Silent History 171





細い声で愛を奏でる。
いくら鳴こうとも、いくら歌おうとも、この狭い檻のなかでは温もりは得られないというのに。

そこがたとえ絶望の淵であっても。
私たちは愛を求め続ける。

鳥を檻に閉じ込めた奴らはその歌を知らない。
古い言葉の意味を読まない。
ただそのか細く透明な声の心地良さを愉しむだけだ。
誰にも届かない声。
誰の手も受け止めない声を、喉が擦り切れても鳴き続ける。

胸が締め付けられ、息が詰まる。
口を塞いでも、目を閉ざしても、涙は熱く伝っては冷たい床を濡らす。
足の枷が外されるのは、その名を呼ばれる時だけ。
枷など付けなくとも、逃げようとすら考えない者ばかりだ。
そうして彼らは貪られ搾取される。
おぞましい光景を思い、寒さに震えた。

枷の鎖が床を這う、その痛々しい音に耐えきれず踏み出せなかった一歩を押し出した。
靴の裏で砂を擦り潰す音に、声は鳴り止んだ。
怯えて引き攣る表情から目を反らさず、なるべくそれ以上恐がらせることのないように歩を進めた。
胸の中に太鼓があるようだった。
薄く水の溜まった床の上で、爪先が黒い水を跳ねる。
白い綿の裾に染みた。
最初の一言は何としよう。
震えるこの唇から何を出そう。
鼻の奥が引き攣ったように痛んだ。
誤魔化すように唇を引き結んだ。

袖の端から鍵の環を取り出す。
一つは檻に、一つは枷に。
金と繋がりを積み上げての対価だ。
鉄鍵を回す、その音が重い。
裾を払い、腰を屈めた。
小さい入口に潜り込むと、見上げる彼と対峙する。

手を持ち上げると、顎を引き目を細めた。
逃げず、抵抗もせず。
何とも弱々しい。
脆く、儚い。
手を伸ばし、青白い頬に触れた。

彼が流す枯れた涙の代わりに、止めどなく頬を熱いものが伝っては落ちた。


胸が、痛い。
頬が、熱い。

リルは目を開いた。
目の前に、酷く哀しげなファランの目があった。

「どうか、したの?」
まだ意識の半分は夢の中に溶けたまま、リルが掠れた声でファランに問いかけた。

「どうかしたのはお前だろう」
言われて米神から耳に涙が伝っているのが分かった。
ファランの指が濡れた頬骨をなぞる。

「夢でも、こんなに哀しい。こんなに痛い」
顔の上に乗る優しい指にリルは指を絡ませた。

「夢は夢で消えてしまうのに。どうして痛みは現実に持って帰ってしまえるんだろうね」
両腕を伸ばし、ファランの耳を掠めて首に絡ませた。

「話せば楽になるのなら」
「こうして側にいてくれるだけで、痛みは薄まるよ」
腕の環を狭めていった。
腕の中にぬくもりが溢れる。

「あの子を見たんだ。もっとたくさん哀しい子たちはいたけれど」
「他は仲介者に話をつけてやってたから。直接お前が手を差し伸べたのは、そいつだけ。だからこそかける情も深いんだろう」
「幸せであってほしい。もう、悲しくて辛くて痛いことなんてなければいい」
ファランの首筋で、リルが頷いた。

「お前が認めた人間だろう。二人を信じてやれよ」
「信じてるよ。でも過去は消えないんだ。記憶は痛みとともに残り続ける。澱のように、心の底にずっと」
「だとしても助けてやれる。そういう奴を選んだんだろう」
「私が選んだんじゃない。彼が私に願ったんだ。私は、その手伝いをしたまで」
「だけどそいつらは救われた。会いたいか」
「うん」
「会いに行って、確かめたいか」
「そうだね。でも今は、ファランとリンカと一緒にいたい」
心地良いんだ、この場所が。
リルが珍しく素直に言った。

