Silent History 179





映画のフィルムを切りとって繋ぎ合わせた目の前の光景は、どれもが人の目を通したものだった。
しかしどれもが違うアングルで映っているため、それらはいずれも別の人間の目に映ったものだとわかった。
女性が微笑んでこちらを見上げている。
腕の中には生まれたばかりの子どもが女性の胸にしがみ付いていた。
これは女性の夫の目だ。

切り変わり、小さな白い背中を追い掛けている。
目の前を行くのはスカートを翻しながら駆け抜けていく友人だ。
大人の脚を木々を縫うように走り、友人の肩に手が届きそうになったところで映像は切れた。
子どもの目だ。

この廃墟のそこかしこに記憶が埋まっている。
それが何の拍子か、アレスによって芽を吹き、読み解かれた。

何気ない日常があった。
平安があった。
笑い、時に泣き、祈り、外の世界と何が違うと言うのか。
この穏やかな世界を潰してしまうほどに、それまでに疎ましかったか。

一人の少女がこの場所を知り、神徒がいると声を上げた。
愛憎が破滅を招いた。

人の目というのは残酷だ。
そこに当人の言葉や感情は乗らなくとも、生々しく映像だけが切り抜かれている。
紛れもなく、ここに生きていた現実だ、時間の一編だ。
断裂した歴史の一頁。

穿り返したところでいいことなんてあるはずがない。
哀しい歴史なら、墓穴深くに鎮めておくべきだとも思った。
しかし触れてしまった以上、最後まで見届けなくてはならない。
何より、ここにいた彼らが、彼らが生きた証を示したいのだと叫んでいる。




アレスの足は引っ張られるように裏庭に回った。
さまざまな花が群生し、色鮮やかな花畑になっている。

「ここはほどんど手をつけてない」
「自生してるのか」
強い雑草が蔓延っていない。
手を入れなければすぐに背丈ほどの草に、か細い花など呑まれてしまうというのに。

「ここは触っちゃだめな気がして」
「確かに、それは外れてはいない」
アレスが花畑に足を突っ込んだ。
リーファーレイは一瞬怯んだが、彼を止めようとはしなかった。
タリスとラナーンもリーファーレイに並んでただアレスの行動を見守っている。

アレスの動きが止まった。
掻き分けた花の隙間から、腰を屈ませたまま三人を振り返った。

「白の花は、神への供え物だった。神楽女って知ってるか」
「かぐらめ?」
「神に仕え、神のために舞う。ここにいた神楽女たちは薄絹を手に、白の花の中を舞っていた。その花がここにある」
一番に乗り出したのはタリスだった。
アレスの肩ごしに白い花が群れるのを覗き込む。

「いい匂いだ」
主張しすぎず、仄かに香る。

「白い花弁、黒の花糸」
ここにはもう神楽女たちも彼女たちの舞いも拭い去られている。
リーファーレイも花を踏み分けてアレスに近づいた。
ラナーンも続いて花を避けながら進んだ。

「その石は?」
「墓標か」
アレスは頷いた。

石板には根が土に縫い付けて蓋をし、絡み合った茎が覆い隠していた。
それらを掻き分け、引き千切り、石板を露出させる。
土と石との間に指を捻じ込んだ。
左手で地面を押さえつけ、右手で石板を剥いでいく。
何百年に渡る癒着が、封印が解けていく瞬間だった。

「もっと大きな石が埋まってるのかと思った」
石板の厚みは、タリスの親指の長さ程度のもので、持ち上げるには重いが、
アレスで簡単に動かすことのできる重量だった。

「さて、動くか」
石板の下にあったのは石板だった。
今度は手前から逆手にして石板を上に押し上げる。
砂を磨り潰しながら、石板はゆっくりと口を開いていった。
順手に持ち替えると、一気に石板を上へと押しこんだ。

「階段だ」
ラナーンは小さく声を上げた。


「墓穴を荒らすなんてどうかしてる」
だがアレスの頭痛はここまできてもまだ残っている。
中に入れと促されているようだ。
それはタリスも同じく感じていた。

「何か、どうぞお入りくださいと言った風に綺麗なもんだ。しかも」
タリスが鼻を鳴らした。

「黴臭さがほとんどない。どうなってる?」
「本当だ。百年単位で昔の話なのに、苔も黴も生えてないし、何も臭わない」
奥にガスが溜まってて、突入したはいいが全滅ってことはないだろうな、とタリスが苦笑した。

「俺が見てきて、安全なら呼びに戻る」
「灯りはどうする」
「見た限り一本道だ。壁を伝えば何とか」
「いいよ。私も同行する」
「いや、お前は」
「遠慮するな。岩に頭をぶつけたら大変だろう? その顔が潰れたらラナーンが悲しむ」
「どういう理由だ」
「洞窟探検なんか久しぶりだな」
言いながらアレスの横をすり抜けて階段へと体を滑り込ませた。

「おい勝手に」
アレスが穴に叫んだその先で、灯りが煌々と点った。

「ラナーンとリーファーレイはここで待機。拙くなりそうならすぐに引き返すから」
言い残して勝手気ままに驀進するタリスを追った。




リーファーレイと顔を突き合わせながら、数分耐えた。
そろそろか、まだか、と痺れをきらし腰を浮かし始めたとき、奥からタリスの呼び声が聞こえた。

「ラナーン! リーファーレイ! 大丈夫だ!」
呼びに行くのが面倒なのかタリスが声を張り上げていた。
駆けこむようにラナーンが穴に飛び込んだ。
奥では明るい光が二人を迎える。
タリスが右手を振り、天井に向けた左手の上では炎の玉が回っている。

