Silent History 149





唸る鈍色の空を見上げた。
いつごろからだろうか。
広い野原で走り回れなくなったのは。
河を流れる丸太の上を、危ない危ないと叱られながらも遊んだことが思い出になったのは。
開いたばかりの空き地に踏みこんで、私の部屋はここ、あなたの部屋はそこ、とできあがる建物を想像して小枝で線を引いた。

いつからだっただろう。
周りの大人たちの空気が張り詰め始めたのは。
子供の目を隠す様に町に運び込まれる長くて大きな荷物。
知っていた。
その荷物が一体何なのか。
誰かが聞いて、誰かに言っていた。
それは町の奥で働いていた人だと。
大人たちは顔を寄せ合って、地面を叩きながら声を震わせた。

どうしてこんなところまで。
どうして俺たちがこんな目に。
神に祈り、神に助けを請い、神に裏切られる。
嘆き怒る大人の姿を見たくはなかった。

家にいなさい。
遠くに行ってはだめよ。
引きとめようとする大人たちの目を掻い潜って、友人の手を引いて町の外れまで走って逃げた。

細かく砕かれた白い石を拾って握りこんだ。
何の石か知ってる?
手を開いて見せても、友人は首を振った。
秘密にすることを約束させ、開墾されたばかりの土を踏みしめて奥に進む。
社のような、乳白色の門が残骸となって立っていた。

壊れてる。
友人の指先が恐る恐る門に触れた。

どうなるんだろう。
門の前にしゃがみこみながら友人が言った。
みんな、すごく恐いの。
討伐だ、報復だって騒いでるの聞いたんだ。
生白い膝を腕で覆い、顔を埋めた。
どうしてこうなっちゃったんだろう。






神がいた。
あらゆる国、あらゆる地域に。
天変あれば天の神の怒りを鎮め、地変あれば跪いて地の神に祈った。

やがて人の手は伸びていく。
見えぬものが見え、未知が既知に変わるとき、人は新たな信仰を得た。


かつて、この地に神々がいた。
いつからか雲は低く垂れこみ、開けた地に魔が姿を現すようになった。
魔は賢しく強靭な肉体を持つ。
彼らは人と接触し、切り刻み始めた。
人は恐れた。

穢れなき白の門。
そこから魔は放たれた。
白の門は神の門。
神が宿る門。
人々の憤りは魔を放った神々とその門へと向けられた。
もはや彼らは神などではない。

時を同じくして、一人の人間が立ち上がり、徐に地平線の向こうを指差した。
この混沌と地と闇の世界、もたらしたのは黒の王。
魔が溢れ、根源たる神の門を閉ざしてもなお、黒の王がいる限り鎮まりはしない。

人が人として生きるために。
隷属、従属などに屈することなく、人の足で立つために。
破壊からの再生を。
新たな人の世を。
そのための鉾を、そのための槍を、そのための剣を、そのための光を力を我々は手に入れた。

勇者は現れた。
名をガルファードと言う。

術師が現れた。
名をサロアと言う。

勇者らは黒の王の座を目指す。
彼らは人と魔とが殺戮を繰り返す、闇を裂く希望だった。
彼らこそ、血と腐臭をたっぷりと吸った大地を浄化する光となる。

彼らは使命を遣り遂げた。
黒の王は闇へと封じられ、居城は沈んだ。

大神をも打ち倒した大いなる力こそ、人の世を統べるに相応しい。
サロアは神となった。
彼女が発ったシエラ・マ・ドレスタは大いに栄え、神となり世に身を捧げたサロア神は永久の眠りで世を守る。




神殺し。

それは大罪。
それは傲慢。
それは恐怖、そして狂気。




神がいた。
深い深い森の奥。
こちらとあちらへの門を守り、ひっそりと息を潜めて。
神は何も求めず、何も語らない。
あちらとこちらの緩衝帯である森に棲み続けてきた。
見守ることこそ彼らの使命。

しかし人の開拓が緩衝帯を侵犯し始めた。
削り取られ、毟り取られ、剥き出しになった神門。
緩衝帯は抉り取られ、人と魔とが直接接触を始めた。
人は魔を恐れ、手にかけた。
やがては神門を破壊するに至る。

神は抵抗しない。
見守ることが彼らの使命、抵抗する術など持ち合わせていなかった。
彼らができたのはただ受け入れること。
そうして簡単に、神門は崩された。


魔はそれでも止まることはない。
残る神門を潜り、あちらの世界から流れ込んでくる。
恐怖と怒りに駆られた人の暴走は止まらない。
その手はより大きな扉、神王の門へと向かう。

勇者を立て、彼らを神々の王、その門へと押し出した。
人々のあらゆる憎しみや怒りは一本化され、一方向に流れた。
神々、そしてそれらを崇める人々。
一方的な掃討が始まった。
神の座に侍り、安寧の内にいた神司たちは見る間に打ち砕かれていった。
慈悲など欠片もない。
神王に侍る者たちは裏切り者だと蔑まれるに留まらず、人の敵として惨殺された。
身を守る術を知らぬ彼らの道は、ただ逃れ木々の陰で生きることだった。

流れ流れる、かつて神々に愛された者たち。
彼らはいつしか流民と呼ばれた。

神々の世は終わった。
間もなく人の世に、人の神、サロア神の世へと塗りかえられていく。




私たちは空を仰ぎ、顔に降り出した雨を受けて泣いた。

仲間の血煙が立ち上り、仲間の魂が大気に溶けて、雲になり雨になって私たちに降り注いでいるのだと信じたから。
みんなの心が思いが、髪を湿らせ肌に染みて、体に入ってくる。

抵抗心、復讐心で一部の者は手に馴染まない武器を持って立ち上がったけれど、ほとんどは項垂れたままだった。
それまで神に守られていた私たちは、まるで赤子のようだった。
身を守る術を知らない。
どう抵抗すればいいのか分からない。
できるのは、ただ逃げることだけだった。

神に愛された命を絶やさぬように。
散り散りになった仲間たち。
互いの消息は知らない。
情報は交換されることはなく、散った先で何年も、何十年も、何百年も息を殺して身を堅くして、命を繋いできた。


それが流民の歴史。
それが、私たちの歴史。



人はそれぞれに歴史を刻んできた。
真実も偽りも、それは人の見方で視点で、変わってしまうもの。











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