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L u s t



だれかと寝てるときは
そのことしか
考えられなくなる。

不快な気持ち

触れられる嫌悪感

愛でさえ、考える必要なんてない。


ただ、自分が気持ちよく飛ぶ。
そうなるために、頭は真っ白になる。

その瞬間を求めてるんだ、きっと、私は。

必死で、忘れようとしてる。
過去の記憶を。

考えたくないんだ。
このさきの、未来を。


私は、幸せになりたんだろうか。
幸せになれるんだろうか。



ふと、隣で目を閉じているオトコを見る。
起きてる私を放っておいて、一人熟睡。

「そういうのって、さいってー」

周りのやつらは言ってるけど
私は、そうは思わない。

ヘンに薄い愛や、ヘタで作られた愛情より
黙っていてくれたほうが、よほどいい。

ベッドに腰を下ろした。
頭はまだ、ぼうっとしてる。

眠いのかも、しれない。
体が、だるいんだな。
でも、誰かの隣で眠る気にはなれない。

フローリングの床に、足をつけた。
冷たい。
硬い。
天使か、人魚が初めて足を地面につけたら、こんなカンジかなって思う。

薄暗い部屋。
私は、暗い方が好き。

天気も、晴れより曇りがいい。

光は、見たくないものまで浮き上がらせてしまうから。

一息ついて、立ち上がった。

ベッドが揺れる。
フローリングが鳴く。

でも、このオトコは起きない。

そのほうが都合がいい。

裸のまま、バスルームへ向かう。
汚れては、洗って、また汚れて。

いつ私は、キレイになれるんだろう。
今の私は、何色なんだろう。

ぼんやりと、蛇口を捻った。
熱めのお湯が、肌を叩いた。

シャワールームは、湯気で白くなっていった。
そう、見えないほうがいい。

肌を手のひらでこすりながら、目を閉じた。













「かえります」

書き残したのは、それだけ。


シャワーから出て、服を着て。
起きるかなって思いながら、ゆっくりと着がえたけど
やっぱり目を覚まさなかった。
鉄の扉、閉める音聞こえたかな。

残していったのは、たった一行だけ。
名前も書かなかった



なんだよ、って舌打ちするか。
しゃーねーな、って頭をかくか。

多分、三つ目の選択をあいつはするだろう。

ため息一つして、またベッドにもぐりこむ。
三つ目。



どれであっても、あんまり違いはない。
また気が向いたらお互いに会うだろうし
気分じゃなかったら、互いに他の相手を見つけてるだけ。

あくびがでた。
ビルのミラーガラスだけが、あくびを見てた。
そんな自分を見て、頭のぼんやりが少しすっきりした。

眠い、まどろむ。
そういう瞬間が好きだ。

頭の中は饒舌になる。
いろんなこと、取り留めのないことが、すごいスピードで流れては消えていくから。

車が、走り抜けていく。
運転手には、風を切る音が聞こえているんだ。
静まり返った深夜の道路を、空気を裂くように、爆走していく。


朝が来ようとしている。
まぶしい一日がイヤだから、このまま家で眠る。
くりかえしてる、毎日。

カラスが鳴き始めた。
一声に、呼応して何羽も声を上げる。
音に気がついてみれば、他に色んな音が混じっている。

低い車のエンジン音。
遠くで吠えてるイヌの声。
結構静かだと思ってたのにな。

途中でタクシーでも拾おうかと思ったけど
タクシーは通らない。
お金はない。
それになんとなく歩きたかったから、やめた。

眠いけど、こういうのもいいかな。

明け方っての、久しぶり。
いつもは完全に夜だったり、日が明けきってしまったりだから。

ふらふら、帰る。
今日はアルコール入ってないけど、気持ちがいい。


星は、見えない。
ビルの狭間から見えたり消えたりしてた月は
薄くなって白い。

太陽に削られてしまった。
かわいそうに。

風が、柔らかい。
さいこーだよ。
それだけで、ご機嫌になれるんだから。


膝上まである、石の花壇へ飛び乗った。
