Silent History 181





森を再生しても、神門(ゲート)に神は宿らない。
世界を調整する者の座が空だからだ。

神門(ゲート)に宿る神々が、こちらとあちらの世界を、そこを流れる魔を調整するフィルターだとしたら、世界の中心に君臨していた神王は 世界の流れの調整者だった。
地を這い土に豊穣を与える地脈があるように。

神座は今や空席のままだ。
神王は消失した、と神々は感知した。
とすればそこに埋まるのは、神王妃が抱える神王と彼女の御子。
不可能と言われた神と人の子。
血が薄まっただけでなく、神王としての統治力はおろか、神の力を継いでいるかすら分からない。
それ以前に、その御子の血が現代まで継がれているかさえ定かではない。

「神王は封印された。それは神王のいる神殿でのことだろう? だとしたらその妃と子はどこに? 一緒に封じられたのか」
だとしたら、封魔の歴史書に神王妃の名が刻まれているはずだ。
その名は現代に残っていない。
だけでなく、神王妃の存在自体も消滅していた。
アレスは言葉にすることで脳内を整理しようとした。
だが踏み入れた森は深さを増すばかりだ。

「隠されたのか? 神王妃が人の子であったから。人間が正義で神王を黒の王にするために。だがそれでは」
「ああ。別に人間の裏切り者として晒し上げてもよかったはずだ」
タリスが加勢した。
彼女もいい加減、小石を拾って組み上げるような地道な作業に飽きてきた。

「神王は消えた。でも神王妃はそこにはいなかった。そこであったこと、彼女はどこに消えたのか、 彼らの子どもはどうなったのか、お前は本当に見えないのか」
「大神殿には神王に近しい者が集う。私より階位の高い者だ。知りたければ階位の高い者を探せ。あるいは三女神」
彼女らの神香を纏っているのだろう、と神は言う。
しかし会えるものならとっくに会っている。

「下位の神とやらには今までだって会ってきた。ちゃんと顔を合わせた。私たちの姿だって知っているんじゃないのか」
相手が追尾装置のように神香をアレスにつけて跡を追っている。
接触しようとしているとすればなおさらだ。
高位の神ならば、下位の神と顔合わせしたアレスらの姿は見えるはずだ。
どうして三女神は未だアレスに糸をつけたままなのか。

「私には三女神の意思は汲み取れない。彼らが思うこと、感じることを交感できない」
彼らがなぜ未だアレスらに接触できないでいるのかも。
あるいはしないでいるその意図も。

「ならば私にできることを私はしよう」
石像のように微動だにしなかった神の眼球が目蓋が震えた。

「神香を纏う者、前に」
三人が顔を見合わせたが、目が行き着いたのはアレスの顔だった。
視線に押し出されて神の真下に歩み出た。
神が身動ぎする。
アレスらを閉じ込めた石の箱が軋んだ。
天井で石が割れる音がする。

「崩落する!」
ラナーンが天井に向かって叫んだ。
神は肩を震わせ、体中に喰い付いた木の根を壁から引きずり出した。
蔦が千切れる音がする。
壁から土が剥がれる。
タリスの燈籠が荒れる、影を波打たせる。

「心配ない。地下隅々に樹の根が張っている。静脈のように」
肩を左右に突き出し、下腕が引き抜かれる。
生白い左手が土の中から掘り出されてアレスへと指先が近づく。
部屋中の軋みは鳴り止まない。
続いて右手も露わになった。
土埃が舞う中、アレスは逃げなかった。
両手はアレスの頬を掠め、首の後ろに回って抱きかかえるように彼を包み込んだ。

取りこむつもりか。
ラナーンは身構えた。
腰に下げた柄に手を添える。
アレスに危害を加えるつもりなら叩き切ってやるつもりだ。

神の顔がアレスの鼻先に寄った。

「なにゆえこれを求めるか。これを欲するならば私の目をお貸しよう」
神とアレスの姿に、タリスは目を一際大きく開いた。

「視覚で、アレスのカタチを見て、それを神香を通じて三女神と交信する、とか?」
会えるかもしれない。
三女神と接触すれば今までとは比べ物にならない情報が手に入る。
胸がざわつき興奮した。

「三女神が私の目が得た情報を拾うかどうかは彼女たちの意思だ」
「あるいは拾えるかどうか、だろう」
私はここにいる、彼らはここにいる、強烈な印象を記憶倉庫に投げ入れた。
神はそう説明した。
だが言葉にすると何とも味気なく粗雑な表現だ。

