Silent History 128





乾物を中心とした保存食を手に入れ、水袋に水を満たした。
薬、地図、時間が許せば情報収集もしたいところだがタリスたちは予想以上に手早く身支度を済ませて戻ってきた。

衣服を一新するだけでこれ程にまで印象が変わるものかとラナーンは目を見張った。
淑やかな側女二人は重い布を取り払い、身軽な姿に変わっていた。
顔が隠れていた長いフードも、強い日差しを弾く薄いヴェールへと置き換わっていた。

俊敏なタリスと軽快なラナウに遅れを取らずついてきた二人の側女なだけある。
身を軽くした彼女たちは仕草一つとっても無駄のなさと機敏さが窺えた。

「必要な物は揃えた」
「拝見します」
荷袋の中を手早く確認し、年長の側女がフリアにすぐに追加手配の指示を飛ばす。

「フリアが物資を持ち帰り次第、すぐにここを去りましょう」
「行く宛てはあるのか」
「北西に抜ければ、他のカリムナの領地なの」
「入れば安全なのか」
ラナーンが不安交じりにラナウに問う。

「ここにいるよりはましよ」
「さらに西に進めば国境を越えられます」
側女が説明する最中、フリアが走ってきた。

「調達完了しました」
「参りましょう。あなた方をバシス・ヘランから引き離すことがわたくし達に与えられた使命です。お役目はきちんと果たします」

せめて海路を取れればいいのだけれど、と側女は思いを漏らした。
聞けばバシス・ヘランの南方にあり、港を目指すのは敵陣に切り込むのと同義だ。
バシス・ヘランにしても、先に探りを入れるのは海路に決まっている。
港にはバシス・ヘランの人間が張り付いていて検問を敷いているはずだ。

「そうだよな。バシス・ヘランからすれば、破壊者一味だもんな」
追われて当然、処刑に掛けられても反論できないとラナーンが沈む。
側女の二人は申し訳なさげに目を伏せながら沈黙した。
皮肉でも嫌味でもないんだと、ラナーンが慌てて両手を振って発言撤回を願い出る。
ちょうどラナーンたちが来たと同時にバシス・ヘランが傾いた。
異分子らを受け入れたがために災いを引きこんでしまったと思われても仕方がない。

「とにかく、ラナエ様の領地を抜けることだけを考えましょう。補給はその都度」
「そんなことじゃ砂嵐に巻かれてさようなら、よ」
ラナウが溜息交じりに首を振る。
バシス・ヘランからほとんど外に出たことのないフリアならば無理もない案だ。
頭の中に地理、知識は入っていても経験が入っていない。
バシス・ヘランから離れれば点を繋ぐように拠点を持ちながら進まなければ、砂の壁に押し潰される。
現に、ラナーンらがソルジスに到着してすぐ危機に見舞われた。
素人に砂嵐の匂いをかぎ取るのは困難だ。

「地下窟よ」
長い瞬きののち、年長の側女が目を上げた。

「わたくしたちの足でなら五時間とかからない。問題は途中でその」
「砂嵐ね。このあたりの気候と地形なら何とか凌げそうよ。地図はある?」
「そんな建物も洞窟も書かれていない」
「書かれるはずないわ。これはヘランの地図。ソルジス人が書いた地図だもの」
丸められた地図をラナウが側女の前に広げた。

「場所は覚えている?」
「ええ。このあたりです。縦に長く、奥は深い。ですが、現状は分かりかねます。文献は書庫の奥に眠っていたものを掘り起こしましたから」
「蜘蛛の巣、砂埃、小動物程度じゃない諸々が棲みついていてもおかしくないってことね」
「そもそも入れるかが問題です。すでに全潰している可能性も大いに考えられます」
「風と日差しさえ凌げればいいわ」
素早く地図を筒にして、ラナウは方角を見据えた。