正方形で灰色の石が整列してる。

いつもより少し高い視線に、ちょっとだけ優越感。
おまけに人のいない歩道だ。

気持ちいい。
気持ちよく進んでたのに。

足の下で、大きくて柔らかい感触。
石段から落ちそうになった。

何とか踏みとどまって、体勢を整える。

で、考える。

「ナニ?」

私が踏んづけといて、ナニとはどうかと思うけど
かなり体重乗せたにもかかわらず、足元のやつは動かない。

「死んでんの?」

明らかに人間だ。
人が、ぐったり横たわってるというか、寝てるのか?

放っておこうって思ったんだけど、見入っちゃった。

どう見ても、コドモ。
私より、五つは下だ。
それに、パーカーもジーンズも汚れてない。
リュックもしっかり握りこんじゃって。
それにさ、違和感だもん。
真っ黒な髪の毛。
引き結んだ、口許。

それが、どうしてここで寝てるんだ?
家出少年か?



「イタイ」

しゃべった。
思わず飛びのいた。

しかし、反応鈍すぎる。

「だいじょぶ?」


薄目開けたオトコノコの顔をのぞき込む。
へえ、かわいいじゃない。

かさりと音を立てて、私の横顔に降りかかってくる髪を
首を揺すって振り上げようとした瞬間。
がっしり、彼の手に握り込まれてしまった。

「いたい」

茶色の一房ひっぱって、放そうとしない。

「おかえし」

そういって、にやりと笑った。
私の髪も、解放される。

「ここで寝てると、連れて行かれるぞ」
「どこに?」

どこにって、警察だろう。

「他で寝たら?」
「ほか・・・」
「公園とか」

てきとーなこと言ってるなって思う。

「じゃあね」

面倒になりそうだから、さっさと帰る。
踏み込まない、関わらない。
おかしいな、私のささやかな方針だったのに。




「で、何でついて来るの」

二、三歩歩き始めて、後ろに気配がした。

「だって」

見ない。振り向かない。関わらない。
よし。

「帰りなさいよ。私も帰るから」

ほら、どうだ。
完全に沈黙。

ああ、朝が明けきった。
カラスたちはますます、騒がしくなる。

きっと、オハヨウのあいさつは終わって、雑談始めてる。

昨日、どうだった?
あいつまだ来てねえの。
でさ、あれからどうなったのよ。
やだやだ、ウソだってわっかんなかったの?

そんなハナシ、してんのかも。
私と変わらないな。

足音が、二重。
確かに聞こえる。
音消そうとしてるの? ヘタすぎ。


「なんで、ついて来てるの」
「わからないから」

あっさりと、即答。

「どこ、公園」

ホントに公園で寝る気だったわけ?
いいけどさ。

もう、答える気力がない。

黙って歩く。
後ろから、黙ってついて来る。

小さいくせに、しつこさは一人前か。

次の角を曲がれば、もうすぐ家。
やっとゆっくり眠れる。

「公園、あっち」

曲がり角、右を指差した。
行けば、わかる。
ここまでつれて来てやったんだ。
あとは自分で何とかして。

「ホントに、バイバイ」

赤が点滅してる、横断歩道。
ゆっくり渡る。

渡りきったらもう、あのオトコノコのことなんて、頭から消えかかってた。

空が白んでる。
今日もまた、晴れだ。
周りに人の声があふれる前に、帰ろう。
それから、眠ろう。

また、夕方には起きなきゃいけないんだから。

アパートの階段を上がる。
古いから、手すりなんて錆びちゃってて
白い服でもたれ掛かったら、茶色に染まる。

だれもペンキを塗り替えようとは思わない。
ほこりっぽいな、って思っても
ぼろいよな、って思っても
そのときその瞬間だけ。
過去もこのさきもない。

「なんで。だからさ、もう」

カンカンと階段を上る足音がまた、二つ。

「泊めて」
「いや」

あきらめてよね。
大体、いきなり会って泊めてくれなんてさ。

「えっと、踏みつけたお礼に」
「お詫びでしょ」
「そう。お詫びに」

ああもう、私ってばどーしてハナシに乗っちゃうかな。

「だから泊めて」
「なんで私が」

って、お詫びにって言ってたっけ。
それ、理由?

