Silent History 158





目の前にいるのは飄々とした、中性的な顔、体つきをした神だった。
老婆や人の世から外れた雰囲気の神を思い描いていた。
それが、人の輪の中で花を敷き詰められた広間で寛いでいる。
ちょうど昨夜タリスらが酒宴を開いた場所だった。
水晶を叩く澄んだ音に、目を細めている。
体を伸ばした姿に、これが本当に神なのかと疑いたくなる。

長を始め、重鎮たちが挨拶を終えると神の周りからは巫女と神官を残して人が引いていく。
遠巻きにしていたタリスと隣には神に面が割れているアレスが固い顔で神を見据えていた。

「不機嫌なのは名前を言い当てたからかな」
神が手招きした。
タリスがアレスと目を合わせて進み出る。

「プライベートに立ち入って、気味が悪いと思っただろうが仕方がない。そういうシステムなんだから」
情報は共有しても悪用しないと笑った。

見たこと、聞いたこと、感覚、それらは引き出しに仕舞われる。
神のアーカイブ。
ヒトがその保存空間を認識するとすれば、そう言い表すのが適当だ。
空間に立ち入り、情報を抜き出す権限があるのは、同等級およびそれより上位の神々のみ。

しかし上位神になり権限が拡張されると、制約も科せられる。
行動の制約だ。

幸せなのは、自分がどの階層に位置しているのか知らないことだ。
見上げれば無数に上の階層が存在し、下にも底を知れぬほどの階層が存在する。
闘争心も競争心もない。
比べることが無意味だと知っている。
しかしそれは災いと言えるかもしれない。
それ故に抵抗を知らず、神々が護る神門(ゲート)は悉く蹂躙された。

「ここにいた神は消えてしまった」
「神門(ゲート)は」
神の周りに誰ともなく腰を下ろした。
アレスが足を崩して神に訊く。

「破壊された後だった。ここの者たちが流れ着いたのはその後だった」
木々をなぎ倒され、露わとなった神門(ゲート)を前に彼らは涙したことだろう。
人の目に触れてはならぬ神聖が暴かれ、穢された。
暴いた者たちは勝利の甘さに酔っている。
僅かに残った森に身を隠し、彼らは里を拓いた。

「高貴な神々の香りを引き連れて。懐かしさを求めて、私も流れ着いたのかもしれない」
何百年も前の話。

「木々は茂り、神門(ゲート)に刻まれた傷痕を覆った。しかし癒されることはない。破壊された神門(ゲート)で魔が蠢く」
蛇口を叩き割れば水は流れ出ないなど幻想だ。
溜まりに溜まった水は決壊した。
奔流となって街や村を呑みこんでいく。
己の所業とも知らずに、ヒトは怨みの先を探した。
ヒトの流れが黒の王、神王の居城へと向かう中、逆流する細い人の流れ。
それが流民と呼ばれる後の里の人間だ。
神は、彼らが流れ着くのを見ていた。
彼らが生きる土地を拓くのを見ていた。
蠢く神門(ゲート)を傍らに思った。

「なすべき事があるとすれば、いまここに在ることだ」
神としてこの土地に宿ること。
ここには、三女神の匂いが残っていた。

「匂いと言うべきか、気配と言うべきか。可視化できず、しかし確かに感じるもの。それはきみたちにも感じたものと同じだった」
「だから招き入れたというのか」
「森を司るものの権限だからね。この身はもはやこの地を離れることはない」
「三女神がなぜ俺たちに匂いを残す」
「さあね。それはきみたちで理由を探さなくては。三女神は私より遥かに上位の神々だから」
その意図は測れない。

「樹霊姫」
ラナーンが前に乗り出して声を出した。

「ソルジスのヘランで樹霊姫に触れたんだ」
「風に溶ける焔女、土を流れる樹霊姫、水を渡る藍妃。きみたちからはそのいずれも残香がある。とりわけ」
神が手を伸ばし指先がアレスの顎をすくい上げる。

「きみからはより濃くその香りを感じる」
下から眺めて目を細めた。

「なぜだろうな」
「俺が知るか」
顎に触れる手を押し退けた。

「夜獣(ビースト)、魔の流出を抑える術を知らないのか」
核心にタリスが触れた。

「現に、ここは抑えられている。記憶の共有とやらができるなら 夜獣(ビースト)を上手く」
「やはりヒトの子だな。何百年、何千年経とうが変わらないって訳か」
嘲笑にタリスが赤面した。
今まで何を見て何を聞き、何を理解してきたというのだと一笑された。

