Silent History 134





「花だわ」
乾いた地面に落ちた花が風に転がされていく。
ラナウは追いかけて追いついて、指で摘みあげた。
薄桃色の花は指に挟まれて、薄紙のような乾いた音を立てた。

風に弄られて、一つ、二つ、三つと転がってくる。
風は緑の匂いを運ぶ。

「風と花、懐かしい」
タリスも手を伸ばし、両手で掬い上げた。

「懐かしい?」
不思議そうに側女がタリスに聞き返した。

「ファラトネスにいたころはタリスはよく踊ってたんだ」
町まで続く長い褐色の道を踏みしめながらラナーンは思い出に浸っていた。

「ファラトネスにはタリスや姉姫たちが収集した歌姫、舞姫がたくさんいた」
アレスも花の川を歩きながら思い返していた。

「数えきれないほどいたが、どれも姫君たちのお気に入りで、どの子もいい子だった」
まさに花畑だ。
切れ長で鼻筋の通った美人から朗らかな少女まで、いずれも躾が息届いた気の回る娘ばかりだった。
内も外も麗しい。
姫君たちの嗜好そのものだった。

「なんかやらしいなぁ、アレスの言い方」
横目でタリスがアレスを見上げた。

「人聞きの悪い」
「そうして寄ってくるのをぽいぽい捨ててると、最後には自分が捨てられるんだ」
「何だ、今日はいつも以上に棘があるな」
「もう散々だったからだろう、バシス・ヘランからこっち。体はどろどろで腕は痛い」
確かに傷は放っておけないほど切られている。
不衛生にしていればすぐにでも菌が入ってくる。

「私よりあっちのが酷い」
肩から袈裟懸に切られた傷で長くは歩けない。

「辛いなら背負うけど」
ラナーンが側女の腕を取ったが、彼女はやんわりと手を抜いた。

「お気持ちだけで十分です。洞窟の水で清めて薬を乗せたのでずいぶんと楽ですから」
何より道の脇に家や畑が並びだし、町の気配を見せ始めた。
先が見えたことで一行の気分は高揚する。

「ファラトネスやデュラーンのお話を聞かせて下さいな。わたくしたち、この国から外へ出たことがありませんから」
この国どころか、ラナウの領域から出たことすらなかった。

「興味、あるのか?」
そうとも、そうでないとも取れる曖昧な微笑みを落とすと、町に続く道の先を見据えた。

「デュラーンにはカリムナはいらっしゃらないのでしょう。けれど水を湛え、人々は満ち足りた恵みを享受すると」
同じ世界であるのにまるで違う、それが側女には不思議でならない。

「デュラーンの地下水路には神像が沈んでいた。あれは三女神と関係があるんだろうか。水神、三女神でいうところの藍妃(ランヒ)」
ラナーンの言葉の後にアレスが続いた。

「バシス・ヘランの地脈は樹霊姫(ジュレイキ)」
「樹霊姫?」
フリアが澄んだ瞳で聞き返す。
背後にいるラナウを気に掛けながらも小さく頷いた。

「ラナエが、最後に言っていた。地脈の渦に巻かれながら彼女は、樹霊姫を見ていた」
町の影が見える。
身を寄せ合って背の低い建物が集まっている。
バシス・ヘランでは屋内で、ようやく外に出られたときには追われる身。
落ち着く間もなかった。
今も腰をゆっくり据えられる状況ではないが、木の葉を隠すなら森の中。
小さい町ではあり、森と言えるほどの人口密度も高くはないが野宿するよりは余程いい。

一時散開して服を改めると町に融け込んだ。
宿を取り、一部屋に身を寄せるとやっと人心地ついた。
人間というものは壁であれ箱であれ、何かに囲まれていると安心できる生き物だ。
後ばかり気にしていたが、さてこれからどうするか、と先を考えられるだけ落ち着けた。



