Silent History 136





崖の上から見下ろす地表。
乾いた大地には次の雨を求めて草が根を張っている。
高みから見下ろす一望できる荒野の景色、渡ってきた風の匂い。
それほど長く居たように思えないのに、五感に染みついている。

森から流れ来る河はが広い大地に一筋の線を描く。
河の縁には水が削った痕が薄く層になっていた。
町では雨季が過ぎたのに水位が戻らないとのぼやきを聞いた。
乾季が来ればどうなるのかとの心配が混じっていた。
食糧調達で立ち寄っただけの客に思わず漏らしてしまうのは、明るい口調以上に不安を抱えている現れだ。

隣のカリムナ領域に近く、また山ひとつで隣国と接している。
ヘランの目が届き、そろそろ足が到着していてもおかしくはない。
網を張り終えている可能性さえある。
嫌な考えを始めるとどんどん深みに嵌って行き、胃は絞まるように痛んだ。

デュラーンとは違う。
ファラトネスとも違う。
リヒテル、エストナール。
渡り歩いた国、どれとも違う景色、違う時間、違う場所。
時間は瞬く間に過ぎ去っていく。
目を閉じれば、デュラーンを出てから見てきたもの、出会ってきた人々の姿かたちが流れていく。

ラナウ。
やはり彼女一人で行かせたのは良くなかったように思えてきた。

「後悔し始めても、もう後は追えないぞ」
心中を言い当てる声にラナーンは振り返る。

「守る術は持っていないだろうが、別れるべきだった。粒は小さいほど網の目を抜ける。そうだろ」
ラナウなら逃げられる。
彼女は生きる意思を持っている。

「ラナウなら大丈夫だよな」
高台の上で並んだ二人の後ろから手を振りながら到着したのはタリスだった。
二人の側女は無事に車に乗せられたと朗らかに報告した。

「本当は安静にしてた方がいいんだが、そうも言ってられないだろう」






肩から胸に掛けて切られた傷を縫合し、薬を貼付して包帯で押さえた。
食糧と水、僅かばかりの金を袋に詰めて首を振る側女の腕に押し込んだ。
恐縮する二人に、本当は側で二人を守ってやれない代りだと納得させた。

「国境を越えれば向うの町で迎えが来てるはずだ。二人のことは話してある。しばらく遠慮なく頼っていい」
用意された車の荷台に腰を掛けた二人は、涙を溜めながらタリスの話を聞いていた。

「半年だろうが一年だろうが、落ち着いたらその先のことを考えればいい」
二人には自分の道を選んでほしかったが、勝手に他人の手に押し付けてしまうようで済まないと、タリスが謝罪した。

「二人が命を掛けて仕えたラナエは、二人に生きてほしかった。自由になってほしかったんだと思う。それだけは、忘れないで」

山越えの輸送車と交渉し、金を握らせて荷に二人を紛れ込ませた。
籠に詰まった柑橘と収穫されたばかりの野菜の束に挟まれながら、二人は穀物袋を纏う 。
輸送車の男は多少荒っぽいが気のいい男だ。
二人の素性も聞かなかず、タリスが包んだ金を確認すると貪欲さを表すことなくあっさりと尻のポケットに突っ込んだ。
積み荷を押し分け二人分のスペースを確保すると、そこに追い立てた。

最後の別れを済ませ、ラナーンとアレスは先に行った。
離れた場所で男との話し合いを終えたタリスに、もういいのかと声を低くして言った。

タリスは静かに首を振り、頼みますとだけ男に告げてその場を去った。
男は壁に寄り掛かっていた体を起こし、タリスの背中を見送ると、胸の前で組んだ腕を解いて愛車へと歩いて行った。

