Silent History 116





夜を迎えたばかりの街は静けさと華やかさが同居した、異国情緒に浸っていた。
賑やかで騒がしいエストナールの繁華街とは空気が違う。
灯篭の灯された火が仄明るく土道を燃やす。

疑問が街中に溢れていて、迎えに出たラナウの友人と道案内をしたエフトが、嫌な顔ひとつせず応じた。

「夜になると店の前の灯篭に火を灯すんだよ。昏いと店が見えないからね」
灯篭の窓に貼られた紙には墨で名前が書いてある。
火を入れれば紙が透けて文字がはっきりと見えるという具合だ。
店主の名前で、街に訪れたばかりの人間には何の店なのかよく分からない。
昼間は木の板に名を記した板が下がり、夜には板の代わりに灯篭が表に出される。
看板に光を当てるということはなく、灯篭が看板となり街灯になる。
白い外灯やネオンのように刺激的ではなく、道に点々と置かれた灯篭の
優しい光は胸が暖かくなった。

「ラナウは宿にいるから」
ひと眠りしたら食事にすると言って部屋に引きこもったそうなので、ちょうど今ごろ起きだしている頃だろう。
客の来ない宿屋はラナウが来るといつも部屋を提供してくれる。
階下の食堂がその店の収入源で、二階の余った部屋を客に貸しているに過ぎない。
滅多に来るはずのない客の一人がラナウだったが、外からの人間に宿屋の主人は驚いたものの眉をしかめたりはしなかった。
森が招き入れた客というだけで、神のお墨付きがあるようなものだった。
使えない外貨で宿代を支払うことはできないので、ラナウは掃除や洗濯をして宿代に替えた。
年齢が高く機敏に動くのが辛い宿の主人は、むしろ来訪するラナウを歓待した。

そうした彼女に絡む話をしているうちに宿屋に着いた。
ラナウはすでに起きて、台所で主人の料理を手伝っている。

「何でもやるんだな」
アレスがカウンターに両腕を上げて乗りかかった。

「楽しいのよ。なかなかストイックな生活を送ってるからね」
一つの食材がさまざまなものに化けるのは創作欲を刺激して、完成品で誰かを喜ばせることができる。

「どうだった? カミサマに会ってきたんだって聞いたけど」
「言葉を失うほど神々しくて、目を覆いたくなるほど輝かしく、側にいられないほど荘厳なものかと思ってた」
ラナーンらに背を向けながら、肩に顔をつけ笑いを堪えている。
できあがった惣菜を器へ装い、カウンターに並べていく。

「手が空いてるなら運んでくれる? あっちの机ね」
ラナウの指示が飛び、アレスは客が談笑している机へと食事を運んでいく。
趣味としての手伝いとはいえ、すでに店に馴染んでいた。
もう大丈夫からお前も食事にしなさいと、老婦人に腕を叩かれてラナウは頷いた。

「奥の部屋が空いてるだろ。あそこでゆっくりとするといい」
このフロアでも悪くはないが、やはり他に客がいると気を使う。
この街に来る資格があったとはいえ、彼らは内の人間が知らない情報をたくさん抱えた外の人間だ。
悪気などなくとも聞き耳は立ててしまう。

主人とラナウの手料理が個室の机を埋めていく。
食堂の主人用の食卓なので気兼ねをすることはない。
料理は訪問者たちが部屋まで運び、勝手知ったるラナウが食器を並べていき腰を落ち着けた。

ラナウの友人は灯りに再び灯りを入れて、また明日遊びにくるからと家路についた。
エフトはせっかくだから食べて帰るとラナウの誘いに乗った。

「ここの主人の野菜の煮込みは絶品なんだ。けど残念ながら継承者がいなくてね。ラナウぐらいなのよ」




ラナーンとアレスに用意された部屋に、食事を終えた五人が揃った。
窓が広く取られ、道を仄かに照らす灯篭が火を浮かべている。
木製の足は細く、黒漆が塗ってあるので闇に溶ける。
通りは小さな笑いが通っていくだけで、酔い騒ぐ者はいない。
額を寄せて見下ろすのに飽きたころ、タリスが思い出した。

「三女神(さんにょしん)って知ってるか」
ガラス窓から顔を引き離し、張り出し窓を背にして足を組んだ。
目を当てた先にはエフトがいる。
神に見えたとき、神は言った。

「アレスには三女神の残り香がすると言っていた。私たちは三女神とか残り香だとかさっぱり分からない」
「藍妃(ランヒ)の残り香って言ってたわね」
神に会いに行ったラナーン、アレス、タリス、エフトに加えラナウも参加しているので経緯も絡めながら解説に取りかかった。

「三女神っていうのはその名の通り三人の女神様たち。ヒエラルキーがどうのって出てきたでしょう」
数えきれるものではないが細かな等級が定められ、それに応じて記憶のアーカイブから情報を入手できる権限も差が生じる。
ヒエラルキーの頂点には神王。
その下部に三女神がおり、更にはるか下に森の神がいる。

「言っていた藍妃っていうのは上位にいる三女神の一人で水の神様のこと」
「残り香っていうのはなに?」
やはり故郷で水に纏わる神を祀っているラナーンには気になる。

「デュラーンには神様がいるよね」
「生きてしゃべれないけどね」
像として、神らしいものを象った石だ。
森の神はそれを神の降り立つ寄り木だと言った。

「信仰心だとか、神そのものでなくともそれに替わるものがあれば、神の気配っていうのは読み取れるそうなのよ」
視覚や触覚での空気というよりは、嗅覚に近いものだから神はそう言い表した。
残り香は微かに読める程度だが、今回は濃く残っていたことが神自身にも不可解なのだろう。
アレスがデュラーンにいたころ、剣の祠で出会った女がそうだったのか。
ラナーンの耳に下がる耳飾りは祠の女が剣から生み出したものだ。


「三女神っていうけど、他の二人って?」
「樹霊姫(ジュレイキ)と焔女(ホムラメ)っていうのよ。それぞれ木と火を司る神でね」
いずれも姿かたちは像ですら目にしたことがないので、想像ができない。
実在するのなら会ってみたい。


神に出会った話を一通り話し終えたところでエフトは立ち上がり、また明日と後ろ手に帰って行った。

部屋にはラナウを始め四人だけが残った。


「明日、ここを出ようと思うんだけど」
「そうか」
アレスが顎を引く。

「まだいたいの?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ居心地は悪くなかったなと」
「そう、居心地がいいの。みんな受け入れてくれる。こっちが却って、どうして? って疑問に思えてくるぐらい素直に」
外の世界を忘れてしまいそうになったとき、ラナウは慌てて振り返る。
バシス・ヘランにはラナエがいる。
たった一人の姉妹が、哀れなカリムナが。

「石を使い切ってしまったから、バシス・ヘランに戻らなきゃ。ここに残るか、一緒に行くか選んで」
ラナウが立ち上がって伸びをした。

「明日、朝食後に出るつもりだから、それまでに返事を出しておいてね。お休みなさい」
さっさと別室へ消えて行った。


翌朝、窓を開ければ曇天が垂れこめていた。
朝が早いせいで日がまだ頭の先しか出していないものだと思っていたが、太陽は厚い雲の向こうにいた。
客のいない階下でラナウを待って朝食を済ませた。

「もちろん連れて行ってもらうよ。運が良ければカリムナに会えるかもしれないんだろ」
ラナーンが荷物を手にした。











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