「イタかった。すっごく」

寝てただろ。しっかりと。爆睡してただろ。

「私も落ちそうになった。驚いて、心臓がイタくなった。おあいこだね」
「イタかった」

もう、あきらめてよ。眠いんだってば。
限界。もう。

「勝手にして」

燃え尽きちゃった。

カギ出して、失敗して二回めで開けて、部屋で靴ぬいで。
開けっ放しのドア指差して、「カギ閉めて」って言えたのは、上等。

あと、覚えてない。


ああ、ベッド気持ちいいな。
睡魔に引きずり込まれてく、快感。
それだけだった。













白い世界を飛ばして、また暗闇が来る。











目覚めたのは、オレンジの空のころ。

いい感じに、霞がかったアタマ。
好きだなぁ、こういう時間。
まだ、時間はある。

薄暗くなってから、外に行こう。
熱い息を吐いた。

もう少しだけ、眠ろう。
開きかけた目が、眠りに閉じていく。

頬っぺたに、何か触れる。
くすぐったいな。
眠いんだから。
でも、あったかい。

そのまま、くっついてて。

「起きないの?」

耳に馴染まない声が降ってきた。
瞬きを繰り返して、眠気を振り払う。

「だれ」

そっか、昨日の。
まだいたんだ。

「ゴハン食べよ。お腹すいた」


カラダを起こした。
布団代わりのタオルが、崩れ落ちた。

「おはよ」

全開の笑顔。
朝だっていうのに。
眠ったのかな、この子。

「いたの?」
「ゴハン、買ってきた。食べるよね」

あくびがでた。
ばっちり見られた。

「食べたくない」

どうして、こんなの拾ったんだ。
ちがう。
押しかけてきたんだっけ。
八つ当たり。
わかってる、断れなかった私が悪い。
だから、八つ当たり。

「お腹、空いてないの」

顔でも洗おう。
目を覚まそう。
それから、考えよう。


立ち上がって、数歩でたどり着く洗面所兼バスルームに歩く。
水で洗顔、櫛を取り出して髪に通した。
薄茶色。気に入ってる色。
それにしても、ちょっと伸びたかな。
切ろう。


そんなことを考えて、洗面所を出た。

部屋にある、小さなテーブル。
イスなんてない。
その上に、パンとコップのミルクが置いてあった。
きちんと二人分。

「だから、私は」

いらないって言おうとしたのに
きゅうと、お腹が鳴った。
自分の胃袋にハラが立ったことなんて、今以外に見当たらない。

「食べるよね」

すでに、コイツはテーブル前に座ってる。
私も、黙って座り込んだ。

「突然で、ごめんね」

私がパンをかじるのを待ってから、声を掛けてきた。

「謝るんなら」
「泊まったことは、謝らないよ。謝ったらいられなくなる」

めちゃくちゃだ。
けど、それに翻弄されてる。

「家に帰れってば。家出なの?」
「家出され。あえて言えばね」
ミルクをひと口飲んでから、コイツもパンに口をつけた。

「そ。お金持ってるの?」
「いちお。パン、買えるくらいはね」

そか。コレ、コイツのおごりか。

「ごめん」
「なんで謝るの? 逆じゃないの?」
「なんでだろ」

なんでかな、わかんない。

「なんとなく。お金、そんなにないんでしょ。なのに朝ごはんごちそうになって」
「ヘンなの」

よく、笑うやつだ。
ていうか、コイツのほうこそ、ヘンなやつ。

「いくつ?」

十四かな、それとも十五かな。
もっと小さい?

「いくつ?」

同じ質問するなって。
こっちが聞いてるのに。

「十八」

そ、ちょうど半年前になった。
おめでとう。カンゼンに大人だね。
だれも祝ってくれないから、せめて私だけでも。
自分で自分を、なんてバカみたい。

「じゃ、いっしょ」

じゃ、ってナニ?
いっしょ、って?

