Silent History 145





神殿を出ると眩しさにアレスは目を細めた。
白い昼下がりの太陽の下で巫女たちは頭から垂らした布を目元に引き寄せた。
石橋を渡った左手には子供たちが球を転がしながら戯れている。
濠に落とさないか冷やりとしたが、際まで来ると彼らの兄らしき少年が上手に押し留めていた。
顔を上気させながら声を上げ、駆け回っているのが微笑ましい。

右手には親子が昼寝をしていた。
似た顔が並び、知らずの内に同じような格好で横に丸まって穏やかな寝息を立てているのも愛らしい。
きれいに整えられた芝は柔らかで顔を寄せれば青い良い香りがする。
温かい風が芝を舐め上げて顔に当たるとき、草の香りが混じる。
正午のように天頂から輝くばかりに降り注ぐ強い光とは違い、傾き少しばかり緩まった陽の光はその下にあるものたちに柔らかな恩寵を与えてくれる。

昼寝をした親子の隣で母親が籐編みの丸籠を膝に抱えていた。
ちょうど神殿から伸び始めた影が彼らの上に掛かっている。
寝かした片膝に籠を寝かせ、立てた右膝をゆるゆると揺らしながら籠を覗きこんで子守唄を口ずさむ。
繭か落花生の殻のような形の籠には空気をたっぷり含んだ布を詰め、真ん中には小さな赤ん坊が眠っていた。

緩やかな陽だまりの中、橋の上を行く四人の空気は張り詰めていた。
アレスは押し黙ったまま前を並んで歩く二人に尖った視線を投げつけている。
歩く二人は背中に注がれる痛い程の攻撃的な空気を感じていないはずはない。
ラナーンは当事者でありながら居心地の悪さが堪らなかった。
橋の欄干に腰を下ろして、神殿から流れ出る人波を眺めている女が視界に入った。
目に止まったというには目立ち過ぎるのがタリスだ。
欄干に寄り掛かり、足を軽く組んで退屈そうな顔をしている姿すら、嫌になるほど人の目を引く。
見目形の麗しさより、儚さなど欠片もない生命力に満ちた存在感を辺りに投げ散らかしている。

「ようやく来たと思えば何だ一体」
不満の溜息をついて足を解くと、苛立ちを眉間で表してアレスへと顎を上げた。
神殿で起こった騒動については濁しておいた。
正直に口に出せば、まずラナーンに手を出された事実について、側にいたアレスの不甲斐なさと注意力の欠如を指摘する。
間を開けることなく、次に呆れたように、お前はよく攫われるなと頭を振るに決まっている。
どちらも正論なだけに言い返せない。
逆の立場だったならば、アレスの方が神経質になっていた。

「ラザフ。彼女たちがこのあたりを案内してくれるって言うんだ」
ラナーンがタリスの隣を抜けてラザフへ駆け寄った。
背後へ走り抜けて行ったラナーンを目で追って振り返ったタリスにアレスが声を落として囁いた。
神殿から町へと流れ出していく人間の耳にはアレスの声は届かない。

「神王の巫女だ。俺たちは神殿に行く。お前はどうする」
聞いた瞬間タリスの口角が持ち上がる。

「行かないわけないだろう」
一も二もなく食い付いた。
何よりも好奇心が先に立つ。
建物を見てみたい。
話を聞きたい。
神殿の中で見たこともない光景に当てられて気分が高揚していたせいもある。
ラザフへと振り返り、私も少しこのあたりを散歩したいとラザフに申し出た。
彼は、少し長居し過ぎたから先に家に戻ると返した。
危ない場所はないだろうが、気を付けてとだけ言って巫女に連れられて行く三人を見送った。
巫女に、くれぐれも頼みますね、彼らは大切な客人なので、と託した彼が何かを察知していたのかまでは見抜けなかった。
二人に限ってはもう危害を与えるつもりがないことは、彼らがしっかりと会釈を返したことで感じ取ることができた。
前に巫女が二人、続いてラナーンとアレスが並んでいた。
人の流れのある町中へと入って行き、幾分道幅が狭くなったところで、最後尾のタリスへとアレスが速度を落とした。
言葉にはせず、左手を微かに腰へと持ち上げて目尻からタリスへ視線を流す。
タリスもそれに応え、右の指先を自分の太腿へと軽く押し当てた。
長剣を振りまわす訳にはいかず、空気が濁ってきたのを感じたら逃げるのを一番とする。
囲まれ追い込まれれば終わりだ。
声には出さなかったがお互いそれは了解していた。

