Silent History 186





テーブルクロスを広げるように鮮やかに、紙が卓上を覆った。
大きな地図には細い線で模様が描かれている。
タリスは線を指でなぞり、一点で止めてからファランを横目で見上げた。

「今いるのはここだ」
タリスの押さえた箇所より右にずれた位置に指先を置いた。

「西方」
タリスの長い指が現在地点に置き直り、そこから左に流れる。

「西の空に竜は立つ、その意味は何だと思う?」
タリスがラナーンとアレスを視野に捕らえた。

「竜と契約がどうのっていってたな。リーファーレイと同じ種族がいるってことか」
アレスが先に口を開いた。

「竜、神王に容が似たもの? 神門(ゲート)って言ってた。神さまはそこにいる」
神王に似た姿をもつならば、力も期待できる。

「孤島、ね」
タリスの指が紙の上で跳ねる。
小さな粒を押し潰している。

「どれも島。西に浮いてる島っていっても、地図に描かれてる規模でこんなにある」
「まだあるだろう? 大陸の災厄をも」
「退けた国? 大陸の国ってルクシェリースかディグダか」
ルクシェリースも神徒の弾圧や布教を進めてきた。
ディグダもまた、西方にとどまらず各所に侵攻し領土を広げてきた歴史がある。
いずれも小国にとっては脅威で、事実災厄を被った諸国は無数にある。

「竜がどうのっていう言い伝えがある国は?」
「国の風土によるもので、外にいる俺たちが手にできる情報なんてたかが知れている」
顔を見合わせたラナーンとアレスから視線を外し、タリスが地図に目を落とした。

「絞れると思ったのに。うまくいかないものだな」
「竜の言い伝えについて、もっと情報が無いか調べてみようか」
打開策を出したのはファランだった。

「調べる策が?」
「リルに協力してもらう。人脈があるはず」
各地を旅してきたリルだからこそ、神徒の繋がりはある。
神徒の集団は他集団との交流を持たない。
芋づる式に押さえられるのを避けるためだ。

「神徒のあるところに神があり」
「確かに、この島々を手当たり次第に回るには恐ろしいほど時間がかかりそうだ」
タリスは地図の前で腕を組んだ。

「リルは?」
「まだ寝てる。起こしてこようか」
「いや、いい」
タリスは再び地図に目を落とした。
諸島へのルートを描き始める。
地図には破線で航路が記されており、諸島に繋がっていた。
破線が放射線状に集中している箇所が何点かあった。
ディグダとルクシェリースの先端だった。
タリスの目は地図の下部へと流れる。
懐かしの故郷、ファラトネスだ。
ファラトネスと隣に並ぶ兄弟島とも呼べるデュラーンからも破線はいくつも伸びているが、いずれもディグダとルクシェリースには直結していない。
二大勢力とは直接航路を持たず一線を置くというのが、ファラトネスとデュラーンを含めた南方諸国の方針だった。

「リルと繋がりがあれば、閉鎖的な神徒の輪にも入れるかもしれないっていう下心もないではない」
タリスはファランの顔色を覗き見た。

「あいつは条件を出すだろうな」
「何の条件?」
「直接訊くといい」






タリスが話の進まない地図を眺めるに飽きたころ、リビングの向うから足音が近づいてきた。
アレスはラナーンを引き連れ、市街地調査との名目で街に出てしまった。
部屋に拘束されて退屈が見え始めたラナーンを目敏く見つけて、気分を持ち上げるために外へ出た。
過保護というよりも扱いが幼児に対するそれと同じだ。
保護者も被保護者もそれに同じだということに気付いていないのが重傷だった。
それらはタリスは地図の前でまだ粘っていたときの話だ。


彼女は今、紙の上に殴り書いた島々の名前、それらから破線が結ぶ港の名前の上に頭を乗せていた。
ディグダの主要港も連なっている。
いずれは踏み入れる大陸だ。
恐ろしい国だと思う。
あっという間に大陸諸国を呑み込み膨れ上がった国だ。
しかしそれらの頂点には幼帝が座するという。
奇怪で暗幕の陰に潜むものが計り知れず、故に怯えた。
新興国とも言えるディグダの勢力は今や神を擁するルクシェリースに匹敵する。
神に対抗する力を有するディグダ、その強みはどこにある。
それこそが暗幕の核にあるものだとタリスは見た。

ルクシェリースからも破線が延びている。
偽りの神の国。
タリスらから神性が消えても世界からはサロアの神性は消えない。
数が真実だからだ。
信じるものが真実たり得るからだ。