寄り添う二人の横にある籠から果物を二つ取り出し、それぞれの手に握らせた。
二人が肩に掛けていた穀物の袋を引っ張り上げて頭を覆った。

やがて唸るエンジン音と車体が振動し、砂粒を磨り潰しながら車は動き始めた。
穀物の厚い麻袋の下でフリアは眩い黄色の果実を握り締めた。






「ここで、いいよな」
ラナーンが握っていた手のひらを開いた。
手の中にはラナエが託した想い、堅く乾いた種が乗っている。

「ここが一番見通しが利く」
タリスが片腕を腰に当てた。

「ということは、一番見つかりやすいってことだ」
アレスが言い添えたのにタリスも頷いた。

「それで、誰が種を投げる?」
「力が強くて、種を高く飛ばせる者」
ラナーンはタリスを横目で見たが、彼女は腕を持ち上げて小さく笑った。

「私は無理だ」
負傷した腕を服の上から摩った。

「ラナーン。投げてくれるか」
「おれでいいのか」
「集中して、高く遠くへ」
「だけど」
「大丈夫だ。意識を一点に集めて、力一杯振りかぶれ」
背中を叩かれ、一歩前に踏み出したラナーンは腹に空気を入れ込んだ。
種を握り、足を一歩引く。
頭上に持ち上げた拳が胸の上を通って背中に回る。

「上がれ!」
持ち上げた左脚を地面に叩きつけると同時に、遠心力とともに投げ出された右手から、種は真っ直ぐに宙へと放たれた。
風を裂き、長く高く空に突き刺さる。
点が消えるころ、種は弾けて四散した。
振り下ろした腕を垂らしたまま、ラナーンは光を放ちながら散っていく種の名残を眺めていた。

「花火みたいだ。これが、放花」
タリスも唇を薄く開けたまま消失した先を見つめている。

「あれだけ高く飛ばせたら、森にも届いているだろう」
アレスが地平線の先に目を細めた。






先の町に辿り着くと積み荷を下ろしている車に駆け寄った。
機構の話から始め隣町の人間を装いつつ、車の話へと上手く持って行った。
一度積み荷を下ろして、壺に積み替えてから山を抜けるのだと、車の側に固めて置いてある茶色の壺を示した。
乳から作った酒はこのあたりで一番で、隣国まで輸出していると胸を張っていた。

だが、今日はそれも無理なのだと今度は眉を下げる。
聞けば、荷台で壺を支える弟の一人が熱を出して伏せっているという。

山はさほど標高があるわけではないが、道が悪い。
いつもは酒屋の彼が運転し、荷台は二人の弟が支えて山を越える。
一人が外れ、残った一人の弟はまだ子供で二人分を支えられそうにない。
ひとまず積み込むだけ積み込み、明日弟が回復するのを待つつもりだった。

「よければ俺たちを雇わないか?」
アレスの提案に酒屋の男は興味を持った。

「見ての通り、俺たちは貧乏旅行者でね。明日、改めて足を探してもいいんだが、今は少しでも節約したい」
アレスら三人の格好はみすぼらしいとは言わないまでも、決して贅を極めた旅装束ではなく、荷はそれぞれ袋一つずつ。
宝剣は長く汚れが少し目立つ外套の下に忍ばせて、酒屋の男には見えない。

「荷の上げ下ろしと、壺を支えよう。あなたは俺たちを向うで下ろしてくれればいい。どうだ」
まだ積み下ろし終わっていない荷を見れば、空の壺は混じっていない。
代わりに荷台を埋めていただろう野菜は麻布の上に積み上げられている。
帰りに壺が跳ねないよう支える役目の人間は必要ないということだ。
酒屋の男は反対するどころか二つ返事で条件を呑んだ。
早速アレスが肉体労働を始める。
アレスが動き始めたのに続いて、ラナーンが共に壺を荷台に整列させながら並べていく。
彼ら三人は側女とは別ルートで隣国入りすることとなった。
車に揺られながら、小さくなっていく町と細くなっていく河を眺めていた。
壺を押さえての移動は思ったより快適で、あっさりと国境を越えた。
積み荷を下ろし、酒屋の男に礼を言ってからさてどうするかと考えたとき目の前に背筋の伸びた男が立ち塞がった。











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