「あんた、十八なの? うそ」
「うそじゃない」

だって、そんな。
バカにしてる。
絶対。
コイツが私をバカにしてないっていうなら
コイツを作った神さまが、私をからかってる。
ありえない。

確かに、声変わりしてるけど。


この、背。
この、肩。
この、目。
この、体。
それに、この顔。


オトコじゃない。
オトコノコ。

だって、オトコくささがないもん。
なんで。

聞かなかったことにしよう。



「できるの?」
「なにが?」
「いや、だから」
「なにを?」
「も、いい」


わかった。
十分わかった。
コイツ、オトコじゃない。
性別じゃなくて、精神が。
未熟。
純粋。
何も、知らないだけ。
ホント、何にも知らないんだ。

手だって、キレイなもんだ。
手。
そっか。
さっき私を起こしたのは、私の顔に触ったのは、この手か。

「あげる」

私の二個目のパンを目の前に突き出した。

「しっかり食べとけ」

こんなにいらないよって、言うのを押し切った。

「イエダサレって、言ったよね」

半分残ってたパックのミルクを、コップに注ぐ。
ついでに、コイツのコップにも。

「知らない男が来て、母さんに出てけって言われて、お金貰って、出て来た」
「なんでよ。言い返せばよかったじゃない」
「怒ったり、怒られたり。そういうの嫌いだから」

何にも考えてなさそうって思ってた。
でも、コイツはコイツなりに考えてるんだ。
「いいよ」
「え?」
「ここにいて」
「いいの?」

なんとなく。それでいいじゃない。
人を信じたり、そういうのってよくわかんないけど。
なんとなく、っていう曖昧さからはじまるんじゃないのかな。

「働いたことは、なさそうだけど」
「ない」
「バイトでも、見つけておいで」
「うん」

どう考えても、コドモとしゃべってる気がする。



「さて、と」

食べてていいから。
言い残して、自分の空になったコップを、水道に持っていった。


化粧ポーチをカバンから引っ張り出す。

「化粧なんて、しなくたって」

ファンデーションをつけ始めたとき、ゴハンを食べ終わった。
ミルクに口をつけながら、私の手元を見ている。

「そういえば、早起きだったけど。ちゃんと眠ったの?」
「眠れた」
「床で?」
「平気。タオル敷いたし」

ベッドを貸そうかとも思った。
でも、コイツ一応オトコノコだし。

「今日も、遅くなる?」
「かもね。わかんないな」
「ゴハン、買ってくる。何がいい?」

パンはもうやだな。
それに、たぶん外で食べてくると思うし。

「作れないの?」
「作ったことないんだ」
「いらないよ。自分の分だけ買っておいで」

どうも、コドモ相手の口調になっちゃうな。
外観がそうだからかな。
それだけじゃない、きっと中味も。
ミルクだしね。
久しぶりに飲んだな。

「なに笑ってるの?」
「いきなり泊めてくれだし、頬っぺたぺんぺんして起こされるし、ミルクだし」
「わけわからないよ」
「こっちのが、わけわかんない。どうしてこんなことになっちゃったんだろ」

常識、ってカンゼンに崩壊してる。コイツの前じゃね。

「ちょっと早いけど、行くわ」
「出勤?」
「そう。働かなきゃ食ってけない」
「がんばれ」


がんばれ、か。


聞かない言葉を耳にして、新鮮さをかみ締めた。
ヘンな同居人。














付き合うならゼッタイ、金持ってる人がいい。
あたりまえ。
ゴハンはおいしいし、服は買える。


寝るならやっぱり、あっさりしたヤツがいい。
ハズレでしつこいの、当たるときだってある。
面倒だから。そうなると。


好き嫌いで言えば、あんまし耳とか改造してないのがいい。
口とか、ピアスあけすぎてると、カチカチ当たるの。
それがいいってオンナノコいるけど、私はやだ。
そもそも、触られるのって好きじゃない。



