Silent History 170





気がつけば大所帯での出発となった。
物資はルート案内のリルの方で買い揃えてくれた。
水と食糧。
他に荷はラナーンたちが持ってきた物たち。
人員はというと、ラナーンら三名と案内役のリル、それに加えてファランも隊列に加わる。
荷物持ちと護衛に。
リルはそう説明した。
総勢五名で街を出た。

「じいさんとの約束でね。旅には出させてやる、ただ帰ってきたらファランを側に置くことってね」
ファランはよく働いている。
重い荷はファランとアレスで引き受けてくれるので、他の三人は身軽で済んだ。
距離を置いていても、リルの方へ注意を向けている。
実に献身的だった。

「あの小さい子のことも?」
「リンカ? 物心ついたときから私といるし、一人か二人は子どもを頼まなくてはならなくなる」
「好きとか、そうじゃないとか、そんなの関係ないのか?」
「ちゃんと、理解はしてもらうよ。嫌がるのを無理に娶らない」
彼らには彼らのしきたりがある。
慣例、文化、風習、それらを外部の人間が捻じ曲げるのは許されない。
街をぬけて石畳の道が続く。

「旅の話を、聞いてもいいかな」
「そうだね、きみには聞く権利があるかな」
「いろんな国を回ったのか」
「ディグダに行った」
聞いてラナーンの心が跳ね上がった。
彼女の、祖国だ。

「どんな国だった」
「風の多い、広い、大きな国だった。人も、物も、寄せ集まってた」
リルは目を閉じた。
記憶を手探りする。

「平和なのか」
「きれい、だけど混沌」
「どんな感じだろう」
リルの単語を繋ぎ合わせても形になるにはまだ遠い。

「脆いんだ。だから不安定」
「あんな大きな政府があるのに? ディグダクトルって帝都っていうくらいなんだから、それは大きいんだろう?」
「巨体を支える骨組みにも限界がある。逆に言えば、崩れる前に立て直せる、今がそのときだと思った」
なんて、素人が政治なんて簡単に分かるもんじゃないけど、とリルは真剣な目を緩めた。

「他には」
「ルクシェリース」
「聖都は? ええっと、シエラ・マ・ドレスタ?」
「行った」
「サロア神、は。何か、聖都に変化は?」
言いながら、ラナーンは斜め前で荷物を担ぐアレスの頭を見つめた。

「特に何も」
「広い国だろう?」
「うん。でも、狭苦しい国だった。上品そうな顔をして、やっていることはえげつない」
軽い口調だったが、本心のためか目が笑っていなかった。
心底軽蔑しているのだと、空気がラナーンの肌の上を焼いた。

「どんな」
「聞きたいの?」
リルは歩調を落とした。
タリスとアレス、そしてファランから距離を取る。

「人身売買の話は」
「聞いてる」
「居場所の契約というものがある」
リルは空を仰いだ。
ここの空は澄んでいて美しい。
頬を撫でる風は僅かに冷たくもあったが、気持ちを締める心地のいい冷たさだった。



神とともにあり、神を拝する、信心のようなものだ。

それは歴史だった。

神のもとこそ彼ら神徒の居場所であり、契約は交わされていた。
神はそこに在り、我もそこに在る。
土と神と人との契約だった。

それにはラナーンも頷いた。
神は神門(ゲート)を守るもの。
神門(ゲート)は土に根差すもの。

「我々は居場所を奪われた。我々は神を失った、土を失った、契約を失った」
神と土から引き剥がされた神徒は彷徨った。
新たな居場所を求めた。

「私たちは自分の居場所を見出すのではなく、そこを、自分の居場所とするんだ」
ラナーンにしてみれば、それらに大きな差異は見当たらない。
誰しも安定を求めるものだ。

「それが最悪の地であっても」
リルの言葉が耳のどこかにひっかかり、ラナーンの顔色が曇った。

「売られた神徒は逃げない。抵抗心が薄いんだよ。その理由が」
「状況を受け入れる。その地を自分の居場所とするって?」
「ルクシェリースは、敵である神徒を虐殺した。あるいは蹂躙した。値の付きそうなものたちは売られていった」
その先にあることは、ラナーンにもおぼろげながら想像できた。
神徒の血が流れているかと思うと、自分もそういう道を辿りかねないのだと思うと、寒くなった。

「私は伝を頼って踏み込めたある娼館で、その子を見つけた。そこは独房だった」
いや、それよりも酷い。
奴隷よりも扱いは荒い。
生かさず殺さず。
神徒は敵であり、人ですらない。

冷たい石の床の上で、彼は震えていた。
次に引き摺り出されるのを日々恐怖していた。
彼の独房に埋まる鉄門の錠が回った時、引き攣った顔が扉の向こうから現れた。

それを見て、リルはすこし安心した。
彼はまだ、生きている。
生に執着している。

協力者の手を借り、可能な限り神徒を解放した。
一番の頼まれごとの彼の細い手を引いて立ち上がらせた。

ずっと、きみを探していたひとがいるよ。
きみに、あらたな契約の地を与えよう。

彼はリルの腕の中に飛びこむと、彼を縛り付けていた独房に別れを告げた。



「その人は?」
「神門(ゲート)の守り人というのがいてね。じいさんもその一人なんだけど」
神門(ゲート)には緩衝地帯である森が必要だ。
ヒトととヒトならざる者との境界。

ヒトとヒトであってもそうだ。
近づき過ぎれば摩擦が起こる。
種が違えばなおのこと。
大切なのはその距離だ。

樹を植え、森を守る。

「彼のもとに預けたよ。腕の刺青、所有された神徒の証は消えないけど。過去も、記憶も消せないけど、新しい記憶で埋めることはできる」
そう、リルは信じている。

「戦いは、昔の話じゃないんだ。今も、神徒は泣いている」
そんな悲しい神徒を増やさないためにも。
リルはラナーンの肩に手を乗せた。

「きみはきみの場所をみつけた。大切なものが何か、知っている。契約は履行されている。その契約、手放さないことだよ」
「契約?」
「別の言葉でいうならば、絆。あるいは」
ラナーンに目を落としていたリルの死角に影が迫る。

「愛だ」
踵を返してラナーンとリルの間に顔を寄せて、タリスが割って入った。

「ああ、その通り」
「ラナーンは愛されている。私に、アレスに、みんなにな。だから思う存分、愛し返せ」
言うだけ言ってすっきりしたのか、大股に進んだタリスはアレスらに歩調を並べた。

「可愛いひとだな、彼女は」
「豪快で、楽天的で敵なしではあるけど」
「想いを真っ直ぐに伝えられるのも、才能だよ」
リルはファランの名を呼んだ。
振り向いた彼に、先に見える雑木林での小休憩を提案した。

「ところで、今日は野宿の予定なんだけど、大丈夫かな」
「誰のこと? タリスだったら大丈夫。野宿だろうが、野草の料理だろうが全体的に他の人より強くできてるから」
「確かに、きみたち各国を渡り歩いてきたにしては、汚れてないっていうか、荒れてないね」
それにはラナーンも同意できる箇所がある。
タリスは乱れていない。
服はその地に踏み入れる度に換えているが、髪も肌も艶やかさはファラトネスの頃から衰えていない。

「たぶん性格、なんだろうな。何事も、気にしないのが一番いい」
目の前に迫った雑木林の一角で、早々に腰を下ろしているタリスがいた。











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