「便利でいいな」
正直にラナーンは思った。
ラナーンの術など、剣に水膜を張るくらいのものだ。

「ラナーンの術だって、刃こぼれの心配しなくていいだろう?」
誉められて機嫌のいいタリスは火の玉を手中で躍らせながら高く照らした。

「意外に広いんだな。天井が、アレスでも余裕だ」
アレスが手を伸ばして指先が届くほどだ。

ラナーンの横でリーファーレイがタリスに歩み寄り、興味深げに火の玉に見入っている。

「石の扉だ。ラナーン、右側を開け。アレスは左側」
両開きの扉に二名を配置すると、タリスが指揮を執る。

「開門」
扉がぎりぎりと音を立てて地面を引っ掻く。

「嘘だろ、開く、なんて」
歯を食いしばり、息を継ぎながらラナーンは両手で石の扉を体重を掛けて後ろに引いた。
扉を開き切ったアレスが、ラナーンに手を貸し右の扉も全開する。

「はい、お二人ともお疲れ様」
タリスが扉の前に進み出て、手を翳す。
灯りが前方の広間を照らし出す。

「うん、暗いな」
言うと、空いた右腕を指揮者のように大きく前に振った。
火の玉が前に飛んだ。
広間で風に巻かれるように円を描きながら上へと巻き上がっていく。

「すごい、すごい」
リーファーレイが喜んだ。

「誉めていただいて光栄だけど、注目するべきはそこじゃない。奥になにか、いる」
ある、ではない。
タリスがそう言ったのは、それが人型をしていたからだ。
火の玉は二つに割れ、大人しく地面で燈籠となった。

正面の壁一面に張った蔦、その中央に人が埋まっている。
一瞬、死体かと思いぞっとした。
しかしよく見れば肌は滑らかで、枯れてはいない。

「神像?」
両腕を広げたその手に蔦が羽のように融けている。

「私は人が造りしものではない」
目を閉ざしていた像がゆっくりと目蓋を持ち上げた。

「なるほど、神か」
そう言えてしまうほど、いろいろな現実を目の当たりにしてきたのがアレス自身も驚きだ。

「頭痛の犯人はあなたか」
「私は誰へも接触はしない」
「だとしたら神徒か。ここにきて痛みは消えた。けどそんなことはどうでもいい」
アレスが広間を突っ切り、神の前に顔を突き出した。

「ここは一体何だ。神徒が俺の頭の中に叫びを叩き込んでくる。それを聞いてやらなくてはならないらしくてね」
「ここは窟と呼ばれる」
「神徒がいない」
「彼らはこの奥に眠っている」
「この地を守るために神徒たちが犠牲になったのに。守られるはずだった神徒たちがどうしてここに?」
「人は減り、紡ぎ切れなかった命はここに還る」
「どういうこと? つまり」
「種は絶えた。ここの人間の大半を失い、残ったわずかな神徒たちに繁栄を委ねた。でも結局は。そうだろ?」
アレスの静かな問いかけに、神は真っ直ぐに彼を見た。

「二つの願いがあった。片方は潰えた」
種は立ち止まり、消失した。

「もう一方は叶えられた。ここの土は何者にも侵されず、私もここに在る」
「あなたは彼らの命がここで消えて行くのを見たのか」
「見ていた」
「何もしなかったのか」
「私が人に与えられるのは土の豊穣だけ」
「ここを潰そうとしている人間を、追い払ったり遠ざけたりすることとか」
ラナーンが勢い込んだが、神は静かに彼らを見つめた。

「彼らの願いを、お前は見たか?」
祈る神徒たちは見えた。

「彼らが遺したものを見ていくがいい。彼らは弔ってくれるものを呼んでいたのだから」




アレスらは地下室の端から端まで歩いていった。
驚くほど広い地下室と地下道が広がっている。
ひとつの部屋を見つけた。
他よりも間口が広く、装飾が施されている。
施錠されることのない木の扉を押し開き、中に入った。
中は机があるだけで他に何もない。
蝋燭立てがひとつ机の上に載っているのが分かった。
周りを見回せば十を超える石板が壁に埋まっていた。
タリスが近寄り、一つ一つのプレートに顔を寄せる。

「名前だ」
ちょうどタリスの目の高さに埋め込まれている。

「なるほどな。ここは」
アレスが顎を引いて目を瞑る。

「墓標だ。ここに神徒が眠っている。一人亡くなり、二人亡くなり、その度に壁に埋めていったのだろう」
腐臭もしなければ土が崩れることもない。
清浄な空気が隅々まで満ちている。
地下窟自体密閉されているのに、酸素は満ちている。
神の恩恵だ。

「神は、死を司っていたんだな」
アレスらは奥の部屋へと向かった。
壁一面本棚で埋まっている部屋だった。
遺体が埋まっているその隣が図書室のように本が並んでいる。
奇妙な光景だが、劣化することなく時を止めた書籍の一つを手にし、アレスが開いて納得した。

「彼らが生きた歴史が刻まれている。その隣で歴史の終焉が眠る。何とも、言い難いな」
「なあ、アレス。彼らが守りたかったもの、どうしてお前を引き寄せて何としても伝えたかったこと、分かったよ」
タリスは本を開いたままラナーンに手渡した。

「戻ろうか、神のもとに」











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