Silent History 188





通りを横切り、洒落た街灯が等間隔に闇を刻む歩道を行く。
鉄柱が深緑に塗装され、柔らかい光を放つ電灯の種子を花のがくが下から抱え込んでいるような形状だ。
大きなガラス張りのショーウィンドウに、電飾を押さえた落ち着いた街並み。
並ぶ品々も、ポーズを取っている服も、高級そうな一角だった。

荷物がかさ張る、むさくるしい行商人風の旅人三人を引き連れて、紳士淑女が行き交う街中を悠々と紳士は歩いていく。

やがて歩みを緩め、三人に目で到着だと合図した。
彼が先行し、服屋の中に入る。

「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
そっと迎えに出たのは背筋が伸び、立ち姿の美しい初老の婦人だった。
上品な黒のドレスが縦に長いシルエットを引きたてている。
足運びは滑らかに真っ直ぐで、舞踊のように軽やかな手の動きだ。

「大人数で押し掛けて申し訳ない」
「お店が華やかになって嬉しいですわ」
「服をいくつか見繕って貰いたい」
そのような話を一切聞いていなかった三人は驚き、一斉に紳士へ視線を突き刺した。

「よろしいので?」
穏やかそうな婦人が素早く雰囲気を察した。

「その格好では動きにくいだろう」
布袋を肩から提げて、防寒を重視して機能性とファッション性には乏しい。
その上、その格好では洒落た喫茶店にさえ踏み入れるのを躊躇する。

「上がらせてもらってもいいかな」
階段を指し示した。
婦人はカウンターへと振り返り、店員を一人呼び出すと一階フロアを任せて二階へと案内した。

「荷物はそちらのテーブルへどうぞ、上着はこちらでお預かりしましょう」
コートハンガーへと丁寧に吊るしていく。
二階はギャラリーのように、壁三面に服が張り付いて掛けられている。

「かなり良いお品をお持ちですね」
滑らかな手触りの生地。
軽くて温かいコートを皺がいかないよう肩を合わせて整えた。

「道々で買い足していったものだから。なるべくしっかりした素材のものをとは選んできたつもりだが」
タリスが話の先頭に立った。
その町にあるもので、防寒と着心地を最優先にしたために、ファッションとしてのバランスを殺している部分もあった。

「どのようにお選びしましょうか」
「好きなのを選ぶと良い。彼のもとからの客人だ、礼を尽くさねばならない」
彼と知り合って数十分しか経っておらず、彼の好意を素直受け取るには重すぎた。

「金銭に関しては問題ない。ただ」
ファッションセンスというのは各地方において、風習や土地柄というものがある。
目立ちすぎぬようにと、注文はそれだけだ。

「警戒もやむなしだろうから、一つだけ注釈を。彼女には神徒の血が入っているのだよ」
「ごく薄く、ですが。店の者も知りません」
微かに微笑んだように見えたのは、互いの警戒心を少しでも緩和しようとする努力だ。
彼女も、また彼女が神徒であることを知っているこの男も、事実が露見すれば大事になる。

「人は誰しも秘密を抱えて生きるものです」
彼女の好意とラナーンらに向けられた敬意に応じねばならない。
アレスはラナーンへ確認の目を向ける。
元より、ラナーンはアレスに事の扱いを一任しているので、頷くほかなかった。

「まずはあなたが知るリルの情報を知りたい。リルが何をあなたに求めたのか。我々がすべきことは何なのか」
アレスはリルに導かれたにすぎない。
先方のカードを見てから、こちらのカードを見せる。
この地は完全にアレスらにとってアウェイだ。
状況を把握し、最善のカードを切らねばならない。

「タリスはそちらの女性と、服を選んでくれないか。俺たちのも任せる」
「心得た。さて、お願いしてもいいだろうか」
タリスは店主とともに壁に並ぶ服の列へと踏み出した。

「ご滞在期間は?」
「決めていない。決まるにしても、あそこにいる大きい男が決めることになっている」
「服を換えたいときにはいらして。協力はさせていただくわ」
「ありがとう。ところであの男とはどういう繋がりなんだ? 客と店主か、と踏み込んで訊くのも失礼か」

「私と同胞とを繋ぐ方、私と世界を繋ぐ方です。哀しいことに、私たちは誰かに頼らずには生きていられない」
「あなたの歴史を聞きたい。そうすれば私が見てきた神徒の話を聞かせてあげる」
タリスは服を引き出した。
淡色のスカートを鏡の前に持ってくる。
裾を摘んで広げてみたのは、脚の可動域を計算したからだ。
ずっとパンツ姿だったが、たまには趣を変えたい。

