Silent History 114





浅黒く滑らかな肌は締まった体の輪郭を際立たせた。
銀の髪は絹糸を垂れ流したように艶やかで木漏れ日に光る。

「客とは珍しいね。ラナウ以来かな」
「自分が招き入れたんだろう?」
爪先で降り立った台座の上で、糸で吊るされた人形のようにそのまま足を折り胡坐をかいた。

「今朝方、セネカが来たよ」
「惜しかったな。少し早ければ会えたかもしれない」
「会わないだろう。他に人がいることだし。何より彼女には自覚がある」
「彼らは外の人間なのに?」
「セネカにとってはどちらでもないんだ。彼女は象徴のようなものだからね」
エフトと白銀の男とも女とも知れないカミサマとの会話がひと段落ついたところで、ラナーンたちはようやく話に参戦することができた。

「さて、何から聞きたい?」
「想像していたのと違うな」
アレスが両腕を組み、樹の幹に背中を凭せ掛けた。
時間は気にする必要もない、疑問点は潰してしまいたい。
目の前の人の姿をしたものが、真実に神であるというのなら、一笑に付して立ち去ることもない。

「期待に添えなくて残念だ」
「神が具現化し、神殿や霊廟に引き籠ることなく平然と人間と言葉を交わしている。異様な光景だと思うがな」
不服そうなアレスだが、気持ちはラナーンとタリスも同じだった。
神々しさ、威圧感と威厳が希薄に感じる。
気安く話を交わしているエフトが目の前にいるからかとも思えたが、それだけではない。
現実感がある過ぎる。

「神様って言ってもいろいろあるってことだ。それにきみたちはすでに出会っているよ」
「いつ? どこでだ」
ラナーンがにじり寄った。
思い返しても心当たりがない。

「エストナール、老婆。神の棲む島にはどうやって行った?」
「老婆? まさか」
上げた声が掠れるのが、タリス自身聞こえた。
笑い捨てたいのに、うまくできなかった。
事実、神の棲む島の話をエストナールで聞き、海峡を渡った。

「神門(ゲート)の欠片を砕かれたそうじゃないか」
「何で知っている」
「カミサマだからね」
目を細めてタリスを見据えた。
降り注ぐ陽光を背に受ける姿は実に美しい。

「欲求不満のきみたちに少し教授しようか。エフトは少し復習だ。そこらあたりに腰掛けるといい」
左手を水平に切り、着座を促した。

「その老婆は言っていただろう。神とはどういうものか」
「神と人はまったくの別物で、混じり合うことはできない」
「そもそもシステムが違うからね」
膝頭に肘を乗せ、手の甲に顎を置いた。
すべてを見透かされる澄み切って冷たい目がラナーン、アレス、タリスを見つめた。

「私たちは繋がっているのだよ。それが神たる証し」
繋がる。
だからラナーンらが老婆としたやりとりも、まるで自分が体感したかのように掘り起こせるのかと、アレスは納得した。

「察しが早いね」
「彼女は、サロア神は神とは違うと言っていた」
「あれは人の作ったものだからね。神は記憶を共有する。一つの記憶の倉庫に神々の記憶が蓄積されていく」
「一つの大きな脳のようなもの? 神は何人もいて、共有する大きな脳から必要な情報を取り出す」
「でも誰だって引き出せるわけではない。カミサマもいろいろなんだ」


広大で、深遠で、膨大な情報量を抱えるアーカイブ。
それがどこにあるのか、終わりはあるのか、それは神々でさえ知らされない。
情報はそこから引き出している。

老婆の姿をした神とラナーンらが出会った記憶は、格納されソルジスの森にいる神によって取り出された。

人間が思い出す行為と同じだと神は言った。

すべての情報を、すべての神が等しく引き出せるわけではない。

「階級がある。恐ろしいほど細かく、この世のどの山の頂きよりも高い高位、深海より深い足下に連なる低位。最高峰にいるのは誰だか分かるか」
神々の壮大なヒエラルキー。

「黒の王。神王だ」
「結構」
神々には階級に応じた情報しか取り出せない。
神として存在するときに与えられた不動のライセンスによって制限される。

「階級は情報の制限とともに、物理的な制限も与える。私はこの森から動くことはできない」
限界はどこまでか確かめたことがあった。
外に出ることは不可能だった。

「もっとも出たいという欲求はないから、問題はないのだけどね」
「行動の制限は階級にどう絡む?」
「高位になればなるほど限定される。私は見ての通り高位ではないのだから、森の中は自由に動き回れる」
他に聞きたいことはと促されて、困惑する。
何から聞けばいいのか迷う。

「神はどうしてここにいる」
アレスが口を切った。

「ヒトの存在理由はと聞かれたら困るように、私が存在するのは他なる存在の意思の下か、あるいは偶然か。この森には神門(ゲート)がある。私はそれの側にいる。神門(ゲート)を見守るのだとと解釈した」
神門(ゲート)と聞いて、三人は身構えた。

森のあるところに神門(ゲート)あり。
神門(ゲート)あるところに夜獣(ビースト)あり。

「あれらはここにはいない。奥深くで小さく燻ぶっているだけだ」
「出会えば街の人間は喰い殺される」
森にしかいられない彼らは四方八方から徒党を組んで現れる夜獣(ビースト)に対処などできないし、逃れられない。