「人語をもっとヒトから吸収できれば、お前たちのイメージに沿う表現ができようが」
語彙を増やし、表現の幅を広げれば、より鮮やかに彩のあるイメージが構築できる。

「そうするにはあまりにヒトは短命だ。そして接触が薄かった。ヒトは多彩だ、そして儚い」
「知りたいと思うのか」
「お前たちと話をして、私は私が見えないことが多いことを知った」

「神徒と触れ合い、彼らが与えてくれた表現や彩を知った。彼らの死に触れ、彼らから得ただろう情報の喪失を哀しんだ」
「もう二度とその人たちとは出会うことが叶わない、その哀しみだ。その温もりも声も、あなたの言う表現の広がりや色彩も。それはヒトと同じだ」
アレスを囲いこんだ神の腕を、ラナーンが撫でた。
労わるように肩へ、そして脈のように浮きだした枝が這う頬へと手のひらを押し当てる。

「温かい? ヒトの温もりだ」
「ああ、覚えている。ここにいた神徒たちの温もりだ」
「森が再生し、神の子が神王の座につき、神徒がここに戻れば、きっと彩は戻る。そうなるといい」
神を探そう。
神の血を辿ろう。
神の子を探そう。

「きっと繋がる。三女神と」
「そう、願おう」
天井から砂が落ちる。
神は腕の輪を解き、目を横に流した。

「そこの竜の子」
リーファーレイが瞬きをした。

「魔の子。その血が交わした契約を覚えているか」
「契約?」
「竜の子らに伝わる血の契約だ」
「何も」
「ならばいずれ血が騒ごう」
親から子へと脈々と繋がるひとつの契約。
だが継がれることなくリーファーレイの両親はこの世を去った。

「西の空に竜は立つ。神門(ゲート)もそこに在る」
「西ってどこの」
「絶海の孤島。大国の災厄をも退けた国」
神の目蓋が伏せられる。

「地へ、土へ、引き戻されていく。意識が硬化していく。弔われた彼らと沈む。それも悪くはない」
「消えるのか? 神門(ゲート)はどうする」
ここにきて放り出す訳じゃないだろうな。
ちゃんと私たちが神の血を引くと言う誰かを引きずり出して神座に据えてやろうと決起したのに。
タリスが神を睨み上げた。

「消えはしない。神門(ゲート)は私の手中に在る」
「眠るのか?」
「しばしの間」
「三女神にでも接触できて消耗でもしたか」
神からの返答はなかった。
それを見るや、タリスはラナーンとリーファーレイの手首を掴み神に背を向けて走り出した。

「ここを出る! 走れ」
一気に通路を掛け抜けて部屋を横切り地上の光を目指した。

「いきなり、なんで!」
「崩落しないとは言っていたが信用できるか! あいつ自分のこと、分かってないぞ」
言った側からタリスの背後に石が落下した。
直撃すれば流血ものだ。

狭い階段にリーファーレイから押し上げて、ラナーンを叩き出してタリスも顔を出した。
最後にアレスが地上に這い出た。

「完全崩壊って訳ではないが、入らない方がいいだろうな」
アレスが入口に石板を被せ、リーファーレイに言い聞かせた。

「アレスに憑いてる神香とやらで、三女神と接触できたみたいだな。神香に当てられたか、神力を吸い取られたかでもしたんじゃないのか」
実際、その身に起こったのが何なのかさえ神は分かっていないようだった。
高位の三女神の意図で以てのことならば、己の身に干渉された何か、が理解できなくとも無理はない。

「最後にヒントはもぎ取った。次は西、だと? 分からないまま翻弄されるのも苛立つが」
タリスはアレスを横目で見た。

「分からない、というのは最大の確定情報だ。西の神はここの奴より高位ってことだ」
そう言いたいんだろう、とアレスはタリスに視線を返した。
タリスは少し満足げに微笑んだ。

「そろそろ三女神の神香とやらをふん掴んで胸倉を締め上げてやりたい。いい加減こそこそするなってな」
「宣戦布告、じゃないが。とりあえず俺たちの名札は三女神に叩きつけてやったんだろう。何かしら反応を見るしかない」
タリスは立ち上がった。
散々四人とも砂埃を浴びている。

「洗い流しに行こう。ついでに頭の中もすっきりさせたいしな」
タリスが砂を払って立ち上がった。











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