「寂しいのは、もういい」
出会いはあった。
しかし一人の旅は、辛いことが多かった。
もとより、古傷に触れるための旅だから仕方のないこと。
自分で選んだことだ。

「私も、私の居場所を見つけるときだ」
「自分の土は、自ずと見つかる。それが、神徒なんだろう?」
生きるべき場所を見出す。

「まだ朝は遠い。ゆっくり休め」
「ファラン」
「どうした。まだ泣いてるのか」
ファランの肩の下に顔を埋めて、リルは深く目を閉じた。
昔から変わらない、懐かしい匂いが眠りを誘う。

「あったかいね」
子どものように、小さく声を上げて笑った。






リルとファランが手際良く、瞬く間に野営を片付けた。
防水布のテントは暖かく、空気を流して焚き火をすれば煮炊きは自在、いつもと趣の異なる快適な一夜を過ごすことができた。
朝食は穀物に炙った肉と野菜を添えたものだった。

夜獣(ビースト)に怯えることもなかった。
リル曰く、ここはまだ夜獣(ビースト)の出没は少ないらしい。
その上、ファランがちゃんと備えていると言う。
先に食事を終えたファランが一回りしてくる、と席を立った。
他の四人も一息つき、リルが火の始末を始めるとファランが袋を手に戻ってきた。

「これだよ」
ファランの手から袋を預かると、リルが床に袋の中身を広げた。
代わりにファランが火の始末に取り掛かる。
床に散らばったのは美しく透き通った石だった。

「宝石? いやこれは」
タリスが摘み上げて目の前に翳した。

「結界石。ほら、ラナーン」
陽の光に透かしてラナーンの目の前に持ち上げた。

「すごいな。こんな純度の高いものって。ファラトネスで作れる?」
「難しいな。まるで水晶だ。ファラトネスも魔石製造はデュラーンとともに力を入れている分野だが、今の技術力ではやはり白濁が混じる」
飽きることなく陽光に透かし、観察し関心しきりだった。

結界石の品評会に花を咲かせているうちに、ファランが綺麗に片づけてしまった。
荷物は驚くほど小さく纏まり、食糧が各人の腹に収まった分、多少荷は軽くなった。
昨夜は良く眠れ、美味い食事の後ともあって足取りは軽かった。
足場の悪い道を想像していたが、道幅は狭くとも草や土の上は歩いても疲れにくかった。
景色は林道に川縁と、目まぐるしく変わり景色に飽きることはなかった。

道は獣道。
人が頻繁に通った後はなく、リルとファランがいなければ迷っていただろう。
細い道も迷うことなく進んだ先に、ようやく建物らしいものが見えたのはその日の夕方に掛かったころだった。

「雨が降らなくてよかった。足を取られて鈍ると、真っ暗な中を進まなきゃいけなくなる」
石造りの古い教会のような建物だ。
質素だったが造りは強固で、年代を感じさせた。
アレスは石組に手を沿わせてみたが、その接着面の繊細さ、石切り技術の緻密さに驚いた。
堅く質のいい石を使っているのか、風化は軽微だった。
十数本の柱が支えるファサードには、上から布を被せたように蔦が絡みついている。
鬱蒼と茂る木々は寄り掛かるように館に身を寄せ、断片から汲み取れる建物の造形美は隠されていた。
飾り柱に挟まれたバルコニーからは、髪を結い上げた嫋やかな婦人が今にも現れそうな様相だった。
脚に絡む裾を持ち上げ、風に乗るようにふわりと白い手を石造りのバルコニーに乗せる。
上品な顔は透き通った空を見回して、ふと気付いたかのようにこちらを見下ろす。
ちょうど、あの窓から。

ラナーンの想像は現実と重なった。
柔らかな布が風で煽られて、羽のように広がった。
そこにいるのは妖精か何かかとすら思えた。

リルが手を上げる。
それに応えて、絵本の中にいるような貴婦人が微笑みながら腕を持ち上げた。











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