「異常なんだよ、現状は。あるべき姿とは、緩衝帯を築き、神門(ゲート)と神が魔のフィルターとなり魔を流す。その魔とヒトとのバランスが崩れ、あらゆる均衡に影響を与えた」
「抑制ではなく、開放こそがあるべき姿だろう。だがそれでは」
「現状で神門(ゲート)の歪から魔は溶けだしている。やがて再び魔が溢れだすだろう。今の状態で開放すれば世界は再び呑みこまれる」
一度目は神々の束縛を恐れたヒトの手による破壊。
二度目に今度は神の手により世界を壊せと言うのか。

「しかしこのまま何もしないでいれば、それでもいずれ魔は世に蔓延る。打つ手はないということじゃないか」
「私が知り得る限りは。そして私はこの地を護ることこそが勤め」
アレスが思い至ったように、ふと笑いを口元に滲ませる。
私の知る限り、なるほど。

「上位神を問いただせということか。その居場所は」
「互いに繋がりをもつのは記憶についてのみ」
「三女神の香りを知るなら、それらの在り処は」
「三女神こそ手の届かぬほど高みを行く上位神だ。その存在を感じはすれども居所は知れず。何より彼らに実態はないからね」
ラナーンには納得できた。
ソルジスで見た地脈は樹霊姫だった。
だが樹霊姫そのものを目にしたわけではない。

「私たちが封魔の時代と呼んでいる、魔が荒れ狂った時代。そこで真実何があったのかを私たちは知りたい。魔を知ること、時代を知ること、過去を知ること、それで未来を知ることができるからだ」
「残念ながら、神王の居城で何があったのかは知らない。あそこにいるのは最上位の神王を取り巻く神々。高位の神々だ」
そんな彼らの意識に触れられるはずもない。
神王派の人間も、そのほとんどが死に絶えた。
僅かに残っている流民たちも、いずことも知れない。

「知る方法は。自ら上位の神を探して訊くしかない、か」
どこにいるとも分からない神を。

「神は神の居所を知らない。だが人間ならば」
「人間? 人間」
タリスが顎を摘んで考えた。

「人間は神を祀る。伝聞により物事は伝わる。そうだよ、ここのひとなら何か聞いたことがあるかもしれない。何かしらね」
ラナーンがタリスの腕を揺すった。

「足で探し、根本に立ち戻れ、か」
タリスが膝を立てて髪を掻き上げた。
元はと言えばヒトがしでかした不始末だ。

「ヒトの子よ。きみたちなら分かるだろう。なぜヒトは私たちを恐れる? 私たちはきみたちを束縛し、隷従させるつもりなどなかった」
「自由という幻想を求め、束縛が苦痛だと思い込んでいる。神の手の上でしか生きられない、そんな時代は終わった。我々は進化した、とな。根底にあるのは驕りだ」
瞳が鈍く光り、アレスは続けた。

「ヒトだけの世界だと思い込んでいる。実際には無数の生命体の一つに過ぎないのにな」
さまざまな体系のなかに組み込まれた一つのシステム。
それが人間だ。
システムの一つに神々がいる。

「神をも凌駕する存在になりたかったんだよ、人間は。傲慢こそが罪なんだ」
「哀しいことだ」
「被害者妄想甚だしい。だがそれがヒトの歴史だ。神を食らいつくし、ヒトの身で神を打ち立てた。紛い物だと笑うか」
「私たちはそれを同列には認識していない。彼女の意識は私たちに共有されない」
「やはり、彼女は」
「しかし、神という定義。人々に祀られ、光を与える。それが神というのなら、彼女は神なのだろう。ヒトにとっての」

神は中空に手を伸ばした。
流れを攫うように、指先が揺れる。

「見えないものを存在しないものと認めないから哀しいのだ。世は悠久の流れの中にある」
地脈のように、この世の目に触れない大地の奔流に満ちている。

「ヒトの命はその流れの集合体だ」
肉体が地に落ち、流れは吸いつくように宿る。
肉体が朽ちたとき、溜まっていた流れはまた奔流の一つに溶けていく。

「あらゆるものに、流れは宿る」
「流れを妨げたのがヒト、か」
「目に見えるものがすべてではない。今一度、心に焼き付けておくといい」











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