「あなたはいつ自分が神徒と知った? 生まれたときから、あるいは気付かされて?」
「生まれたときからです。私の娘も、息子も皆、自分の血の歴史を知っています」
彼女の子どもは、隠れ住む神徒とその保護者たる仲介者の紳士に預けられた。
客観的に、周囲の環境と状況と経緯を学ばせ、各々一人立ちするにあたっては、紳士が介添えをした。
その血の意味、物語を語るのは母である彼女の役目ではあったが、語るには酷な話だった。

「息子は今、ディグダに」
「ディグダ? なぜそんな遠くに」
「村があるのです。ディグダが管理する」
「しかも直轄だと?」
声を絞るに必死だった。

「本人が望んだのです」
ディグダにも当然神徒が住んでいるのは知っていた。

「しかしディグダ管轄の村って、どういうことだ」
ディグダが親神徒派ではないのは確かだ。

世界は大きく二分された。
サロア神か神王か。
敗北神は急速に勢力を弱めたが、勝者側も世界をさらに二分割した。
それが現在のルクシェリース国シエラ・マ・ドレスタとディグダ帝国ディグダクトルだ。
各々、眠れる女神サロアと幼帝藍凌天を擁している。

「そこに興味があったのかもしれませんね」
「ディグダがやろうとしていること。ディグダの行動か。その神徒の一件は気になる」
話をしながらも、次々とタリスは服を取り上げては、部屋の中ほどの机に広げていく。
選び方に躊躇はない。

「悪くない。実際に後であの二人にも着せてみよう」
自分が選んだ服を身につけ、鏡の前で立って回ってみてからタリスが満足げに呟いた。

「鞄を見たい。流石にあの布袋は」
「ご用意いたします。そちらの長い」
「あれも三つ、誂えて貰えるか? あれが一番厄介だが一番大切だ」
「承知しました」
店主は腰から取り出したメジャーを両手で引き延ばした。






「リルが私のもとへやってきたのは、同業の者から聞きました。あるいは燻ぶっていた計画にようやく灯が入るやもと、仄かな期待とともに」
数年前の話だ。
リルが一人で各国を放浪していたときだった。
この街の一角に、高級娼館があるという。
神徒がその娼館に囚われていた。
救い出してやりたいが、手だてが無かった。
これまで何度となく足がつかぬよう人を介して身請けを試みたが、主人は手放そうとはしなかった。
リルは何処からか娼館の神徒の話を聞きつけてこの街にやってきた。

「彼とならば何とかなるだろうと」
神徒救出作戦など、共犯者選定も難航した。
そこにリルが飛び込んできた。
だが、神徒であるリル自身が娼館に潜入することなど不可能で、結局頓挫した。

「そこにいる神徒は何人?」
「三人と聞いている」
「リルはどうしようとしたんです?」
「単身で潜入し、神徒を連れ出し、保護しようとしていた」
「だがリルはできなかった」
「そう。単独潜入はあまりに危険だ。そもそもが神徒を捕らえる屋敷なのだから」
迷路のような構造をしている。
紳士らは後方援助はできても前線に立つには老いていた。
そんな危険な場所に、機敏に動けるからといってリルを一人で放り込むなどできなかった。
リルも一人では攻略できないと分かったのだろう。
他に協力を仰げる人材もなく、諦めるしかなかった。

「続きを聞こう。俺たちだってラナーンを失うわけにはいかないからな」

「娼館の奥、一角は厳重に扉が閉ざされています。ごく限られた人間しか踏み入れることのできない地帯です」
「良く知っているな」
「警備の人間がすでに潜入し、定期的に状況を伝えてくれます。その警備の人間にしても、隙を見つけられず手が出せない状態です」

「俺たち三人。人数を以てすれば可能だと?」
「作戦はこれから練ります。あなた方ならばきっと、隠密にことを成せると信じております」
「ひどい重石を乗せてくれたものだ」
アレスが腕を組んで顎を引く。
この仕事は果たして、リスクに見合う情報が手に入れるだろうか。
その計算を横から叩き落としたのがタリスだった。

「娼館だと? 私が娼婦で潜入か! 初体験に胸が高鳴る」
「却下」
「じゃあラナーンか? 女装か。厳しいと思うが」
「それも却下だ」
「じゃあ残るは」
「気持ち悪い想像をするな」
アレスがタリスを睨み付けるが、彼女は笑っているだけだ。

「アレスは老けているから客としてか」
「勝手に話を進めるな。話を詳しく聞く。何をする、しないもそれからだ」











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