でも、それでもやっぱし第一条件は
私をキモチヨク、してくれる人。






「クスリとかやんないの?」
「そっち方面、興味ないの」

さっき、言ったよな。
なに、引きずり込もうってわけ? やめてよね。
一回やったことある。
気持ちいいどころか、気分悪くて。
もー二度とやんないって思った。

「きっと合わなかったんだよ。俺のあげるから、やってみ」
「ぜったいイヤ」

やっぱ、連れ込もうとしてる。

見た目、話し方。
結構さっぱりしてると思ってた。
けど、今回はハズレ。



仕事終わって、いつものコース。
お酒飲みに行った。
そこで会った男に、カクテルごちそうになって、パスタも。
それで私、釣られちゃったのかもな。


「も、帰る。クスリ、いらない」
「なんだよそれ」

やだな、完全に酒抜けた。
気分の悪さだけ、残してった。

なんだよそれ、か。私が言いたいっての。


「誘ってくれてどーも。でも、必要ないの」

罵声浴びる前に、殴りかかられる前にさっさと退散しよう。

「どういうつもりだよ、おい。やるだけやって帰るっての?」

意外。
反応早いな。
呆けて私が出るまで待ってるのかと思ってた。

「帰るって言ってる。何? クスリやんないから逆ギレ?」

バカまるだし。
見ててこっちが恥ずかしくなるわ。
よけい、酔いが醒めてきた。
逆に、アタマに血が上ってぼうっとしそう。

いいかげんにしてほしい。



「バカにしやがって」

言うのと同時に、私の腕につかみかかってきた。
やめてよ。痛いって。


「放して」

アタマ冷やせよ。
手首が痛い。
振り払おうとしても、握りこまれてて、離れない。

抵抗したのに余計アタマにきたんだ。
今度は、両手でつかみかかって来た。

「やめて」

声が引きつるのが、自分でもよくわかる。
背中を冷たいものが流れ落ちる。
筋肉がこわばってる。

「離し」

言い終わらないうちに、こいつ私の喉に手を掛けた。



殺される。

殺さないで。

いや。


死にたくない。



やめて。




やめて。




やめて。








蹴り飛ばしたのか、殴り倒したのか、わからない。
襲い掛かってきたやつ、吹っ飛んでいった。
床で、呻いてた。


私は上着を着ながら、ドアを派手な音で開け放った。

アタマ、ぐちゃぐちゃ。
あの男、私を探すかな。
次に会ったら、殺されるかも。
今度は本気で。

やめてよ、もう。


怖かった。
多少のことは平気なハズなのに。

こんなのって。






ウィンドウに映る、私のカオ。

「やだ」


泣いてる。


バカみたい。
そう。バカなのは私だ。

いつだって。
今の自分、こんな私にしたのだって、私のせい。





誘われて、殺されそうになった。
相手、興奮してたから。
そのイキオイで私の喉に手を掛けた。


叫びたかった。
でも息ができなくて、苦しくて。

心臓のどくどくしてる音、アタマの血管爆発しそうになった。
死ぬんだ、私。
いやだって思った。

コロサレル。

そう思ってたら、相手が気がついて
喉から手を放して、私を突き飛ばした。





昔のことだけど、未だに引きずってる。





それからだめ。
他人に触られたり。


愛なんていらないって、思ってた。


人間が、増殖しようとしてる。
その欲求が、愛と変換される。

即物的なのがイヤで、だから愛ってかたちで
ぼかしてる。
ごまかしてる。

結局は、その愛で、相手を縛りたいだけ。
種を増やすためのパートナーを、他にとられないように。

私は、いらない。
愛なんて、いらない。

ニセモノなんていらない。
薄っぺらくて、表面上だけの、そんなもの必要ない。



カラダだけ、あればいい。
カラダだけ、つながってればいい。

それに、理由なんて必要ない。
お互いに触れ合う必要もない。


どうしてかな。

なのに、どうして、こんなに胸が痛いんだろう。

喉をつかまれて、震えて、泣いて。
ひとりでいるのが、どうしてこんなに怖いんだろう。









