死さがクレイからは匂ってこない。


クレイについての考察から、一端思考を切り替えた。


「続けて」


クレイと倒れた女子生徒を向かい合わせ、クレアは男子生徒が直立する位置へ戻った。











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