「森の深みに嵌らなければいいだけだ。両者傷つけ合うことはない。森とは本来そういう緩衝と狭間の領域だった」
「人の罪って何だ」
「人は罪深い。開拓と恐怖により神門(ゲート)を暴いたのだから。森を剥ぎ取れば緩衝を失った夜獣(ビースト)はたちまち人と接触する」
更に、と神は言葉を継いだ。

「神殺しだよ」
アミト・ヘランには確かに神は現れなかった。
それもそのはずだ。
ヘランは死した神々の上に築かれた。
墓標などではなく、踏みにじられた場所だった。

ヒトは夜獣(ビースト)を恐れ、神門(ゲート)を破壊し。神々に手を掛けた。
戦わなかったのか、との問いかけにもあっさりと答えを返す。
戦闘女神でもあるまいし、森にいるだけの神に攻撃手段などなかった。

「歴史は、どこまでが真実なんだ」
今の話が真ならば、世界の安寧を願い夜獣(ビースト)もとい、魔が湧き出る神門(ゲート)の破壊を続けた人間の歴史はどうなる。

「ヒトの歴史はヒトの目と耳と手によって作られる。それもきみたちの真実だ」
「しかし」
「噴出孔を封じることで、一時的にでも魔の流出を抑えることができた。それは事実だからね」
「しかし夜獣(ビースト)は、魔はまた世界に現れ始めた。デュラーンでは人が襲われ、ファラトネスでは大量に発生した夜獣(ビースト)に惨殺された。様々な国を歩いてここまで来たが、それぞれに夜獣(ビースト)はいた。また、封魔の時代の再現となるのか? 今度はガルファードやサロア神はいない」
名の高い強大な力を持つ術者は現れていない。
アレスは奥歯を噛みしめる。

「そうしてヒトは勇者を立て、再び神門(ゲート)を壊して歩くのか? 過去と未来をどうして繋がない。短命な種族の思考なのか」
神はさざめく木々を愛おしそうに見つめていた。
ここで、この台座の上で何度彼らが葉を落とし季節が巡り新芽を伸ばして再び葉を靡かせるのを目にしたことか。
朽ちては他に吸われ、途切れたと思われた彼らは細く広く繋がっていく。
朽ちて土になることが彼らの終わりではない。
死と再生が円環で連なり鎖のように繋がっていく。

「水道の口を栓で押さえるとどうなる」
流れようとする水は、押さえている出口を水圧で蹴破ろうとする。
限界に達したとき、栓は弾け水は勢いよく噴出する。
封じられた向こうには限られた世界がある。
こちらに出ようと有象無象が神門(ゲート)へ押し寄せる。



音もなく扉は開かれる
現の世に魔はあふれ出す



言葉を思い出す。
デュラーンで、ずっと前に聞いた言葉だ。
昏倒したラナーンを抱えながらアレスは白銀の洞窟で神々しい光と対面した。 人々は神門(ゲート)の存在を知らない。
いずこからか湧き出る夜獣(ビースト)に圧倒されながら食い散らされるか、抗うか。

「ではどうしろというんだ」
「それはヒトが考えるべき問題だ」
勇者を立てたいなら好きにするがいい。

「ヒトの世は有限だ。魔の世も然り」
流れを堰き止めれば歪みが生じる。

その歪みの一端は、ファラトネスに現れた凶暴な夜獣(ビースト)のようにタリスは思えてならない。

しかし歪みは気の遠くなるような時間をかけて生まれたもの。
もはやどうしようもない。


アレスは立ち上がり、隣に坐していたラナーンを引き上げる。

「見てもらいたいものがある」
神の座へラナーンを伴うと、彼の首筋から頬に手を滑らせて髪を掻きあげた。
伸びてきた髪の下から、陽の下の海色のような目を瞠る青い宝玉が現れた。

「これを知らないか」
「見たこともない」
「貴方は老婆姿の神と出会ったことを知っていたが、俺たちはその前におそらく神と出会っている」
「私の権限の届かない高みの記憶にある神。高位の神なのだろう」
「俺は剣を与えられ、剣はこの宝玉へ姿を変えた。俺はこれを守れと託された」
言い終わらぬうちに、アレスは頭頂を片手で鷲掴みにされた。

「なるほど」
即座に振り払おうとするアレスを、なおも片手で押さえつける。
人間の腕力ではない。

「藍妃の香りが残る」
「何だと」
「ランヒ、だ。神王に仕える三女神だ。知らないのか」
三女神(さんにょしん)と言われても、封魔の歴史書しか知らない彼らには何のことかさっぱり分からなかった。
やはりこの街に来てすぐ本屋か図書館へ駆け込むべきだった。

「藍妃は水を司る。なぜ残り香があるのか」
アレスを解放した直後に今度はラナーンの首を捉えた。
頸椎に手を回してラナーンの体を引き寄せると、額に額を合わせた。

「老婆が読めぬとぼやいていたが、確かに」
「デュラーンにも神は祀られていた。水神だ。だからその残り香が、もしかしたら」
薄く目を開いたラナーンが思い出したように口を開く。

「神の降り立つ宿り木にはなろうが、香りは強く残らないはずだ」
どちらにしろ、私の権限が及ばないと額を離した。











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