場所を特定されないよう土地にまだ不慣れな三人を複雑な道に案内している、というつもりはないだろうが、ラナーンなどは早々に道を覚えるのをアレスとタリスに託してしまった。

人気が少なくなったところで、アレスがようやく二人に声を掛けて足を止めさせた。
町はずれまでやって来て、空き家が目立つ。
手入れもされていない道の両側は草の頭が伸び放題だった。
建築途中で放置された丸太が道の端に寝そべっていた。
ちょうどいいと、アレスが二人を座らせ、タリスらも同じような丸太を引き寄せて向き合うように腰を下ろした。
屋根まで手が回らなかった骨組みと片面だけの薄い壁の家がいい具合に日差しを遮ってくれる。
ラザフが親切にも汲み取ってくれた神殿の水で、瓶の口を緩めてアレスは舌を湿らせた。
巫女たちが連れて行こうとしている場所まで黙って入りこむのはさすがに危険過ぎる。
入りこんだとしても、即逃げ出さざるを得ない状況になれば、持ち出せる情報も満足に得られない。
おおよその決着は人目のない今、つけておきたかった。
巫女たちが焦って手を出したことで分かるが、こちらの手持ちのカードは大きい。
それをどう出しつつ、相手のカードを引き出すか、使えるカードを頭の中で並べていた。

「神門(ゲート)はあるのか」
反応を押し留めて逆にアレスの真意を目から探ろうとしていた。

「この森に、神門(ゲート)はあるんだな」
「お答えできません」
「何も場所を探り当ててどうこうするつもりはない。むしろ近づきたくもないな、あんなもの」
タリスが腕を組んで吐き出した。
投げた視線の先には薄暗い針葉樹林が広がっている。

「どういうものか、ご存知のようですね」
「そっちもな。見たことは? 触れたことは?」
「私自身は、まだ」
「ふうん。で、何て聞いてる?」
タリスの軽い口調に多少なりとも気が緩んだらしい。

「とても危険な場所だと」
「危険などころではないな。それがどういう場所だとかは」
「ヒトと魔との狭間です」
「夜獣(ビースト)。聞き覚えは、あるようだな」
アレスは並んだ二人の表情の細部まで見逃さない。

「あなた方も神門(ゲート)についてどこまでご存じなのです」
「知っているどころか。実際に、神門(ゲート)まで」
そこまで口にして、ラナーンが失言を心配してアレスに目をやった。
呆れた風でも不機嫌でもなく、ラナーンのその発言も持ち札の一つだった。

「行かれたのですね。そこには神は、宿られておいででしたか」
アレスが内心、眉間に皺を寄せた。
あれは藍妃像のような依代のようなものだったのか。

「残念ながら、何も。神門(ゲート)は朽ちていた」
「そのような危険な場所に」
「ああ。その時は夜獣(ビースト)の出所が分からなかったからな」
「その場所を見つけて、それで施されたのですか」
何をどう施すのか何も分からないが、ここで話を切ってはいけない。

「俺たちがそれをどうにかできる力なんてないんでね」
「では夜獣(ビースト)は」
「今、この瞬間も身を捩ってこの世界に出てこようともがいている」
俯いて黙り込んだ彼女の隣で、白衣の巫女が自らの両腕を抱え、身を丸くして小さく震えた。

「おぞましいこと」
「現の世に魔は溢れだす」
ラナーンが口にした言葉に巫女たちが顔を上げた。

「アレス、聞いたんだろう? おれは、意識が飛んでたけど」

「ああ」
蒼い透き通って凍えた氷の祠。
その中で見たもの、聞いたもの、感じたものは今でも鮮明に覚えている。
夢などではない確信はある。
だがあまりにも現実離れしていた。

「人はいったい何の罪を犯したっていうんだ。あんたたちも罪ってのを負ってるのか?」











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