「傷の具合は」
「え、ああ。大丈夫です。思ったより深くはなくて」
側女はアレスの目から反らした。

「無理はするな、と言われたな」
「していません」
弾けるように顔を上げ、アレスを見つめた。
健気に、痛みを堪えて強がるような目が彼女の内面を語る。

「心配ない。こんな場所に無責任に放って行ったりはしない」
そうは言っても、これ以上彼女の体に負担を掛けたくはなかった。
医者に付き添ったタリスから状況を聞く。
縫合し、傷薬も添付してもらった。
薬も処方してもらい、更に化膿と治癒力を高める薬草の話も聞いた。
薬草といわれてもタリスは植物に対しては疎い。
あれだ、これだと辞典を前に親切に繰り返し教わった。
タリスもまた縫合してもらい、清潔に保ち包帯は定期的に換えることを約束させられた。



「隣はサフィアスだ。タリス」
「連絡は取った。動けるそうだ」
アレスは返答に頷くと、椅子代わりに腰を下ろした寝台に座りなおした。

「ラナウ、選択する時が来た。これからどうするか聞かせてほしい」
アレスが道筋の選択を迫るが、来るべき時が来たのだと予期していたのか、ラナウは膝の上で指を組みしばらく黙りこんだ。
やがて深く息を吸い、吐き出すとアレスを見据える。

「森に、行こうと思うの」
「森って、あの」
ラナーンの問いかけに頷いて答えた。

「思い出した。私が帰れる、もうひとつの場所」
側女二人へ心配そうに目を向けた。
ラナウを守るために共にバシス・ヘランから逃れてきた。
ラナウは彼女たちに恩があり情もある。
二人を置いては行けない。

「わたくしは隣国に渡ります」
側女は決別を決意した。

「やはり、異教は相容れない?」
「そういうわけではありません」
ラナウに付いていけば、必ず足枷になる。
ラナウを守るために役を賜った、その意味がなくなる。
戦う術を知らず、身を守ることはおろか、ラナウを追うだけの体力も今はない。
傷が癒えるまで待っていてはいずれ居場所が知れる。
ラナウも無理は言えなかった。
ただ彼女の身が心配だ。

「わたくしがついています」
フリアが年長の側女の腕を手に取った。

「二人の身は保証する。国境を越えたところに知人がいる。手を貸してくれるそうだ」
「信頼に、足るの?」
「十分に」
タリスが迷いのない真っ直ぐな目でラナウを見つめる。
信じても大丈夫だという確信に変わった。

「二人の身、タリスの信頼に預けます。私は明日、森に向かうわ」
「おれたちが送る。森の前まで」
「そのあと、私たちも隣国に流れればいい」
タリスもラナーンの意見に賛同した。
だが当人のラナウは丁重に断った。

「なぜ」
「ここで別れましょう。大人数だと目を引いてしまうわ」
「しかしいざというときどうするんだ。ラナウだって武器など振れないだろう」
「逃げ足には自信があるの」
「湯女はまた来る。湯女以上の追手を本気で投入してくるかもしれない」
「私を捕まえるために」
捉えてカリムナに据えるために。

「捕まるものですか」
「もう誰も巻き込みたくないという思いは捨てろ。十分巻き込まれているし、渦中に飛び込んだのは俺たち自身だ」
「身を守るには盾が必要、襲いかかる者には剣が必要、そうだろう。だったら」

「迷惑掛けたくないっていうのが半分、でもね大丈夫」
一人で逃げてみせる。

「私は生きる。生き続けてみせる」
ラナエが叶えたくても叶えられなかった夢を継ぐ。
きれいな笑顔でラナウが笑う。

「足掻いて見せるわ。逃げきってみせる」
だから大丈夫。
ここで、お別れにしましょう。

涙で別れるつもりなはない。
未練を残して去りたくはない。
ただありがとうと言いあって、さようならを言いたい。

「生きる。それがラナエの遺志で、私の意志だから」
ただ、人として。











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