「珍しく大人しいね」
足音の主はタリスの隣で止まり、机に半身をうつ伏せた彼女の横顔を見下ろした。

「悩ましい年頃なんだ」
「大いに悩め、若人よ」
爽快な寝起きで機嫌がいいようだ。
それでも皮肉に感じないのはリルの人柄だろう。
朗らかで、その容姿は美しい。

「綺麗なものだ」
「何が?」
タリスは答えず彼の顔を見つめた。

「タリスだってそうだろう」
「そうかな」
「これは。これが神徒ってやつなんだよ。良くも悪くも」
「隠れて生きてるんだな、そんな顔の人間たちが」
タリスの表現は無骨過ぎて繊細さに欠く。
だが、リルは気にしなかった。

「群れて生きていれば幸せだ。でもそればっかりじゃないから哀しいんだ」
「会ったのか」
「顔、洗ってくる」
タリスの肩に手を乗せてからリルは彼女から離れた。
ラナーンは幸せだ。
どこから流れてきた民かは分からないが、アレスに出会えた。
アレスがいる限り、ラナーンは生きていける。

タオルを首にかけながらリルが戻ってきた。
世話係よろしくファランが湯気の立った飲み物を片手に部屋に入ってくる。
カップは地図の端に置き、リルの横髪から落ちる雫をタオルで拭う動作までの一連が流れるように進む。
タリスはその滑らかさに感心した。

「アレスとラナーンを見ているみたいだ。ラナーンはだめだめだからな」
「それって遠回しにダメ人間って言われてるのかな」
「ファランを離しちゃだめって言いたいだけ」
タリスは筆記具を振りながら地図に目を落とした。
さてどこから攻めるか。

「神徒は神の側にある?」
「そうでないこともある。だけど神徒は、土を求める民だから」
「土って、確か聞いたな。生きる場所って理解でいいのか?」
「そう。依存って言われたらそうかもしれないけど。神は神門(ゲート)を守る。神門(ゲート)は土に立つ」
「神徒に会いたいんだ」
タリスが体を起こした。

「強い神に会いたいんだ」
「神徒なら神を知ってるって?」
「強い神はきっと神徒を守ってる。それだけの力があるって、考え方単純かな」
神門(ゲート)はことごとく潰された。
神もまた。

「神を知り、神の血を辿り、神を神の座へ据える。そうすれば世界は安定する」
ファラトネス、デュラーンの夜獣(ビースト)も治まるはずだ。

「アレスが神香を擦り付けられ追われる理由だって分かるだろう?」
なぜアレスなのか、アレスに何があるのか。

「西の空に竜が立つ。竜の契約って何だ? きっと、リーファーレイにも繋がる」
タリスはこういう靄がかかったのが一番嫌だ。

「何より私の好奇心が満足する」
それが一番の理由だ。

「そんなに会いたい? そんなに知りたい? 世界には、知らない方が幸せだったって思うことが転がってる」
「もう、引き返せないんだ」
重い声で呻くようにタリスが呟いた。

「たとえ引き返したところで、立っている場所はきっと違う場所」
「それは昔と同じではいられないってこと?」
「世界の仕組みを少し齧ったせいもある。それだけじゃない。ラナーンは神徒だ」
いずこから流れ着いた血。

「あいつ自身、その血をどう考えてるかはわからない。何か考えられるほど知ってもいないのが事実かな」
「それをどうにかしたいと思う? 黙っていてもきっと、知っている人間が見たら彼を神徒だと認めるだろう」
「どうにかするのは私じゃない。アレスが放っておきはしないさ。絶対に。神徒のことを必死になって探るだろう」
「神徒のこと」
「それが私たちの道となる。さっき、群れて生きられれば幸せといった。そうでないのはどこにいる?」
リルはタオルで口を覆った。
表情の変化を悟られまいとしたのだろうが、遅すぎた。

「私たちは神徒に会いたい。神の所在を知りたい。神門(ゲート)についても知りたい」
「行けなかったんだ、一人では。見捨てることもできなくて、でもどうしようもなかった」
「それは、ヒトに飼われた神徒のことか」
「虚飾を知らない口だ」
「知ってる。でも飾るより大切なことがある」
救う策など分からない。
居所を突き止めながらも、術を持たなかったが故に救いの手を差し伸べられなかった。
道を外れ、追いやられ、己の土を見いだせない神徒。
囚われ虐げられた血。

「すべてとは言わない。でも一人でも、どうか」
救ってやってほしい。

「導いてやってほしい。神徒の地へと」
「努力しよう」
リルは今夜一晩、時間がほしいと言った。
神徒の居所を記した紙片をタリスに託すことを約束した。

「ファランが道程については詳しい。要する品を揃えるのにも同行させる」
目指すは西方の孤島。
神徒を拾いながら、突き進む。











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