この道。







アイツとあった道。
昨日のことなのに。
もういないかもしれないのに。



走った。
真っ直ぐ走った。
靴擦れしてる。
痛いよ。
イタイ。


ゼンブ、イタイ。




















「どうしたの! ぼろぼろ」
「ひどい?」

そんなに。
そりゃそうかも。
体を整える前に、飛び出したんだから。

「それに、手」


紫色になっちゃってる。
あいつ、思い切りつかんだな。
今頃じんじんきてる。


「シャワー浴びてくる。におうでしょ」

オトコのニオイ、ぷんぷんさせて。
なのに、コイツ、全然わかってない。

私がどんなことしてきたかとか。



たぶん。



「服、だしとく。Tシャツでいいよね」







全部、洗い流してやった。
石鹸大量に使って。
何だかいまごろになって腹が立ってきて。
あの男と、それに私に。

ハラ立って、どうしようもなくて、しかたないから
柔らかくなった石鹸を思い切り、床に叩きつけてやった。
跳ね返って、プラスチックの扉に当たった。

すごい音をたてたけど、アイツは来なかった。

わかってるじゃない。私のこと。
来てほしくない。
見てほしくない。
こんな私なんて。
カオなんてぐしゃぐしゃにして、しゃくりあげて、泣いてるなんて。






「すっきりしたね」

ようやっと、声が出せるようになって
バスルームを出た。
用意してくれた、Tシャツ。
キレイにたたんである。
引き出しには、ただつっこんであっただけなのに。

湿った髪のまま、外に出た。
アイツが立ち上がって、テーブルに置いてたグラスに、氷とお茶
わざわざ手渡してくれるんだ。

胃に流し込んだ。
むせちゃったけど、目の前でコイツ、見てるだけ。

また、無性に泣きたくなって。
うつむいたまま、水滴がこびりついたグラスを突き出した。


「眠い」
「だろうね。お疲れさま」

何も、聞かないんだ。
ぼろぼろの、理由。

「今日は、私も床で寝る」
「イタイかもよ」
「イタかったんじゃない。タオル敷いてるからとかって、言ってたけどさ」
「あ」


やっぱり。
ムリしちゃって。

思わず、口が緩んだ。
それを見て、コイツも笑った。

「大丈夫。こうすれば平気」

ベッドから、布団をずり下ろした。
タオルもあるし。枕は、今日はいっか。

並んで寝転ぶ。

天井が抜けてて、星空が見えたらもっとよかったのに。
ハンマーとかでさ、ばーんとぶち抜いて。

そしたら、毎日星空だ。
なんて、どうでもいいことばっか考えてる。

「やっぱ、硬い」
「ベッド使えばいいじゃない」
「いいって。今日は床がいいの」
「そっか」

うれしそうに、言ってくれる。



手に
私の手に、温かいものがかぶさった。


コイツの手だ。


あったかい。


カラダ、重ねなくても、こんなに温かいんだ。
人のカラダって。


ただ、手だけ繋がって。
それだけで、こんなにうれしいんだ。


もう、怖くない。




「明日、服買いに行こう」

暗闇の中、灰がかった天井を見上げたまま、言った。

「持ってないんでしょ?」
「うん」



ねぇ、一度しか言わないから、よく聞いてよね。
ホントに、滅多に言わないんだから。



「ありがとう」


その日に会って、その夜にカラダをつなぐより
昨日会って、今日手をつなぐ。


そのほうが、幸せだと。
この瞬間が、幸せだと、思った。



だから、ありがとう。



「こっちも、ありがとう。いっしょにいてくれて。側にいさせてくれて」
「うん」

お互いに、言いあったありがとう。
短い言葉。
話したいこと、まだあるけど。
また明日がある。

朝、目が覚めたら目の前にいる。

それが、うれしい。


まぶたが、重くなってくる。








私は、静かに重なっていた手を

握り返した。







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