「一体、何なんだその地下窟って」
「理由は後で」
ラナウが勇ましく歩き始めた。
足を確保できればよかったが、大人数を運べる車だと目につく。
鉄道は隣町からしか出ていない。
土地勘に優れているラナウに従うべきだとアレスは彼女の後に付いた。
アレスは正直のところ、困惑していた。
大混乱の中、無事にバシス・ヘランを出られたはいいが次に打ち出すべき指針が明確にできずにいた。
腰を落ち着けてゆっくり考えたい。
騒動の中心にいるのはラナエに違いなく、ラナエが地中に這う
地脈というエネルギーを暴走させたのも分かる。
動機も聞いたが、いまひとつしっくりこないのがラナーンが見て聞いたものとアレスが見て聞いたものとが乖離しているからだ。
地脈の概念も間接的で現実感がない。
そんなものはデュラーンには存在しなかった。
それでもその可視化できるエネルギーがバシス・ヘランを突き崩し、ラナエの感情の媒介となりラナーンを精神不安定に落とした。
存在が掴めないから気持ち悪さが拭えない。
付きまとわれているようですっきりしないから、どこかでゆっくり考えたいが、今はそんな贅沢が許されるはずもない。

周囲の気配に気を配りつつ突き進む。
完全な灼熱の乾燥地帯ではなく、木は疎らながら根を張り、丘陵の不安定な細道で手を掛けた断崖の土は湿りを帯びていた。

ラナウは側女と細目に地図を確認しながら慎重に足を運ぶ。
そうは言ってもラナウを始めバシス・ヘランの人間の体力は想像以上だ。
真っ先に遅れをとり、小休憩を繋いで目的地を目指さねばならないと踏んでいたアレスの予想は裏切られた。
側女は二人とも疲れを見せるものの、ラナーンと同じペースで付いてくる。




砂と汗で薄い綿の衣服は汚れていく。
水に浸かりたい、手足だけでいい。
水袋から少しずつ水を補給しながら足先を見つめた。
貴重な水を片手に少し溜め、顔に塗り付けた。

「お疲れになりましたか」
側女がラナーンの側に膝を曲げて腰を下ろした。
フリアより年長とはいえ、アレスやラナーンとそう変わらない。
無垢な笑顔はむしろアレスより世間慣れしていない。

「そっちこそ、こんなに汚れてくたくたになるなんてことないんじゃないか」
「そうですね」
彼女は両膝を包み込んで丸まった。

「あの場所はきれい過ぎました。硬質で清浄。誰もその支柱たるカリムナのお気持ちに気付きもしなかった。いえ、見ないようにしていた。生命とは何ですか、生きるとは何でしょうか」
腕を解き、身を乗り出してラナーンに顔を寄せた。
寄った眉間に切実さが滲む。

「カリムナは生かされていた。わたくしたちもカリムナにお仕えしていた。ラナエ様をラナエ様として扱われたのは、イグザ様とラナウ様のお二人だけ」
「違うだろ。あなたたち側女だってちゃんとラナエとして向き合っていた。だからラナエはあなたたちを側女にしたんだ」
「いいえ、わたくしは」
「違わないよ。ラナエは側女を巻き込みたくなかったんじゃないかな。あのとき、あの部屋にあなたたちはいなかった」
ラナーンをカリムナの間に連れてきた側女は、ラナエによって外に控えておくようにとの命に従った。

「おれたちがあなたたちの導きで外に出ることは、ラナエの意思だったんだよ。ラナエは止められなかった、なんておれの言い訳かもしれないけど」
言葉を掛けようと口を開いた側女が、砂を砕く音を聞いて視線を上げた。

「歩けるか」
タリスが仲良く顔を寄せて話す二人の腕を同時に引き揚げた。
荷物を手にしようと置いた場所に視線を投げるが、木の根元には何もなかった。

「アレスが持って下さるそうだ。私の分もな」
疲れに折れてしまった意地がタリスの頬を赤く染める。

「しかたないよ。体の大きさ分、体力のタンクも大きいんだ」
「体がでかけりゃいいってものでもないだろうが」
「そういうことでいいんだって」
タリスはこちらを窺っているアレスのところへ駆け寄った。

ラナウの顔色は良いとは言えない。
早く地下窟に到着して、一時でも体を休めさせてやりたい。
腹の底に力を込めて、ラナーンは一歩を踏み出した。











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